僕はその気持ちに答えてあげられません
寝て、寝られなかったので、起きた。
3日前くらいからこんな調子でずっと寝られなかったにもかかわらず、今朝のエミーリアはひときわ興奮している。
朝風呂も入ったし、自分の切った髪が一房おかれた神棚にも朝からお祈りをした。
今日のエミーリアはいつもより念入りにメイクをして、髪飾りをつけて、おろしたての靴下をはいてばっちり決めている。
いつも妖精のように美しいエミーリアだが、今日は格段に美しくなっている。
そしてウキウキルンルンしながら学園へ向かう。
エミーリアはウキウキルンルン昂っている。
そう。
何を隠そう、今日はエミーリアの最愛の推し、略して最推しのレンフェーンとのイベントがあるのだ。
今日のイベントの概要はこうだ。
放課後体育館の裏に呼び出されたエミーリアは、見ず知らずのモブの男の子に告白される。もちろんエミーリアはそれを丁重にお断りをする。しかし、その男の子の様子がおかしい。いきなり刃物を出してエミーリアに飛び掛かってくる。『こんなに好きで、婚約破棄までしたのに何故答えてくれない?君を殺して俺も死ぬ!』と叫んでいる。
実は悪役令嬢エルフリーゼが、メンヘラ気質のあるその男の子をそそのかしていたのだ。『エミーリア様が貴方のことが大好き過ぎて、結婚できないなら死ぬと言っているのだけど、貴方は婚約しているからダメよね』
そしてそれを真に受けてしまった男の子は、美しいエミーリアの為に婚約破棄をしたが、告白して玉砕して訳も分からず犯罪者になろうとしている。そこで通りかかったレンフェーンが冷静な対応で男の子を返り討ちにし、エミーリアを守ってくれる。
というエミーリア感激感涙モノの、レンフェーンとのイベントなのである。
…はぁ、今日を待ち望み過ぎてはらわたが千切れるかと思った。
待ち望み過ぎて、断腸するかと思った。
口から盲腸飛び出るかと思った。
何が言いたいかというと、もう超楽しみ過ぎて待てない!
エミーリアは学園についてからもひときわルンルンしていて、いつもの話題で話しかけてきたアルフォンスにも笑顔でウンウン頷いて、ダンジョンに一緒に潜ろうというエルヴェにもウンウン頷いて、今度一緒に賊の討伐に行こうというアルバートにもウンウン頷いて、色々なものを食べさせようとするジークベルトにもウンウン頷いていた。
エミーリアはご機嫌なイエスマンになっていた。
しかし。
何故か放課後になっても、誰もエミーリアを体育館裏に呼び出してくれなかった。
イベントはエミーリアが放課後体育館裏に呼び出されてから始まるのに。
下駄箱に呼び出しの手紙は入ってないのだろうか、と休み時間になるたびに見に行ったが、何も入っていなかった。
ゲーム内では、そのメンヘラの男の子は完全にモブだったため、顔も分からないからアプローチの仕様がない。
『はて?今日じゃなかっただろうか?レンフェーンとのイベントは尊過ぎて自分の誕生日よりも祝ってきたから覚えているはずなんだけど…』と自分の机に座ったまま首を傾げるエミーリア。
『いや、やはり今日がイベントの日だ。間違えるはずがない』と思いなおし。
呼ばれてもいないのに自主的に体育館裏に行くことにした。
そして体育館裏。
柔らかい草で覆われた空き地だが、木が点在してところどころに木陰を作っている。
人気がなく、風と木の葉がこすれ合う音が聞こえる以外音もない、とても静かな場所だった。
静かな場所だ。二人の先客が会話していることを除いては。
体育館裏の草が生えていない場所に、エルフリーゼが立っていた。モブの男の子と向かい合っている。
エミーリアは体育館裏にある倉庫の影に隠れてエルフリーゼとモブの男の子を観察することにした。エミーリアの隠れている位置はモブの男の子の背中側に当たる位置で、エルフリーゼの顔が見える場所だ。
だが、エミーリアはエルフリーゼに気取られるような真似はしない。
こっそりと聞き耳を立てる。
「なんですの?体育館裏でわざわざするような話って。エミーリア様のことならいつものように空き教室で話せばいいでしょう」
腕を組んで偉そうに話すエルフリーゼの声が聞こえる。
対するモブの男の子は何の変哲もないモブ顔をしていて、普通に中肉中背で、個性のない雰囲気を纏っていた。完全なるモブの人である。
「…エルフリーゼ様。貴方が最初に僕に話しかけてくれたのは、貴方がエミーリア様の親友で、エミーリア様が唯一恋の相談ができる相手が貴方だったからですよね」
「そ、そ、そうですわ。エミーリア様の恋を応援できるのは私だけでしょう?だからこうしてエミーリア様の想い人である貴方にご相談したのですわ」
なるほど。このモブの彼は、このイベントの重要登場人物である例の『メンヘラ気質のある彼』なのだろう、とエミーリアは思った。
そしてエルフリーゼはこのメンヘラ気質のある彼をそそのかす口実として、友達の恋を応援する親友を装ったらしい。
腐っても悪役令嬢、汚い手を使うのはお手の物のようだ。
「そうですね。貴方から話を聞いた時、まさかあの美しいエミーリア様が僕なんて、と思いました。だって僕はただの侯爵家の次男ですし、エミーリア様とは隣のクラスですが話したことはおろか、目が合ったこともありませんでしたから」
「いいえ、それでもエミーリア様は貴方と結婚できなければ死んでしまうのですわ」
隣のクラスのモブの男子生徒が静かに言って、それにかぶせるようにエルフリーゼが強く言い切った。
…よしよし。
エルフリーゼ、後で褒めてあげる。
だって私とレンフェーンのイベントを発生させるために、この無理やりの権化みたいな嘘を隣のクラスのモブ男君に信じさせたわけでしょ。
称賛に値するよね。
だってよく考えたら、一回も目も合ったことのない隣のクラスのモブ男君と結婚できなければヒロインが死ぬって、どんな乙ゲーなの?というかホラーゲーム?ってなるじゃん。
「エミーリア様は僕のことを大好きなのかもしれませんけど、僕はその気持ちに答えてあげられません。だって…僕、気づいてしまったんです」
隣のクラスのモブ男君は、先ほど強く言い切ったエルフリーゼとは対照的に、ゆっくり静かに言った。
だがその言葉には熱がこもって聞こえた。
…あれ?
どうした?モブ男君。
そんな会話ゲームであったっけ?




