危うく騙されるところだった
一方のメンヘラ君はエルフリーゼを抱きかかえて固定したままだが、エミーリアを凝視しておずおずと問いかける。
「エ、エミーリア様、愛ゆえに僕のことを守ってくれて…なんてことだ…くっ…でも僕には心に決めた人が…」
「あ。モブ男君のことを守ったわけじゃないから。私はヒロインの沽券を守るだけだから。モブ男君のことは名前も知らないのでご心配なく」
エミーリアは真剣に悩み始めたメンヘラ君の言葉を遮って言った。
彼女のその無慈悲な瞳はメンヘラ君のことを、見てさえいない。
ブンッと光の剣がエミーリアの手から現れた。
…仕方がない。
ここでエルフリーゼがレンフェーンに助け出されるところを目の当たりにするより、私がエルフリーゼを助けてこのイベントおじゃんにする方が1.000001倍はマシだよね。
エミーリアはまるで楽団を指揮するかのように光の剣を振って、メンヘラ君のナイフを叩き落した。
その瞬間、
ばっ
怯んだメンヘラ君の腕の力が緩んだ隙を逃さなかったエルフリーゼが飛び出した。
涙目で地を蹴って。
アッと言ったメンヘラ君の伸ばされた手を辛うじて避け。
主人公さながらにレンフェーンの腕の中にボフンと納まった。
ボフン
「レンフェーン様っ!助けてくださってありがとうございます」
エルフリーゼはレンフェーンにしがみついて涙目でレンフェーンを見上げている。
レンフェーンも『厄介な奴に惚れられたものだな』と言いながらエルフリーゼを匿うようにその背中に手をまわしてやっている。
そしてエルフリーゼが待ってましたとばかりにレンフェーンの胸に顔をうずめて、と弱弱しく言う。
エルフリーゼの両手はレンフェーンの制服をぎゅっと強く握っている。
「レンフェーン様、私をどうかこの場から引き離してください。もう怖くって、一人では歩けません…」
「教室まで送ってやる」
レンフェーンはエルフリーゼを守るようにしながら、震えて愕然と膝をついているメンヘラ君の横を通りすぎる。
エルフリーゼはレンフェーンにこれでもかとばかりに引っ付いている。
この光景はゲーム内で見た、助けてもらったエミーリアがレンフェーンに丁寧に守られながら教室に送ってもらったシーンと酷似している。
このあと好感度がとても上がったのを憶えている。
エミーリアは愕然として震えだした。
…何これ虐待?
ヒロインの私が悪役令嬢に最推しのイケメンを取られて蹂躙されてる。
何かの罰なの?私前世でそんな重い罪犯してた?
いやいや、流石に冤罪じゃない?
折角私が身を挺してレンフェーンがエルフリーゼを助け出す流れを阻止したと思ったのに、結局2人はイチャイチャするの?
悪役令嬢が私の最推しの好感度をこの後ダダ上げするの?
「あ、エミーリア。次はその素晴らしい防御魔法を研究させてくれ。お前の採血もこんなに待ってやったんだから、次は嫌がるなよ」
生ける屍のように突っ立っているエミーリアとすれ違いざまに、レンフェーンは何食わぬ調子で言った。
まるで、ついでのように声をかけられた。
「…」
エミーリアは、なんと返事をしたらいいか分からない。
レンフェーンは無音を肯定ととらえたのか、少し微笑んで去って行く。
「エルフリーゼ様には他に男がいたのか…危うく騙されるところだった…
それよりもエミーリア様、貴方がここに現れてレンフェーン様から僕を守ってくれたということは、本当に僕のことを愛しているのですね…?」
隣のクラスのメンヘラモブ男君は、エミーリアが名前さえ知らなかったという事実にもあまり動じていないようだった。(流石モブ)
希望の光を灯した瞳でエミーリアを見ている。
「…」
「もしそれが本当なら…僕は僕を愛してくれる人の方がいい…」
「…」
メンヘラ君の話はエミーリアの耳に一切入ってこない。
エミーリアは、エルフリーゼを労わりながら歩いて行くレンフェーンの背を見つめながら思うのだった。
…何これ難易度ヘルモードなの?
運営なのか神様なのかはたまた閻魔様なのか、誰がこのヘルモードを作ったのかは知らないけど、もし会ったらボコボコにしてやる。
羅刹の化身とまで言われた私が、地獄の底まで追いかけてボコボコにしてやる。
ぎったんぎったんのばったんばったんにして二度とヒロインの恋路を邪魔できないようにしてやる。
最推しと悪役令嬢のイチャイチャシーンを見せつけられて、闇が深くなったエミーリアは終始無言であった。
それを見て、メンヘラ君は無言を肯定としたようだった。
うふふふふと嬉しそうに微笑んでいる。
だがエミーリアは闇落ちしたので、そんなメンヘラ君の怪しい笑顔も全く気にせず、スタスタと教室に戻ってカバンを取ってそのままさっさと家に帰った。
この日、エミーリアは家に帰って来てから茫然としていたようで、気が付いたらベッドの中にいた。
また寝られない夜が始まる。
今日この日までは胸が高鳴って眠れなかったが、今夜からは闇が濃くて眠れなさそうだ。




