番外編 人狼ゲーム3回戦目
二度目の人狼遊戯が終わったあと。
凌華は、しばらく卓に突っ伏したまま動かなかった。
「……おかしい」
低い声が漏れる。
誰も答えない。
「絶対おかしい」
『何がだ』
腰元の長剣から返ってきた声に、凌華は顔を伏せたまま答えた。
「私、一応この中で唯一の経験者なんだけど」
『そうだな』
「なのに何で毎回こんな目に遭うの?」
『お前が弱いんじゃねえか?』
「違う」
『早えな』
勢いよく顔を上げる。
卓を囲んでいるのは、孫策、周瑜、呂蒙、陸議、尚香、孔明。
最初は役職の説明だけでも時間がかかったというのに、二戦も終えた今では全員がすっかり要領を覚えてしまっていた。
それどころか。
覚えすぎた。
この時代を生きる者たちは、日頃から敵の意図を読み、偽報を疑い、ときには自ら偽りの情報を流して相手を欺く。
そんな人間たちに、人狼という遊びを教えたのが間違いだったのかもしれない。
特に――。
凌華は、向かい側にいる周瑜と孔明へ目を向けた。
この二人。
頭が良すぎる。
陸議も大概だが、少なくとも陸議にはまだ良心がある。
たぶん。
「もう一回やろう」
「まだやるのか?」
孫策が呆れたように眉を上げた。
「やる」
「お前、さっきから散々な目に遭ってるだろ」
「だからやるの。今度こそちゃんと推理して勝つ」
「その台詞、さっきも聞いた気がするが」
「気のせい」
『いや、言ってたぞ』
「孫策は黙ってて」
「俺は今何も言ってねえぞ?」
生きている方の孫策が即座に反応する。
「あ」
凌華は固まった。
孫策が怪訝そうにこちらを見る。
「何だ?」
「……何でもない」
「お前、たまに俺が何も言ってねえのに俺と喧嘩するよな」
「気のせいだよ」
「そうか?」
そのやり取りを横で聞いていた陸議の視線が、ほんの一瞬だけ凌華の腰元へ落ちた。
しかし何も言わず、すぐに卓へ戻る。
凌華はそれに気づかないまま、指を折って人数を数えた。
自分。
孫策。
周瑜。
呂蒙。
陸議。
尚香。
孔明。
七人。
「……もう一人欲しいな」
「増やすのか?」
呂蒙が苦笑する。
「八人の方が役職増やせるから面白いよ」
「誰を呼ぶ?」
「うーん……」
凌華が考え込むより早く、尚香が口を開いた。
「兄様は?」
「兄様?」
「権兄様」
凌華の目が輝いた。
「それだ」
「待て」
孫策が止めた。
「何で?」
「権まで巻き込むな」
「孫策だってやってるじゃん」
「俺はもう巻き込まれた側だ」
『諦めろ。あいつはこうなったら聞かねえ』
「孫策まで敵に回らないで!」
「だから俺は何も言ってねえ!」
「もうややこしい!」
結局、人をやって呼ばれた孫権は、事情も分からないまま広間へ姿を現した。
「兄上。お呼びと聞きましたが」
「ああ、俺じゃねえ」
孫策が即座に凌華を指差す。
孫権の視線が移った。
「凌華?」
「孫権、人狼やろう」
「…………」
しばらく沈黙した。
「人狼?」
「未来の遊び」
「今から?」
「うん」
「なぜ私が?」
「人数が足りないから」
「それだけの理由で呼ばれたのか?」
「それだけ」
孫権は凌華を見つめ、それから兄へ視線を向けた。
「兄上」
「諦めろ」
「私はまだ何も言っていません」
「座れば分かる」
「何がです」
「いろいろだ」
妙に遠い目をしている兄を見て、孫権の警戒は明らかに強くなった。
それでも結局、周瑜から簡単な説明を受け、空いていた席へ腰を下ろす。
これで八人。
凌華は役職を書いた札を用意した。
人狼、二人。
狂人、一人。
占い師、一人。
霊能者、一人。
狩人、一人。
村人、二人。
「人狼同士は仲間が分かる。狂人は人狼側だけど、誰が人狼かは分からない。占われても霊能で見ても白。ここ大事」
孫権が頷く。
「狩人は?」
「夜に一人だけ守れる。狼がその人を襲っても死なない」
「なるほど」
「じゃあ始めよう」
札を伏せ、それぞれ一枚ずつ取る。
凌華も自分の札を開いた。
――狩人。
思わず口元が緩みそうになった。
悪くない。
むしろ好きな役職だ。
狼が誰を襲うかを読み、それを防ぐ。
推理が直接結果になる。
今度こそ経験者らしいところを見せられる。
凌華は何食わぬ顔で札を伏せた。
最初の夜。
占い師は一人を選び、人狼二人は互いを確認する。
そして朝。
全員が目を開けた。
「じゃあ、占い師がいたら――」
「俺だ」
凌華が言い終えるより早く、孫策が手を上げた。
「孫策、占い師?」
「ああ」
迷いがない。
孫策は当然のような顔で、隣に座る周瑜を指差した。
「公瑾を占った」
周瑜が眉を上げる。
「私を?」
「ああ」
孫策はにやりと笑った。
「狼だったぞ」
一瞬。
広間が静まり返った。
「……え」
凌華は周瑜を見る。
当の本人は、まるで動じていない。
「なるほど」
「なるほどじゃないよ。周瑜さん、黒出されてるんだけど」
「そのようですね」
「落ち着いてるなぁ……」
すると周瑜が静かに手を上げた。
「では、私も名乗っておきましょう」
嫌な予感がした。
「……何を?」
「占い師です」
「周瑜さんも!?」
二人。
まだ分かる。
本物と偽物。
偽物が狂人なのか狼なのかは分からないが、人狼ではよくある形だ。
凌華がそう考え始めたところで。
「奇遇ですね」
三人目の声がした。
凌華の顔が引きつる。
ゆっくりそちらを見る。
孔明が羽扇を揺らしていた。
「……孔明さん」
「はい」
「まさかと思うけど」
「私も占い師です」
「三人!?」
孫権が三人を見比べる。
「占い師は一人ではなかったのか?」
「一人だよ!」
「では二人は偽物ということか」
「そう。普通に考えたら……」
凌華は三人を順番に見た。
孫策。
周瑜。
孔明。
「真、狂、狼かな」
本物が一人。
狂人が一人。
人狼が一人。
三人の占い師が出たとき、最初に考える内訳としては自然だ。
そのとき。
「凌華」
陸議が静かに口を開いた。
「ん?」
振り向く。
陸議は何か言おうとしていた。
「実は私も――」
「あ、待って」
凌華はふと思いつき、陸議の言葉を遮った。
「三人出たなら、占いロラでいいかも」
「…………」
陸議の口が閉じた。
尚香が首を傾げる。
「占いろら?」
「占い師を名乗ってる三人を順番に追放していくの」
凌華は卓上に三本の指を立てた。
「この三人が真、狂、狼なら、追放していけば絶対に一匹は狼を処理できる」
呂蒙が頷く。
「なら三人とも追放するのか?」
「最初から全部って決めるわけじゃないよ。霊能結果を見るの」
「霊能?」
「追放した人が狼なら黒、それ以外なら白」
一本目の指を折る。
「白なら続行」
そして残りを示した。
「でも途中で黒が出たら、そこで一旦止める」
孫権が尋ねる。
「なぜだ?」
「真、狂、狼の内訳なら、黒が出た時点で占いに混じってた狼を処理できたことになるから」
「なるほど」
「黒が出たらストップ。黒ストっていうの」
孫策が眉を寄せる。
「そのまんまだな」
「分かりやすいでしょ」
「未来の人間はもう少し洒落た名を――」
「そこどうでもいいから」
その横で。
陸議は、三人の占い師候補を静かに見ていた。
孫策。
周瑜。
孔明。
そして凌華。
「陸議さん?」
「はい」
「さっき何か言おうとしてなかった?」
ほんの一瞬、沈黙する。
「……いえ」
陸議は穏やかに首を振った。
「まずは凌華の考えを聞こうかと」
「そう?」
「はい」
凌華はそれ以上気にしなかった。
まさか。
目の前に三人も占い師がいるのに、その三人の中に本物が一人もいないなど。
この時点で考えるはずもなかった。
「じゃあ問題は、誰から追放するかだね」
凌華は三人を見る。
「普通に考えたら……周瑜さんかな」
「私ですか」
「孫策から黒が出てるから」
周瑜を追放して黒なら、そこでロラを止められる。
白なら孫策の信用が大きく落ちる。
一番分かりやすい。
そう思ったのだが。
「しかし」
孔明が羽扇を揺らした。
「周瑜殿が本当に狼だったとしても、孫策殿が本物とは限りませんね」
凌華が止まる。
「……あ」
そうだった。
狂人が偶然狼へ黒を出すこともある。
狼同士で仲間へ黒を出すことだって、理屈の上ではあり得る。
結果が正しいことと、本物であることは別だ。
「なら」
陸議が静かに続けた。
「孫策殿から確認する方法もあります」
「俺?」
孫策が自分を指差した。
「はい」
「何でだ」
「孫策殿自身の色を見るためです」
「白だったら?」
凌華が聞く。
「本物か狂人」
「黒だったら偽物確定……」
凌華は腕を組んだ。
周瑜を先に追放するより、孫策の色を見た方が盤面の情報が増える可能性がある。
「……じゃあ孫策から?」
「待て」
「何?」
「お前、さっき公瑾って言っただろ」
「議論したら考え変わった」
「変えるな!」
「人狼ってそういうゲームなの!」
「俺が占い師だぞ!」
「本物ならごめん!」
「先に謝るな!」
投票の結果。
最も票を集めたのは孫策だった。
「覚えてろよ!」
「ゲームだから!」
そうして最初の追放者が決まった。
夜が明ける。
そして霊能者として名乗り出た呂蒙が結果を告げた。
「孫策殿は――白だ」
「ほら見ろ!」
追放された孫策が即座に叫んだ。
「俺は狼じゃねえ!」
「死んだ人は喋らない!」
「白だっただろ!」
「狂人でも白なの!」
「じゃあ何で吊った!」
「だから確認するためだって!」
『うるせえな、あいつ』
「孫策が言わないで!」
「俺は今言っただろ!」
「そっちじゃない!」
全員の視線が集まった。
凌華は口を閉じる。
陸議だけが、またほんの一瞬、凌華の腰元を見た。
「……何でもない」
仕切り直す。
孫策は白。
ならば、真か狂人。
残る占い候補は周瑜と孔明。
だが、その前に夜が来る。
狩人である凌華には仕事があった。
誰を守るか。
一人になってから、凌華は考え込んだ。
呂蒙。
霊能者。
孫策の色を確認し、これからも追放した占い候補の色を見ることができる。
もし自分が狼なら。
占いロラの中に狼がいて、いずれ自分が追放されるなら。
一番邪魔なのは――。
「……呂蒙さんだ」
黒を見られたくない。
ならば霊能者を襲う。
ただし狼だって、狩人がそこを守ることは考える。
別の者を狙う可能性もある。
迷った。
けれど。
「守る」
凌華は呂蒙を選んだ。
そして翌朝。
誰も消えていなかった。
「…………」
凌華は目を見開く。
いる。
全員いる。
「やった……」
小さく漏れた。
「凌華?」
陸議に呼ばれ、慌てて口を閉じる。
「何でもない」
けれど嬉しい。
狼の襲撃先を読んだ。
自分の護衛が成功した。
『顔に出てんぞ』
「出てない」
「何がだ?」
生きている孫策がまた反応する。
「死んでる人は黙ってて!」
「理不尽じゃねえか!?」
二日目の議論が始まった。
残る占い候補は二人。
周瑜。
孔明。
凌華は迷わず周瑜を見る。
「今日は周瑜さん」
周瑜が薄く笑う。
「今度は迷わないのですね」
「孫策が白だったから」
孫策が本物なら、周瑜は黒。
孫策が狂人だったとしても、周瑜が本当に狼だった可能性は残る。
そして何より。
最初に出された黒をいつまでも放置する理由はない。
「周瑜さんを追放して、呂蒙さんに見てもらう」
「承知しました」
あまりにも素直だった。
「……抵抗しないの?」
「抵抗したところで、凌華は追放するでしょう?」
「する」
「ならば結果を見ればよろしい」
怖い。
最後まで落ち着きすぎている。
投票。
周瑜が追放された。
そして次の朝。
呂蒙が結果を告げた。
「周瑜殿は――黒だ」
「ほらぁ!!」
凌華は卓を叩いた。
「最初に周瑜さんって言ったじゃん!」
「お前が俺に変えたんだろ!」
孫策が横から叫ぶ。
「それはそうだけど!」
「俺、公瑾に黒出したぞ!」
「何で孫策が得意げなの!?」
「当てただろ!」
「本物かどうかまだ分かんないから!」
孫策は胸を張った。
「俺を信じときゃよかったんだ」
「……でも」
凌華は止まった。
黒が出た。
占い候補から、一匹の狼が見つかった。
なら。
「黒スト」
孔明を見る。
「占いロラ、ここで止める」
孔明がにこやかに頷いた。
「承知しました」
孫策が怪訝そうに見る。
「そいつは吊らねえのか?」
「今の想定が真、狂、狼だから。周瑜さんが黒なら、残った孔明さんまで追放する必要は薄い」
「なるほどな」
「もちろん孔明さんが本物確定ってわけじゃないけど」
「おや」
孔明が笑う。
「まだ疑われていますか」
「当たり前でしょ」
とはいえ。
凌華の中ではかなり整理された。
孫策が白。
周瑜が黒。
孔明が残った。
真、狂、狼なら――孫策と孔明のどちらかが真、もう一方が狂人。
そう考えるのが自然だった。
ところが。
「……終わらないんだよね」
凌華は卓を見回した。
人狼は二人。
周瑜さんは一匹目。
つまり、もう一匹がいる。
残っているのは。
凌華。
孔明。
陸議。
呂蒙。
尚香。
孫権。
その中に潜伏狼がいる。
「ここからだな」
呂蒙が腕を組む。
「そう。ここからは占いじゃなくて、潜伏してる狼を探す」
凌華は一人ずつ見た。
呂蒙さんは霊能者。
少なくとも今は真として考えている。
孔明さんは占い候補。
尚香。
陸議さん。
孫権。
そして自分。
「……難しい」
「ようやく人狼らしくなってきましたね」
孔明が楽しそうに言う。
「孔明さん楽しんでるでしょ」
「ええ、とても」
「絶対何かしてる顔なんだよなぁ……」
「私は占い師ですよ?」
「その笑顔が怪しいの!」
そんな中。
孫権は比較的静かだった。
発言しないわけではない。
誰かの意見には答える。
疑問があれば尋ねる。
だが、自分から強く誰かを疑うことは少ない。
初参加だから。
凌華は最初、そう考えていた。
けれど。
「孫権」
「何だ?」
「誰が怪しいと思う?」
突然問われても、孫権は動じなかった。
「まだ判断できない」
「一人挙げるなら?」
少し考える。
「尚香だろうか」
「私!?」
尚香が目を剥く。
「理由は?」
「周瑜が追放されるまで、ほとんど意見を変えていない。目立つことを避けていたようにも見える」
「権兄様だって静かだったじゃない!」
「私は初めてだ」
「それ言ったらずるい!」
凌華は二人を見比べた。
どちらもあり得る。
尚香は確かに目立っていない。
でも孫権も同じだ。
「陸議さんは?」
凌華が振る。
陸議は少し考えてから答えた。
「孫権様でしょうか」
孫権の視線が向く。
「私か」
「はい」
「理由を聞こう」
「周瑜殿が疑われていたとき、孫権様は周瑜殿を庇ってはいません」
「ならば何が怪しい?」
「庇わなさすぎるのです」
凌華が瞬いた。
陸議は静かに続けた。
「仲間であれば、露骨に助ければ自分まで疑われます。ですから切り離す。しかし、自ら追い詰めることもしない」
「……距離を取ってたってこと?」
「そのように見えました」
孫権が陸議を見つめる。
「推測に過ぎぬな」
「はい」
陸議はあっさり認めた。
「ですが、この遊びでは推測から始めるのでしょう?」
「……そうだね」
凌華は孫権を見る。
気になる。
けれど、まだ決めきれない。
その日の投票は割れた。
そして僅差で――尚香が追放された。
「ちょっと! 私、本当に村人だから!」
「ごめん!」
「凌華!」
「ごめんって!」
翌朝。
呂蒙の結果は白。
「……やっちゃった」
尚香が腕を組む。
「だから言ったでしょ」
「ごめんなさい……」
凌華は小さくなる。
また外した。
けれど。
これで候補はさらに狭まった。
そして、その夜。
凌華は再び考えた。
狼は誰を狙う。
霊能者の呂蒙か。
占い師候補の孔明か。
それとも。
――陸議さん。
なぜか引っかかった。
陸議さんは、最初から妙だった。
何度か何かを言いかけている。
発言そのものは多くないのに、盤面をよく見ている。
そして今日。
孫権を疑った。
もし孫権が狼なら。
邪魔なのは――。
「陸議さん?」
迷った末。
凌華は陸議を守った。
翌朝。
また。
誰も消えていなかった。
凌華は目を見開いた。
「…………え」
二回目。
また護衛が成功した。
思わず陸議を見る。
陸議もこちらを見ていた。
ほんのわずかに、目が細くなる。
気づかれた。
そんな気がした。
「凌華」
「……何?」
「いえ」
陸議は少し笑った。
「ありがとうございます」
「えっ」
何で。
とは聞けなかった。
狩人だと自分から言うようなものだ。
凌華は口をぱくぱくさせたあと、顔を逸らした。
「……知らない」
『分かりやすいな、お前』
「うるさい」
「だから俺は――」
「孫策じゃない!」
「何なんだよさっきから!」
そして。
次の議論。
残った者たちの視線が、少しずつ孫権へ集まり始めた。
「孫権さん」
凌華が呼ぶ。
「何だ」
「周瑜さんが黒だったとき、驚かなかったよね」
「そう見えたか?」
「うん」
「兄上も驚いていなかった」
「俺は黒出した側だからな!」
「孫策は今関係ない!」
「扱い酷くねえか!?」
凌華は構わず続けた。
「あと、尚香を疑った理由。筋は通ってた。でも……何か、誰かを疑わなきゃいけないから選んだ感じがした」
孫権は黙って聞いている。
「陸議さんが孫権を疑ったあと、昨日の夜、陸議さんが狙われた」
陸議が凌華を見る。
孫権の目も、ほんのわずかに動いた。
凌華はそれを見逃さなかった。
「……やっぱり孫権さんじゃない?」
静寂。
孔明が羽扇の向こうから孫権を見る。
呂蒙も腕を組んだ。
陸議は何も言わない。
やがて孫権が息を吐く。
「それで私を追放するのか?」
「うん」
「間違っていたら?」
「そのときは謝る」
「軽いな」
「でも」
凌華はまっすぐ孫権を見る。
「今は孫権さんだと思う」
投票。
孫権。
凌華。
孫権。
呂蒙。
孫権。
陸議。
そして孔明も――孫権。
「決まりですね」
孫権はしばらく札を見つめたあと、静かに息を吐いた。
「……なるほど」
凌華が身を乗り出す。
「どっち?」
「自分で確かめろ」
「ええー!」
そして呂蒙が結果を確認する。
一拍。
二拍。
「孫権様は――」
凌華が息を呑む。
「黒だ」
「っしゃあああ!」
凌華が両手を上げた。
「勝った!」
思わず立ち上がる。
「今度はちゃんと当てた!」
「最後だけだろ」
孫策が言う。
「途中も霊能守ったし陸議さんも守った!」
「お前、狩人だったのか」
「あ」
「今さら隠しても終わってるぞ」
「そうだった」
ようやく。
三戦目にして。
経験者らしい勝ち方をした。
満足。
非常に満足である。
「じゃあ役職公開しよう!」
凌華は上機嫌のまま、自分の札を表へ返した。
「私は狩人!」
「やはり」
陸議が言う。
「何で分かったの?」
「二度目の襲撃が失敗した翌朝、私を見ていましたから」
「そんなので分かる!?」
「かなり嬉しそうでした」
「……そんな顔してた?」
「はい」
恥ずかしい。
凌華は咳払いして、次へ進む。
「呂蒙さんは霊能」
「ああ」
「周瑜さんと孫権さんが人狼」
二人が札を表へ返す。
確かに人狼。
「ここまでは合ってる」
問題は残りだ。
凌華は孫策を見る。
「孫策は……」
「占い師だろ?」
妙に堂々としている。
凌華は札を覗き込んだ。
そして。
止まった。
「…………狂人」
「おう」
「え?」
孫策は狂人だった。
凌華の顔がゆっくり周瑜へ向く。
「じゃあ最初の黒……」
周瑜が静かに微笑んだ。
「偶然でしょう」
「孫策、周瑜さんが狼って知らなかったの!?」
「知らねえよ」
「なのに黒出したの!?」
「適当にやったら当たった」
「何してんの!?」
「俺だって驚いたわ!」
周瑜が額へ手を当てる。
「こちらはもっと驚きましたよ」
「だよね!?」
開始直後。
味方であるはずの狂人から、いきなり黒を出されたのだ。
しかも本当に黒。
「だから周瑜さん、あのとき『なるほど』って……!」
「ええ。どうしたものかと思いまして」
「孫策ぅ!」
「俺に言うな! 知らなかったんだから仕方ねえだろ!」
笑いを堪えながら、凌華は次を見る。
「じゃあ孔明さんが本物だったんだ」
「いいえ」
「…………え?」
孔明はにこやかに札を表へ返した。
村人。
凌華は固まった。
「…………」
もう一度見る。
村人。
「…………村人?」
「はい」
「占い師じゃないの?」
「村人です」
「じゃあ何で占い師って言ったの!?」
「皆がどのような反応をするのか興味がありまして」
「村人が占い騙っちゃ駄目でしょ!!」
「そうなのですか?」
「そうだよ!」
「最初の説明では、人狼は嘘をつく遊びだと」
「そういう意味じゃない!」
孔明は悪びれる様子もなく羽扇を揺らしている。
凌華は頭を抱えた。
待て。
孫策が狂人。
周瑜さんが人狼。
孔明さんが村人。
「…………」
ゆっくり。
凌華の顔が上がる。
占い師がいない。
いや。
いる。
役職には絶対に一人いる。
呂蒙さんは霊能。
自分は狩人。
尚香は――。
「私は村人」
尚香が札を見せた。
残るのは。
一人。
凌華は、ものすごくゆっくり陸議を見る。
陸議もこちらを見ている。
「…………陸議さん」
「はい」
「まさか」
陸議が自分の札を返した。
占い師。
「…………」
静まり返る。
凌華は札を見た。
占い師。
もう一度見る。
やっぱり占い師。
そして孫策を見る。
狂人。
周瑜を見る。
人狼。
孔明を見る。
村人。
最後にもう一度、陸議。
占い師。
「…………え?」
声が裏返った。
「占い師三人いたのに」
誰も答えない。
凌華は卓を指差した。
「本物、一人もいなかったの!?」
孫策が吹き出した。
孔明は羽扇で口元を隠している。
周瑜まで肩を揺らしていた。
「ちょっと待って!」
凌華は陸議へ詰め寄る。
「陸議さん最初から占い師だったの!?」
「はい」
「じゃあ言ってよ!」
「言おうとしました」
「いつ!?」
「凌華が『占いロラで黒スト』と言った直前です」
凌華の記憶が蘇る。
――実は私も。
「あああああ!!」
頭を抱えた。
「あれ!?」
「はい」
「私が止めた!?」
「はい」
「でもそのあと言えるでしょ!」
「すでに三人出ていましたので」
「四人目で出てよ!」
「出るべきかとは思いましたが」
「思ったなら出て!」
「凌華があまりにも自信を持って『真、狂、狼』と」
「それは普通そう思うでしょ!」
孫策が腹を抱えて笑い始める。
「三人いて全員偽物って何だよ!」
「孫策もその一人だからね!?」
「俺は狂人だからいいんだよ!」
「孔明さん!」
「はい?」
「何で村人なのに混ざったの!」
「面白そうでしたので」
「それが一番駄目!」
「しかし結果として、非常に興味深い展開になりました」
「私は大混乱だったよ!」
周瑜が静かに口を挟む。
「私としては、孫策殿に開始早々黒を出された時点で十分混乱していましたが」
「それは……うん。ごめん」
「なぜ凌華が謝るのです」
「何となく」
孫権もため息をつく。
「私は周瑜と人狼になった時点では悪くないと思っていたのだが」
「俺がぶち壊したな!」
「兄上は黙っていてください」
「権!?」
笑い声が広がる。
凌華だけは納得できず、腕を組んだまま全員を睨んでいた。
「……おかしい」
『またそれか』
「私、今回ちゃんと推理したよね?」
『したな』
「霊能噛みも読んだ」
『読んだな』
「陸議さんも守った」
『守ったな』
「狼も最後に当てた」
『当てた』
「なのに何でこんなに負けた気分なの?」
『周りが好き勝手やりすぎなんだろ』
「だよね!?」
「だから誰と喋ってんだ、お前は」
孫策の声が飛んでくる。
凌華は反射的に答えた。
「孫策!」
「俺か?」
「違う!」
「何が違うんだ!?」
「もういい!」
笑い声がさらに大きくなる。
その中で。
陸議だけが、ほんの少し困ったように笑いながら凌華を見ていた。
凌華が誰と話しているのか。
その答えに、薄々気づいているような目で。
けれど。
やはり何も言わない。
凌華もそれには気づかず、卓に並んだ役職札を睨んだ。
人狼。
人狼。
狂人。
村人。
村人。
霊能。
狩人。
占い師。
役職そのものは、何一つおかしくない。
おかしいのは。
それを引いた人間たちだった。
*
そしてゲーム終了後。
凌華は新しい木札を作っていた。
陸議が横から覗き込む。
「何を書いているのです?」
凌華は無言で見せた。
そこには大きく、
『村人』
そしてその下。
『占い師を名乗らないこと』
陸議が黙る。
「……そこまでしますか?」
「する」
「戦術の幅が狭くなるのでは?」
「いいの!」
さらにもう一枚。
『孫策』
『狂人を楽しみすぎないこと』
「おい!!」
向こうから孫策の声。
さらに。
『諸葛亮』
『面白そうという理由だけで役職を騙らないこと』
諸葛亮が笑った。
「随分と細かな規則になりましたね」
「誰のせいだと思ってるの!」
周瑜が静かに茶を飲みながら尋ねる。
「次回は?」
凌華の手が止まる。
「…………」
全員が見る。
「やらない」
孫策が笑う。
「じゃあ、その札何のために作ってんだ?」
「…………」
凌華は手元を見る。
確かに。
次回がないなら。
新しい規則など必要ない。
「……念のため」
「やる気じゃねえか!」
「違う!」
『次は何の役職増やすんだ?』
「増やさない!」
『狐とか』
凌華の動きが止まった。
「…………」
陸議がこちらを見る。
「凌華殿?」
「何でもない」
『今、何か思いついただろ』
「思いついてない」
『顔に出てるぞ』
「出てない!」
凌華は慌てて木札を片付けた。
――妖狐。
第三陣営。
占われれば死ぬ。
最後まで生き残れば単独勝利。
面白い。
ものすごく面白い。
けれど。
凌華は周囲を見回した。
孫策。
周瑜。
陸議。
諸葛亮。
呂蒙。
孫尚香。
「…………絶対ダメ」
この人たちに。
これ以上複雑な役職を教えてはいけない。
そう固く決意した凌華だったが――。
数日後には、
「狐っていう役職があってね」
と説明していることになる。
もちろん。
それはまた別の話である。




