527 蹂躙……
「トーウから合図が来ましたわね、では予定通り行くといたしましょうか」
空模様はやや曇り、月は新月でこそありませんけれど、かなり欠けていて月明りも星明りも殆どありませんわね。
「これでしたら余程夜目が強くなければ、黒いわたくしは見つけられにくいはずですわね」
『鳥態』を取るとともに、上空から他の子達の配置を確認しますけれど、わたくしの目では暗くてよく見えませんわね。
「とは言え、あの子達がこんな所でしくじるとは思えませんから予定通りにこなすのでしょうけれど」
この集落は天然の要害とまでは言いませんが、攻めずらく守りやすい地形であることは確かですから、向こうが油断してくれていると良いのですけれど。
東側と北側は鬱蒼とした深い森で、集団が展開する事はおろか、森林に慣れていない者では目的地に辿り着くことすら難しいでしょう。
西側は急な下り坂になっていまして底には急な沢が流れて堀の代わりになっていますし、越えたとしても坂を上る途中は守る側からは丸見えで狙い撃ちにされてしまいます。
唯一平坦な草原の南側ですが、言い方を変えればこちらだけを盗賊達は重点的に警戒すればよく、集団が纏めて行動でき街道へも繋がるからこそ、これだけの規模の盗賊団があれほど広域を荒し回れたのでしょうから。
「ですけれどだからこそ、南側に蓋をされてしまえば、堅牢な防御陣地はたやすく逃げ場が無くなってしまいますわ」
アラは南東側の森と草原の切れ目近くの木の上に登って弓を構えていますから、あの位置であれば集落の中だけでなく、南側の草原は丸見えになりますから、あの子の目と腕でしたら南に逃げる盗賊も東側の森に入ろうとする盗賊も容易く狙い撃てますし南側には、サミューも控えてますから。
「始まったようですわね」
眼下の集落の各所に配された篝火で照らされた盗賊達が次々に倒れて行き、叫び声が響き出します。
「クソ、狙撃だ、弓でやられてる」
「東、いや南側か、射手は一方から撃ってやがる、物陰に隠れろ、入れる奴は建物に入れ。ひとまず安全を確保してから体勢を立て直せ」
「不用意に顔を出すな狙い撃ちにされるぞ」
盗賊達がアラの居る南東側から見えないように、建物の壁などに貼りついていますわね。
「アラはかなり高い所まで登ってますから、下手に壁から離れれば建物の陰から出る事となりますもの、ああして張り付いているしかならなくなりますわ」
ですけれどああして隠れていましても、まともな遮蔽物でなければ。
「よ、よいしょ、え、えええいいいい」
北の森から可愛らしい掛け声とともに根ごと引き抜かれた木が宙を飛び、北側からは丸見えだった盗賊達を弾き飛ばし、更に隠れている建物を崩していきますけれど……
「あの子も本当に非常識な怪力になってしまいましたわね」
ミーシアには『投擲』のスキルも有りますから、狙った場所へ当てるのは当然でしょうけれど、丸太になりそうな木をそのまま引き抜いてあれほどの距離を投げるだなんて、幾ら体格と膂力に優れた種族特性が有るとはいえ、あれは非常識ですわね。
「いいえ、こうしている場合ではありませんわね、わたくしも参戦いたしませんと」
ミーシアの投げた木によって、遮蔽物を破壊されたり、物陰からはじき出された盗賊達がアラの矢に射殺されていくのを横目に一気に高度を落しまして盗賊達の隠れている建物へ狙いを定めます。
「あの程度の建物でしたら、『鳥態』の状態でも魔法でも行けますわね『火炎弾』」
木造の建物へ向けて魔法で火を放つと、すぐに燃え上がり中に隠れていた盗賊達が逃げ出すと同時にアラに狙い撃たれて行きますわ。
「『鳥態』では使える魔法も限られますし威力も落ちますけれど、農村の小屋を焼く程度の事、今のわたくしでしたら問題ありませんわ」
以前の『鬼軍荘園』鎮圧戦の時と比べて、今使った魔法はかなり使いやすくなってますし、威力も上がってますから。これはおそらく『鬼軍荘園』と『蠕虫洞穴』での戦闘経験でだいぶステータスが上がっているという事ですわね、これでしたらこの後も上手く行きそうですし。
その後も繰り返しわたくしの魔法とミーシアの投木で盗賊達の隠れている建物を減らしていきますと、アラの弓矢に追いやられて生きている盗賊達の大半が西側へと固まって行きます。
「トーウの居る建物の近くには、もう盗賊はいなさそうですわね」
わたくしには暗視系のスキルが有りませんけれど、これだけ火が燃えていればその灯りで盗賊達の様子が上空からはっきり見えますもの。
とは言え、それはわたくしの姿も盗賊達から見られやすくなったという事ですから、魔法を使う時は気を付けませんとあの子達みたいに射程が長い訳でも森の中に居る訳でもありませんから、不用意に高度を下げれば盗賊達に狙い撃ちにされる恐れが有りますし、飛行中に翼を傷つけられますと『鬼軍荘園』の時のように墜落してしまいますもの。ですけれど……
「ここまで追い込みますと、アラの位置からでは狙いにくくなってきますから、そろそろですわね」
わたくしの魔法では燃やせない石造りの建物や、ミーシアの位置からでは投擲が届かない場所の建物なども有りますから、今盗賊の隠れている場所はそう言った建物やトーウが居るために破壊できない建物の陰となっており、アラでは狙撃できない位置になりますから、手を変えませんと。
事前に決めていた順番で上空に魔法を放って合図をすると、アラがそれまでいた木から跳び下りて弓を構えて警戒しながら、南側に回り込むように前進して村へと進み、位置を変えた事で見えるようになった盗賊を射殺していきます。
「な、隠れててなんで」
「クソ、ここもダメなのか、後退しろ、このままここに居たらやられるぞ」
既に戦意は殆ど残っていませんわね、ここまで士気が下がっていれば精神異常系のスキルへの抵抗力も殆ど残っていないでしょうね。
「ガアアアアアア」
二度目の合図の魔法を放つと、北の森から咆哮が轟き『獣態』の上に武装を纏ったミーシアが飛び出し、サミューもそれに続く様に姿を現し、さらにトーウもそれまで守っていた建物を出て盗賊達へと斬りかかって行きます。
「あ、ああ、あ」
「そ、そんなあんなバケモノまで」
「だ、駄目だ、もう駄目だ、に、逃げるぞ」
追い込まれていたところに、威圧効果も有る咆哮と共にミーシアのあの姿を見れば、盗賊程度ではすぐに壊走すると思いましたけれど、予想以上でしたわね。
「さてと、それでは最後の仕上げにかかるといたしましょうか」
盗賊達が逃げて無人となった里の西端に降りたって『人態』を取り、呪文を唱え始めます。
見晴らしのいい下り坂を逃げる盗賊を仕留めるだけでしたら、以前のようにアラをわたくしの背に乗せて跳ぶという方法も有りますけれど、リョーが居ない状態で万が一にもあの子に重傷を負わせる訳にはいきませんから、今回は出来るだけあの子には安全な場所から遠距離攻撃をするようにしてもらいたいですので。
「仕上げはわたくしが行きますわよ、『溶岩流』」
丁度下り坂が始まる位置で手を伸ばし、溶岩を産み出して坂の上を流していきます。
今回は魔力補給源が居ませんので、以前のように背丈よりも高い溶岩の濁流で広大な陣地を埋め尽くすような非常識な真似は出来ませんけれど、粘性を下げて急坂を流せば少量でもかなりの速度で流れていきますし、高温の溶岩でしたらたとえ足首が付かる程度でも十分に敵を倒せますもの。
地面を焦がし立ち木や草を燃やしながら進む溶岩はそこの方が地面に熱を取られて固まりますけれど、その上を新しい溶岩が流れて行き盗賊達の背中に迫って行きますわ。
「く、くる、くる、おいついてきやがる」
「あ、あつい、あづいいいい」
「あしがあ、あしがあああああああああ」
溶岩に追いつかれ、熱を保ったソレを踏んでしまえば、革の靴ならば瞬時に燃え上がり、金属製の具足はそのまま熱を中に伝えて足を焼き、やがて熱に晒された衣服や肉が自ら燃えだし、火傷の痛みに立っていられなくなれば膝や手を下に付けてそこが焼かれ、最後には溶岩の上に横たわって全身が焼かれて行きますわ。
「ハル様、ご注意、避けて」
徐々に冷えて固まり始めながらも、まだ所々が赤熱している溶岩の中にある幾つもの燃えカスが煙を上げている中、背後からトーウの余裕が無い声が、っつ。
「警告を受けたとは言え今のを避けたか、高位の魔法職だろうに、それなりの前衛並みに素早いその身体能力、年齢不相応の大魔法、『成長補正』でステータスの嵩上げを受けたライワ伯の従者と言ったところか。まあ所詮は嵩上げでやっと強さを手にしたような紛い物、多少数が居た所でな」
とっさに、横に跳んだので何とか避けられましたが、背後から飛んできた斬撃は一撃で私の命を奪いかねない物でしたわ。
斬撃の飛んできた方向を見ると、あの服装は騎士かしら、年配の身形がしっかりとした騎士がこちらに剣を向けながら、何か考える様にわたくし達を見ていますけれど。
「ほう、そこに居るのはラッテル家の娘ではないか、あの家が冒険者に娘を売り、更には、国を裏切り家ごとライワ伯爵家に身売りしたとの事だが、まさか勇者の加護を得られるほどに伯爵家へ喰い込んでいるとはな」
どうやら、わたくし達をライワ伯爵閣下の育てた『勇者の従者』だと思っているようですわね、まあリョーが勇者だという事は秘密ですから、この国で神殿側に協力している『勇者の従者』と思われる相手が居れば、それをライワ伯傘下と考えるのは当然の事でしたわね。
しかし、こちらの御仁は何方なのでしょうか、おそらくはムルズ王国の名のある騎士なのでしょうが。
「グロム男爵、なぜ貴方がこのような真似を、かつてムルズ王国を代表して『勇者の従者』にも成られた御方が、幾ら少数精鋭が向く遊撃戦とはいえ、このような民を虐げ虐殺する凶賊の如き行いに加担するなど、騎士としての誇りはないのですか」
「ふん、侵攻する敵の物資供給を防ぐための焦土戦術や敵支配地域の生産力を破壊する騎行戦術は、戦争では当然の事ではないか。ましてこの地は本来ムルズ王国の国土でありながら神殿軍に占領された地、でありながらのうのうと生き延び神殿の支配下で作物を育て、製品を造り、商いをするとは、それは侵略者に与する国賊の行いではないか。ならばこれを誅するは当然の事ではないか」
元『勇者の従者』ですって、しかも国を代表してと言う事は、わたくし達のような、偶然『勇者』に買われた奴隷や、たまたまパーティーを組むようになったというのではなく、召喚直後に各国より集められた無数の実力者達から選抜された者だという事。
それは、『成長補正』を受けるより前から、優れた血筋の中から他国の代表に勝って勇者と共に有れるように、選び抜かれたスキル、ステータス共に優れた猛者だったという事、同じ『勇者の従者』であっても、元々の地力が高ければより強くなれますし、それに『勇者』と共に居る期間が長ければ、それだけより多く『成長補正』の恩恵を受け続けられます。
わたくし達が、リョーと共に居たのは一年ちょっと、召喚直後から『勇者』と共に居て、もしもわたくし達よりも長く従者を務めていたのならば。グロム男爵とトーウの呼んだ目の前の騎士は……
「わたくし達よりも、格上の相手ですわね」




