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44 祝福の星


 カダリア城前の広場に出たダリアニは蜘蛛を逃がしてからフェリクスの腕にうずくまるフクロウに目を向けた。


「これはひどい。かなり弱ってる。早く治療しないと」


 フェリクスからフクロウを受け取り、ダリアニは割れ物を扱うように丁重にその身体を抱き寄せる。ダリアニを纏うそよ風がふんわりと温かくなっていく。術力を込めた手で傷だらけのフクロウを撫で「痛かったね」とダリアニが囁いた。

 サディアはまだ目を覚まさない。辛うじて無事だと分かるのは、フクロウの羽が僅かに上下する呼吸の記しがあるだけだ。


「大丈夫だし。我、治癒能力は高いんだよ」


 心配するあまり険しい面持ちをフクロウに向けるフェリクスにダリアニは穏やかに笑いかけた。

 すると、二人の背後で城が軋む音が連なる。二人がカダリア城を見上げると、満天の星空を率いた満月の下で、カダリア城がほろほろと崩れていく。

 城の上部に構えられた櫓はすっかり姿を消し、城は今や半分にまで溶けていた。露わになった城内の壁も星の欠片に触れてはさらさらと砂のように落ちては流れてしまう。

 城がほどけていく様が天体と一体化し、流星群が空を走っているかと錯覚する。

 無情にも思える城の崩壊。だがその場に漂う空気は長きに渡る呪いから放たれた歓喜にも似ている。城を囲う木々がささやかな祝福を奏でていた。


「城、なくなっちゃうね」

「ダリアニたちが築いたんだろ。寂しいんじゃないか」

「うん──そりゃ少しはね。でも君たちだってそうでしょ。カダリア城はこの国の……いや、帝国の象徴でもあった。親しみがあるのはきっと同じはず」


 ダリアニの言葉をフェリクスは肯定する。しかし彼の表情が物語るのは慣れ親しんだ景色との別れに対する悲哀だけではなかった。清々しく、憑き物が落ちたような静穏が滲む。


「この城が、いつも俺たちを見守ってくれていた。そろそろ役目を終えたいと思うのも普通のことだ」


 フェリクスの言葉を受けたダリアニは驚いて瞬きをし目を凝らす。夜空に弾けゆく流星の輝きが喜びに笑っているように見えたのだ。


「あとは自然の力に引き継ごう」


 フェリクスがこぼした言葉にダリアニの瞳がゆっくりと彼の方を向く。


「君にはきっと、見えているんだろうね──この国の未来が」

「ダリアニがそう言ってくれるのは嬉しいが俺は魔術師ではないから未来を見通すことなどできない。けれど、だからこそ未来を築くことができると信じている」

「うん。いいと思うよ。君が描く未来を見るのが楽しみ。退屈なんてする暇なさそうだし」


 削れていく城に背を向け、ダリアニはフェリクスを見据えてニッと笑う。


「──それで、サディアの様子はどうだ。君の能力を疑ってはいない。だが……」

「怪我は大丈夫だよ。君もそれは分かってるんだよね。でも──」


 ダリアニは胸に抱いたフクロウを一瞥し、苦しそうに眉を歪める。


「グラハムはヴェネシアに食われてしまった。彼女との約束は──もう果たせないよ」


 彼の言葉の意味することをフェリクスは既に悟っていたようだ。

 悲壮に滲んだダリアニの瞳が伏せられる。フェリクスは黙ったままフクロウを見やり口角に力を入れる。そうしなければ自らを罵倒してしまいそうだったからだ。

 気絶したまま穏やかに眠るフクロウをそっと撫で、フェリクスは込み上げてくる後悔に歯を食いしばる。


「彼女の呪いを解くには魔術を込めた石が必要になる。この術はとても強いものだからとびきり美しい石の力を借りないと呪いから解放できない。魔術師はそれぞれお気に入りの石を持っているんだ。自分で生成して磨くんだよ。大事に育てるの。君のそのネックレスの飾りも我が使う石の一部」


 フェリクスは自らの胸元にぶら下がった透明な石を見下ろす。アメトリンを彷彿とさせる雅な輝きはどんな時も霞むことはない。


「君と契約した時はまだ君のこと完全には信用してなかったし、取引の規則もあるから一旦シマリスの呪いを条件に出した。でもいつかは君の実力を知ると思って、君には前もって石を渡しておいたんだ。時が来れば足枷を解いてあげようと考えてね」

「君は用心深い。だが正しいだろう」

「はは。番人に目をつけられたことで我も慎重にならなきゃと身を引き締めたから」


 遠慮気味にはにかむダリアニは後ろ暗さを隠して頬を掻く。


「グラハムが使っていた石のことなら我も知ってる。あいつは黒曜石を好んでた。あいつが黒曜石を砕く姿を何度も見てきたし。だからね……たぶん、恐らく……いやきっと、グラハムはこの子の分の石も破棄してる。もう、とっくの昔に──残念だけど」

「サディアとグラハムが最初に契約した直後にはもう石はないってことか」

「言いにくいんだけど……そう思う。あいつは一貫してる。我は君を支配しようだなんて少しも思わないけどあいつは違う。あいつはすべてを支配したがる。ヴェネシアに対してもそうだった──から分かるでしょ」

「ああ」

「それにね、取引をした当事者でない魔術師や、その系統を引き継ぐ弟子でない者が他者の呪いを解くには代償もある。行き場を失った呪いをどこかに捧げなければならない。解除された呪いを引き受けるための生贄が必要になるんだ」

「つまり、サディアの呪いを解くには別の誰かが彼女の呪いを引き継ぐ必要があるということか」

「そういうこと。この子の呪いは夜に動物の姿になること。誰かがその呪いを代わりに受けなくちゃ、彼女は呪いから解放されない」


 俯くダリアニは申し訳なさそうにフクロウを見つめる。


「ごめん……フェリクス。君の力にはなりたいけど、まず前提として石がないことにはどうしようもない。我も今は石を切らしてる。鉱物が磨かれるには時間がかかるんだ。今はちょうど生成中だから……使えるようになるにはまだ何十年も必要で」

「ダリアニ、いいんだ」


 もごもごと気まずそうに話すダリアニの肩に軽く手を置き、フェリクスは彼が罪悪感を抱かぬようにと微かに頬を崩した表情をしてみせる。だがその微笑みは少しぎこちなかった。フェリクスの切ない笑みにダリアニは勢いよく顔を上げる。


「でも──フェリクスはこの子のこと」

「俺もハナからグラハムには期待していなかった。ああいう奴だろ」


 悲痛に満ちたダリアニの声を遮りフェリクスは自らのネックレスに手をかける。


「ダリアニも彼のことは分かっていたはず。だが僅かな希望に賭けて今日この城に来てくれたんだろう」

「フェリクス、君、一体何を──?」

「一握りもない可能性を君は受け入れてくれた。グラハムと交渉すればサディアを救えると。ダリアニ、君は情が深い。君はそれが嫌だというけど」


 ネックレスを外したフェリクスはそのままダリアニの首へとそれを捧げた。


「────その選択に後悔はないんだね。世の中は思うより冷たくて呆気ない。呪われた皇帝なんて世間は用なしだよ。我を除いては」


 石の輝きに目もくれず、ダリアニは真摯な眼差しで真っ直ぐにフェリクスを見上げる。


「後悔などするわけがない。もとから選択肢など存在しない。望みはたったひとつだけだから」


 ダリアニの腕の中で眠り続けるフクロウに目を向け、フェリクスは澱みなく答える。


「俺がここに来ることをサディアは反対した。だが俺は彼女の気遣いを押し切ってここに来た。その時も迷いはなかった。思えば、君の説教が役立ったというところだろう。ダリアニの言葉は俺の気持ちを見事になぞっていった。一切の乱れなく。だからはっきりと言える。もうとっくに気づいていた。彼女の願いがすべてなのだと」


 フェリクスの泰然とした笑みにダリアニはぐっと息をのみ込む。

 明朗とした彼の瞳に映るのはぼろぼろになったフクロウの姿だけだ。返事に悩むダリアニの名を呼び、フェリクスは彼に目配せをした。そこには悲壮感などは全くない。穏やかな安寧のみが表情に宿っている。

 彼の決断に、しばらくしてダリアニも首を縦に振った。


「ねぇ、フェリクス、ヴェネシアの封印のこと……嘘ついてごめんね」

「気にするな。誰にでも隠したいことはある」

「うん──フェリクス、君は我の想像を超えた、立派な皇帝だよ。我にとってはいつまでも」

「ありがとう。君には感謝以上の言葉が見つからないくらいだ」


 フェリクスの砕けた語調にダリアニは思わず笑い声をこぼす。そしてフクロウを草の上に優しく置き、フェリクスに託された胸元の石をぎゅっと握りしめた。



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