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元カノが家に来た  作者: 私に任せろ。
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ep.5 彼女のいる日常

彼女が出て行ったあと、静かになった部屋を見渡す。

つい昨日まで一人だったはずなのに、今はどこか物足りなさを感じていた。


「……なんだこれ」


思わず苦笑する。

たった一日一緒にいただけで、何を寂しがっているんだか。

そもそも、俺たちはもう恋人じゃない。

彼女がどこへ行こうと、誰と会おうと、俺が口を出す権利なんてないでだ。

そう自分に言い聞かせ、ソファに腰を下ろす。

テレビをつけてはみたものの、内容はまったく頭に入ってこなかった。

結局、スマホを手に取り、彼女とのトーク画面を開く。

最後にまともにやり取りしたのは、随分と前のことだった。

別れてからは、必要以上に連絡を取らないようにしていた。

お互いのためにも、その方がいいと思っていたから。

それなのに、


今は同じ家に帰ってくる。

なんだか不思議な感じだった。

スマホを閉じ、テーブルに置く。

……とりあえず、掃除でもするか。

そう思い立ち、立ち上がった。




それから数時間後。

玄関のドアが開く音がした。


「......ただいまぁ」

「おかえり」


反射的に返事をしてから、はっとする。

そうか。

彼女が家にいる限り、『ただいま』『おかえり』の会話は成り立つ。

でも、彼女は毎回帰ってくると決まったわけでもない。

突然いなくなるのかもしれない。

そんなことを考えていると、彼女がひょこっと顔を出した。


「えへへ、ただいま」

「……おかえり」


もう一度、そう返す。

彼女は嬉しそうに笑うと、靴を脱いで部屋に入ってきた。

その手には、いくつか買い物袋がぶら下がっている。


「何買ってきたの?」

「んー、いろいろ?」


そう言って袋の中を見せてくる。

中には日用品や、ちょっとしたお菓子が入っていた。


「これね、私が好きなお菓子と〜、、、」

「あとね、これ!」


彼女が取り出したのは、俺が普段使っているものと同じ種類の櫛だった。


「……櫛?」

「うん。借りてばっかりなのも悪いし、そろそろ自分のもの買おうと思って」

「そっか」

「あと、シャンプーも買ったよ。勝手に使っちゃっててごめんね」

「いや、別にいいよ。好きな時に使いなね。あとシャンプーは、、」


そう言って彼女をお風呂場まで連れて行く。


「ここに置いておいていいから」


そう言うと、彼女は少しだけ目を丸くした。


「……いいの?」

「うん。むしろ、毎回持ち運ぶ方が面倒でしょ」

「……そっか。ありがとう」


そう言って笑った顔を見て、胸の奥が少しだけ温かくなった。

彼女のものが、この家に増えていく。

それはきっと、以前なら当たり前だったことだ。

けれど、今の俺にとっては、少し特別なことだった。




それから、数日が経った。

彼女は少しずつ、この生活に慣れていった。

朝起きる時間も、食事をするタイミングも、最初の頃に比べれば安定してきた。

とはいえ、俺が大学やバイトで家を空けることも多い。

彼女が一人で過ごす時間も、それなりにあった。

それでも、大抵は帰宅すると彼女がいる。

リビングでテレビを見ていたり、スマホをいじっていたり。

時には、俺が帰ってきたことに気づかず、寝息を立てていることもあった。

そんな姿を見るたび、少しだけ安心する。

ちゃんとリラックスできているのだと。

彼女がここに来たばかりの頃は、どこか遠慮がちだった。

何かを頼むときも、何かを使うときも、必ず俺の顔色をうかがっていた。

だからこそ、少しずつ遠慮がなくなっていくことが、嬉しかった。


「ねえ、あつしくん」

「ん?」

「冷蔵庫のプリン食べていい?」

「いいよ」

「やった!もーらい〜」


そんな姿を見て思わず笑ってしまう。

以前から、彼女は甘いものが好きだった。


そんな些細なことまで、まだ覚えている自分がいた。

忘れたつもりだった。

もう気にしないようにしていた。

それなのに、彼女と過ごしていると、昔の記憶が次々と蘇ってくる。

一緒に出かけたこと。

くだらないことで笑い合ったこと。

何でもない日に電話をして、気づけば何時間も話していたこと。

そして、別れた日のこと。



……やめよう。


今は、そんなことを考える必要はない。

彼女がここにいるのは、きっと一時的なものだ。

いつか生活が落ち着けば、彼女はまた自分の道を歩いていく。

俺だって、それを望んでいるはずだった。


「……あつしくん?」

「ん?」


顔を上げると、彼女がこちらを覗き込んでいた。


「さっきからぼーっとしてるけど、大丈夫?」

「ああ、ごめん。ちょっと考え事」

「そっか」


彼女はそう言うと、俺の隣に腰を下ろした。

手には、さっきのプリン。


「ねぇ、ほんとにもらっていいの?」

「いいよ」

「んー、じゃあ半分こしよう?」

「俺はいいよ」

「そっかぁ...」


彼女はプリンを食べ始めた。

その嬉しそうな横顔を、つい目で追ってしまう。

こんな日常がずっと続けばいいのに。

こんなふうに隣で笑う彼女を、もう見ることはないと思っていた。

別れたときは、これで最後なのだと思った。

もう二度と、こんな何気ない時間を過ごすことはないのだと。


なのに、今はどうだろう。

彼女は俺の隣にいて、プリンを食べている。

まるで、あの時と何も変わっていないかのように。


……いや。

何も変わっていないわけがない。

俺たちは、もう恋人じゃない。

以前と同じように接することができたとしても、以前と同じ関係に戻ったわけではないのだ。

それを忘れてはいけない。


「…...あつしくん?」

「ん、どしたん」

「やっぱり、なんか変だよ?」

「そうかな?」

「うん。なんか、難しい顔してる」


彼女は不思議そうに俺を見つめたあと、ふっと笑った。


「まあ、いっか。疲れてるんでしょ?」


そう言って、彼女は立ち上がる。


「私、お風呂入ってくるね」

「うん」


彼女がリビングから出ていく。

その背中を見送りながら、俺は小さく息を吐いた。

……ほんと、調子が狂う。

彼女が笑っているだけで、こんなにも気持ちが揺れるなんて。

もうとっくに、吹っ切れたと思っていたのに。

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