73話目 シンシア
ヘルムートさんと別れた俺は、クラウンに跨り北へ向かってひた走る。
島で休ませていた間にステータスは大幅に上がっているみたいだ。以前は40分程かかった湖まで20分少々で駆け抜けた。
さて、ここから先は未知の領域だ。ギルドで地図は買っているが、主な街道が書かれているだけで距離や方角は微妙に違っているし、等高線なんてもちろん書かれていない。
街道にも目印や看板が出ている訳では無いので、現代の移動と比べるととても難易度が高くなっている。
おっかしいなぁ〜…地図の通りに来たはずなのに、こんな森の中に街なんか有るのか?ちょっと木に登って周りを確認してみよう。
辺りを見回すと少し先に一際大きな木。
その下は野営のポイントにもなっているようで焚き火の後があった。
ちょっと力を入れてジャンプ。
垂直跳びで8メートルは跳んだだろうか…元々跳び乗ろうとしていた枝を超え、別の枝に頭をぶつけそうになりながら、何とかしがみついた。そこからスルスルと登って頂上付近で先を見る。
思ったよりも山が近い。麓には畑が広がっている。
これは…クラウンが速すぎて、分岐に気付かずに来てしまったかな?つか、ここまで来たら目視で転移先が判るぞ。
ん…あれはなんだ?
視線の先には山脈。とは言ってもそこまでの高さは無いのだろう、頂上付近が少し雪を被っている程度。東から西に連なり、西側は南に向かって真っすぐせり出している。アルファベットのLを右に90度回転させたような形だ。
そのL字の角の奥まった所が陽炎の様に揺らめいていた。
本来の目的地の街はそこのずっと東の手前側。人の手で切り拓き、開墾された大地が広がっているのが分かる。
ただ…気になるのは陽炎の方。
いや、今回は当初の目的地を目指そう。米や、もしかしたら日本酒、万が一を考えると醤油や味噌もあるかもしれん。
先ずは目的の街を目指し、そこで情報収集をする事としよう。
俺は木から飛び降り、クラウンに跨ると先ほど見た山裾の畑を思い浮かべる。
「クラウン、転移するよ。」
一声掛けてから転移の魔法を発動させる。
目の前に広がるのは水が抜かれ、刈り取りまで終わっている田んぼ。建物の近くには刈り取った稲が干されている。木造茅葺きの住居と合わせて、日本の古き良き里山を思わせる。
住居が密集しているのはまだまだ先になるが、クラウンに乗ってのんびりと進んで行く。時折農作業をする獣人さんに挨拶をすると、旅人が珍しいのか皆びっくりして頭を下げて挨拶を返してくれた。良いね。
異世界で丁寧に挨拶をしてくれるのは珍しい。田舎だと思っていたが、教育水準はここの方が高いのかも知れないな。
そんな事を考えながら暫く進むと、街を取り囲む壁に着いた。
高さは5メートル程、下の方は石積で、その上は木造。厚みも無く魔獣相手にはちょっと頼りない。門は開かれており、門番もいない。
あれ?勝手に入っちゃっていいのかな?後で怒られない?
どうした物かと考えていると籠を背負った獣人さんの親子が出てくる所だったので声を書ける。あの感じは犬系かな?
狼の獣人さんに犬って言うと失礼に当たるらしいので言わんけど。
「こんにちは。この街は初めてなんですけど、この門って勝手に出入りしても大丈夫なんですか?」
「おや、旅人さんですか?こちらは獣人門ですので、どなたでも自由に出入り出来ますよ。街門はまだ暫く先になりますので。」
「そうですか、ありがとう御座います。獣人門?」
「ええ、我々獣人は街には入れませんので、街門の外側に獣人街を作りまして、この獣人門も我々で拵えた物なんです。まぁ、門と言っても門番を置く事も、勝手に閉める事も許されておりませんがね。」
そう言って苦笑いを浮かべる獣人さん。
ほ〜う…なるほどね。ちょっとこの街は調べてみる必要が有るかもね。
俺はお礼を言ってから街門を目指す。
この時点でこの街を治める貴族は既に敵認定。ブレナンさんに報告しても良いが…生憎彼は王都に居ない。好きにやらせて貰うかな?
先ずは街の様子や獣人街とやらの実態を調べて見ますか。
街門の外には大きな建物は無かった。きっと獣人街には冒険者ギルドも無く、何なら買い物にも不便するだろう。
辿り着いた街門は高さ8メートル。壁は全て石積で厚みもあり、バリスタのような物が乗っている。矢は装填されていないが、あの角度…獣人街にも撃ち込めるようだな。
チラリと街壁の上を見つつ、門番に冒険者証を見せて門をくぐる。
先ずは冒険者ギルドだな。
スイングドアを開き、受付カウンターに。初めての街だし、アドバイスを貰うついでに色々と聞き出して見よう。
しかしここのギルドは暇そうだな。食堂も無いし、他のギルドに比べると小ぢんまりしている。
「B級のリョータと言います。この街は初めてで色々と伺いたいんですが、今からって時間有ります?」
「おっ、ナンパですね?B級ですか…う〜んまぁいいでしょう。本来ならA級以上限定なんですが、その若さでB級なら合格です。さぁ、付いて来るのです。」
そう言うと俺の腕を掴んでギルドの出口に引っ張って行こうとする受付嬢。
「ちょっと待ってくれ!ナンパじゃないぞ!ホントに情報が欲しいだけだから!」
「ん〜まぁいいじゃないですか?先ずはこの街で1番の食事処を紹介しますよ。お兄さんの欲しい情報はそこでゆっくりお話ししましょう。ついでにご飯ご馳走してくれても良いんですよ。」
「つか、あんた仕事は?受付嬢いなくなっちゃうから!」
「ああ、大丈夫ですよ。いつもの事ですから。さぁ行きましょう。」
「あれ?シンシアちゃん出掛けるの?依頼なんだけど、出直してきた方が良いかなぁ?」
ちょうどギルドに依頼を持ってきた人が来たようだが…
「急ぎじゃないならそうして!明日…の午後ならたぶん居るから。」
えぇ~!それで良いのか?そこの人も「わかった、じゃぁ明日ね!」じゃないって!




