77話目 釣りたてのイカを食べて欲しい
さて、試し釣りから帰って来た俺は、宿の女将さんに無理を言って厨房を貸してもらった。
前に王都近くの湖で釣り上げたシビレイカ、それと今日の試し釣りに掛かったマゴチ。あっ、サーブルの卵でイクラの醤油漬けも作らなきゃ!
あーっわさびが無いなぁ。この辺りなら島に比べるとだいぶ気温も低いし、山の中腹辺りに行けばワンチャン有るかも。
ギルドで調べて見る事にしよう。
よし、気を取り直して…捌いていく!
シビレイカは寄生虫がいないのがわかっているので安心だ。歴40余年の釣り人に捌けない魚は無いが、2度アニサキスにやられているのでしっかりモノクルで確認する。あ、サーブルに居るじゃん!ちょっと今回はパスだな。
いや、今のステータスだと寄生虫の攻撃も受け付けないんじゃないか?
ただ…ちょっと試しに食べて見ますか。とはならないなぁ。何より気分悪いし。
マゴチはモノクルで確認すると、正式名称マッドマゴチ。
砂泥域に住んでいるのだろうなとは思うが、おじさんは
「世紀末な暴走族と対決か?」
などと考えてしまう。
マゴチの方は寄生虫無し、毒なし、肝と胃袋も美味。
イカとマゴチの刺盛りに、タツミさんに譲って貰った日本酒。
刺身はどちらも腕輪に保存していたので新鮮そのもの。マゴチは4、5日寝かせた方が美味いが、釣りたてのプリプリも嫌いじゃない。なるべく薄く切りつけてやる事がコツっちゃあコツかな?あんまり厚く切ってしまうといつまでも口に残って食味が悪くなる。
逆にイカは新鮮なら新鮮な程良い。
イカ釣りをやる友人にお裾分けを貰った次の週には道具を揃えて一緒に船に乗っていた。
それくらい鮮度で味が変わるのがイカなのだ。
コリコリのイカの身にサクサクと歯が入る食感、噛むほどに甘みが口の中に広がる。そして、やっぱり刺し身には醤油だなぁ。
ごま油だの塩だの柑橘だの色々と試したが、暫く食べられなくなって醤油の旨さを再確認。
すかさず日本酒を一口。
くっ…不覚にも泣きそうだ。
1人涙を堪える俺を見て、食堂の隅でヒソヒソしないで下さい。
昨日の女性が今日は居ませんが、別に振られた訳じゃありません。ベットでシツコイと嫌われるとかソンナコトナイデスカラ!
くっ…涙出てきた。
おはようございます!
元気に女将さんにご挨拶したら、朝食を頂いて出動!
あっ女将さん、今日は夕食要らないです。領主に奢らせるんで!
居た堪れなくて変なテンションになってしまったな。さて、昨日はトーア雑貨店しか見れなかったからな。ベルリック百貨店の方を覗いて見よう。
大通りを街の中心に向かって歩いて行くと、領主邸の前にある広場を挟んで右にマーラ武具商会、左がベルリック百貨店になっております。
領主邸は4階建てだけど、4階部分は増築したのかな?そこだけ新しいのか外壁の色が他と少し違っている。
マーラ、ベルリックの店は3階建て。
もしかしてこの2軒が領主邸と同じ高さになったから増築したとか?貴族の考えは分からんな。
人混みを掻き分け左手にあるベルリック百貨店へ。
こっちはマーラ武具商会と違って女性客が多くて華やかだ。向こうは店員も客もゴツいオッサンばかり、視線を向けるだけで目が染みるな。気のせいか?
ベルリック百貨店の店内は明るく、トーア雑貨店よりもかなり整然としている。通路も広く取られ、壁際には商品棚が有るが、それ以外の展示はテーブルに広げられ1つ1つの商品をしっかりと見る事が出来る。
在庫を店頭に並べていない分、店員さんは忙しそうだな。せっかく高級店の落ち着いた店内を演出しているのに、慌ただしく働く店員さんのせいで台無しだ。
1階は衣類が殆どで、2階が化粧品やアクセサリー。2階の商品は高額な物が多く、お客さんより店員さんの方が多い。
日本では匂いの強い化粧品は出入り口の近くに配置されていたが、ここでは盗難を考えてか、2階の奥まった所で販売しているみたいだな。
3階はここまでとは違い、商品棚が多く食器や雑貨が棚いっぱいに並んでいる。店員さんも下は女性だけで何人も居たが、ここは階段近くにあるカウンターに男性が1人だけ。なんだか3階だけ別のお店に来たみたいだ。
あそこに座っているのが兄のベルなんだろうか?
「こんにちは、いや~こちらのお店は女性ばかりで落ち着かないと思ってましたが、この階はゆっくり見られて良いですね。」
「いらっしゃいませ、昔は全部の階がここと同じ様な感じだったんですけどね。リックさんが女性の為のお店にするっておっしゃいまして今の形になったんです。」
おや、この人はただの店員さんか。出来れば2人のウチのどちらかと接触したかったんだが…まぁ仕方ないか。
「確かに、女性用の商品は王都のお店よりも充実してそうです。正直、男の私には居場所が無かったですよ。リックさんと言う方はやり手なんですねぇ。」
「ええ、先代までは商品を売るだけの普通の商店でしたが、リックさんは商品を作る所から始めて、幾つも商人ギルドで商品登録を行なっています。化粧品等はわざわざ錬金術師をスカウトする所からやっていますからね。知ってます?ウチの化粧品は【保湿】とか【美白】なんて言う効果が付与されているですよ。」
ん?保湿に美白?まさかリックさんて俺と同じ転移者?いや、転生者か?
「それは凄い。実は私、こう言う者なんですが、リックさんとお話しさせて頂けませんかね?」
腕輪から特級職人証を見せる。
「とっ、と特級職人!しかもガラスですか!すぐに読んで参りますので少々お待ち下さい!」
そう言って店員さんは慌てて下の階へと走り出した。おい、階段をその勢いで行くのは危ないぞ。
すぐに店員さんは1人の女性を連れて戻って来た。冒険者ギルドでは30代後半と聞いて居たが、とてもそうは見えない。どう見ても20代、それも前半。
少しくすんだロングの金髪は高い位置で纏められており、緩やかにウェーブして広がっている。
頬はわずかに紅潮しており、いたずらっぽい目で微笑んでいる。
「貴方がガラスの特級職人ってホントなの!」




