誰かの痛み
「ごめんね、あの娘はちょっとだけ意地っ張りだから」
フェルンはベットの横に腰掛け、柔らかく笑う。きっとあの人は、こんな女性が好みなんだろうな。
「さっきの人がシュトラちゃんで、私の名前はフェルン。・・・って言っても、もうしってたかな?」
「・・・そう、ね。貴方たちは有名人だから」
「それで、そちらのお名前はなんと?」
「私は・・・」
私は、少し迷ってから。
「・・・私の名前は『アイリス』よ」
そう、ポツリと答えた。
「アイリス・・・うん、素敵な名前だね。ご両親がつけてくれたの?」
「両親ではないのだけれど、とても大切な人がつけてくれたことには変わりないわ」
「うん、それならやっぱり素敵な名前だ」
彼女は太陽のように笑う。本当によく笑う人だ。
「・・・貴方たちは元勇者のことをどう思っているの?」
そんな太陽に、私の質問は影を差してしまう。
「勇者さんのこと・・・か」
呟いて、うつむく。
「私にとっては、あの人が・・・あの人だけが勇者さんだった」
「新しい勇者・・・アオイだったかしら。あの人はどうなの?」
問いかけると、彼女はバツが悪そうに自分の頬を掻いた。
「嫌いだなんてことは言わないけど、横暴な人だなぁって思う。勇者様を追い出しちゃったのもそうだし。勇者様が素敵な人過ぎたから、そう思っちゃうのかもしれないんだけどね」
「素敵・・・ね。勇者としてはどうかと思うけど。なんかなよなよしてるし、変に優しすぎるし、女に体当てられたりしたらキョドるし」
「そこがいいんですよ!」
不意にフェルンが鼻息を荒くして、私に詰め寄ってくる。
「近い、近いから」
興奮した様子のフェルンをなだめる。
「あの人のこと、よく見てるんだね」
「・・・多少はね」
一緒に住んでいるんだ。嫌いな相手だったとしても目につくのは当然だろう。
「あの人はすっごく、すっごく優しくてね」
フェルンが過去をいつくしむように、その両目を細める。
「例えば、例えばね。腕が折れちゃってるときに、指のちっちゃなさかむけを気にする人なんていないでしょ?・・・人間はね、一つの痛みを背負うので精一杯なんだ」
・・・逆に言えば、一つはどんな痛みでも背負わなくてはいけないということだ。
「みんな自分の痛みを背負うので精一杯、誰かの痛みなんて、わかってあげることさえできないんだよ」
「・・・自分の痛みだけでもちゃんと背負えるっていうんなら、十分立派だと思うわ」
「うん、そう。だけどね、勇者さんはきっと・・・誰かの痛みがわかるんだよ」
そこで、理解する。
「背負うことはできなくても、誰かの痛みをわかってあげられる。一緒に泣いてあげられる。それって、すごいことなんだよ。力が強いとか、魔力が多いとか、魔術が得意とか・・・そんなことよりもずっとずっと大切で、すごいことなんだよ」
・・・フェルンは、私とおんなじなんだ。
「だから私は・・・彼はそれを望まないけれど、帰ってきてほしいな。仲間じゃなくても、大切な人にはなれなくても・・・友達くらいにはなりたいな、なんて」
彼女は少しだけ頬を赤く染めていた、それを誤魔化すように、次の言葉を紡ぐ。
「と、とにかく勇者さんはすごく優しい人なんだよっ!?」
その様子がとてもかわいらしくて、『敵わないな』と思ってしまう。
「・・・知ってるわ。あいつが優しいってことも。誰かの痛みをわかってあげられるってことも。・・・だけど」
だけど。そう、だけど。
だけどーーーわかりすぎるのよ。




