277 ウィンウィン
「それで、両刀使いのリョー様はこの俺をどうするつもりなんだ、このまま殺してシマを奪うのか」
だからさ、両刀使いって呼ぶのは止めて欲しいんだけどな、い、いや今考えるべきはその事じゃなかった。
しかしまあ、俺がその気になれば一撃で殺されるような状況だっていうのに、ずいぶんと落ち着いた声だな。
「まさか、そんな訳がないだろうが」
護衛二人に宛てがっていた剣をその場に捨て、反撃される前に『軽速』を使って斜め上に跳びあがり『金剛杖』の頭上で宙返りをしてからテーブルに乗って、更にもう一回跳んで最初に居た位置に戻ったけど、あれ、さっきまで座ってた椅子が無くなって床がハリネズミ状態になってるんだけど。
これはひょっとして暗くなると同時に矢や投槍で撃たれたのか、確かに物陰からこっちを狙ってる連中は何人も居たけど。あれ、そう言えば俺のすぐ後ろに居たアイツは……
「だ、旦那あ」
頭の上から情けなさそうな声が聞こえて見上げたら、テトビが天井に張り付いてたよ。あれ、こいつは兎さんの獣人だったよね、ヤモリとかじゃないよね。
「ひでえですぜ旦那、ああ言った事をするならするで、事前に言っといてもらえねえと、とっさに跳び上がれたから良い物を、普通ならお陀仏ですぜ」
「事前に言っていたら、こう上手くは行かなかっただろうさ、良いから下りて来い」
「下りても大丈夫ですかい、あっしと旦那が並んだ瞬間、一斉に攻撃されるなんて事はねえですかい」
「安心しろ、そうなっても俺には何も問題ない、それにもしも続けるつもりなら、俺が奴から離れた直後に仕掛けてくるはずだろ、なあそうだろう」
視線をテトビから『金剛杖』に向けると、片手を上げて護衛連中を制止している。
まあそれが普通だろうね、これだけ用心深い相手なんだからさ。こっちがその気になればいつでも本人に直接仕掛けれるって見せつけたんだから、下手な真似はしないよね。
俺がこうやって離れたのも、たとえそれで仕掛けられても問題にならないって自信があると、向こうには取られてるだろうし、少なくとも今この場で本気の戦闘になれば次は見逃されないって思っちゃうよね。
「どういうつもりだ『虫下し』、俺を見逃して貸しでも作ったつもりか」
テーブルの向こう側から『金剛杖』が睨み付けてくるけど、ここからは交渉に戻るんだから口調を元に戻した方が良いかな、これ以上は下手に刺激しちゃまずいしね。
「いや、そんなつもりはないですよ、ただ単にここで貴方を殺しても、わたし達の得にはならないと言うだけです」
まあ、殺した方が得だからと言って、問答無用で相手を殺せるかと聞かれちゃうと困っちゃうけどね。流石に損得だけで殺人を平然と出来る様なサイコパスになったつもりはないからさ。
切羽詰まってて他にやりようがないとか、殺さないと俺やみんなの命に関わりかねないとかならともかくさ。イヤイヤ、今は余計な事を考えないで交渉に集中しないと、ちょっとだけとはいえ主導権が取れそうな感じなんだから。
テトビが端の方から持ってきてくれた予備の椅子に座り直して向き直るけど、こういう時は余裕を見せつけないと。
「なんだと、どういう事だ、俺が生きてる方がお前らの得になるってか」
「この地域一帯を纏める親分が突然死んだとなれば、跡目争いでしばらくはこの辺りは荒れるでしょうし、上からの締め付けが無くなる事で好き勝手に盗賊稼業を始める連中がいるかもしれない。中には跡目争いで優位に立つための資金繰りや、売名行為、あるいは『金剛杖』の親分の敵討ちなんて名目で、わたし達の車列が襲われかねませんからね。もちろんすべて撃退する自信がありますが、そういった連中の相手を一々していては面倒ですし、行程に遅れが出ますから」
ラッテル領へ到着する期日が特に決められているわけじゃないけどさ、向こうでやらなきゃならない事も有るし、あんまりに遅いとね。場合によっては俺らが遅れている間にムルズ王国の現状に変化が有るかもしれないし。
「それで、何が言いたいんだ」
「そもそもお互いに本気でやり合うつもりが有る訳じゃなく、ただ単にみかじめ料を自分達にとって都合のいい額にしたいだけの交渉でしょう。万が一にも交渉が決裂して対立する事になれば、互いに面白い事にはならないっていうのは今までの話し合いでお互い認識できたことでしょうし、この位で手を打ちませんか」
金貨が詰まった数個の小袋をテーブルにのせる、こちらとしてはまだまだ余裕のある額で、テトビの予想する話がまとまる可能性のある最低金額よりやや少なめにしたけど。
さっきの一幕で相手がビビってくれてれば、これで決まってくれるかも。これだけの護衛に囲まれて警戒してても、その気になれば仕留めれるところまで持ち込めたんだから、こっちには何時でも殺れる自信があると取ってくれれば。まあ、そうそう都合よくは行かないだろうけどね。
「はっ、ふざけてんじゃねえよ、伯爵様の面子がどれだけ大事かは知らねえが、ケチな盗賊にだって面子は有るんだ、親分だ顔役だって言われてる俺がガキに脅されたくらいでケツをまくってちゃ、これだけのシマを纏めてらんねえんだよ」
ヤッパそうだよね、それにしても『ガキ』か、『勇者』になって30代から一気に若返れたのはいいけどやっぱりこういう時には元の容姿の方が有利だったんだろうな、何せ今の俺はどう見ても十代半ばから後半の小僧だもんな。
「別に脅して話を通そうとする気は無いですよ、先ほどのは身の危険を感じたのでとっさに体が動いてしまっただけで、それ以上の狙いは有りませんよ。わたしは見た目通り臆病な小僧なので」
「は、これだけの強面共に囲まれてそれだけ舌の回る奴が臆病とは言うじゃねえか、それで、脅しじゃねえっつうならどうやって話を付けるつもりだ、まさかこれっぽちの金で俺が納得すると思ってる訳じゃねえよな」
「もちろんこの金額だけで話を付けるつもりなんてないですよ」
「ほう、そんじゃあこの金に何を付け足すっていうんだ」
「そうですね、定期的に入って来る安定した収入と言うのはどうでしょうか」
素早く周りに止められないように気を付けて、俺の『アイテムボックス』が置かれている場所まで移動して中に手を入れ、一気に金貨の入った大袋を二つ取り出してテーブルの上に投げると天井近くまで跳んで放物線を描きながら数メートルを飛び、『金剛杖』のすぐ手前辺りのテーブル上へ重たい音を立てて落ちたけど。
うーん、『軽速』のおかげで重量が軽くなってるせいでちょっと高く投げすぎちゃったかな、これ下手すればテーブルに穴が空いててもおかしく無かったよね。金って他の金属よりかなり重いし、あの袋に詰まってる枚数を考えると一つ辺りがそれぞれ砲丸とかボウリング玉くらいの重さになっちゃうもんね。
「おい、今軽く手首を振っただけであの高さまで放ったように見えたんだが、俺の見間違いか」
「いや、俺にもそう見えた、どれだけの力が有ればこんなマネが出来るんだよ、腕を大きく振って投げるんなら俺だってできるかもしれねえが、手首を軽く返しただけであの高さと距離を飛ばすってのは……」
「あの身軽さだけでなく、この腕力かよ、どんだけ高ステータスなんだ、化け物が」
あ、なんかいい感じで威嚇できたのかな、さっきよりも上手く行ったかも。
「なかなか見せつけてくれるが、この金は何のつもりだ、こっちとしちゃあ高けえに越した事はねえが、さっきまであんだけ渋ってた奴が、いきなりこんな相場を無視したような高額をだしてくるんじゃ、疑われるだけだと思うが」
「もちろんこれは今回の分だけの金額じゃないですよ、先ほど言ったとおり、とりあえず四か月分です」
「四か月分、さっき言ってた安定した収入って奴か」
いやあ、物わかりの良い相手っていうのはやり易くていいなあ、頭に血が上るだけの相手なら、ついさっき言ったばっかりの言葉でも忘れてたりするから、今みたいな相手の気を引くような演出が出来ないからね。
「ええそうです。伯爵家は今回の令嬢の御輿入れに合わせて、これからもラッテル領に対して支援を続ける必要が有りますし、更にはあの地に開いた商館を通じてムルズ王国やその周辺国との交易を進める方針ですから」
「交易ねえ、そりゃまあこれからあの辺りは戦争になるから物資を買い込むだろうし、戦争の後には新しい支配者になったライフェル神殿の主導で追加の復興特需が有るだろうからな、ライフェルとツーカーの伯爵としては手堅い商売になるだろうさ、特需が終わった後もそれまでの過程であの国の産業にがっちり食い込めてりゃあとんでもねえ権益になるだろうからな。なにせムルズとライワの特産物は殆ど被らねえから、モノをやり取りすれば高くても売れるだろ」
よく調べてるな、いや盗賊をやるには、誰が金を持ってるかとかを知ってなきゃダメだから、こういった情報にも詳しいのか、でもまあおかげで話が進めやすいけど。多分俺の言いたいことにも気づいてくれたんだろうし。
「よくご存じで、そんな訳でしてこれからはライワとラッテル間の行き来がかなり多くなります、この町を通る街道は主要な道の一つですが、通るたびにこんなふうに交渉をしていては手間ですし、正規兵以外の護衛を毎回毎回何十人も手配する費用も、行き来する回数が増えれば馬鹿になりません、なのでこうして一括して四か月ごとに幾らと言う形で、伯爵家に属する隊商や輸送隊をすべて見逃してもらえればと」
「つまりは、お宝を満載した馬車が何百台通ろうと同じ値段って事か」
「逆に言えば一台しか通らなくても同じ値段ですよ、行商と言う物は時期による変動があると聞いた事が有ります、儲けの多い月や少ない月でだいぶ変わるのでしょう、それに目的地の事情次第でいきなり交易が激減するという事も有るでしょうし、そうなればみかじめ料も少なくなるでしょう。年に三回必ず同じ月に入って来る一定額の収入と言うのは、色々と使いやすいと思いませんか」
「なるほどな、確かに悪くない話だ、そっちとしても襲われる心配が減るなら移動にかかる経費が安く上がるって訳か」
よしよしいい感じだぞ、焦るな、焦らずに話を纏めていくぞ。
「それに、あくまでも定額なのは『私達が直接払う』みかじめ料のみですし」
「うん、そりゃどういう事だ」
「この話を呑んで頂ければ、当然伯爵家に属する隊商や輸送隊がラッテル領やムルズ王国に向かう際は他の道を使わずにこの道ばかりを使うようになるでしょうし、他の目的地に向かう連中も多少遠回りで日数がかかる事になっても盗賊とみかじめ料の点で安全かつ安く使える道を選ぶでしょう。なにせいくら使っても同じ額ですから」
「兄貴、それならやっぱ定額じゃなく一台幾らで取った方が儲けになるんじゃ、ぐげ」
子分の一人が『金剛杖』に話しかけた直後に、さっき持ってた金属の棒でぶん殴られて吹っ飛んだけど、生きてるのかなアレ。
「俺の話に勝手に割り込んでんじゃねえよ、だが、今の話はどう思うんだ『虫下し』」
「そもそも定額の話が無ければ、態々この道を使う必要がないですから、それは意味のない話です。彼らが他の道を通れば、たとえ一台幾らと言う形でみかじめ料を取ろうとしても、通る馬車が無いのでそちらには一枚の銅貨も入らないだけの話でしょう」
「確かにな、だが何人通ろうと一緒なら、どれだけ増えても意味はねえだろ」
「そうでもないですよ、この道を使う人数が増えれば、街道沿いの飲食店や宿、娼館や賭場を使う連中や落とす金の量が増える事になります。親分の所にはそういった店からのみかじめ料や、親分が持っている店の上りなんかも入って来るんでしょ。もちろん親分にその気がないのならこの話はなしです、もう少し多めの通行料を今回分だけ払って、以後は別な道を使うだけですから」
そうなれば、他の誰かの所に定額契約とそれに伴う儲けの話を持って行く、そう言外に示してみたけど通じたかな。
「なるほどな、確かに良い話だ、だがよ本当にそれは出来る話なのか、おめえ一人の口約束でしかねえだろ、そんな話にホイホイ乗って格安でおめえらを通したはいいが、それ以降何の音沙汰もねえってなりゃあ、間抜けな話じゃねえか」
そうだよね、これだけ用心深ければそう言うとこも気になるよね。
「ええ、この書類を見て貰えれば信用して頂けると思いますよ」
営業用の笑顔を浮かべたままで、テーブルの上に書類をおくと『金剛杖』に示された一人が俺のすぐ横でそれを取って中を見る。
「拝見します、こ、これは」
慌てたように書類を俺の手に戻して『金剛杖』の元へと走り、耳元で囁く。ん、本人は直接見ないのか、いや考えてみれば親分だからって、書類関係の事に強いとは限らないもんな、見た感じ『金剛杖』はガテン系だし、となると今チェックした男はそういった分野を担当する子分って事なのかな。
「ほう、こいつは驚いた、貴族様の全権委任状なんてもんを、盗賊相手に使うなんて、書面や印影、署名も間違いなく本物だってよ」
うわ、あの短時間でそれを確認したのかよ。ま、まあ、気にしないでおこう、きっとさっきの彼は詐欺とかそういった面での担当なんだろうな。
「ご理解いただけたようですが、今回の車列とラッテル家との関係に関してわたしの言葉は、伯爵閣下の言葉と思っていただいて大丈夫です」
「なるほど、良いだろう、俺のシマ内や付き合いのある旦那衆のシマ内の子分どもには手出ししないように言っておこう、これでラッテル領、いやムルズの王都位までなら少なくともその土地をシメてる親分衆に狙われるこたあねえだろ。もしも盗賊相手に何かあれば俺の名前を出せばいい、そうすりゃ話の解る連中は符牒で『俺の弟の最近の病状』を聞いてくるだろうから『最近は薬が良かったのか咳も減って熱も出なくなった』と答えりゃあ悪いようにはしねえだろうさ、細けえ仕草や作法なんかはそこの耳無し兎にでも聞いとけ」
よし、上手く行ったぞ、これで一安心か。ん、あれ、今『話の解る連中』って言ってなかったか、てことは、中には『話の通じない相手』もいるって事か。
「ただな、俺の顔が利かねえ場合もあるから気を付けな。特に最近は例の『薬屋』の息がかかって調子にのって、裏道のイロハも知らねえままで凶賊まがいの馬鹿をやらかす盗賊もどきも多くてな、そういった連中は何するか解んねえ、まあこいつらには近いうちにカチコミを掛けて潰すから、おめえら以降の連中には関係えねえだろうが。問題はお前らの車列を狙って、どこぞの馬鹿が派手に金をバラ撒いて手勢を集めてることだ、組織や盗賊団に入れねえようなチンピラや冒険者崩れがかなり釣られてるらしい。多分こっちはどこぞの貴族みてえだがな、おそらくは伯爵家のお宝を横取りして家紋を差し替えてガメようってのか、それとも今回の縁談を潰したいのかってとこだろうが」
うわあ、なんかこれだけで全部解決って訳じゃないのね、まあそれでも地元の裏社会を敵にまわさずに済むってのは良い話だろうからね。地の利や町中での影響力を利用した組織的な襲撃や罠を食らわずに済むんだからさ。うん、そう思っておこう。後は一応言質を取っておくか。
「そういった連中から襲撃を受ければ撃退する必要が有りますが、もしその中に親分の関係者がいた場合はどうすればいいですか」
万が一知らずに、『金剛杖』の親族とかを殺しちゃったりなんかしたら、せっかく纏まった話がダメになりかねないもんね。
「構わねえから全員晒し首にするなり役人に付き出して金にするなりしちまいな、俺のシマに勝手に入って好き放題するよそ者なんざ生きてても邪魔なだけだし、たとえ俺の身内だろうと、俺の出した話を無視して勝手をやらかすようなハミだし者は居なくなってくれた方がせいせいすらあ。そんな阿呆のせいで、こっちに旨みがないのに伯爵家から睨まれるのも馬鹿らしいからな」
よし、それなら襲撃してきた敵に気を使う必要はないと。
H29年10月27日 話の整合の取れない部分を修正しました。




