完璧な家族②(Side.ルシアン)
読んでいただきありがとうございます。
※今話もルシアン視点です。
よろしくお願いいたします。
時は流れ、僕は王立ザーライド学園中等部へ入学した。
学園内では僕を嘲るような眼差しが向けられるも、それをはるかに上回る熱い視線が数多の令嬢たちから注がれる。
魔力無しの僕は貴族として半端者。
それでも表向きは侯爵家の三男で、学園の制服や学用品などの『誰かの目に触れるもの』に関しては、父は何も言わずとも用意をしてくれる。
さらに僕の容姿は成長ともにさらに磨かれ、より多くの者を惹きつけるようになっていた。
おかげで僕の隣を奪い合うかのように令嬢たちが押し寄せてくる。
(この顔に生まれてよかったぁ!)
そうでなければ学園にも僕の居場所はなかっただろう。
「僕の好みのタイプ? そうだなぁ……料理好きな女性が好きかも」
試しに僕の気を引こうとする令嬢たちに笑顔でそう告げてみれば、差し入れと称した軽食を手に入れることができた。
さらに、邸宅に招いて手料理……おそらく料理人が作ったものだろうけど……を振る舞ってくれる令嬢もいて、残飯だけでは足りなくなっていた僕の空腹は満たされていく。
(なぁんだ。こうすればよかったんだ)
困った時は他人を頼ればいい。
欲しいものがあれば他者から分け与えてもらえばいい。
僕の望みは誰かに『お願い』をして叶えてもらえばいい。
相手も僕を独占できて嬉しそうだし、まさに両者にとってプラスにしかならない。
それは学園だけでなくランプリング侯爵邸の離れでも同じことで、困ったことがあれば本館の若いメイドにこっそり頼むようになった。
おかげで離れでの暮らしは快適なものに変わり、家族に対する期待がゼロどころかマイナスになっていた僕は、吹っ切れた反動で好き勝手に過ごすようになっていく。
高等部へ進学してからも変わらず怠惰に過ごす毎日。
しかし、三年生に進級すると、珍しく父から話があると本館へ呼び出された。
父の話とは、ザーライド学園を卒業したあとの僕の進路について。
成績不振と乱れた生活態度を理由に、僕を侯爵家から勘当するつもりだと父は告げる。
(ああ、だから何も言わなかったのか……)
惰性で生きる僕は、周囲から『顔だけ令息』だなんて不名誉な渾名で呼ばれるようになっていた。
それなのに、父は僕に対して放置と無視を貫いた。
それは、僕をランプリング侯爵家から追い出す『魔力無し』以外の理由として使えると思ったからだろう。
生まれついての『魔力無し』だから追い出すのではない。
僕が怠惰な『顔だけ令息』だから追い出すのだと……。
(全く、誰のせいで……)
平民ならともかく、貴族の令息ならば一通りの教育を施されてから中等部へ入学するのが当たり前。
そんな状況の中、九歳で教育を放棄された僕が皆についていけるわけもなく……。
馬には乗れない。楽器だって弾けるわけもない。剣術なんて次兄にボコボコにされたトラウマで木剣を向けられると体が硬直してしまう有り様。
それでも僕が天才だったなら、不遇な環境をものともせず自身の能力を発揮して乗り越えることができたのだろう。
残念ながら僕は容姿以外は凡庸で、周りとの差を埋めることができなかった。
こうして出来損ないの『顔だけ令息』が完成した。
ある意味、父の望む結果に繋がったというわけだ。
(さて、どうしようか)
僕が勘当されるという噂が広まると、波が引くように多くの令嬢たちが側から離れていった。
僕の婿入りを画策していた令嬢たちも、当主である自分たちの父親の許しを得ることはできなかったようだ。
今回ばかりは僕の『お願い』を叶えてくれる相手は簡単に見つかりそうにない。
(いっそのこと誰か僕を養ってくれないかなぁ……)
裏庭のベンチに一人寝そべりながらそんなことを考えていると、男の怒鳴り声が聞こえてきた。
「リザ。君は本当に可愛げがないな」
声の主は騎士科のクレイグ・サーヴィス。
この男はどうやら僕のことが嫌いらしく、中等部の頃に何度か突っかかられたことがある。
高等部に進学してからは校舎が離れ、あまり関わることもなくなっていたのだが……。
(はぁ……。またか)
ここ最近、クレイグと彼の婚約者であるリザが裏庭で落ち合う姿を何度か見かけるようになった。
そして、その度にクレイグは強い言葉で婚約者を一方的に責め立てているのだ。
僕の位置からはクレイグの広い背中と、俯いて小さくなっているリザの姿が見える。
(あーあ、可哀想に)
稀有な全属性魔力を有するリザは定期試験では常にトップの成績で、彼女の書いた論文は王城魔法研究所から認められる程に素晴らしい。
家格は低くとも彼女の能力はクレイグに見劣りすることはなく、見た目は少々地味かもしれないが性格も真面目で温厚。
それなのに、クレイグは婚約者の何がそんなに不満なのか……。
「申し訳ありません」
リザは頭を下げながら必死に謝罪を続けていた。
いつもいつも彼女は謝ってばかり。
その姿を見ると嫌でも過去の自分を思い出し、胸に苦いものが広がっていく。
(ほんと、気分が滅入るからやめてほしいんだけど)
心の内で溜息を吐いた……その時だった。
「それでは婚約を解消いたしましょう!」
思わずベンチから体を起こし、声のほうへ視線を向ける。
ついさっきまで謝罪の言葉を口にしていたはずの彼女が、満面の笑みで婚約解消を受け入れているのだ。
さらに、婚約解消を撤回するクレイグの言葉を撥ねつけ、リザは堂々と自分の足で立つと宣言。
そこに、俯いて小さくなっていた彼女はどこにもいなくて……。
あまりの態度の違いに、思わず笑いがこみ上げてくる。
きっと、これが本来の彼女の姿なのだろう。
そんなリザから目が離せなくなった僕は、気づけば二人に近づいて声をかけていたんだ。
◇
(ふふっ。かっこよかったなぁ!)
父から除籍届を押し付けられ、執務室から放り出されたあと、本館の廊下を歩きながら昨日のリザの勇姿を思い出す。
自分も彼女のように真っ向から抗えることができたなら……。
「おい! ルシアン!」
突然、背後から名前を呼ばれ、僕はうんざりした気持ちで足を止めて振り返る。
すると、兄二人がゴミを見るような目で僕を睨みつけていた。
「これはこれは兄上たち。お揃いでどうされました?」
「どうしてお前が本館にいる!? 勝手に入ってきたのか!?」
相変わらず短気な次兄に、僕はヘラヘラと笑みを返す。
「父上に呼ばれたのでお邪魔しただけですよ」
「父上が? ルシアン……今度は何をやった?」
「さあ? 心当たりがあり過ぎてわかりませんね」
僕が問題を起こしたと決めつける長兄に、今度はこちらから質問を投げかける。
「そういえば、昇進試験の手応えはいかがでした? ああ、もう結果は出たんでしたっけ?」
「…………」
現在、王城の財務部に所属している長兄だが、残念ながらまたまた昇進試験に落ちてしまったらしい。
みるみる顔色が悪くなる長兄を放置し、続けて次兄に視線を移す。
「そうだ。兄上も酒の飲み過ぎには注意なさってくださいね。騎士は身体が資本なのですから」
「なっ……!」
王城騎士団に所属している次兄だったが、酒に酔った勢いで暴力トラブルを起こし謹慎処分を食らったばかり。
どうして二人の知られたくない事情を掴んでいるのかというと、僕の気を引きたがるメイドがペラペラと内情をお喋りしてくれるからだった。
「ルシアン、お前……」
怒りに震える次兄が僕に向かって一歩を踏み出す。
酒に酔っていないだろうに、今にも殴りかかってきそうな雰囲気だ。
「そうそう。父上が兄上たちにも話があると呼んでいましたよ」
しかし、父の名前を出すと次兄はピタリと動きを止める。
「それじゃあ僕は失礼しますね」
その隙に僕はすかさず踵を返して兄たちの前から立ち去った。
暴力トラブルを起こしたばかりの次兄が、父の呼び出しを無視して僕を追いかけてまで殴ろうとはしないはず……。
それに、父の口から僕が除籍届を突き付けられたと聞けば、兄たちも溜飲を下げることだろう。
ちなみに、自分の実力不足ではなく、身内に魔力無しがいるせいで差別を受けて試験に落とされたと長兄は周囲に愚痴っているらしい。
次兄に至っては、魔力無しの弟の存在を揶揄われたため、つい手を出してしまったと父に報告をしていたそうだ。
どうやら、自分たちの失態ですら、何が何でも僕のせいにしないと気が済まないらしい。
兄たちに才能がなかったわけではない。
幼い頃の長兄が聡明だったのは事実だし、次兄は体格にも恵まれ剣術の腕も同世代の中では頭一つ飛び抜けていた。
ただ、成長とともに頭角を現した者たちに追い抜かれてしまったのか、才能以外に必要なものが兄たちには足りていなかったのか……。
どちらにしても、周囲から天才だと持て囃された兄たちは過去の話となっていた。
結局、父の理想としていた優秀で完璧な家族は紛い物だったというわけだ。
それもこれも全て僕のせいだと彼らは思い込んでいる。
(僕がいなくなったら、今度は誰のせいにするんだろうね)
どろりとした黒い感情が湧き上がり、それを抑え込むように僕は父から渡された除籍届を内ポケットにしまい込むのだった。
次話はリザ視点に戻ります。
明日の朝8時頃に投稿予定です。
よろしくお願いします。




