565 ハッスル老人
「ほれ、ココか、ココが弱いのじゃな、ほうほう、たった一突き、それも大して力を込めていないというのに、ぐったりし居るとは、これはこれでなかなか。まさかこんな所が弱いとはの」
いきなり現れた変態剣術バカ、もとい『剣狂老人』のおかげで休憩する前以上にサクサクと進んで行ってるけど、まだみんなの所にはつかないのかな。
「いくら急所を貫いたとはいえ、まさか、ホントに一撃で倒しちゃうなんてね。あの魔物堅くて有名なんだよ、勇者としては攻撃力低めなボクだと、スキルを使わないとちょっとキツイし、うちの子達なら、スキルを数発同じところに打って傷を付けてって、感じになるっていうのに。まあ、あのお爺さん、上級竜を雑魚感覚で軽々と狩るっていうから、この位のフロアボスなら、感覚的にはゴブリンと大差ないのかも。しかしあんな魔物が出るって聞いて無いのにな、やっぱり『彷徨種』が出るくらいだから、この『迷宮』に流れてる地脈の霊力も、一時的に増えてたりするのかな。となると面倒な事になってそうな……」
通路を抜けた先で、雑魚を従えながら待ち構えていた大型のトカゲみたいな魔物を、マコトさんが攻撃しようとしたところに、急に『剣狂老人』が割り込んであっさりと、魔物を倒しちゃったけど、そんなすごい事なんだ。
というか、さらりとなんか怖い事言ってないですか、『活性化』ではないけれど何かトラブってるように聞こえた気がするんですけど。
「ふむ、この魔物は弱いわりにしぶとく、図体が大きく無駄に太い首を一々落して回るのも、その後もしばらく暴れるのも面倒なので、場合によっては四肢も切り落として居ったのじゃが、背中の一点を突き神経の要を潰すだけで、こうも動かなくなるとはのう。しかも貫いた延長線上に心臓も有り共に貫けるとは、これならば一撃で動きを止め、更にしばらく放置すれば、暴れる事無く勝手に死ぬと」
感心したふうに『剣狂老人』がマコトさんの持ってる武器に視線を向ける。ま、まあ何かあってもこの爺さんが要れば、でなくてもマコトさんがいれば何とかなるよね。
「勇者など所詮は嵩増しされただけの紛い物、勇者の武具など初心者向けの甘えと思っていたが、初心者向けだけあって、何かを学ぶ際の教材になるという事かのう」
「凄いね、ボクが攻撃しようとして、『漁師の締め包丁』が誘導するのに任せてたのを見て、誘導するラインを読んで何処をどの角度で攻撃すればいいのか理解したんだね」
あ、そう言う事か、『剣狂老人』は技が凄いから、どんな相手でも斬り捨てられるけど、生命力が強くて切っても即死しない相手なら、こうやって弱点を突かないと、相手が死ぬか物理的に動けなくなるまで何回も斬る必要があると、その上で相手の弱点を見つけて誘導してくれるマコトさんの武具は便利って事か。
「魔物の急所か、悪くない考え方かもしれぬの、ライフェル教のフレミアウの事を、武僧でありながら戦闘技術を磨かず学習に時間を費やす腑抜けなどと馬鹿には出来ぬか」
同じ種類の魔物なら、体の構造はほとんど同じだろうから、『剣狂老人』は今後この魔物を倒し易くなるんだろうし、他の魔物もこうやってより効率のいい倒し方を覚えて行ったら、もっとヤバくなっていくんじゃないだろうか。
「まあ、とは言え、短時間で多くの手を使い相手を完全に無力化するというのも、それはそれで考えさせられ、修練に繋がるか。それよりも、今はあの娘よ、この程度の『迷宮』の迷宮に出るフロアボス風情では、この身体の昂りを収めるには足りぬ。未だ未成熟でも、豊かな将来性を感じさせる、あの娘だからこそ、某のこの欲求を……」
相変わらず言動だけ聞いてれば、ヤバいエロ爺だよな。
「さてさて、あれからどのように育って居るか、今回は何を教えようか、楽しみで成らぬ」
ロリコン爺、じゃなかった『剣狂老人』がフロアボスの後方にいた無数の魔物たちに斬りかかりながら、すっごくいい笑みを浮かべてるよ。
「しかし、あの『剣狂老人』にここまで気に入られるなんて、リョー君の所の子はホントにすごいんだね。巷じゃ、ほんの一仕合、教えてもらえるだけで財産を差し出しても良いなんて連中がいるっていう位だしねえ」
「以前の感じだと、あの人、あんまり自分の技術を隠すタイプじゃなさそうですよ、以前もアラだけじゃなく、俺達が横で説明を聞いていても、特に気にしてなかったですし、ちょっとした疑問を口にしても答えてくれたりしてましたから。見学位なら問題ないんじゃないですか」
あの爺さん的に、それで誰かが強くなって、自分の対戦相手になるならラッキー位に思ってそうな気がするもんな。
「確かにそれは、見たがる連中がたくさんいそうだけど、僕とうちの子達はやめておくよ、いや二、三人くらいならいけるかな」
マコトさんの言葉に、何人かが残念そうな顔をしてるけど特に文句を言う様子はなさそうだな。どうしたんだろ、この人の事だから、自分のカワイイ子飼いの子達を鍛えたいとか言いそうな気がしたけど。
「実力が違いすぎるからね、うちの子達は言い方は悪いけど、極論すればボクやボクの『成長補正』なんかに頼らなければ目的を果たせないくらいの実力や才能しかない子達が殆どなんだ」
ああ、そう言えば初めて会った時に言ってたっけ。
彼のハーレムと言っていいのか解らないけど、囲ってる男達は、マコトさんの『勇者』としての力を頼って、差し迫った脅威から大切な物を護って欲しいとか、助けて欲しいとか、強くなりたいとか、大金が必要とか、そう言った願いをかなえてもらう代わりに、それに見合った期間マコトさんの愛人兼パーティーメンバーになるって話だったか。
「最初から、十分な強さや才能が有るなら、そもそもボクを頼ったりしないで、復讐にしろ誰かを助けるにしろ自分の力でやりたい事をやるからね。お金や迷宮での採集物にしたって、戦闘力さえあれば何とでもなる物だからね。それに正規の戦闘教育をみっちり受けて基礎の手来てるような子達は気位が高いから、よっぽどの事でもなければボクを頼るような事はしないからね。結果的に僕のところに集まるのは、もともと弱い子や十分に基礎の出来る前に追い込まれちゃった子ばかりで、強くなってもステータスと職で取れるスキルのゴリ押しで、戦闘技術自体はそこそこ程度の子が多いんだよ。もちろん例外の子も幾らかいるし、そう言った子達に積極的に教えて貰ってる子もいるけど、それでも限界があってね。まあ、戦闘以外のジャンルだと意外と特殊技能持ってる子を手に入れたりは出来てるんだけどね」
それなら尚更、この機会で見取り稽古させた方がいいんじゃないのかな。
「相手が、『剣狂老人』ほどの達人じゃ無ければ、喜んで見せるんだけどね。あそこまでになると見ても何が何だかわからないというか、逆に毒になりかねないから。ほら、料理の基礎の全然ない子供、それこそ調理実習しかした事のないような小学生に、高級フレンチや懐石料理もしくは寿司店や鰻専門店でなんかのキッチンを見学だけさせて、料理技術が上がると思うかい」
どうなんだろう、夏休みの自由研究とかでやりそうな。
「それが何なのか理解できなければ、自分の行為に活かす事は出来ないよ、それどころか意味や目的も解らずに表面だけマネして、必要もないのに出来もしない。フランベや隠し包丁なんかをやろうとして、食材をダメにするのが落ちさ。実力や理解度に見合ったところから始めないと。うちの子達に必要なのは、ある程度慣れて来た初級者向けに、解りやすく説明してくれる料理教室なんかの方がいいんだよ。幾らなんでも、あんな達人に剣の極意をそんなふうに説明してくれとは言えないだろう」
「別に短時間ならば構わんぞ」
え、今の『剣狂老人』が答えたのか、というか俺とマコトさんの雑談きこえてたのか、結構小声て話してたし、フロアボスにくっついてた他の魔物相手をしてたはずじゃ、あ、もう全部倒してたんだ。
「え、嘘、ホントに、え……」
「勇者マコトの従者と言えば、才の有無はともかく、強くなるために全てを、それこそ自らの尊厳をも捨てる覚悟を持った者達と聞く」
「尊厳って、そこまで言わなくても良いような気がするけど。まあ異性愛者の子達にボクの相手をお願いしてるんだから、そう言われちゃっても……」
「覚悟が有り、力を求めるのに貪欲な者達は、道筋さえ与えれば、貪欲にその道を突き進むもの。今はゴマ粒のような小さな有象無象の種達でも、地に埋め一度水をやっておけば、数十年後にはそこそこ見れた木が数本立っているやも知れぬ。基礎を伸ばす為のコツや繰り返すべき修行法を多少語る程度、未来の一興となるならば手間でも何でもあるまい、その後に根腐れして芽を出さぬか、途中で折れ枯れるか、それとも大樹となるかは、その者次第じゃがのう、む……」
数十年スパンって、やっぱり寿命の長いエルフは言う事が違うな。あれ、どうしたんだ『剣狂老人』や前の方で足跡なんかを調べてた連中が立ちどまって、前方に視線を向けてる。
まさかまた、何かヤバい魔物が……
「ふむ、この気配は人の物じゃな」
「マコト様、どうやら目的の場所を見つけたようです」
という事は、この先に避難している連中が、うちの子達も……
「誰だ、人か魔物か、答えが無くば魔物と判断して撃つ」
道の奥からの誰何にすかさずマコトさんの部下が返答する。
「我らは人だ、私は冒険者のムラン。こちらは『食の勇者』マコト様とその一党、および臨時の協力者の一団だ。クレン男爵家の救援要請を受けた、ライワ伯爵の依頼により、『迷宮』の異常調査及び生存者の探索と救助に参った」
「おお、ありがたい、こちらは異常発生時に迷宮内にいた冒険者6パーティー43人が避難している。申し訳ないが、肉類以外の食品があれば多少でも分けて貰えないだろうか、魔物肉は有るのだが、それ以外の食糧が底をついていて、人族の中には体調を崩している者も何人かいるんだ」
「こちらは十分な食料を持ち込んでいる、塩漬けや酢漬けだが野菜類も十分にある」
「ありがたい、これでもうしばらくは耐えられる、気を付けられよ、『迷宮』の異常の原因は『彷徨種』だ。幸い其方はあのクソ目玉に遭遇しなかったようだが、帰還時は気をつけられよ、我々はここで『彷徨種』が去るまで待機する予定だ、こちらの戦力では、アイツを避け切る事も戦闘になって生き延びる事も難しいのでな」
「安心召されよ、我らに同行されている『剣狂老人』サイ・ホク殿によりかの目玉を始めとした『彷徨種』の多くが、既に倒されている。我らはこの後、他の生存者がいないか探し安全を伝えながら『鎮静化』を目指すが、貴殿らの退路は確保されていると思っていただいて構わない」
問題の起きた『迷宮』は緊急退避しなきゃならないほどじゃ無ければ、問題が悪化しないように、もしくは悪化しても対処しやすいように『鎮静化』した方がいいって話だけど。確かにそうすれば、新しく強い魔物が出て来なくなるんだから、問題だけに対応できるのか。
「ありがたい、どうか我らの避難キャンプにて休憩して行ってくれ、大したものは残っていないが、長期籠城を覚悟していた為、寝床だけはしっかりした物をこさえてあるし、肉類は十分に確保してある……」
「あーーーー」
冒険者とマコトさん配下の会話をぶった切る様に、幼い少女特有の高く可愛らしい声が響き、通路の奥の方からかけて来る小柄な人影は、間違いないアラだ。
「おう、おう、助けに来たじいじに会いに来てくれたのか、愛い子じゃ、愛い子じゃ」
前に出ていた『剣狂老人』がアラの方を向きながら、まるで抱きしめる前みたいに両手を広げて、まさか俺より先にアラに抱き付くつもりか変態爺、いや、あれは……
「さあさあ、どの位成長したのか、じいじがこの手でじっくりと確かめて進ぜよう、いざ」
両手に模造剣を持ってやがる、このままアラと戦うつもりだあの戦闘狂。
「はアアアアア、行くぞおおお、この、この昂りの全てをおおおおおお」
「おじいちゃん邪魔しちゃ、めーなんだからね」
一気に距離を詰めて、右と上から十字を切るようにフラれた二本の剣を、アラは魔法で姿を消して避け、そのまま『剣狂老人』の横を通り抜けて、俺の方へ。
「リャーーーーーー」
まあ、普通に考えればそうだよな、アラが俺やうちの子達以外にいきなり抱きつかれそうな流れで、大人しく抱きつかれたりする訳ないから。




