今日ラーメン食い行かね?
ゲームのイベントが起こってない時もヒロインは頑張っています。
ゆるゆる息抜き話です。
「おいエミーリア。今日ラーメン食い行かね?」
エミーリアは声のする方へ首をゆっくりと回す。
一年生のエミーリアのクラスの扉からひょこッと顔をのぞかせているのは、二年生のイケメン、ジークベルトだった。
「私、自らフラグ立てちゃったんで一応折っときますけど、どうしてもラーメンじゃなきゃ嫌だって言うなら、阿〇利みたいなオシャレラーメン屋さんしか行きませんから」
エミーリアはつかつかとジークベルトのところまで歩いてくると、ずいッとジークベルトを睨みながら言った。
この間にも、エルフリーゼを筆頭に教室の女の子たちはおぞましい嫉妬の視線をアミーリアに向けてくる。
が。何度も言うが、それはエミーリアにとってただの快感でしかない。
私ヒロインだもん。妬まれてナンボでしょ。
嫉妬の視線による刺し傷はヒロインの勲章でしょ。
…だがそんな充実感も一瞬でぶち壊された。
ジークベルトの次の一言によって。
「ん?男は黙って次〇ラーメンだろ」
…はい?
私女ですけど?そしてヒロインですけど?
そりゃジークベルトはイケメンで男だから、黙って〇郎ラーメン食べてても許されるよ?(むしろ麺も滴るいい男だよ?)
でもね、私みたいな無垢なヒロイン乙女が黙って〇郎ラーメン食べてたら赦されないんだよ?
ヒロインのイメージをぶっ壊してイケメンたちを残念がらせた罪で無期懲役になっちゃうよ?
だって〇郎ラーメンって、凄い大盛りでニンニクマシマシアブラマシマシヤサイマシマシなんだよ?
「エミーリアが完食できなかったら俺が食ってやるって」
ジトッと黙ってしまったエミーリアに、ジークベルトがにかッと笑って言った。
はぁ…まじでイケメンかよ。
イケメンは最初からイケメンだからそれはいいとして、なんか最近ジークベルトの口調とキャラがゲームと違うんだよな…
もしやあれか?
攻略本に載ってた、実はチャラ男なのに男友達が多くて女の子といるより男友達といることを好むっていう、ゲームでは全く出てこなかった謎の裏設定がこんな序盤から生きてる?
最初のイベントからまだそんなに経ってないのに廊下とかでちょっとづつ話してるうちに、私もう野郎友達認定されたからこうなってるわけ?
やだやだ怖い。私、イケメンと仲良くしたいわけじゃないの。ラブラブがしたいの。
「…分かりました。私、野菜しか食べないから後食べてくださいね」
「そんな少食だと、細すぎて今度倉庫に踵落としした時足折れるぞ」
…う、うえーん。
ジークベルトが全然ゲーム通りに動いてくれないし、やっぱりキャラも違うから、こういう時なんて言ったら正解なのか分からないよう。
「そんなこと言わないでくださいよぉ。た、たくさん食べたとしても倉庫に踵落としなんてしたら足折れちゃいますよう」
「あははは。そういう変な事言ってればエミーリアは可愛いお嬢様に見えるけど、俺は令嬢っぽくないエミーリアの方が気楽で好きだわ」
…いや、好きとか嫌いって問題じゃなくて、可愛いか可愛くないかの問題でしょうが!
可愛い女の子がイケメンの彼女になる、これ常識!
ヒロインは可愛い、これ正義!
エミーリアが誰にも気づかれないように唇を噛みしめていると横から足音が聞こえてきて、甘ったるい声がした。
「あの、ジークベルト様、先ほどからお話が聞こえてきていたのですが、私、庶民の、その、ラーメンというものにとても興味があって。よろしければ私も一緒に連れて行ってくださいませんか…?」
悪役令嬢エルフリーゼだ。
洗練された上目遣いでジークベルトを見ている。
胸のあたりで拳を握り、恐る恐るお伺いを立てる美人で謙虚な女の子を装っている。
…ふん。悪役令嬢のくせに、恐る恐る謙虚に上目遣いしたって駄目なんだから。
ちょっと可愛いけど、全然ヒロインには及ばないんだからね。
私の方がヒロインっぽいもん…ね…
…………いや?私、最近可愛い行動あんまりとってなくない?
上目遣いとかしたことあったっけ?
私、折角可愛い主人公乙女なんだから、もっとイケメン下から見上げなきゃダメじゃね?
「どうする?エミーリア。エルフリーゼも行きたいって言ってるけど」
エルフリーゼに上目遣いで攻撃されているジークベルトが、横にいて何やらうんうん唸っているエミーリアを見る。
「うんうん、いいじゃないですか」
エミーリアは頷いた。
半分上の空だったが、『エルフリーゼがまたヒロイン面して攻略対象とイチャイチャしだす』問題は今日ならば過剰に心配することはないだろうとエミーリアはぼんやりと考えた。
なにせ、今日はあの鬼のようなラーメンを食べに行くのだ。
あの聳え立つラーメンを前に、エルフリーゼがジークベルトの好感度を上げる隙などあるまい。
次〇ラーメンの脅威を知らないエルフリーゼには、同じ穴の狢になってもらおう、とエミーリアはぼんやりと判断したのだ。
「まぁ、嬉しいッ。ありがとうございます、ジークベルト様。今日の放課後ですね、楽しみにしておりますわ」
エミーリアの返事を聞いて頷いたジークベルトを見てエルフリーゼは小さくぴょんと飛び上がってから、彼の手を両手で包むように握って微笑んだ。
そしてそれを凝視していたエミーリアは、手をポンと打っていた。
…あれ?それもヒロインっぽい!
両手でイケメンの手を握るのも今度やってみよう。
ゲーム内のエミーリアも頻繁にやってた気がするし、遠慮なくパクらせてもらうわ。
「じゃ、放課後」
喜ぶエルフリーゼの両手から解放されたジークベルトが、去って行こうとする。
自由になったジークベルトの手を見て、エミーリアは反射的に思った。
『あ、今チャンス』
そしてエミーリアは、ジークベルトの手にぴょんっと両手で飛びついた。
そしてヒロインらしく、嬉しさと謙虚さを兼ね備えたセリフを一息に言ってみる。
「えーと…放課後ですねジークベルト様今日の嬉しいッありがとうございます楽しみにしておりますわ」
先程学んだヒロインアクションを実践してみたのだ。
しかしイケメンの手に触ったせいで記憶が飛び、セリフが崩壊した。
「な、何してんのエミーリア。い、いきなり飛びつかれたら突き指とかするだろ」
ジークベルトは『じゃあ』と言って去ろうとしたのに、何故かいきなり手に飛びついて意味不明な単語を並べてきたエミーリアに驚いているようだ。
…何それ酷い。
確かに意味不明なこと口走ったけど、私の手は壁じゃないし、バレーボールでもないし。突き指なんてしないし。
それに私、ヒロインだからイケメンには危害は加えないもん。
しょぼんとため息をついてエミーリアはジークベルトから離れる。
そんなエミーリアと入れ替わるようにエルフリーゼが一歩前に進み出て、エミーリアが飛びついたジークベルトの手を自然に両手で包みんだ。
「大丈夫ですか?ジークベルト様、突き指されてませんか?」
まるで実際に突き指でもしているような労わりようで、ジークベルトの手を撫でている。
そしてとどめに、エミーリアの方を振り返ってにやりと微笑むエルフリーゼ。
『男性の手はこうやって握るのですわよ、オホホホ』とその目が語っている。
「大丈夫だよ。エルフリーゼは外見も美しい上に心まで綺麗だね。じゃあ放課後また」
悪役令嬢に手を握られてゲーム通りのチャラ男に戻ったジークベルトは、エルフリーゼにウインクをして去って行く。
エミーリアは、笑顔で手を振るエルフリーゼに心の中で中指を立ててやった。
本日のエミーリアは授業中、いつも身の程をわきまえずにヒロイン面してイケメンとイチャイチャしているエルフリーゼの一挙一動を観察してみることにした。
エミーリアはヒロインで、エルフリーゼは悪役令嬢で、実力に天と地ほどの差があるのは明白だが、一応参考までに。
エルフリーゼのヒロイン力がエミーリアより高いからだということは断じてない。決してない。
「そのような質問にも答えられませんの?そんな事では恥ずかしくて誰もお嫁に貰ってくれませんわよ、エミーリア様」
「このような魔法式も描けませんの?顔が可愛いだけでチヤホヤされて、勉強をしてこなかったツケが回ってきたのではありませんこと?」
観察対象のエルフリーゼは先生の目を盗み、後ろの席にいるエミーリアに執拗に話しかけてくる。
…駄目だ。イケメンがいないとこいつはただの悪役令嬢だ。
学べることが皆無だ。
同じクラスのイケメン攻略対象のエルヴェは違う選択科目を取っているため、今はこの教室にはいない。
エミーリアは放課後までの一時間、エルフリーゼの全く為にならない小言に耐えられなくなったので、先生に頼み込んで廊下でバケツを持って立たせてもらった。




