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番外編 人狼ゲーム2回戦目

二回戦。


木札を覗いた凌華は、しばらく動かなかった。


そこに描かれている文字を、もう一度確認する。


見間違いではない。


――人狼。


「…………」


よりによって。


一回戦では何の能力もない村人だったにもかかわらず、開始早々なぜか全員から疑われ、圧倒的多数で追放された。


そして二回戦。


今度こそ経験者としての意地を見せる。


未来の遊びを教えた本人として、せめて一度くらい格の違いというものを――。


そう思っていたのに。


人狼。


凌華はそっと顔を上げた。


陸議と目が合った。


「…………」


まずい。


何でもない顔をしなければ。


そう思った瞬間、無意識に視線が右上へ逃げた。


陸議の口元が、ほんの少し緩んだ。


「凌華」


「まだ何も言ってない!!」


思わず叫んだ。


広間が静まり返る。


孫策が吹き出した。


「お前、始まる前から何やってんだよ!」


「違う!」


「何が?」


「何でもない!」


周瑜が凌華を見る。


諸葛亮も見る。


呂蒙も。


孫尚香も。


全員の視線が集まった。


『お前』


腰元の長剣から呆れた声がする。


『もう終わったんじゃねえか?』


「終わってない」


『始まってもねえけどな』


「うるさい」


「凌華?」


孫尚香が首を傾げた。


「何でもない!」


凌華は深呼吸した。


落ち着け。


まだ役職は公開されていない。


右上を見たくらいで人狼だと決まったわけではない。


それに今回は――。


凌華はもう一度、自分の札を見る。


人狼は二人。


つまり仲間がいる。


夜の確認で分かった相方は。


呂蒙。


凌華はちらりと向かいを見る。


呂蒙もこちらを見た。


「…………」


目が合う。


すぐ逸らす。


駄目だ。


絶対に仲間だと悟られてはいけない。


「では」


周瑜が口を開いた。


「始めましょうか」


凌華は膝の上で拳を握った。


――今度こそ勝つ。


*


二回戦。


最初の議論。


一回戦とは違い、誰もすぐには口を開かなかった。


凌華は周囲を見る。


孫策。


周瑜。


陸議。


諸葛亮。


孫尚香。


呂蒙。


全員が一度経験している。


たった一戦。


それだけなのに。


空気が違う。


「…………」


なんで一回やっただけで、みんなこんな顔になるの。


遊びだよ?


もっとこう。


「誰だろうねー」


とか。


「分かんないねー」


とか。


最初はそういう感じじゃないの?


なのに。


周瑜は全員の様子を観察している。


陸議は黙っている。


諸葛亮は羽扇を動かしながら微笑んでいる。


孫尚香は目を細めている。


孫策だけが楽しそうだ。


そして呂蒙は――。


普通。


ものすごく普通。


凌華は感心した。


上手い。


「さて」


最初に口を開いたのは諸葛亮だった。


「先ほどは凌華が最初に追放されましたが」


「その話やめない?」


「今回は慎重に参りましょう」


「聞いてる?」


「まず、占い師を名乗る方は?」


凌華は動かなかった。


呂蒙も。


数秒後。


孫尚香が手を上げる。


「私よ」


凌華は内心で息を呑んだ。


「昨夜、陸議を見たわ」


陸議が顔を上げる。


「結果は?」


「村人」


凌華は考える。


孫尚香が本物か。


それとも偽物か。


一回戦を経験している以上、もう初心者だからといって素直に信じることはできない。


「他には?」


周瑜が尋ねる。


誰も名乗らない。


凌華は少し考えた。


ここだ。


経験者として見せ場を作るなら。


「……じゃあ尚香が本物っぽいかな」


全員が凌華を見る。


「何で?」


孫策が尋ねた。


「対抗がいないから」


「たいこう?」


「他に占い師だって言う人がいないってこと。もちろん、本物が隠れてる可能性もあるけど、今のところ尚香を疑う理由はないかな」


一瞬。


静かになった。


凌華は少しだけ得意になった。


ほら。


これが経験者。


一回戦みたいに「なんとなく怪しい」だけじゃない。


ちゃんとゲームらしいことも言える。


「なるほど」


周瑜が頷く。


「それは筋が通っていますね」


凌華の口元が緩む。


「でしょ?」


「ただし」


嫌な言葉が続いた。


「なぜ凌華は、孫尚香をそれほど早く信用したのでしょう」


「…………え?」


「今、自分で仰ったでしょう。本物が隠れている可能性もある、と」


「言ったけど」


「にもかかわらず、最初に『本物っぽい』と印象づけた」


「いや、それは普通の――」


諸葛亮が静かに続けた。


「もし凌華殿が狼であれば、占い師候補を早期に一人へ絞る利点がありますね」


「待って」


孫策が笑う。


「また凌華か?」


「なんで!?」


「二回連続じゃねえか」


「まだ何もしてない!」


陸議が口を開く。


「正確には、しました」


「陸議さん!?」


「孫尚香殿を真に近いと評価しました」


「普通の発言でしょ!」


「ええ。普通です」


「じゃあいいじゃん!」


「ですが、凌華が言うと少し怪しい」


「何で私だけ!?」


『日頃の行いだな』


「孫策まで敵に回らないで!」


「俺はまだ何も言ってねぇぞ!」


「……あ」


凌華は固まった。


周囲が怪訝そうにこちらを見る中、陸議だけは何も言わなかった。


凌華は口を閉じた。


危ない。


このままだとまた一回戦と同じだ。


落ち着け。


経験者。


経験者なんだから。


*


「じゃあ逆に聞くけど」


凌華は姿勢を正した。


「私を疑ってる人」


孫策が手を上げる。


周瑜。


諸葛亮。


陸議。


四人。


「多い!」


呂蒙と孫尚香だけ上げていない。


呂蒙は仲間だから当然として。


「理由は?」


凌華が尋ねる。


孫策。


「始まる前に挙動不審だった」


「それゲーム外!」


周瑜。


「発言が少し防御的です」


「みんなが疑うから!」


諸葛亮。


「右上を見ておられました」


「あなたまで!?」


最後。


陸議。


「…………」


「陸議さんは?」


「癖を知っていますので」


「だからそれ禁止!」


「なぜです?」


「ゲームにならないから!」


「では次から左上を見るようにしては?」


「そういう問題じゃない!」


笑いが起こる。


凌華は頬を膨らませた。


でも。


ここで終わるわけにはいかない。


「じゃあ私も疑う」


「誰を?」


陸議が尋ねる。


凌華は一度全員を見た。


そして。


「周瑜さん」


周瑜が眉を上げる。


「理由は?」


「私への疑い方が早すぎる」


「ほう」


「一回戦でもそうだったけど、周瑜さんって自分から疑い先を作るんだよね」


今度は本気で考えていた。


「それでみんながそっちを見るようにする。もし周瑜さんが狼なら、すごくやりやすいと思う」


静かになった。


周瑜の表情から笑みが少し消えた。


「……なるほど」


諸葛亮が羽扇を揺らす。


「今の指摘は興味深いですね」


凌華は内心で拳を握った。


よし。


通った。


「さらに言うと」


凌華は続ける。


「孔明さんも怪しい」


「私もですか?」


「そう」


「理由を伺っても?」


「ずっと人の発言に乗ってる」


諸葛亮の羽扇が止まる。


「自分から最初の疑いを作ってない。誰かが何か言った後で、それを広げてる」


孫策が諸葛亮を見る。


呂蒙も。


孫尚香も。


初めて空気が凌華から離れた。


凌華は心の中で叫んだ。


――これ!


これが人狼!


ようやくできた!


『お前、楽しそうだな』


「今ちょっと楽しい」


『狼なのに?』


「狼だから楽しいの」


『性格悪くなってねえか?』


「ゲームだから!」


*


その後。


議論は混乱した。


周瑜が凌華を疑う。


凌華は周瑜を疑う。


諸葛亮は両者を観察する。


陸議は発言の順番を整理する。


孫尚香は占い結果を軸に考える。


孫策は途中から。


「もう全員怪しい」


と言い出した。


「それ言ったらゲーム終わるから!」


凌華が突っ込む。


「だって本当に怪しいぞ」


「その中に狼二人しかいないの!」


「じゃあ五人は嘘ついてねえのか」


「そう!」


「それはそれで信じられねえな」


「普段どんな世界で生きてるの!?」


「戦乱の世だが?」


「そうだった!」


言い返せなかった。


*


そして最初の投票。


凌華は周瑜。


周瑜は凌華。


諸葛亮は凌華。


陸議は――周瑜。


孫策は諸葛亮。


孫尚香は凌華。


呂蒙は周瑜。


三対三対一。


凌華と周瑜が同数。


「…………」


凌華は周瑜を見る。


周瑜も凌華を見る。


「再投票だね」


「そのようですね」


怖い。


笑ってる。


絶対この人楽しんでる。


再び短い議論。


凌華は必死に周瑜を攻めた。


「だって周瑜さん、さっきから私しか疑ってない!」


「あなたが最も怪しいからです」


「それ以外の理由!」


「右上」


「それ陸議さんの情報でしょ!」


「有用な情報は使います」


「軍師ぃ!」


周瑜の口元がわずかに上がる。


再投票。


凌華。


周瑜。


票が読み上げられる。


凌華は膝の上で拳を握った。


結果。


――周瑜。


追放。


「…………勝った」


凌華は呟いた。


「勝った!」


立ち上がる。


「周瑜さんに勝った!」


「まだゲームは終わっていませんよ」


周瑜が冷静に木札を返す。


――村人。


凌華の笑顔が止まった。


「…………」


周瑜が微笑む。


「残念でしたね」


「でも追放したもん」


「村人を、でしょう?」


「…………」


「狼にとっては都合がよかったのでは?」


全員の視線が凌華へ向いた。


「周瑜さん!!」


追放された人間が最後に爆弾を落としていった。


*


夜。


人狼は一人を襲う。


凌華と呂蒙は視線だけで相談した。


狙う相手は――孫尚香。


占い師を残す理由はない。


翌朝。


孫尚香が脱落。


広間に残ったのは五人。


凌華。


呂蒙。


孫策。


陸議。


諸葛亮。


凌華は内心で笑った。


順調。


ものすごく順調。


一回戦とは全然違う。


「さて」


諸葛亮が羽扇を動かす。


「孫尚香殿が襲われたということは、やはり占い師だった可能性が高い」


「そうだね」


凌華が答える。


「狼にとって邪魔だったんだと思う」


陸議が凌華を見る。


「なぜ?」


「え?」


「なぜ、邪魔だったと?」


「占い師だから」


「ですが、狼から見ても孫尚香殿が本物だと断定できたとは限りません」


「…………」


凌華の動きが止まる。


陸議が続ける。


「対抗はいませんでした。しかし、潜伏している可能性もあると凌華が自分で言っていたでしょう」


「それは……」


「なのに今は、本物だったことを知っているように話した」


沈黙。


凌華の背中に冷たい汗。


やばい。


「言葉の綾!」


「そうでしょうか」


「そう!」


陸議の目が細くなる。


「それともう一つ」


「まだあるの!?」


「昨夜、孫尚香殿が襲われる直前」


陸議は呂蒙を見る。


「呂蒙殿と凌華殿は、一度目を合わせましたね」


「…………」


凌華。


呂蒙。


同時に固まった。


孫策が二人を見る。


諸葛亮の羽扇が止まる。


凌華はゆっくり陸議を見る。


「……見てたの?」


「ええ」


「ずっと?」


「何となく」


「その言葉便利に使わないで!」


呂蒙が頭を掻いた。


「陸議、お前怖ぇな」


「褒め言葉として受け取ります」


「褒めてねえよ」


凌華は必死に考える。


まだだ。


まだ誤魔化せる。


「目が合っただけで狼は無理があるでしょ!」


「もちろんです」


陸議はあっさり認めた。


「ですから確認しただけです」


「…………」


しまった。


反応を見られた。


凌華は気づいた。


陸議の口元がほんの少し上がっている。


「陸議さん」


「はい」


「今、私の反応見た?」


「何のことでしょう」


「この人嫌い!」


「それは残念です」


全然残念そうではない。


*


そこからは早かった。


諸葛亮が陸議の指摘を拾う。


孫策が凌華と呂蒙の様子を思い返す。


呂蒙は必死に凌華から距離を取ろうとする。


そしてそれが逆に怪しい。


凌華も呂蒙を疑うふりをする。


「私、呂蒙さんも怪しいと思う」


呂蒙が凌華を見る。


「お前!?」


目が言っている。


――裏切るのか。


凌華も目で返す。


――仕方ないでしょ!


孫策が二人を交互に見る。


「……お前ら、目で会話してねえか?」


「してない!」


「してねえ!」


二人同時。


沈黙。


『馬鹿二人』


「…………」


何も言い返せない。


*


投票。


凌華。


凌華。


凌華。


呂蒙。


凌華。


圧倒的だった。


「…………」


木札を返す。


――人狼。


数秒の静寂。


そして。


孫策が爆笑した。


「やっぱりお前じゃねえか!!」


「途中まで上手くいってたの!!」


「右上見た時点で終わってただろ!」


「それ言わないで!」


諸葛亮が笑う。


「ですが、一回戦より随分お上手でしたよ」


「……本当?」


「ええ。周瑜殿を追放したあたりは見事でした」


凌華の顔が明るくなる。


「でしょ!?」


「狼として」


「最後の一言いらない!」


陸議も小さく笑っている。


凌華はそちらを睨んだ。


「陸議さん」


「はい」


「次は絶対最初に噛む」


「先ほども聞いたような気がします」


「今度は本当に!」


「その場合、凌華が狼だと分かりますね」


「…………」


凌華は黙った。


「噛まない」


「賢明です」


「腹立つ!」


*


ゲームはその後。


翌日の議論で、前日の凌華との不自然な視線のやり取りを陸議と孔明に改めて指摘され、最後まで粘った呂蒙も追放された。


二回戦終了。


凌華は畳に突っ伏した。


「疲れた……」


「遊びでここまで疲れる奴、初めて見たぞ」


孫策が笑う。


「誰のせいよ」


「お前が持ってきた遊びだろ」


「そうだけど……」


周瑜が戻ってくる。


「しかし、面白い遊びですね」


「でしょ?」


「軍議にも応用できそうです」


凌華が顔を上げた。


「やめて」


「虚偽の発言を見抜く訓練として――」


「遊びだから!」


諸葛亮も頷く。


「交渉の訓練にも使えそうです」


「使わないで!」


陸議まで。


「相手の視線や癖を観察する訓練にも」


「陸議さんはもう十分でしょ!」


三人が何やら話し始める。


凌華は青ざめた。


「待って。私、とんでもないもの持ち込んだ?」


『今さら気づいたのか』


「……うん」


孫策が新しい木札を手に取った。


「よし」


凌華が嫌な予感とともに顔を上げる。


「三回戦だ」


「まだやるの!?」


「次は役職増やそうぜ」


凌華は一瞬黙った。


そして。


ゆっくり起き上がる。


「…………増やす?」


「ああ」


「狩人とか?」


「何だそれ」


凌華の目が輝いた。


「占い師を守れる役職」


周瑜が振り返る。


陸議も。


諸葛亮も。


凌華は説明しようとして――。


止まった。


一回戦。


二回戦。


この人たちがどれほど恐ろしい速度でゲームを理解したか。


思い出す。


「…………やっぱりやめようかな」


孫策が笑った。


「もう遅ぇよ」


「え」


「狩人って何だ?」


「いや」


「教えろ」


「嫌」


「凌華」


「絶対嫌!」


『諦めろ』


長剣から笑い声。


『もうこいつら完全にハマってるぞ』


凌華は広間を見回した。


周瑜。


陸議。


諸葛亮。


全員。


目が完全に本気だった。


「…………」


未来から持ち込んだ人狼ゲーム。


どうやら二回戦程度では、終わらせてもらえそうになかった。


そして凌華はまだ知らない。


狩人、霊媒師、狂人を追加した三回戦で――。


この遊びがさらに、とんでもないことになることを。

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