33話目 主釣り
侯爵邸訪問の噂はその日の内にナファソの街に拡がった。娯楽の少ない世界で、貴族という有名人のゴシップは住民達の好奇心を大いに満たし、お昼を食べに行くにも黒髪、黒目の魔王様は注目の的だ。
よし、とっとと王都に向かおう!
南門でブルートさんに挨拶、王都の帰りにまた様子を見に来る事を伝え、北門に向かって馬首を向ける。
次の街は湖を迂回している分少し遠い。
しかし湖…この世界で唯一リールを持つ俺は攻められるゾーンが他者より圧倒的に広い。
よし!やるか、主釣り!
湖の周りにはいくつか集落が存在する。
先ずは聞き取り。と言っても過去に釣れた最大サイズや巨大魚の目撃情報の聞き取りをするに留める。
釣り方を聞いた所で、リールを持つ俺の参考にはならないからね。
次に湖の調査。水の透明度や水深、水底の地形に大きな変化の有る場所や湧き水などの場所。
そして使いそうな仕掛けや道具を用意する。
竿は竹に包帯の様な布を膠で巻き、更にその上から糸できつく巻きあげ膠で止める。リールシートやガイドも糸で止めたら完成だ。
もちろん、糸や包帯はノットマスターで紡いだ物を使っている。
3日目の早朝、岸から餌に使う魚を釣る。岸辺に土魔法で生け簀を作り、そこに釣った魚を次々と入れていく。
夜になり、第1回主釣りチャレンジスタートだ。
腕輪から小船を取り出し、水魔法で操船していく。
今日は湖の北エリア、流れ込みや駆け上がりを中心に探って行く。この辺りで釣れるとしたら流れに強く、綺麗な水を好む魚…主クラスが釣れたらラッキー位の気持ちで、本命は餌の魚のサイズアップだ。
20センチ程の鯉の様な魚に針を掛け、流れ込みとよどみの間を泳がせる。
暫くすると鯉が暴れ出した。近くに捕食者が現れたのだ。竿を握りしめ、その時を待つ。しかし次第に鯉は落ち着き初め、遂には反応が無くなってしまった。
ゆっくり竿を上げて聞いてあげると、糸は真横にツーっと移動していく。何か掛かっているが魚では無い。このアタリ方は恐らくエビ、しかも餌の魚を捕食出来る巨大サイズ!しっかりと食い込ませ、思い切り合せる。バタバタと暴れるエビを力ずくで抜き上げると1メートルを超えるサイズ!
うわうわうわ!なにもう怖い!コレどーしよう?
思いがけないサイズに軽くパニック。餌用に活かしておきたいが、このサイズに暴れられると恐怖を覚える。そうだ!魔法だ!揺れる小船の上、威力を抑えた雷魔法を発動させる。
エビは一瞬の痙攣の後その動きを止めた。
「ビックリしたぁ!このサイズ感はヤバいって!顔もよく見ると凶悪だし!ホント死ぬかとおもったわ…」
主釣りチャレンジは第1回にして挫けそうだった。
しかし、このエビをどーやって針に付けようか?
頬掛けや鼻掛けはどーやっても刺さらない。ちょん掛けか?しかしこのサイズを一呑み出来る魚じゃ無いと針に掛からなそうだが…仕方ない。
エビが復活する前に、尻尾側の関節に殻を避けて針を掛ける。予定を変更して、湖で最も水深の有る本命エリアに移動。エビを沈めていく。水深は60メートル。
程なくエビは意識を取り戻す。
さぁ、ここからは待ちの釣り。あのサイズのエビが針から抜ける事は無いだろう。
普段の餌釣りならのんびりする所だが、今回は緊張感が半端ない。
1メートルのエビを丸呑み出来る魚を狙っているのだ。エビが大きく動く度に期待と緊張が高まる。
東の空が白んできた。そろそろ夜明け、所謂【朝マズメ】を迎える。
……そこから2時間待ったがアタリ無し。
まぁ初日だしこんなもんか。
流石に眠気と空腹に耐えきれなくなったので一度岸に戻る事にした。
回収したエビもまだまだ元気、このまま生け簀に入れておいて今夜も頑張って貰うとしよう。
その後4日、夕マズメから朝マズメまで粘るが巨大魚の反応は全く無し。何度かエビの付け替えをやったコトで巨大なエビにも慣れてきた。
今では何匹か用意して撒き餌にすら使っている。
魚を寄せる為にここ2日間は同じポイント、同じ時間に4分割したエビを撒いている。
太陽が沈み始める時間と空が白み始めた時間だ。
そして6日目、何時ものようにエビを沈め、暗くなって来たら撒き餌。空が白んだら撒き餌だ。
それらがまるで俺の義務の様に感じる様になった頃、その時は突然やって来た。
大きく竿がしなり、船ごと引っ張られる。
「ちょっと待て!ちょっ、ちょっと待てぇぃ!」
振り落とされないように船縁を掴み、竿を脇に挟む。まるでリゾート地のバナナボートの様に振り回されながら何とかファーストランを耐えきった。
ここからは力比べだ。水魔法で船を固定、船縁に足を掛け、全身を使ってリールを巻いていく。
なんと最初に悲鳴を上げたのは船だった。船体からのミシミシという音を聞き、船から飛び降りる。足元を水魔法で固め、スクワットをする様にポンピング。
「おらっ、おらっ、おらっぁ〜」
よし!巻けてる。巻けてるぞぉ!残りは30メートル程、このまま岸まで移動して行けばあがる!
徐々に岸が近付いて来た。だが大体最後に大暴れするのも解っている。最後まで気は抜けない。魚もこのままじゃマズい事に気が付いているのだろう。
その巨体で俺に向かってダイナミックエントリー!
だが向かって来るなら好都合だ、躱しながら雷魔法発動!巨大ウナギは煙を上げながら水面に浮かんで来た。
ウナギと小船を腕輪に回収、俺は意気揚々と集落へと向かう。
何人かの漁師は湖のほとりで俺とウナギの格闘を見ていたそうで既に興奮状態だ。
他の集落からも見えていたそうで、続々と人が集まって来る。
集落の小さな広場に巨大なウナギを出すと様々な反応がある。
「かぁ〜でけぇ〜良く揚げたなぁ!」
「ウナギってこんなにデカくなるんだなぁ?」
「うぇぇぇ〜ママぁー!」
長さ14メートル、胴回り2.2メートル、重さ計測不能の化物サイズだ。
泣き出す子供も居た。
さぁ釣ったら食べる!早速捌いて行こう!
流石にこのサイズは1人じゃムリだ。捌くって言うか解体作業になる。集落の皆にも手伝って貰い解体して行く。里長の提案で骨格標本を作る事になった。
【釣り人 リョータ・サワダ】って入れて貰う約束だ!
骨を残して丁寧に解体、皮は硬すぎて食えないだろう、血液に毒が有るので水魔法で綺麗に血抜き。
それでも可食部分で800キロ。
それぞれの集落に配っても300キロほど手元に残った。この後宴を開くと言われたが、流石に眠い。
集落の外れに建てた土魔法ハウスに帰って爆睡だ。




