528 兄妹
「さて、前衛盾職が一、前衛格闘職が一、後衛魔法職が一、後衛弓職が一、中衛鞭職が一、まあ均衡のとれた編成ではあるか」
ハルさんを狙った騎士の方が、わたし達を値踏みするように見まわしていますけど、先ほどのトーウさんの言葉通りならかなり危険な相手なのではないでしょうか。
元々の優れた血筋の上に、代表として勇者の従者に選ばれるべく国を挙げた英才教育で鍛えられていた精鋭が、更に私達よりも長い期間『勇者』様と共に有ったという事ですから。
「とは言え、見た目を重視した小娘ばかりという所が『勇者』らしいか、全くあの男と言いあの女と言い、これだから『勇者』という物は。思い返すだけでも忌々しい」
何か、『勇者』様に含む物が有るのか、苦々し気な表情を浮かべていますが、この人の仕えた『勇者』様との間に何が有ったのでしょうか。
「まあいい、ヤスエイの手勢が来る前に片付けるとしよう。こちらの手配した傭兵共が全滅しているというだけでも失態だというのに、下手人の始末を奴らにさせたなどとなれば、我が国とあ奴の今後の立場に差し障るからな」
どうやら戦いは避けられないようですね。御主人様がいらっしゃればまた変わったのかもしれませんが。
「さてと、ではまずは、面倒な後衛から」
剣を軽く構えた騎士がアラちゃんに向き直り、一気に駆けだします。
「ええい」
続けざまにアラちゃんが後ろに下がりながら、続けざまに弓を放って迎え撃ちますが、騎士はその度に左右に移動して矢を避けて行きます。
「忌々しいが『勇者』の言う通りだな、撃って来るのが分かれば避けるのはたやすい、そしてどれだけ威力が有ろうと当たらなければどうという事はない」
矢を避けながら徐々に距離を詰め射ていく騎士が、アラちゃんに詰め寄り剣を右に振りかぶって、私とトーウさんもアラちゃんを支援しようと向かていますが、この距離ではまだ間に合わ……
「ま、守るんです」
いつの間にか『獣態』を取って、アラちゃんと騎士の間に割り込んだミーシアちゃんが『人態』に戻って、盾を構えます。
「奴隷が、一人前に物を言うか」
ミーシアちゃんとあの騎士の方なら体格差が有りますし、スキルも有りますから耐えられるはず、その間に私とトーウさんで背後から……
「ふん」
「え、あ、お、重」
ミーシアちゃんが構えた盾に合わせる様に、騎士の方が流れる様に剣の構えを変え、下から剣を打ち上げると、ミーシアちゃんの大盾が上に持ち上がり、そのまま彼女の両足も宙に浮き大柄な体が後方へと数歩たたらを踏むように下がります。
「思ったよりは堅いが、所詮は促成栽培、重心の取り方も満足に知らぬか」
「ぐ、う、え」
騎士の方が連続で斬撃を繰り返し、それを防ぐたびにミーシアちゃんの体が後方へと下がって行きます。
「やはり、この程度か、ステータスやスキルが有ろうと、駆け引きや技術が足りん」
「く、ミーシアちゃん、もうすこし頑張ってください」
「三人がかりで、アラ様の弓も有ってなお、ここまで、動きが読まれているのですか」
ミーシアちゃんが責められている間に、追いついた私とトーウさんがそれぞれの武器で騎士の方を攻め立てますが、鞭はたやすく避けられ、トーウさんの爪や蹴技も小盾でいなされてしまいます。
「それでしたら、『火炎……』」
「させぬ」
「きゃ」
ミーシアちゃんを支援するためにハルさんが魔法を放とうとしましたが、騎士の方が左手で礫を投げてそれを妨害します。
「ハル様、あ、あああ『強斬撃』」
「フン」
ミーシアちゃんが上段から大剣を切り落とすのにあわせて、騎士の方が剣を横に構えて頭上に掲げます。
「ミーシアちゃんの一撃なら」
今戦ってみる分では、わたし達と騎士の方のステータス差は多少向こうが上でも極端に開いてはいない筈です。彼女の力と体重に武器の重さが乗った一撃なら、相手の剣を叩きおりそのまま……
「技術の無い力任せの一撃など」
「え、え、な、なんで」
「ミーシア様のあの一撃を受け流したというのですか」
騎士の方が真横に構えていた剣の先を少し下げて、剣を斜めにすると、その刃の上を滑って行くようにミーシアちゃんの斬撃が斜め横に流されて、騎士の方の横の地面へとめり込んでしまいます。
「自らの斬撃の流れも満足に御せぬ未熟者が、同じ『勇者の従者』と呼ばれるなど虫唾が走る。目障りだ」
剣が喰い込んでいるために、とっさに動けないミーシアちゃんへ、騎士の方が横薙ぎに剣を振って……
「ダメなの、ええい」
ミーシアちゃんの陰からアラちゃんが飛び出して剣を弾き、直後に低い姿勢で剣の柄を腰に当てる様に構えて、切先を騎士の方に向けてスキルを使い連続で刺突を放ちます。
「な、このスキルはまさか、剣狂ろ……」
アラちゃんの剣から絶え間なく飛び続ける刺突に、騎士の方の身体が斜め上へと跳ね上げられ、その身を覆う鎧が徐々に砕けて行き、血に塗れて行きます。
「どれほど強力なスキルであっても、高ステータスの『勇者の従者』が一撃で死ぬなんてありえませんわ、トドメを差しませんと」
ハルさんの言葉に、私とトーウさんが地面に倒れた騎士の方に駆け寄ろうとしますが、それよりも早く突風と共に上空から何か大きなものが急降下してきて行く手を塞ぎます。
「これは、黒い大鳥、いいえカラ、ス、ですか」
トーウさんの言葉に、思わず視線が後ろに居るハルさんに向いてしまいますが、先ほど叫んだ場所と同じ位置に立っている彼女を確認しすぐに前に目を向けます。
ですが、人よりも大きなカラスとなるとどうしても……
「これは失態ですな、グロム卿、私と同じ『勇者の従者』の先達とは思えませぬな。おっと、貴殿は現役ではありませんでしたから、これからも成長する私達とは違いましたか。この貸しは大きいですぞ、これほどの傷を癒せる『魔法薬』は稀少なのですから」
いつの間にか大きなカラスが、黒い翼をもつ魔法士風の身形の男性に代わり、片手に持つ小瓶の中身を騎士の方へとふりかけ、徐々に傷が……
このまま傷が癒えてしまっては不味いのは解っていますが、魔法職がこちらへ手を向けているとこへ不用意に飛び込めば、真正面から魔法攻撃を受けかねません。ですがこのままでは、それに目の前の鳥人族は見覚えが有ります、確かこの方は。
「ガル兄様、なぜこのような所に居らっしゃるの」
背後から放心したようなハルさんの声が聞こえましたが、やはりこの方はハルさんの御実家、シルマ家の方ですか、以前にエル・シルマ様という方と御会いし、ハルさんの購入を打診された事が有りましたが、こうして見ると顔立ちが似ていますね。
この方はたしか、『寒暑の岩山』でマイラス様達と共にユニコーンを狩っていたはず。
「ほう、そこに居るのは、奴隷落ちしたシルマ家の面汚しではないか、王都に居るものかと思っていたがまさかこのような場所で、別件のついでに見つけられるとはな都合がいい」
何でしょう、今の話し方ですと、ハルさんを探していたような、となるとまた購入したいという話だったのでしょうか。
「なぜこの地に居るのか、答えて頂けませんか御兄様、今この国がどのような状況なのか分かっておいでなのですか。シルマ家本家に籍を置かれる方が、どちらか一方の勢力に加担するなど個人の話では済まずシルマ家が、ひいてはその主家であるクレ侯爵家や、場合によってはティアル王国そのものが、どちらを支援するのか旗色を明らかにしたと取られかねない行為でしてよ。場合によってはティアル王国がライフェル神殿に敵意ありと取られ外交問題にすら……」
「奴隷落ちした分際で、偉そうに政を語るか」
先ほどから思っていましたが、このガル様のハルさんを見る目つきは、実の妹を、家族を見るそれとは到底思えないですね。
「わたくしが、このように奴隷に身をやつしたのは、シルマ家を守る為ですというのにそのような物言い、それを言うのでしたら、ガルお兄様こそどうなのですか、聞いた話では奴隷商に進められるまま幾人もの奴隷の女子に子種を与え、当家で血筋と共に受け継がれていた力を切り売りしたとか。貴方には家門の誇りは無いのですか、ましていくら元勇者とはいえ『薬師』のような問題人物に従うなど」
血筋の切り売りそういえば、『蝙蝠の館』で捕らえられたときにレネル様がそのようなことを言っていましたね。
「ふん、それがどうしたというのだ。今は非常時だ、力をつけシルマ家を本当の意味で復興させるためには、手段など選んでいられぬ。綺麗ごとばかりで御家復興ができると思っているエルのような甘ちゃんと俺は違う。力が必要なのだ、力が無ければ『地虫窟』の最深部には辿り着けぬ」
今この方はエル様を呼び捨てにされましたか、確かエル様は現在存命のシルマ本家の方では家督の継承権第一位で当主代理を務められているはずでは。それをこのように一族の方が平然と呼び捨てにするどころか批判されるとは、そのような家長への不敬を平然と行われるなど、それは……
「『地虫窟』の最深部、それは、まさか、お兄様、貴方はシルマ家の家督を奪われるおつもりなのですか」
ハルさんはガル様の考えに気付かれたようですが、一体どういうことでしょうか、確かに『迷宮』を攻略できるだけの実力があるのでしたら、一家の当主の座を争う上でかなり有力な功績となるでしょう。
ですがそれは、あくまでも次期当主が正式に確定しておらず、複数の候補者が争っているような場合の話のはずです。当主代理を務める方、すなわち事前に嗣子として立てられていた方が居るのであれば、それを覆すのは相当難しいはず。
「奪うなどと、人聞きの悪い言い方をするな、俺は当家の家訓に基づき正当な方法で当主の地位を手に入れるまでのこと」
家訓ですか、古いお家にはそれぞれ独自の規則や伝統があるものですから、シルマ家にも何か家督にかかわる決まりがあるのかもしれませんね。
「そのためにも、十分な力を付ける為に、こうしてヤスエイ殿のもとで戦わせていただいていたのだが、まさかこのようなところで、家督にかかわる功績を一つ上げれるとはな」
そう言ってガル・シルマがハルさんのほうを見つめます。
「金の為仕方なくまいた種も、家の者に知られる前に刈り取らねばならなかったが、それ以上に誰もが知る当家の恥辱、没落の証、奴隷落ちした本家の娘をこの手で処理し、家の者どもに俺の実力を示すことが出来るとはな」
「恥辱、没落の証、わたくしが、家の方たちは、わたくしのことをそのように……」
これが、こんな言葉が、血を分けた、実の兄弟、家族の交わす言葉なのですか、こんな血も涙も無い言葉が、家のため家族為に自らの身を奴隷に落としたハルさんに掛けられる物とは到底……
「シルマ卿、貴殿のお家のことは知らぬが、何時まで話を続けているおつもりか、戦うつもりがないのであれば」
いつの間にか、アラちゃんとミーシアちゃんの二人と戦いを再開していた騎士の言葉に、ガル・シルマが私たちに向かって杖を構えます。
「そうだな、死ぬ者に語っても意味は無い、行くぞハル。『成長補正』で俺がどれだけ強くなったのか計るのに、同族で、どの程度の魔法が使えるのかを、よく知っている貴様はちょうど良い」
すいません、スランプの為更新が大分ゆっくりになっています。
R3年4月11日 誤字修正しました。




