529 経験の差
「サミュー、トーウ、こちらはわたくしがどうにかいたしますわ、ですから貴方達はアラの方を何とかなさい」
わたくしへ向けて杖を構えるガルお兄様、いいえ、ガル・シルマへこちらも杖を向けて、二人に指示を出します。
「ですがハルさん」
「かまいませんわ、『勇者の従者』といいましても、せいぜい数ヶ月程度のことでしょうし、その『勇者』が『薬師』でしたら、共に居て恩恵を受けられた期間も限られるでしょうし。それでしたらわたくしで何とでも成りますわ」
あの騎士が話していませんからガル・シルマは私が『勇者の従者』とは知らないでしょうけれど、私たちがリョーの従者となってから、もう1年を超えますわ。今回のように別行動をしていた期間も有りますけれど、それでも共に幾つもの『迷宮』を攻略してレベルを上げてきてますから、『成長補正』で増加した私のステータスはガル・シルマのそれを上回っているはずですわ。
きっとサミューはわたくしが肉親の情で戦えないとでも思っているのでしょうけれど、あのような言葉を聴かされましては兄だなどとは思えませんわ。それに今のわたくしは『隷属の首輪』を嵌めた奴隷なのですから、主の家族であるアラや財産であるこの子達の危機に対応しないわけが無いのですから。
「早くなさい、向こうは何年『勇者の従者』をしていたのかもわからない本物の怪物でしてよ。アラの奥の手は一度見られた以上、あの手の達人には二回目は警戒されて、よほどの事が無ければ通じないでしょうから。それに、貴方達が早めに向こうを片付けて全員で手伝ってくだされば、わたくしも楽に勝てますし」
「解りました、無理はしないでくださいねハルさん」
心配そうな顔をしながらサミューがアラやミーシアの方に向かうと、何も言わずにいたトーウも同じように向こうに行きますが、いつの間にかアラ達とあの騎士の戦闘が遠ざかって行ってましたわ。
これならお互いに巻き込まれる恐れも無いですわね。
「なんだ、大人しく殺されるつもりとは殊勝な態度ではないか、奴隷落ちしても家の誇りは欠片程度に残っていたか」
「何を言っていますの、貴方程度の相手でしたら、あの子たちが居なくてもわたくし一人で十分焼き払えるというだけの事ですわ、身の程を弁えなさいな二流魔法士」
「貴様、焼き殺してやる」
そう言う所が二流だと言いますのに、魔法属性に合わせた対応手段を持たない前衛職や、一つの属性に特化した魔法職が相手ならともかく、複数の属性を使い分ける魔法職を相手にしていると言いますのに、なんの属性魔法を使うのか推察できるような言葉を発するだなんて、対応してくれと言いているような物ですもの。
これがハッタリやブラフの類でしたら、油断できないのですけれど、唱えている呪文は明らかに火系統ですわね。言葉を解さない魔物相手ならともかく、魔法職と戦うというのに呪文を誤魔化そうとしないだなんて。
「常識的な基礎教本通りで、戦いを容易に済ませられそうですわ」
リョーに買われてからという物、対人戦も何度か経験いたしましたし、車列護衛や鎮圧戦等の際に傭兵や冒険者達から対人戦の話を色々と聞くことが出来ましたから。
シルマ家は管理を任されている『地虫窟』の魔物を狩るのが主任務で、それ以外は主家に従って戦に出陣した際などの大規模集団戦で範囲魔法を後方から撃つばかりですから、使う魔法を読みあったり誤魔化したりする必要性は殆どありませんでしたから。
わたくしも、実家では教わりませんでしたし、ガル・シルマの性格では冒険者などと共に行動していても、見下してロクに話もしていなかったでしょうから。
「燃え尽きろゴミめが、強火炎」
ガル・シルマがこちらへ手を向けて予想通りの魔法を発動させるのに合わせて、『無詠唱』と『二連続発動』で二つの魔法を続けざまに放ちます。
「『強風』『熱風』」
二つの風の勢いで放射されたばかりの炎を相手の方へと押し返し、さらに熱を加えてガル・シルマへと浴びせかけます。
「な、な、クソが」
多少衣服や羽根が燃えながらも、慌てて魔法を解除して炎を消しますけれど、熱せられた空気はそのままですから『熱風』の効果を高めて、ガル・シルマの肌を焼きながら、風の圧力でその体を吹き飛ばしていきます。
「クガ、カッ、ヘッ、ハッ」
地面に叩きつけられたガル・シルマがそのまま顔と喉を押えてかすれた声で呻いていますが、顔にも火傷を負っているところ見ると今の熱風を吸い込み、喉の中を火傷したようですわね。
「あれではもう呪文を唱える事も出来ないでしょうし、上手くすれば徐々に呼吸が出来なくなりそうですわね」
でしたらこのまま、一気に止めを刺してそのまま死体も焼き尽してしまえば、証人もいない事ですし、後腐れが無くなりますわね。幾ら状況が状況で、わたくしは既にシルマ家の一族で無いとはいえ、兄殺しというのは外聞が悪いですから。
「ですけれど、わたくしが、シルマ家の恥辱ですか」
確かに歴史のある名家本流の娘が奴隷落ちしたとなれば、御家の醜聞と考える者もいておかしくありませんから、もしかするとガル兄様、いいえ、ガル・シルマの他にも同じように考えてわたくしを狙ってくる者が居るかもしれませんわね。
「いえ、このような事を考えるのは全てが終わってからにすべきですわね。トドメを差す前に油断しては思わぬところで脚を救われかねませんし火傷を負っているのであれば水系統や冷却系統では、火傷の痛みを抑えて、余熱による継続ダメージを軽減してしまいますから、やはり火炎魔法で跡形もなく、あら……」
考え事をしている間に、ガル・シルマが立ち上がって『鳥態』を取ってしまっていますわ、不味いですわ、このままでは逃がしてしまいますわ。わたくしとした事が、敵の前で考え事をするなどという、リョーのような非常識な失態をするだなんて。
「おヴぉ、へて、ろ」
痛み止めのような物を使ったのか、声を掠らせながらも、はっきりとこちらを見据えて言葉を発したガルが、羽根を羽ばたかせて飛び上がります。
「く、」
今用意している魔法では、飛んでいる相手に当てるのは難しいですし、かと言って呪文を中断して、別な対空魔法に切り替えていては間に合いませんわ。『無詠唱』で発動できる魔法では、あの大きさを確実に撃ち落とすには威力も命中精度も。
「仕方ありませんわね、ここは敵魔法職を一人退けて、敵の戦力を削れたことで満足して、アラ達の援護に向かうといたしましょうか」
遠ざかって行く、大ガラスの姿を警戒しながら剣戟の音が響く方へと向かうと、まだ戦いは続いていますけれど、わたくしの目ではどちらが有利なのか分かりかねますわね。あの四人を相手にして互角以上に戦うだなんて、なんて非常識な。
「ふむ、幼子にしてこの剣技とは、かの達人のスキルを伝授されるだけの事はあるという事か、だが、その体では幾らステータスを高めていても、その体格では体力も膂力も限界が有るか……」
「はあ、はあ、まだやれるもん」
「それに他の者は、技術が足らぬせいで無駄に体力を使っている。技術のいらぬ格下や魔物相手ならばそれでも戦い続けられるのだろうが、それなりの使い手ならば相手の体力を効率よく消耗させるなど雑作もない」
確かにアラだけではなく、サミューとミーシアもかなり息が上がっていますわね、トーウは比較的まだ体力が残っていそうですけれど、それでも数か所を切られて血を流していますし。
「勇者だ、勇者の従者だと言ったところで所詮はこの程度、某にかかれば……」
「こういうのを井の中の蛙って、言うのだったか」
え、今、何が起こりましたの。ミーシア達と戦いながら話をしていた騎士の胸から細剣の切っ先が生え、背後に見覚えのない女性の姿が、わたくし達は油断せずに相手を見続けていたはずですのに、何時あの女性が騎士の背後を取ったのか、何時の間に剣が突き刺されていたのか全く分かりませんでしたわ。
まるで瞬きをした一瞬ですべてが終わったかのような、いいえあり得ませんわ、これではまるで伝説の転移魔法を使ったかのようではありませんの。
そんな非常識な事が有り得るはずが……
「敵に説教しているのに気を取られたのか、気配を消していた私に気付かないどころか、背中から突き刺した剣が胸から飛び出しても、何が起こったか理解してないなんて、未熟も良い所」
「ば、馬鹿な、某が背後を取られた、だと、それに、こ、この鎧はミスリル、製だぞ、それを、たやすく、貫、く、な、ど、ま、まさか、きさ、ま、は」
段々と意識が遠のいて行っているのか、徐々に、声が弱くなっていく騎士に、背後から女性は嫣然と微笑んで。
「『剣魔十二将』が一人、『情欲の剣魔』シュレーヌ」
け、剣魔ですって、なんでそんな方がこんな場所に、このようなこと非常識すぎますわ。
「まったく、先日幾つかの部隊を潰して、私の仕業だってすぐに解るよう、特徴的に壊した死体を並べて置いたっていうのに、それでも懲りずに、魔族の血に連なる村を襲うなんて、ムルズ王国は神殿だけではなく、魔族諸国も敵に回したいのかと疑ってしまう。虐殺だろうと略奪だろうと、同族同士でやるのなら好きにすればいいのだから、魔族を巻き込まないで」
魔族の村をですって、この国に魔族の子孫が居たというのも驚きですけれど、この騎士達がその子孫たちに手を出していただなんて、文字通り自殺行為の非常識な行いですわね。いえ、それを言うのであれば……
「まあ、これで『薬師』の配下も含めて、今回の襲撃に直接参加した当事者は全員死んだから、ムルズ王国も、薬師もいいかげん学んだでしょ。さてと、まさかこのついでに、もう一つの対処事案だった、冒険者に連れ回されているダークエルフの子供を見つけられるなんて」
そうですわよね、魔族を護り、魔族に危害を加えた者への報復を役目とする『剣魔』からすると、幼気な魔族の娘を連れ回している。わたくし達も、容疑者に見えますわよね。




