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彼が剣を握るとき


ーー


ーーー暖かい記憶の中に、私はいた。


私がいて、優しいあの人がいて。


一緒に笑って、一緒に泣いて、一緒に眠って。


前の主人から受けた痛みは消えないけれど、悲しみを忘れることはできないけれど。


それでも、そんな悲しみごと、あの人は優しく抱きしめてくれた。そんな、あたたかで健やかで幸せな記憶だった。幼いころの記憶がない私にとって、それはそれはとても大切な。


だけど私は知ってしまった。幸せな時には、必ず終わりが来てしまう事を。


暗転。一度瞳を閉じ、恐る恐る開いてみると、そこは『赤い記憶』


血でべっとりと汚れた、生臭い記憶の中で、あの人が倒れている。


ーーーだから私は決意した。何を引き換えにしても取り戻すと。つかみ取って見せると。


何を犠牲にしてもいい。誰に嫌われたってかまわない。


それでも、私はーーー。



「やっと起きてくれました!」


夢から覚めると、私をのぞき込んでいた少女が笑みを零す。


元勇者の仲間の一人・・・フェルンだ。


上体を起こし、部屋を見回したところで気が付く。体がどこも痛くない。


「貴方が治してくれたの?」


「はい。どこも痛くありませんか?」


「うん、大丈夫。ありがとう」


凄いな、と素直に思う。自分がどれくらい眠っていたかはわからないが、あれほどの傷がこんなにすぐ治ってしまうなんて。


「・・・あの人は?」


周りを再び見回しながら問いかける。ここには私とフェルンと、それからシュトラの三人しかいない。


「出てったよ。つか追い出した」


シュトラは腕を組んで壁に背中を預けている。


ツンツンした態度は仕方がない。彼女の性格もあるし、私は彼女たちを知っているが、二人は私のことを知らないんだから。


「シュトラちゃんが追い出さなくても直ぐに出て行っただろうね。勇者さん、すごく怒ってたから」


「怒ってた・・・?」


「うん。すごく、すごーく」


そっか、彼は怒ったんだ。その理由は定かではない。家を荒らされたからか、それとも・・・


「なぁ」


シュトラが私のことを睨みつける。鋭い眼光だ。


「アンタはあいつのなんだ?」


「私は奴隷で、あの人は私の主人。ただそれだけよ」


「・・・奴隷を買ったって話は聞いてる。でも、よ。それがまずおかしいんだよな」


「・・・」


フェルンは黙っていた。彼女もシュトラとおんなじことを考えていたんだろう。


「あいつは、金で他人の人生を買うような奴じゃねーからな」


「根拠は?」


「んなもんねーよ。ただ、少しでもあいつのこと知ってれば誰でもわかる」


「あいつが私を買った理由なんて知らないわ。パーティを追放されて、寂しくなって魔が差したんじゃないかしら」


「おかしいのはそれだけじゃねー」


シュトラの表情が僅かに変化する。少しだけ、寂しさの色が見えた。


「・・・あんなに怒ったあいつの顔。オレは初めてみた。奴隷のくせに、ずいぶんと大切にされてんのな」


シュトラの言葉に、フェルンは頷いた。


「うん、あんなの勇者様らしくないよ」


「元よ、元。元勇者。・・・それに、言っておくけど」


小さく息を吸って、シュトラの方を見る。


「今まで機会がなかっただけで、貴方たちがおんなじ目にあってもーーーあいつはめちゃくちゃ怒るわよ」


「ずいぶんと自信満々にいうじゃねーか。実際に見たりしたのか?」


「・・・そんなわけないじゃない。ただ、そう思っただけよ」


「ほほーう。ただの奴隷と主人にしては、よっぽど信頼してるみたいだな」


「・・・」


黙った私が気に入らなかったのか、シュトラは小さく舌打ちをした。


「・・・言っとくけどよ、オレらが仮にぶっ殺されたりしても、あいつは怒ったりしねーよ。だってオレたちはーーー」


「ーーーあいつはっ!」


私はシュトラの言葉の続きが聞きたくなくて、彼女の話を遮った。


「あいつはね、今もまだ、剣を振ってるわ」


それは彼の日課だ。夜になると毎日彼は鍛錬に励んでいる。


「バカよね、私はそう思うわ。それでも彼は剣を振っている。勇者じゃなくなって、守る世界も、隣で戦う人もいなくなっちゃったのに、毎日毎日。本当にバカよ」


「・・・バカな奴だ。オレもそう思うぜ。あいつは追放されたんだ。強くなる理由なんて一つもないね」


「ええ、本当にそう。・・・でもね、そんなバカが剣を握るとき、その頭の中にいるのは私じゃない。貴方達よ」


「・・・知ったような口をききやがる」


「あら、かわいいわね。嫉妬したのかしら?」


「ーーーあぁ?」


わかりやすく『怒った』シュトラが、私を睨みつける。普通の女子供なら泣きだしていたことだろう。


「シュトラちゃん、お顔が怖くなってる!」


そんなシュトラと私の間に、急いでフェルンが割って入った。


「今のは余計だったわ、ごめんなさい。でも、これだけはわかってほしい。彼は今でもあなたたちを大切に思ってる」


「・・・つまんねぇ話だ」


舌打ちをして、シュトラは振り返る。


「本当につまらねぇ、どうでもいい話なんだよ。あいつが俺たちをどう思ってるかなんてのは。・・・なぁ?だってそうだろう?」


そしてシュトラは。


「オレたちとあいつは、もう仲間じゃねぇ友達ですらないんだよ。()()とあいつは、もう『赤の他人』だ」


私が聞きたくなかった言葉を言い放って、部屋を出て行った。

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こうして頂くと泣いて喜びます。

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