番外編 人狼ゲーム凌華×陸議恋人狐背徳有
「――今回は九人です」
凌華がそう告げた途端、初参加の甘寧が卓上に並んだ木札を見て眉をひそめた。
「聞いてた話と違わねえか?」
「何が?」
「狼を見つける遊びだって聞いたぞ。何だよ、この狐だの背徳者だの恋人だのって」
「進化したの」
「悪化してんじゃねえのか?」
孫策が吹き出した。
「甘寧、諦めろ。俺たちも最初は簡単な遊びだと思ってた」
「誰がこんなに増やしたんだ?」
全員の視線が凌華へ集まる。
「…………」
『お前だろ』
「分かってるよ」
腰元から聞こえた声へ小さく返し、凌華は改めて木札を並べた。
参加者は九人。
凌華、陸議、孫策、周瑜、呂蒙、孫尚香、孔明、孫権、そして甘寧。
人狼二人。
占い師、霊媒師、狩人。
村人二人。
さらに妖狐と背徳者。
そこへ二人だけに付与される特殊属性――恋人。
妖狐は狼に襲われても死なないが、真占い師に占われれば呪殺される。背徳者には妖狐が誰か分かっており、その妖狐が死ねば後を追う。
そして恋人もまた、片方が死ねばもう片方が後を追う。
「恋人は元の陣営より恋人陣営を優先。二人で最後まで残れば勝ち」
説明を聞き終えた甘寧は、しばらく黙ったあと一言だけ言った。
「面倒くせえ」
「やれば分かるから」
「お前、毎回そう言ってねえか?」
「いいから引いて!」
そうして。
九人へ役職が配られた。
*
凌華が引いた本役職は――占い師。
そしてもう一つ。
――恋人。
相手の恋人の印がついた札を持っていたのは、陸議だった。
目が合った。
「…………」
「…………」
凌華は数秒考えたあと、小さく頷いた。
「……まあ、陸議さんなら生存率高そう」
「そこなのですね」
「何が?」
「いえ」
陸議は静かに札を伏せる。
その下には。
凌華の知らない、もう一つの文字があった。
――人狼。
陸議の相方は甘寧だった。
*
初日の朝。
凌華は迷わず占い師として名乗り出た。
「占い師、私。孫権を占って白」
続いて周瑜が手を上げる。
「では、私も占い師です。孔明殿、白」
対抗占い。
狂人はいない。
凌華から見れば、周瑜は人狼、妖狐、背徳者のいずれか。
「初日から面倒だなあ……」
思わず漏らすと、孔明が羽扇の向こうで笑った。
「役職を増やした方が仰ることではありませんね」
「孔明さんには言われたくない」
「私は何もしておりませんが」
「まだ、ね」
その言葉に周囲から笑いが起きる。
しかし。
甘寧だけは別の場所を見ていた。
「俺、陸議が怪しいと思うぞ」
凌華の顔がそちらへ向く。
「何で?」
早かった。
甘寧が凌華を見る。
「まだ何も言ってねえぞ」
「理由を聞いただけ!」
「食いつくの早えな」
「普通でしょ!」
「そうか?」
陸議が静かに口を挟む。
「それで、私を疑う理由は?」
「勘」
「勘!?」
また凌華が反応する。
甘寧はとうとう笑った。
「お前、陸議の話になると分かりやすいな」
「違うって!」
『分かりやすいぞ』
「うるさい!」
「何が?」
「独り言!」
「忙しい奴だな」
甘寧は笑いながらも、陸議から視線を外さなかった。
「でも俺は怪しいと思うけどな」
「だから何で」
「勘だって言ってんだろ」
「そんなので疑われたら誰でも狼になるじゃん」
「そんなに白いと思ってんなら、お前が占えばいいだろ」
「……は?」
「今夜、陸議占えよ」
甘寧がにやりと笑った。
「占うの怖えのか?」
「怖くない!」
『お前、完全に乗せられてるぞ』
「占うよ!」
凌華は思わず机に手をついた。
「今夜、陸議さん占う! 白だったらもう怪しいって言わないでよ!」
「おう。白なら考えてやる」
「絶対だからね!」
「分かった分かった」
甘寧が笑う。
その隣で陸議だけが、何とも言えない顔で凌華を見ていた。
初日から。
恋人陣営は早くも危うかった。
*
議論はそのまま続いた。
まだ初日。
占い師は二人いるものの、それ以外に確かな情報はほとんどない。
やがて処刑候補の一人として孫権の名が上がった時、凌華はすぐに口を挟んだ。
「待って。孫権、私の白なんだけど」
「お前が本物ならな」
甘寧が返す。
「それはそうだけど……」
凌華も、村側の理屈が分からないわけではなかった。
妖狐と背徳者がいる。
背徳者が妖狐へ白を出して守ることもできるし、占い師が人狼なら仲間へ白を出すことだってできる。
片方の占い師から白を出されたからといって、それだけで安全とは言えない。
だが。
凌華には分かっている。
孫権は白だ。
「狐がいるのも分かるし、片方から白もらっただけじゃ駄目なのも分かる。でも私から見たら孫権は絶対白なの。ここ吊るの、完全に無駄じゃん」
「凌華から見れば、でしょう?」
周瑜が穏やかに返す。
「そうだけど!」
それがもどかしい。
自分には答えが見えているのに、他の者にはそれを証明できない。
「私は孫権には入れないからね」
最後まで反対した。
だが票は集まり。
最初の処刑者は――孫権。
凌華は不満そうに頬を膨らませた。
「だから白なのに……」
「まだ分からんだろ」
呂蒙が言う。
「分かってるの! 私には!」
『真占いってのも面倒だな』
「ほんとそれ」
「俺か?」
孫策が振り向く。
「違う!」
*
夜。
凌華は約束通り陸議を占った。
甘寧の疑いを晴らす。
ただ、それだけのつもりだった。
どうせ白だ。
明日の朝になったら、甘寧に思い切り言ってやろう。
――ほら、白だったじゃん。
そう思っていた。
結果が示されるまでは。
「…………」
凌華の表情が止まった。
――人狼。
「……は?」
もう一度見る。
変わらない。
「いやいやいやいや……待って」
人狼。
「陸議さん?」
当然、変わらない。
凌華は両手で顔を覆った。
「最悪……!」
『面白え』
「面白くない!」
『恋人が狼か』
「見れば分かるよ!」
占い師としてなら簡単だった。
明日、陸議へ黒を出せばいい。
そして陸議を吊れば、人狼を一人処理できる。
ただし。
陸議が死ねば。
恋人である凌華も後を追う。
「…………」
さっきまで甘寧に「絶対白だから」と言い切っていたことまで思い出した。
何であんなこと言ったんだ、私。
いや、白だと思っていたからなのだが。
『で、どうすんだ?』
「分かんない……」
反射的に答えてから、凌華は黙った。
本当に分からないのか。
いや。
違う。
やるべきことは、分かっている。
正直に黒を出せば負ける。
なら。
真実を言わなければいい。
「…………白」
『あ?』
「白って言う」
『黒なのに?』
「黒だけど」
『お前、真占いだろ』
「そうだけど!」
凌華は膝を抱えたまま、残っている顔ぶれを頭の中へ並べた。
周瑜。
孔明。
尚香。
呂蒙。
孫策。
甘寧。
そして陸議。
狼は二人。
その一人が陸議。
もう一人がどこかにいる。
周瑜の正体も分からない。
狐もいる。
背徳者もいる。
情報はまだ足りない。
けれど。
一つだけはっきりしている。
――陸議さんを吊らせるわけにはいかない。
この遊びで重要なのは、自分が真実を知っていることではない。
他の者に。
何を信じさせるか。
「……やるしかない」
『悪い顔してんな』
「してない!」
*
同じ夜。
人狼側では、甘寧が凌華の名を挙げていた。
「占い噛むなら凌華じゃねえか?」
陸議の目が僅かに動く。
「いえ」
「何でだよ」
「占い師を今噛めば、狩人に守られている可能性があります」
「周瑜も占いだろ」
「ええ。ですから今、あえて占い師を狙う必要はないかと」
甘寧がじっと陸議を見る。
「……お前、凌華噛みたくねえの?」
「合理的に申し上げているだけです」
「へえ」
「何でしょう」
「いや?」
甘寧はそれ以上追及しなかった。
陸議は盤上へ視線を落とし、少し考える。
「孔明殿はいかがでしょう」
「孔明?」
「発言が多い割に、まだ色が見えません」
「まあ、面倒そうなのは分かる」
襲撃先は孔明に決まった。
そして。
翌朝。
誰も死ななかった。
*
「権兄上は白だったよ」
二日目の朝。
霊媒師として名乗り出た孫尚香の言葉に、凌華は勢いよく身を乗り出した。
「ほら!」
「何よ」
「だから言ったじゃん! 孫権は白だって!」
「凌華からしたら昨日から分かってたでしょう」
「そうだけど! やっと証明された!」
少なくとも初日の占い結果は正しかった。
それだけで凌華の真が決まるわけではない。
それでも、尚香にとっては一つの判断材料になる。
そして。
次は凌華の占い結果。
孔明が静かに尋ねた。
「凌華殿。昨夜は予定通り、陸議殿を?」
「……占った」
一瞬だけ。
陸議と目が合った。
何も言わない。
凌華は息を吸った。
「白」
言った。
「陸議さん、白だった」
甘寧が片眉を上げる。
その顔を見た瞬間。
凌華は昨夜までの緊張を押し込めるように胸を張った。
「ほら、白じゃん!」
「……何でお前がそんな勝ち誇ってんだよ」
「昨日あれだけ怪しいって言ってたでしょ!」
「お前、俺に煽られて占っただけだろ」
「違うし! ちゃんと確認しただけだし!」
『黒だけどな』
凌華の頬が一瞬だけ引きつった。
「…………」
「どうした?」
「何でもない!」
甘寧はまだ何か言いたそうにしていたが、凌華は先に顔を逸らした。
周瑜の結果は孫策、白。
「俺も白か」
「ええ」
「じゃあ今日はどうする?」
話が進んでいく。
その間にも、凌華は何度か甘寧を見ていた。
甘寧はまだ陸議への疑いを完全には解いていない。
自分が白を出したのに。
単に勘が鋭いだけなのか。
それとも。
何か理由があるのか。
――気になる。
「甘寧」
「何だよ」
「今夜、あんた占うかも」
「俺?」
「だってまだ陸議さん疑ってるし」
「白出たからって、お前が本物とは限らねえだろ」
「私は本物なの!」
「自分で言うな」
「言うよ!」
甘寧が笑う。
「好きにしろ」
「する」
その日の処刑者は孫策となった。
「また俺かよ!」
「ごめん孫策」
「軽いな!?」
『人間の俺、よく吊られるな』
「……確かに」
「何がだよ!」
「何でもない!」
*
その夜。
凌華は迷わず甘寧を占った。
結果。
――人狼。
「…………」
今度は声も出なかった。
甘寧。
黒。
そして。
陸議も黒。
「……見つけた」
『何を?』
「二人とも」
『狼か』
「うん」
これで。
凌華だけは知った。
狼は陸議と甘寧。
二人。
全て埋まった。
「……甘寧、本当に狼だったんだ」
『お前、片方白って言っちまったけどな』
「言わないで!」
だが。
同時に。
盤面が大きく狭まった。
狼は二人とも分かった。
なら。
周瑜は狼ではない。
孔明も。
尚香も。
呂蒙も。
少なくとも狼ではない。
対抗の周瑜が何者なのか。
そこまで考えかけて。
凌華は一度止めた。
今は先に甘寧だ。
明日は。
本当の黒を出す。
*
同じ夜。
人狼側では。
甘寧が盤上を眺めながら腕を組んでいた。
「昨日のあれ、孔明だったよな」
「ええ」
「死ななかった」
「そうですね」
二人とも人狼。
孔明が仲間でないことは最初から分かっている。
そして人狼の襲撃を受けても死なない役職は、この配役では一つしかない。
甘寧が鼻で笑う。
「面倒なとこ当てたな」
陸議は答えなかった。
孔明。
その名を静かに頭へ置く。
その夜。
二人が選んだ襲撃先は孫尚香。
しかし。
狩人の守りが入った。
翌朝もまた。
誰も死ななかった。
*
三日目。
「先に言っとく。俺が狩人だ」
呂蒙が腕を組んだまま言った。
「呂蒙さん?」
「ああ。昨夜は尚香を守った」
尚香が目を丸くする。
「私?」
「霊媒師を抜かれると面倒だからな」
対抗は出ない。
昨夜の死者なしは、呂蒙の護衛成功で説明がつく。
そして。
占い結果。
凌華は甘寧を見る。
「甘寧、黒」
「俺か」
「うん。人狼」
甘寧は驚くというより。
凌華をじっと見た。
その視線が一度だけ陸議へ流れる。
「……なるほどな」
「何?」
「いや」
「何その顔」
「別に」
凌華が眉を寄せたところで。
周瑜が静かに口を開いた。
「では、こちらも結果を」
全員の視線が集まる。
「陸議殿。黒です」
一瞬。
空気が止まった。
「……は?」
凌華が周瑜を見る。
陸議は表情を変えない。
甘寧だけが僅かに口元を歪めた。
凌華の胸の内では。
別の意味で心臓が跳ねていた。
――当たってる。
周瑜さん、偽物なのに。
陸議さん、本当に黒なんだけど。
「違う」
反射的に言った。
周瑜が凌華を見る。
「何がです?」
「陸議さんは白。私が昨日占った」
「それは凌華殿の結果でしょう」
「そうだけど、私が――」
「凌華」
陸議が静かに遮った。
「え?」
「大丈夫です」
その声音に。
凌華は口を閉じた。
陸議は周瑜へ向き直る。
「一つ、よろしいですか」
「どうぞ」
「なぜ私を占ったのでしょう」
周瑜は迷わなかった。
「昨日、凌華殿が貴方へ白を出したからです」
「対抗の白だから?」
「それだけではありません」
周瑜は静かに続ける。
「初日から甘寧殿に疑われていたにもかかわらず、貴方自身は積極的に疑いを返さなかった。代わりに凌華殿が強く反応した。そして翌日には貴方へ白」
凌華の指先が僅かに動く。
「私から見れば、対抗が庇いたい位置へ白を出した可能性は十分にある。だから確認しました」
「そして黒だった」
「ええ」
「随分、綺麗な結果ですね」
周瑜の目が僅かに細くなる。
「結果が綺麗だと、何か問題でも?」
「いいえ。筋は通っています」
「随分素直ですね」
「結果以外は、ですが」
静かな声。
それだけなのに。
卓を囲む空気が少しずつ張り詰めていく。
孔明が羽扇を揺らした。
「では陸議殿は、凌華殿を真と?」
「少なくとも、周瑜殿よりは」
「理由を伺っても?」
「初日です」
陸議は卓上へ視線を落とした。
「凌華は孫権殿へ白を出した。そして孫権殿が処刑されることへ最後まで反対した。翌朝、尚香殿の霊媒結果は白だった」
尚香が小さく頷く。
孔明はすぐに返す。
「それだけで真とは言えないでしょう。偽でも白は出せます」
「もちろんです」
陸議も即座に認めた。
「ですが少なくとも、凌華の初日の結果は翌日の情報と一つ繋がった」
「偶然でも成立しますよ」
「ええ。ですから周瑜殿の結果も見ています」
「私の?」
周瑜が問う。
「初日、孔明殿へ白。二日目、孫策殿へ白。そして今日、私へ黒」
陸議の視線が孔明へ向く。
「周瑜殿の白は、まだ一つも別の結果と繋がっていない」
孔明の羽扇がゆっくり止まった。
「孫策殿は既に処刑されています。私だけが残った。それを理由に疑われるのは少々心外ですね」
「疑っているとは申し上げておりません」
「では、なぜ私を?」
「周瑜殿を見ているからです」
陸議は淡々と答える。
「占い師本人の言葉だけを見ても真偽は決められない。その結果を受けた者が、その後どう動いたかも材料になるでしょう」
孔明が僅かに笑う。
「では、私の何がお気に召しませんか」
「周瑜殿への疑いが薄い」
即答だった。
「初日に白を受けて以降、孔明殿はほとんど周瑜殿を疑っていない。今日も周瑜殿が私へ黒を出した直後、私を吊るべきだという方向へ動いた」
「それは周瑜殿を真寄りに見ているからですよ」
「なぜ?」
「貴方が怪しいからです」
今度は孔明が即座に返した。
「初日、甘寧殿に疑われた時も、貴方はほとんど自分で反論しなかった。凌華殿が代わりに反論した。翌日には凌華殿から白。そして今日、周瑜殿から黒を出された瞬間も――」
孔明の目が凌華へ向く。
「陸議殿より先に、凌華殿が否定した」
凌華が言葉に詰まった。
「それは……私が白って知ってるからでしょ」
「本当に、それだけでしょうか」
「何それ」
「孔明殿」
陸議の声が一段低くなる。
孔明が視線を戻した。
「はい?」
「凌華の反応を材料に私を疑うのであれば、同じ基準で御自身も見るべきでは?」
「私を?」
「凌華が私を信じることは怪しい。しかし、孔明殿が周瑜殿を信じ続けることは怪しくない」
陸議は僅かに首を傾ける。
「随分と都合のよい見方ですね」
孔明の笑みは崩れない。
「私と周瑜殿には、貴方と凌華殿ほどの動きはありませんよ」
「そうでしょうか」
「何か?」
「初日から一度も、周瑜殿の真を強く疑っておられない」
「白を出されたからです」
「白を出された。それだけで?」
陸議の声は静かなままだった。
「孔明殿ほど考える方が?」
羽扇が。
僅かに止まる。
「……面白いことを仰いますね」
「そうですか?」
「では私からも」
孔明の目が細くなる。
「陸議殿は今日、御自身へ黒を出されています」
「ええ」
「それなのに、御自身の弁明より周瑜殿の白先を気にしている」
「占い師の真偽を見るためですが」
「本当に?」
周瑜が静かに割って入った。
「私もそこは気になりました」
陸議が周瑜を見る。
「どの点でしょう」
「貴方は今日、処刑候補です。村側であれば、まず御自身が白であることを示す必要がある。それなのに貴方は、私が誰を占ったか、孔明殿がどう動いたかを随分細かく見ている」
「占い師の真偽を判断することと矛盾しますか?」
「矛盾はしません。ただ――」
周瑜は陸議を真っ直ぐ見る。
「視線が広すぎる」
「なるほど」
「まるで、御自身が今日処刑されるかどうかとは別に、確かめたいことがあるように見える」
一瞬。
陸議が黙った。
凌華はそれを見た。
孔明も。
周瑜も。
「……ありませんよ」
やがて陸議は答えた。
「私は初日からの結果と発言を並べているだけです」
「でしたら」
周瑜が続ける。
「なぜ私の初日の孔明殿白を、それほど気になさるのです?」
「それほど?」
「既に二度触れています」
「よく覚えておられましたね」
「当然でしょう。私の結果ですから」
二人の視線がぶつかる。
陸議は僅かに目を細めた。
「では周瑜殿も、初日の結果を重要だと考えておられるのでしょう」
「何を仰りたいので?」
「そのままです」
陸議はそれ以上続けなかった。
孔明が羽扇を揺らす。
「初日の結果を重く見るのであれば、凌華殿の二日目の陸議殿白も同じように見るべきでは?」
「もちろん見ています」
「御自身への白ですからね」
「ええ。ですが、自分への結果だけを理由に凌華を真だと言えば、それこそ孔明殿と同じでしょう」
孔明の眉が僅かに上がる。
「言いますね」
「お互い様かと」
甘寧が二人を見比べて、鼻で笑った。
「お前ら、怖えな」
誰も拾わない。
呂蒙と尚香は、三人のやり取りを黙って聞いていた。
彼らから見えるのは。
占い師二人のどちらが本物か。
そして。
甘寧と陸議。
どちらの黒を吊るべきか。
そのための考察だけだった。
けれど。
凌華には。
別のものが少しずつ引っ掛かり始めていた。
――初日の結果。
自分は孫権へ白。
周瑜は。
孔明へ白。
「…………」
陸議は凌華を見ていない。
何も教えてこない。
ただ。
周瑜と孔明を相手に、初日からの結果を並べているだけ。
なのに。
なぜか。
その一つだけが頭に残る。
周瑜が初日に孔明へ白。
そして孔明は。
今日まで周瑜をほとんど疑っていない。
「凌華?」
尚香の声に、凌華は顔を上げた。
「え?」
「どうしたの。急に黙って」
「あ……いや。考えてただけ」
「甘寧を占った理由?」
「それもある」
凌華は一度頭を切り替え、尚香を見る。
「私は昨日から甘寧が気になってた。陸議さんに白が出ても、まだずっと疑ってたから。だから占ったら黒だった」
「うん」
「孫権だって最初から白って言ってた。尚香の結果も白だったでしょ?」
「それは合ってる」
尚香が頷く。
凌華はそれ以上、余計なことを言わなかった。
自分の中で動き始めた別の考えは。
まだ。
口に出す段階ではない。
甘寧が腕を組む。
「俺は陸議に入れるぞ」
「好きにすれば」
凌華が返す。
「お前、本当に俺に入れんの?」
「黒だったもん」
「そうかよ」
甘寧は凌華を見た。
それから。
陸議を見る。
ほんの僅かに。
口元が上がった。
だが。
何も言わなかった。
尚香はしばらく迷っていた。
周瑜の陸議黒にも説得力はある。
だが。
凌華の初日の孫権白は、自分の霊媒結果と一致している。
そして凌華は昨日から甘寧を気にしていた。
結果を見てから急に作った疑いではない。
さらに。
凌華は二日目、陸議へ白を出したあとも、甘寧の疑いをただ退けるだけではなく、実際に甘寧を占うと宣言していた。
その宣言通り、今日の結果は甘寧黒。
少なくとも凌華は、昨日から甘寧を人外候補として追っていた。
「……私」
尚香がゆっくり口を開く。
「甘寧に入れる」
周瑜が尚香を見る。
「理由を聞いても?」
「凌華の方が、少しだけ真に見えるから」
「少しだけ?」
「うん。周瑜さんが偽物だって確信してるわけじゃない。でも権兄上の結果も合ってたし、凌華は昨日から甘寧を見てた。陸議に白を出したあとも、甘寧を占うって言って、本当に黒を出してる」
尚香は一度、凌華へ視線を向けた。
「結果だけじゃなくて、昨日からの動きが繋がってるから」
「なるほど」
投票。
周瑜――陸議。
孔明――陸議。
甘寧――陸議。
凌華――甘寧。
陸議――甘寧。
呂蒙――甘寧。
孫尚香――甘寧。
四対三。
甘寧、追放。
「マジか」
甘寧は頭を掻きながら立ち上がった。
凌華を見る。
それから。
陸議を見る。
「……何?」
凌華が眉を寄せる。
甘寧は少しだけ口角を上げた。
「いや」
「何その顔」
「別に」
盤面を離れかけて。
一度だけ振り返る。
「まあ、せいぜい仲良くやれよ」
「……は?」
「じゃあな」
「ちょっと待って、どういう意味!?」
甘寧は答えなかった。
手をひらひら振りながら、そのまま去っていく。
「……何なの?」
凌華は首を傾げた。
陸議も何も言わない。
ただ。
凌華が再び周瑜と孔明へ視線を向けたことだけは。
見逃さなかった。
*
甘寧が消えた。
表向き。
村は人狼を一人処理した。
残る人狼は一人。
妖狐はまだ生きている可能性がある。
それだけ。
だが。
盤面の下では。
別の勝負が始まっていた。
誰も。
それを口にはしない。
夜。
凌華は一人、昼間の議論を頭の中で巻き戻していた。
甘寧は黒。
陸議も黒。
人狼は二人。
つまり。
狼はもう全部分かっている。
なら。
周瑜さんは狼じゃない。
自分が真占いなのだから、占い師でもない。
残る人外は。
妖狐。
背徳者。
昼間、陸議が何度も触れていた初日の結果が、凌華の中で引っ掛かっていた。
自分は孫権へ白。
周瑜は孔明へ白。
背徳者は最初から妖狐が誰なのか知っている。
なら。
最初から守ることもできる。
白を出して。
占い候補や処刑候補から遠ざけることも。
周瑜自身が妖狐という可能性もある。
だが、その場合、初日に白を出された孔明の動きが気になった。
孔明は今日まで、周瑜をほとんど疑っていない。
周瑜が陸議へ黒を出した時も、すぐにその結果を支持した。
陸議が周瑜の初日の白へ触れると、孔明は反論し、周瑜もまた陸議が孔明へ視線を向けるたびに議論へ入ってきた。
二人とも、普通に考察していただけ。
そう言われれば、それまでだ。
けれど。
周瑜が背徳者で、孔明が妖狐なら。
初日の白。
その後の庇い合うような動き。
全てが繋がる。
凌華はしばらく考えたあと、目を見開いた。
「あ、分かった」
周瑜が背徳者。
孔明が妖狐。
「……孔明さん」
今、一番占う価値があるのは。
孔明だった。
*
同じ夜。
陸議が選んだ襲撃先は――呂蒙。
狩人。
既に役職を明かしている。
残す理由はない。
そして。
凌華が選んだ占い先は――孔明。
示された結果は。
白。
「…………」
凌華はそれを見つめる。
白。
村人なのか。
それとも。
朝になれば消える白なのか。
今は。
まだ分からない。
長い夜が明けた。
*
朝。
最初に違和感へ気づいたのは尚香だった。
「……呂蒙?」
返事はない。
襲撃。
そして。
もう一人。
孔明の姿がない。
凌華の目が大きくなる。
さらに。
周瑜も。
静かに盤面から姿を消した。
三人。
呂蒙。
孔明。
周瑜。
数秒。
誰も声を出さなかった。
凌華はゆっくり息を吐く。
――当たった。
孔明が妖狐。
周瑜が背徳者。
呂蒙は人狼の襲撃。
凌華の視線が。
陸議へ向く。
陸議もこちらを見ていた。
言葉はない。
必要もなかった。
昨夜まで。
誰にも見えないところで続いていた勝負は。
この朝。
終わった。
*
残ったのは。
凌華。
陸議。
孫尚香。
三人。
尚香はしばらく、空いた席を見つめていた。
「……孔明さんが狐?」
凌華が頷く。
「うん。昨日占った」
「じゃあ周瑜さんが背徳者」
「うん」
「呂蒙は……」
「襲撃だと思う」
「そっか……」
尚香は頷く。
そして。
自分の霊媒結果を確認した。
「甘寧は黒だったよ」
「うん」
凌華が小さく答える。
「じゃあ凌華が本物の占い師で」
「うん」
「甘寧が狼」
「うん」
「孔明さんが狐で、周瑜さんが背徳者」
「うん」
「…………」
尚香が止まった。
凌華は黙る。
陸議も黙っている。
尚香がゆっくり顔を上げた。
「……何で終わってないの?」
「…………」
「甘寧、黒だったんだけど」
「……うん」
「孔明さんも狐だった」
「うん」
「周瑜さんもいなくなった」
「うん」
「じゃあ」
尚香の視線が。
ゆっくり陸議へ向く。
「残ってる狼……」
「…………」
陸議は静かに座っている。
尚香が凌華を見る。
「でも」
「…………」
「凌華、陸議に白って言ったよね?」
「…………」
「言ったよね?」
「…………はい」
長い沈黙。
尚香の目が。
凌華から陸議へ。
陸議から凌華へ。
もう一度。
凌華へ戻る。
「あ」
凌華は気まずそうに笑った。
「…………」
「…………」
「……二人、恋人?」
凌華と陸議は顔を見合わせた。
もう。
隠す意味もない。
「……ごめん」
「申し訳ありません」
「…………」
尚香は二人を見た。
しばらく。
本当にしばらく見た。
「……最悪!!」
「ごめんって!!」
「じゃあ陸議が狼なの!?」
「……はい」
「凌華、知ってたの!?」
「二日目から……」
「白って言ったじゃん!」
「ごめん!」
「真占いでしょう!?」
「恋人でもあるの!」
「そんなのあり!?」
「そういう役職なの!」
「その役職入れたの凌華でしょう!!」
「それは本当にそう!!」
尚香が頭を抱える。
そして。
はっとした。
現在三人。
自分。
凌華。
陸議。
「……待って」
「うん」
「私が陸議に入れても」
「…………」
尚香が二人を見る。
「二人が私に入れたら終わりじゃん」
陸議が静かに頷く。
「はい」
凌華は両手を合わせた。
「……ごめん」
「謝らないでよ!!」
最後の投票。
凌華――孫尚香。
陸議――孫尚香。
孫尚香――陸議。
二対一。
孫尚香、追放。
――恋人陣営の勝利。
*
「もう二度と凌華の白は信用しない」
ゲームが終わるなり。
尚香は真顔で言った。
「待って! 普段はちゃんと本当のこと言うから!」
「真占いで狼に白出した人が何言ってるの」
「今回は恋人だったから!」
「その恋人って役職を入れたの誰?」
「…………私です」
「でしょう?」
何も言い返せない。
孫策が腹を抱えて笑っている。
「お前、真占いだったのに最後は村滅ぼしたのか!」
「言い方!」
「間違ってねえだろ」
「間違ってないけど!」
呂蒙も戻ってきた。
「俺は最後、狩人って名乗った直後に噛まれたぞ」
「ごめん呂蒙さん!」
「まあ、そこは狼なら噛むだろ」
「呂蒙さん……!」
「ただ次は守らん」
「根に持ってる!」
周瑜と孔明も戻ってくる。
周瑜はどこか苦笑気味だった。
「最後は見事に辿り着かれましたね」
「危なかった……」
凌華は心底疲れたように息を吐いた。
孔明が羽扇を揺らす。
「昼の時点では、まだ迷っておられたようでしたが」
「うん。あの時はまだ全然確信なかった」
「では、夜に?」
「昼の話をずっと考えてたら、何となく繋がって」
凌華はそこで陸議を見る。
「……誰かさんが初日の結果、初日の結果って何回も言うから」
「重要な情報でしたので」
「やっぱり何か知ってたでしょ」
「さて」
「ほら!」
孔明が僅かに目を細める。
「やはり、あの議論には別の意図もありましたか」
「孔明さんも途中から陸議さん警戒してたよね?」
「どうでしょう」
「絶対してた!」
周瑜まで涼しい顔をしている。
「議論とはそういうものでしょう。相手が何を見ているのかを考えるのも、判断材料の一つです」
「この三人怖いんだけど!」
「凌華殿も十分こちら側だったと思いますが」
「私は途中から必死だっただけ!」
少し離れたところで。
甘寧が腕を組みながらこちらを見ていた。
凌華と目が合う。
「……何?」
「別に」
「またその顔!」
「何も言ってねえだろ」
「絶対何か思ってる!」
甘寧は鼻で笑っただけだった。
最後まで。
それ以上は何も言わなかった。
*
片付けが始まり。
凌華は恋人の札を摘み上げた。
「……これ、しばらく禁止」
陸議が隣から覗き込む。
「なぜです?」
「疲れる」
「随分楽しそうでしたが」
「どこが!」
「甘寧殿へ黒を出した辺りなど」
「そこは本当に黒だったの!」
「ええ」
「問題はその前!」
凌華は頭を抱える。
「私、真占いだったんだよ? 狼二人とも見つけたんだよ?」
「見事ですね」
「そのうち一人に白出したけど!」
「そうですね」
「何でそんな冷静なの!?」
陸議が小さく笑う。
凌華は恋人の札を箱へ戻しかけて。
ふと止まった。
「……陸議さん」
「はい」
「昼間さ」
「はい」
「私が途中から周瑜さんと孔明さん気にしてたの、分かってた?」
陸議は少しだけ考える。
「何のことでしょう」
「絶対分かってた!」
「私は占い結果について話していただけですが」
「嘘。途中から明らかに初日の孔明さん白ばっかり突いてたじゃん」
「周瑜殿の真偽を考えるためです」
「…………」
凌華がじっと見る。
陸議は何食わぬ顔をしている。
「じゃあ何で、私が考え始めたらそれ以上言わなくなったの?」
一瞬。
陸議が黙った。
「ほら!」
「凌華が御自身で考えておられたので」
「やっぱり見てたじゃん!」
「見てはいました」
「私、何も言ってなかったよ?」
「ええ」
「じゃあ何で分かったの」
陸議は僅かに首を傾けた。
「見ていれば、何となく」
「…………」
『こいつ、お前のことよく見てんな』
凌華の頬が僅かに熱くなる。
「うるさい」
「何がです?」
「陸議さんじゃない!」
「そうですか」
陸議はそれ以上追及しなかった。
凌華も誤魔化すように札を箱へ押し込む。
「とにかく! 恋人は禁止!」
「次も同じ組み合わせになるとは限りませんよ」
「そういう問題じゃない!」
「では、私以外なら構わないと?」
「…………」
凌華が止まる。
「何でそうなるの?」
「確認しただけです」
「いらない確認しないで!」
陸議が笑う。
その少し離れた場所で。
甘寧がこちらを見て。
「……やっぱ面倒くせえ遊びだな」
ぼそりと呟いた。
凌華が振り返る。
「だからやれば分かるって言ったでしょ!」
「分かった結果がこれだよ!」
部屋に笑い声が広がる。
恋人。
人狼。
妖狐。
背徳者。
表では最後まで。
占い師の真偽を追い。
黒を探し。
発言を拾い。
互いの矛盾を突く。
ただの人狼遊戯だった。
けれどその水面下では。
誰にも見えないまま。
互いの正体へ少しずつ手を伸ばしていた者たちがいた。
そして最後に残ったのは。
最初から全てを知っていた者ではなく。
別々の場所から答えへ辿り着き。
最後まで互いを生かした二人だった。




