私もめっちゃ食えますけど
放課後になり、エミーリアとエルフリーゼはジークベルトにリードされて馬車に乗り込み、この前来たばかりの街に着いた。
街は例の如くとても賑わっている。
3人はそんなガヤガヤした街の入り口ともいえる広場を抜け、食べ物屋が軒を連ねる通りを通り過ぎ、海と港が見える石畳の道を歩き、如何わしいネオンサインのお店が立ち並ぶ通りを素通りして、街のかなり奥の方まで来ていた。
ようやくたどり着いたお目当てのラーメン屋があるその通りは、鮮やかで人工的な色をしているが、建物の作り的には京都にありそうな感じだった。
極彩色の老舗風日本料理屋さんや、原色で目が痛い着物屋さん、光り輝く金閣寺みたいなコンビニなんかもあった。
『この通りはゲーム内には登場しなかったけど、流石日本産のゲームの世界。日本っぽいもの沢山あるな。ここ、今度また一人で来よう』と思わぬ発見にこっそり胸を高鳴らせるエミーリア。
そして目的のラーメン屋。いつくかのビビッドカラーの飲食店が軒を連ねる一角にそのお店はあった。
ラーメン屋『ラーメン〇郎』。
彼の地、日ノ本の国と同じ勢いでたくさんの男性がラーメン屋の外に列をなしている。
ただサラリーマン風の人なんていなくて、みんな町人といった風貌だ。もちろんエミーリアたちのような貴族も並んではいない。
「やっぱ並んでるなー。エミーリアは待てるよな。
エルフリーゼ、俺らで並んどくからカフェか何処かで座って休んでなよ。女の子は疲れちゃうでしょ」
ジークベルトが列に並びながら言う。
…何それギャグ?
私だって女の子なんですけど?
カフェか何処かで座って休ませてくれないと疲れちゃう、か弱いヒロイン乙女なんですけど?
悪役令嬢優遇してヒロインないがしろにするとか、コメディーなの?4コマ漫画なの?チャップ〇ンなの?
全然面白くないわ。
「あら、心配してくださってありがとうございますジークベルト様。でも私、待ち時間もジークベルト様と一緒にお話ししたいですわ」
エルフリーゼが上目遣いに笑ってジークベルトの腕にトンッと触った。
「じゃエルフリーゼが一緒に並んで待っててくれるらしいから、私はヒロイン乙女らしくその辺で座って待ってていいよね…いや、違う違う。
私、その辺で座って待ってることに興味があって…よろしければその辺で座って待っててもいいかしら?」
エルフリーゼは長い列に並んでラーメンを待ちたいらしいので、どうぞどうぞと思ったエミーリアは嬉々として言いかけて、はたと気が付いて『恐る恐る謙虚』になってみた。
これでどんなイケメンもイチコロでエミーリアを姫待遇にしてくれるだろう。
エルフリーゼがやっていたみたいにぎゅっと握った拳を胸に当てて、精いっぱい瞳を潤ませてみる。
上目遣いもしてみる。高い位置にあるジークベルトの綺麗な顔を見上げてみる。彼のなきぼくろはセクシーである。
「は?だめだろ。並んで食べた方が絶対ラーメン旨くなるって」
しかしエミーリアの努力虚しく、ジークベルトが言い放った。
…イケメンだから許すけど…
カッコイイから許すけど…
美形だから許すけど…
ヒロインがこんなに頑張って上目遣いしてるのに、なんで悪役令嬢だけがそんなに労わってもらってるわけ?
エミーリアはぷすうと空気が抜けた風船のように静かになった。大人しく列に並んでいる。
その隣にいるジークベルトとエルフリーゼからは楽しそうな声が聞こえてくる。
「ジークベルト様はよくこちらにいらっしゃるのですか?」
「ああ、そうそう。俺この通りも好きなんだよね。異国情緒漂う感じが」
「まぁ、私もこの通りはよく来ますのよ。あそこのブティックでお洋服を買ったり、あちらでアクセサリーをみたり」
エルフリーゼはまたさりげなくジークベルトの腕を触って、あそことあっち、と指をさしていきつけのお店を示している。
「なるほど。さすが、エルフリーゼは美人だから異国の物でも何でも似合いそうだね。
なぁ、エミーリアもこの通り来たことある?」
エルフリーゼを喜ばせたチャラ男から友達に豹変したジークベルトが、エミーリアに振り返った。
「はい?ないですけど」
「でもエミーリア前に握り飯くれたじゃん。あれは手作りだったけど、似たやつはここでも買えるじゃん?」
「あー。コンビニですか?」
「そうそう。俺コンビニ好きなんだよねー。エミーリア、ラーメン食べた後に肉まん買ってやろっか?」
「この野〇ラーメン見くびり過ぎじゃないですか?ここのラーメンは食後に肉まんを食べられるほど甘くはありませんよ」
「俺めっちゃ食うよ?」
「私もめっちゃ食えますけど」
ジト目のエミーリアを見て、ジークベルトは小気味よさそうに笑っている。
…小食なヒロイン乙女に何言わせてるんだ、このイケメンが!
イケメンはたくさん食べてもイケメンだけど、ヒロインはたくさん食べたらイケメンに嫌われる呪いがかけられるんだよ!
そんな風に3人で会話をしていたら、あっという間にエミーリアたちは列の先頭になっていて、あっという間に店内に案内された。
けばけばしい外観はそんなことなかったが、内観はあの日ノ本の国にあるラーメン屋さんとうり二つだった。
湯気が立っててちょっと汚くて、年季が入った感じ。エミーリアはふっと懐かしい気持ちになった。
だが、キッチンではこちらの世界の人が麺の水を切っている。パンッパンッと歯切れのよい水切りの音が、エミーリアの食欲を刺激する。
案内されて、3人はカウンター席に座る。エミーリアはジークベルトの左隣、エルフリーゼはジークベルトの右隣に座る。
「ニンニクマシマシアブラマシマシヤサイマシマシニクマシマシ、で」
お店のお兄さんがいい笑顔で『なんにします?』と聞いてきたので、ジークベルトは複雑な呪文を一息で唱え切った。
手練れだ。貴族のボンボンのくせに、庶民の遊びにも精通している。さすがチャラ男だ。
「私もニンニクマシマシアブラマシマシヤサイマシマシニクマシマシ、で」
エミーリアも巨大ラーメン召喚の呪文を唱える。ついジークベルトに対抗してしまった。
まあ、野菜だけ食べて後はジークベルトに恵んでやろう。
「わ、私も同じものを…?」
どうしていいか分からないエルフリーゼは、エミーリアとジークベルトの覇気にオドオドしながら同じものを頼む。
3人の注文を取り終わると威勢のいいそのお兄さんが『あいよ』と言って、麺を茹でている別のお兄さんに叫ぶように注文を復唱していた。
こんなところまでヒノマルの国のあのラーメン屋さんと一緒だ。
まるで弟子入りして暖簾分けしてもらったかのような再現度だ。
どどん、どどん、どどん!
3分も経たず、3つの大きな丼が目の前に置かれた。
3つのモヤシと肉の山だ。見えるのはモヤシと肉ばかりで、麺はまだ見えない。
そのモヤシ肉の山を見て、エルフリーゼが卒倒した。
ので、ジークベルトが慌ててエルフリーゼを抱き起した。
「やっぱりエルフリーゼみたいな可愛い令嬢には完食は難しいと思うけど、ちょっとだけでも食べてみなよ。ラーメン興味あったんでしょ?」
「は、はい…私、頑張りますわ、ジークベルト様」
エルフリーゼはジークベルトに抱きかかえられて、ラーメン屋の椅子に座りなおした。
巨大なラーメンと対面して涙目でごくりと喉を鳴らしている。
そのエルフリーゼの顔は青いままだが、ジークベルトを気にしながら割箸を割って、モヤシを一本箸に挟んでいた。
「エミーリアはまあ残さないと思うけど、残しそうなら食べてやっから」
エルフリーゼを座らせたジークベルトは、割り箸を割りながら横目でエミーリアを見る。
割り箸を口でパシッと割るのもイケメンだから絵になる。
「期待しててください。野菜だけちょっと食べて後は差し上げますから」
エミーリアはそう返答しつつも、すでに臨戦態勢だ。
緑がかった美しい白銀の髪を高く括り、割り箸を割る。
エミーリアの綺麗な形の耳が露になる。白いうなじも見える。
「…いただきます」
エミーリアは湯気の立つラーメンに手を合わせた。
こちらの世界でいただきますの習慣はない。
だが、ラーメンを見たら手を合わせずにはいられなかった。
異国の地で出会えた故郷の味。というか前世の味。
…そして。
簡潔に言えば、エミーリアはラーメンを完食した。
ジークベルトも完食した。
エルフリーゼはしなかった。
3人は2つの空の器と、伸び切ったラーメンと野菜がまだ山盛り残っているラーメンを後に残して店を出た。
…美味かった。
やっぱり店主渾身のラーメンを残すなんて野暮なマネはできなかった。
ああ、これでしばらくイケメンに嫌われる呪いにかかった気がするわ。
ほら、ジークベルトは私には見向きもせずに、ラーメンたくさん残した悪役令嬢のエルフリーゼとイチャイチャしてるし。
やっぱり、いくら私が超絶可愛いヒロインでも鬼盛りのラーメン完食したら、流石にドン引きだよね。
ラーメン凄い勢いですすってたら、何それ掃除機?お前ヒロインじゃなくて掃除機なの、って思うよね。
夕暮れの帰り道で、エミーリアは横を歩くエルフリーゼとジークベルトを見ながら思った。
3人は石畳の海沿いの道を歩いている。
エルフリーゼはニコニコとジークベルトと話していて、ジークベルトもそれに笑顔で応じている。
そしてそのジークベルトの反対側ではエミーリアが手を後ろに組んで歩いている。
「美味しかったですね、ジークベルト様。連れてきてくださってありがとうございました」
とエルフリーゼ。モヤシを数本と肉ひとかけ、麺を数本食べて味が分かったらしい。
神の舌をお持ちのようだ。
「あんまり食べれてないみたいだったけど、エルフリーゼが喜んでくれたならよかったよ」
「ええ、ジークベルト様と一緒で嬉しかったですわ。でも折角のラーメンを残してしまってごめんなさい…私、昔から小食で体も華奢で体重も軽くって。本当はもう少しつくところにはついてほしいのですけど…」
そう言って全然申し訳なさそうなエルフリーゼは、ぎゅっとジークベルトの腕に絡まった。
学園の制服を着ているので谷間が見えるなんて破廉恥なことはないが、悪役令嬢らしく大きくて立派な胸をジークベルトの腕にさりげなく押し付けたように見えた。
…何なのこの人ビッチなの?
この悪役令嬢は悪役なだけじゃなくて淫乱なの?
悪役令嬢のラッキースケベなんて、腹の足しにもならないから。
っていうかたくさん食べる私の方が、エルフリーゼより体も(胸もだけど)華奢でスタイルいいじゃん。
悪役令嬢がヒロイン面してラッキースケベをかましていることには流石に何か思ったのか、ジークベルトはさりげなくエルフリーゼから離れて、エミーリアに話を振ってくる。
「いやいや、確かにエルフリーゼみたいに細くてかわいい子はあんな大盛りのラーメン完食できないよね。
それよりさ、エミーリア。エミーリアはアイス食べたくない?ネオン街の前の通りにさ、美味しいアイスクリーム屋さんあるんだけど、いかね?」
「たくさん食べたら私、また呪われるじゃないですか」
「何で呪われんの?お前アイスクリームの恨み買うようなことしたの?」
「イケメンの恨みを買うようなことをしたんですよ…もうこれ以上私に罪を重ねさせないでください」
「ん?意味わかんね。ま、いこっか」
よく食べるくせに、細くて綺麗なジークベルトはあははははと笑った。
そんな感じで何となくアイスクリームを食べる流れになって。
赤いブリキのバスみたいな外観の可愛いアイスクリーム屋さんに着いて、ジークベルトがアイスクリームを買ってくれる。
その間、ジークベルトは、お店にいたたくさんの女の子たちにきゃあきゃあ言われていて、エミーリアとエルフリーゼは彼女たちの羨ましそうな視線に晒された。
流石エミーリアの4番目の推し、女の子にモテる。
そして、女の子たちの視線には慣れ切っているジークベルトはバナナとチョコレートの2つ、エルフリーゼは恋味ストロベリーミルクチョコレートとラブ味レアチーズケーキブルーベリーのアイスクリームを選んでいた。
エミーリアは最後まで2つに絞れずにずっと迷っていたら『お前なら食えるだろ』とジークベルトに言われて、気が付いたら4つの玉が乗ったコーンを持っていた。
濃い抹茶と、宇治抹茶と、抹茶チョコレートと抹茶ミルクだ。
…ラーメン食べたらさ、甘いもの食べたくなるよね?
それにそんなに抹茶の種類あったら全部試してみたいよね?
今度こそヒロインはたくさん食べてはならないという掟を破らないように、ちょっと味見してから全部ジークベルトに押し付ければいいよね。




