彼が剣を握るとき
ー
ーー
ーーー暖かい記憶の中に、私はいた。
私がいて、優しいあの人がいて。
一緒に笑って、一緒に泣いて、一緒に眠って。
前の主人から受けた痛みは消えないけれど、悲しみを忘れることはできないけれど。
それでも、そんな悲しみごと、あの人は優しく抱きしめてくれた。そんな、あたたかで健やかで幸せな記憶だった。幼いころの記憶がない私にとって、それはそれはとても大切な。
だけど私は知ってしまった。幸せな時には、必ず終わりが来てしまう事を。
暗転。一度瞳を閉じ、恐る恐る開いてみると、そこは『赤い記憶』
血でべっとりと汚れた、生臭い記憶の中で、あの人が倒れている。
ーーーだから私は決意した。何を引き換えにしても取り戻すと。つかみ取って見せると。
何を犠牲にしてもいい。誰に嫌われたってかまわない。
それでも、私はーーー。
☆
「やっと起きてくれました!」
夢から覚めると、私をのぞき込んでいた少女が笑みを零す。
元勇者の仲間の一人・・・フェルンだ。
上体を起こし、部屋を見回したところで気が付く。体がどこも痛くない。
「貴方が治してくれたの?」
「はい。どこも痛くありませんか?」
「うん、大丈夫。ありがとう」
凄いな、と素直に思う。自分がどれくらい眠っていたかはわからないが、あれほどの傷がこんなにすぐ治ってしまうなんて。
「・・・あの人は?」
周りを再び見回しながら問いかける。ここには私とフェルンと、それからシュトラの三人しかいない。
「出てったよ。つか追い出した」
シュトラは腕を組んで壁に背中を預けている。
ツンツンした態度は仕方がない。彼女の性格もあるし、私は彼女たちを知っているが、二人は私のことを知らないんだから。
「シュトラちゃんが追い出さなくても直ぐに出て行っただろうね。勇者さん、すごく怒ってたから」
「怒ってた・・・?」
「うん。すごく、すごーく」
そっか、彼は怒ったんだ。その理由は定かではない。家を荒らされたからか、それとも・・・
「なぁ」
シュトラが私のことを睨みつける。鋭い眼光だ。
「アンタはあいつのなんだ?」
「私は奴隷で、あの人は私の主人。ただそれだけよ」
「・・・奴隷を買ったって話は聞いてる。でも、よ。それがまずおかしいんだよな」
「・・・」
フェルンは黙っていた。彼女もシュトラとおんなじことを考えていたんだろう。
「あいつは、金で他人の人生を買うような奴じゃねーからな」
「根拠は?」
「んなもんねーよ。ただ、少しでもあいつのこと知ってれば誰でもわかる」
「あいつが私を買った理由なんて知らないわ。パーティを追放されて、寂しくなって魔が差したんじゃないかしら」
「おかしいのはそれだけじゃねー」
シュトラの表情が僅かに変化する。少しだけ、寂しさの色が見えた。
「・・・あんなに怒ったあいつの顔。オレは初めてみた。奴隷のくせに、ずいぶんと大切にされてんのな」
シュトラの言葉に、フェルンは頷いた。
「うん、あんなの勇者様らしくないよ」
「元よ、元。元勇者。・・・それに、言っておくけど」
小さく息を吸って、シュトラの方を見る。
「今まで機会がなかっただけで、貴方たちがおんなじ目にあってもーーーあいつはめちゃくちゃ怒るわよ」
「ずいぶんと自信満々にいうじゃねーか。実際に見たりしたのか?」
「・・・そんなわけないじゃない。ただ、そう思っただけよ」
「ほほーう。ただの奴隷と主人にしては、よっぽど信頼してるみたいだな」
「・・・」
黙った私が気に入らなかったのか、シュトラは小さく舌打ちをした。
「・・・言っとくけどよ、オレらが仮にぶっ殺されたりしても、あいつは怒ったりしねーよ。だってオレたちはーーー」
「ーーーあいつはっ!」
私はシュトラの言葉の続きが聞きたくなくて、彼女の話を遮った。
「あいつはね、今もまだ、剣を振ってるわ」
それは彼の日課だ。夜になると毎日彼は鍛錬に励んでいる。
「バカよね、私はそう思うわ。それでも彼は剣を振っている。勇者じゃなくなって、守る世界も、隣で戦う人もいなくなっちゃったのに、毎日毎日。本当にバカよ」
「・・・バカな奴だ。オレもそう思うぜ。あいつは追放されたんだ。強くなる理由なんて一つもないね」
「ええ、本当にそう。・・・でもね、そんなバカが剣を握るとき、その頭の中にいるのは私じゃない。貴方達よ」
「・・・知ったような口をききやがる」
「あら、かわいいわね。嫉妬したのかしら?」
「ーーーあぁ?」
わかりやすく『怒った』シュトラが、私を睨みつける。普通の女子供なら泣きだしていたことだろう。
「シュトラちゃん、お顔が怖くなってる!」
そんなシュトラと私の間に、急いでフェルンが割って入った。
「今のは余計だったわ、ごめんなさい。でも、これだけはわかってほしい。彼は今でもあなたたちを大切に思ってる」
「・・・つまんねぇ話だ」
舌打ちをして、シュトラは振り返る。
「本当につまらねぇ、どうでもいい話なんだよ。あいつが俺たちをどう思ってるかなんてのは。・・・なぁ?だってそうだろう?」
そしてシュトラは。
「オレたちとあいつは、もう仲間じゃねぇ友達ですらないんだよ。オレとあいつは、もう『赤の他人』だ」
私が聞きたくなかった言葉を言い放って、部屋を出て行った。
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