564 目玉
「さてと、仮眠後の軽食も取ったし、出発しようかな」
しっかりと装備を整えたマコトさんが指示を出すのに合わせて、全員がテキパキと片づけを終えていく。
「リョー君も準備は出来てるかな」
「ええ、大丈夫ですよ、行きましょうか」
「そ、じゃあ行こうか、先にうちのムラン君が四人連れて、足跡を追っているから、僕たちは彼らの残した目印を追いかけつつ、出来るだけ目立って魔物を引きつけながら行くよ」
マコトさんのパーティーメンバー達が、取っておいた魔物の死体を切り刻み始めたのはその為か。
「ああ、そうだ、おにぎりを幾つか用意しておいたから、小休止なんかのタイミングで食べると良いよ。体力維持の為にも、行動食は必要だからね。ああ、保存の為に梅干し使ってるけど、大丈夫だったかい」
まるで時代劇みたいな、大きな葉っぱと蔓でくるんだおにぎりを差し出してくるけど、準備が凄いな。
「ええ、大丈夫です、ありがたく頂きますね」
「よし、出発しよう。目印はアッチだね」
先発していた連中が残したっていう目印を見つけたのか、マコトさんが一方を指さしながら歩き出すけど、どれが目印なのかよく解らないな。まあ、誰にでも解る目印って事は、もしもマコトさんと敵対する相手がここに来たりしたら、簡単に後を付けられるもんな。
味方にだけ解るように目印を付けててもおかしくはないか。
「マコト様、おかしいです」
出発して、そんなに経ってないっていうのに、マコトさんのパーティーメンバー達が、何度も立ちどまって、困ったように話し合いを繰り返してるけど、どうしたんだ、何かトラブルでもあったんだろうか。
「そうだね、どう考えても移動速度がおかしいよね」
「マコトさん、何かあったんですか」
「ああ、先に送った子達の、移動速度がね、かなりゆっくりなんだよ、足跡を調べた感じだと何回も立ち止まってたり、引き返したりしてて、休憩をしたりしててね。ボクの成長補正で育ててたから結構戦闘力のある子達だし、斥候としても優秀だから、そこら辺の罠や魔物なんて、余裕で蹴散らして探索目標を見つけてくれるのが普通なんだけど。しかも目印の残し方も雑になってて、何かあれば目印と一緒に残しておくはずの伝言も付けてないしさ」
えっと、それってさ……
「おっかしいな、サボるような子達じゃないし、こうして後続のボク達に行動が把握されるのだって解ってるはずなのに」
「マコトさん、それって、それだけの実力者集団が、伝言を残す余裕を無くして、最大限警戒しないとならないような脅威が有ったって事じゃないんですか」
「あの子達が、そんな風になるって、まっさか、この『迷宮』のボスだって、斥候組のあの子達だけで倒してこれるぐらいなんだよ。この程度の『迷宮』であの子達がそんなテンパるような事態なんて、あ……」
そうですよね、この『迷宮』は『彷徨種』なんて言う、『勇者』でも潰されかねないイレギュラーが発生してるんですよね。そう考えれば、先行してた斥候達がこれだけ警戒するって事はそれを見つけちゃったって事なんじゃないかな。
しかし、マコトさんカミヤさんの評価を聞く分じゃ、冒険者としてもかなり優秀で、神殿も色々と頼りにしてるって事だったんだけど。こんな見過ごしをするなんてな、これってヤスエイなんかもそうだったけど、高ステータス強スキル最強武器の『勇者』なせいか、こと戦闘に関しての危機感が薄いのかもしれないな。
ヤスエイも、毒なんかの暗殺とかは警戒してたみたいだけど、戦闘に関しては正面からの力押しで、舐めプした結果サミューには隙を突かれて毒を飲まされるし、『剣狂老人』にケンカ売ってぼろくそ言われたり、俺のあんな毒煙なんかにあっさり引っかかったりしてたもんな。
マコトさんも知識として脅威なのは解ってても、戦闘で苦労した経験が少なくて実感が無かったりするのかな。
「マコト様、どうやらそちらの御仁の予想通りのようです、こちらをご覧ください」
そう言って、マコトさんの奴隷が指さす先は、俺でも解る位はっきりと後が地面に残ってるけど。足跡だけじゃなくて、手の跡と、まるで正座したような膝と脛の跡が……
「これは、まずいね、あの子達がここで土下座したって事は、それほど時間のたってない頃にアレがここに居たって事だから。全員、周囲の警戒を普段以上に密にして、アレの接近を見逃さないように、発見時には距離が十分にあり此方が先に見つけた時は即時離脱、十分に距離を取って迂回する。離脱が不可能な場合は、直ちにその場に伏せて。それと土下座中に他の魔物が寄って来ると不味いから、血を撒いて誘引するのは中止、魔物の死体の処理も臭いを出さないように注意。それと分ってると思うけど発言には最大限に気をつけてくれよ。アレは浮いてるから殆ど音を立てないし、気配も感じにくいから気をつけて」
いつ『彷徨種』と接触するか分からないし、互いに気付かないような距離でも声は届く可能性があるから、聞かれて困る言葉は口にするなって事か。
「あ、マコト様、あ、あちらを」
「く、曲がり角の向こう側にいたのか、この距離じゃ逃げきれない」
男の一人が震える指を向け、それに合わせて全員が目を向けた先には宙に浮く巨大な球状の肉塊、その中央に巨大な眼球と口が一つづつ、更に肉塊の表面から無数の触手がうごめいていて……
「リョー君、なにしてるんだ、早く土下座しないと、死にたいのかい。早くしないと光線攻撃で吹き飛ばされるよ」
いつの間にか、土下座してたマコトさんが、顔を上げないまま小声で話しかけてくるけど、その周りでは他の連中も同じように土下座してて、なんか時代劇の終わり際みたいな感じだな、こう印籠を出した時とか襲撃者の正体が八代将軍だと気づいた時みたいな。
いや、そんな事を考えてる場合じゃなかった、というかコイツは確かにヤバいな、ゲームなんかでも強敵扱いされてたりするし。
慌ててその場に座り額を地面に付けた俺に、隣からマコトさんが話しかけて来る。
「いいかい、なにが有ってもそのままでいるんだ、索敵系のスキルで周囲を探ってるけど他に魔物はいないから、このままいても危険はないから。頼むから鑑定とかで名前を調べて口を滑らせたりしないでくれよ」
「なんじゃ、○○ル○ーではないか、何か緊迫した空気を感じて来てみれば、このような小物であったか、つまらぬ、つまらぬ」
「は、」
「え、ちょ、ま」
いきなり背後から聞こえてきた声に、緊迫していた声が凍り付く。俺もマコトさんも余りの事に、まともな言葉を発せず、呻く様な、かすれた声を漏らす事しかできない。
ど、何処のバカだ、この状況で、一番口にしちゃいけない単語を平然と……
「グギャアアアアアア」
さっきまで、黙って浮いていた『彷徨種』が怒りの声を上げ、頭を下げたままの視界に入ってくる影が、元の球体から手足が生えた形へと変化して行ってる。
「まあ、凶暴化した後なら多少は斬り応えが」
なんだ、こんな地下で微風か、いやなにかが俺のすぐ隣を通っていったのか。
「ギャ……」
周囲に響いていた怒声が止まり、何か重い物と大量の液体が地面に落ちた音が聞こえて来る。
「うそだ、こんな、一撃でなんて……」
マコトさんの声に少しだけ顔を上げると、大量の血の中にキレイに分けられた半球が二つ、いやさっきと違って手足が生えてて、なんか死神みたいな鎌も真ん中で断ち切られてるけど、一体何が。
「ふむ、多少堅くはなっているが、反応も遅く、ただ武器をこちらが待ってやった斬撃の前に掲げるだけで、受け流す技術も無いとは、やはりこの程度の魔物か」
魔物の死骸のすぐ横で、つまらなさそうに木剣を振って、ついた血を払っているのは。
「『剣狂老人』なんでこんなところに」
「おお、誰かと思えば、あのお嬢ちゃんの保護者ではないか、探したぞ、であのお嬢ちゃんはどこにおるかのう。先日、淫魔族の剣魔と、ちょいと遊んだんじゃが、中途半端に終わってしまい欲求不満でのう。あの女、ちょっと強めに突っ込んで、突き続けたら、途端に『もうこれ以上はダメ』だとか『このままじゃ死んじゃうから』だの『もう無理、壊れちゃう』等と情けない事言いおってからに。せっかく素材はイイというのに、あれでは台無しじゃからのう。鍛える意味も込めて、丸一日ほどじっくりと、遊んでやったのじゃが、途中で足腰が立たなくなるどころか、ピクピク時折痙攣する事しかでき無くなってしまってのう。この近くにお主がいると聞いてな、まだまだ、幼く未成熟でありながら、限りない可能性を感じさせるお嬢ちゃんで、少し遊んでこのうっ憤をと思ったのじゃが」




