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276 金剛杖

「それで、今売り出し中の冒険者が盗賊の元締めなんぞに何の用だってんだ」


 長いテーブルの向こう側に座った男が煙草のパイプを口にすると、すぐさま横から火のついた縄が差し出されてパイプの先へと火を付ける。うーん、周りの人も手慣れてるな。


「わたしも一本良いですか」


 とりあえず、胸元から紙巻きたばこを一本取り出して指し示す。こういう所ならちょうどいいよね。


「お、あんたもやるのかい、構わねえぜ、何だったら俺の愛用のタバコを試してみるか」


 相手の声音が少しだけ変わり、近くにいたマッチョが葉巻と蝋燭を差し出してくる。相手と同じ趣味や嗜好を持っていると交渉が上手く行きやすい事が有るから、試しに煙草を出してみたけど、どうやら上手く行ったみたいだな。


「ではありがたく」


 葉巻を受け取って咥え、『雷炎の指輪』で起こした火を『念力』で移動させて着火し、軽く吸ってみるけど結構強いな。まあ、営業先で似たような状況になって葉巻とか煙管なんかを吸った事が有るから、吸えない事は無いかな。


 うん、何か香草でもブレンドしてあるのか、かなり独特の香りがするな、もしかすると変な薬が入ってるかもしれないけど、俺には『超再生』が有るから問題ないもんね。それにしても煙が多いな、まあ丁度いいか。


「ほう、魔法で火を付けたか、『虫下し』はやり手の剣士だって聞いてたが、魔法まで使えるたあ知らなかったな」


「情報料を貰えそうですかね」


「まあ、考えておこうじゃねえか」


 お互いに肩をすくめながら紫煙を吐くけど、強い煙草のせいか天井の辺りにうっすらモヤがかかってるんだけど、ここの換気は大丈夫なのかな。


 これだけの人数に蝋燭って換気が悪いと酸欠になってもおかしくないんじゃ、まあ今まで問題が無かったんだろうからココを使ってるんだろうし、多分大丈夫なんだろうけどさ。


 天井の靄を眺め、集中しながら煙を吐き出すと感心したような声で『金剛杖』の親分が話しかけてくる。


「若けえのに、なかなか慣れた吸い方をするじゃねえか、それに態度も悪くない、若い冒険者、それも名が知れ出した連中ってのは、無駄に態度がデカくて目上への口の利き方も知らねえ馬鹿が多いもんだが」


 ああ、まあ井の中の蛙が天狗になっちゃうなんてのは、日本でもよくあることだもんね。


「まあいい、話を始めようか、いやその前に」


 俺の横に立ってた護衛が手を差し出してくるけど、まさか灰皿代わりって事は無いよね、うん、目の前に灰皿は有るし。となると……


「悪いが『アイテムボックス』と腰の短剣、背中のでけえのを預からせてもらう、安心しろ取りはしない、そこの棚に置いておけば常時見えているだろ、まあ多少離れているし間に人も立てるから、とっさに抜いて切りかかるってのは無理だろうが」


 まあそうだよね、これだけ慎重な奴が、いつまでも武器を持ったままでいさせる訳がないよね。と言うかここまで武装したままで来れたのが不思議なくらいだし。


「まあ、魔法が使える相手から武器を取り上げても何の意味があるかって気もするが、一応はな」


「構わない、ただ貴重品だから大切に扱ってくれ」


 腰に付けた『斬鬼短剣』と『アイテムボックス』、それと『鬼活長剣』を外して、差し出された手に乗せる。後は防具と装飾品の『魔道具』だけか、まあ俺が付けてる『魔道具』には全部『埋没の飾り紐』を付けてるから、バレる事は無いだろうけど。


「さてと、それじゃあ話を聞こう、まあ内容は上で『百狼割り』の奴が話してたのと同じなんだろうがよ。『百狼割り』には考えとくとしか伝えてねえから、賭場で青い顔をしてるらしいがよ」


「御明察の通り、わたし達の用件は『金剛杖』の親分の縄張りを抜けるまで伯爵家の車列の安全をお願いしたいというものですが、もちろんタダとは言いません」


 とりあえずテーブルの上に金貨が詰まった小さな袋を載せてみるけど、多分これじゃあ納得してくれないんだろうな。


「おいおい、ずいぶんと少ねえじゃねえかよ、しけた物だな」


「馬車一台分の相場を聞いていたので、それを台数分用意したのですが、お気に召しませんでしたか」


「そりゃ、ただの行商人の集団なんぞならこの額で十分だろうがよ、そっちの馬車は積んでる物が違うだろうよ、貧乏人向けの襤褸や屑麦を積んでる訳じゃあるめえしよ。ごっそりお宝積んでるってのは解ってるんだぜ、何せあのライワ伯爵の結納品だからな」


 つまりは、その分だけ金を多めに払えって事だよね。


「いやいや、そんなに高価なものは積んでませんよ、何せ伯爵は子沢山ですからね、お子の一人一人に高額な結納や持参金を用意していては、それだけで家が傾いてしまいますので、今回の品も控えめでして」


「控えめねえ、あれで控えめたあ豪気なこって、うちのシマを通る馬車や隊商は一通り下調べをさせてるが、馬車を曳く馬の頭数や体格、曳く時の力の入り様、曳き具の作りや、曳き綱の太さに張り、道を通った時の石畳や橋の軋みかた、砂や軟土の上に出来る轍の深さなんかを見りゃあ、積み荷の大体の重さってのは解んだよ、誰の手下があの街道に砂を撒いて整地してると思ってるんだ、おかげであの重量でも通りやすかっただろ。もっと通りやすくなるように積み荷を軽くしてやろうって善意の申し出をしてんだ、ありがたく思ってくれよ。何せあれだけ重てえ貴金属を積んでこの先の道を進むんじゃ、馬がかわいそうじゃねえか」


 うわあ、ここまでの盗賊になると行きあたりばったりで通りすがりを襲う訳じゃないのね、なんか小説を読んでるとそんなイメージだったんだけど、考えてみればリスクを冒して襲ったのに中身がスカじゃ泣けるもんね。それに時代劇の盗賊とかだと下手をすれば年単位で下調べしたりしてるもんね。まあでも……


「いやいや、貴金属なんてほんの少しですよ、重いといったって武器の類かも知れないじゃないですか」


 とりあえずとぼけてみようかな。


「はっ、性能の低い簡易版とは言え一兵卒にまで『アイテムボックス』を配れるような予算豊富な軍隊が、態々馬車で装備を運ぶかよ、予備も含めて個人装備として『アイテムボックス』にそれぞれ入れてるはずだろ。多分金貨や銀貨なんかも高性能の『アイテムボックス』につめて強い騎士辺りに持たせてるはずだ、となりゃあ馬車に積むのは『アイテムボックス』に入れられねえ荷物、貴金属の細工物や宝石、金塊ってとこだろ、まさか態々ライワ伯爵領からラッテル子爵領まで屑鉄を運んでるとは言わねえよな」


 うん、とぼけるのは無理だわ、さすがプロの盗賊、こっちの手の内はほとんど読まれてるって事ね。


「確かに、わたし達の馬車には伯爵令嬢の持参金と子爵令嬢を迎えるための結納のために、かなりの宝物が積んでありますが、それに見合うだけの護衛も付いてますよ、優秀な騎士や兵士たちの他にも名うての冒険者や傭兵をそろえてますから。恥ずかしながらわたしも、それなりに名が売れるくらいの力は持ってるつもりですし」


 とりあえず金貨の小袋を一つ追加して様子を見てみるけど、多分まだ足りないんだろうな。


「おいおい、『迷宮踏破者』様が随分と謙虚じゃねえか、聞いてるぜデカい虫の化け物を何匹も狩ってるってな。今回の護衛でもとんでもなく物騒な戦車やそれを楽々と引くゴツイ獣人を連れてるって話じゃねえかよ、下見に出た連中がビビってたぜ、あんな化け物を何処で手懐けたんだか」


 うわあ、ミーシアがとんでもない噂の的にされてるんだけど、ほんとはとっても大人しくてかわいい子なのに。


 さてと、多分ここからが勝負かな。


「よく調べてる事で、ならわかるでしょう、わたし達の車列を襲っても返り討ちにあうだけですよ、たとえどれほどのお宝で有っても生きて手に入れる事が出来ればこその物、さらし首になってしまえば黄金も宝石も無価値でしょう」


「必ず失敗するとは限らねえだろ、金満で知られた伯爵家のお宝となりゃあ幾らでも手勢は集まろうってもんだ、数倍の数で押せばいくら精鋭とは言え衆寡敵せずって事になるかもしれねえ、どれだけ集まろうと物が物だ、均等に割っても全員が一生遊んで暮らせるぐらいにはなるだろうさ」


 今の言葉に、周囲に居た強面達の息を呑む音が続く、クソ、手に入るはずの額を見せて数をそろえようって事かよ。そろそろ下手に出るのはやめた方が良いかもな、向こうもこっちを脅しにかかってきてる事だし。


「一生遊んで暮らせる程度の額か、確かにその位なら余裕であるだろうな」


 俺の続けた言葉に、再び強面達が息を呑むけど、その音が消える前にさらに言葉を続ける。


「なにせ、そうなった場合のお前らの余命はほんの僅かだからな、金貨二、三十枚も有れば死ぬまでの数か月間は遊んでられるだろうさ」


「なんだと、そりゃ脅してるつもりか、小僧」


 一瞬動揺したような空気を変える為か『金剛杖』が声を低くして威嚇してくる。


「特に脅しているつもりはない、俺はただ単に事実を述べてるだけだ、何しろあの『元勇者』を完全に敵にまわすんだぞ、もちろん知ってると思うが、あの人は盗賊に舐められたら貴族として終わりだと思ってるからな。つい先日有った一斉摘発であの領内に居た盗賊共がどうなったかってのはとっくに知ってるんだろう。あれだけの護衛を付けた結納の品が奪われたんだ、伯爵家の面子にかけて全力を挙げてお前らを最後の一人まで徹底的に狩り立てる事だろうさ。懇意にしている貴族家や冒険者、ライフェル神殿までも動員してな。あの人の人脈を使えば可能だってのは解ってるんだろ」


 今の言葉で、俺の後ろに居るのが誰なのかを再認識したのか、護衛達が騒めきだすけど、流石に『金剛杖』は落ち着いてるか、これが見た目だけの虚勢なのか、本当に落ち着いてるのかまでは解らないけどさ。


「は、『重剣の勇者』の手がどれだけ長かろうと、世界の果てまで届くわけじゃあるめえ、お宝をごっそり頂いた後で高跳びすりゃあいいだけの話だろうがよ」


 手が長いって暗殺能力が高いって意味だったっけ、でもまあ随分と無理な事を言っちゃって。


「出来もしない事を強面で言っても、ブラフにはならないぞ、伯爵の手の長さがどのくらいかは知らないが、神殿の目は世界中にあるぞ」


「十分な金さえありゃあどこでも行けるし閉じこもって隠れる事も出来らあ、金がありゃあ無理して稼ぐこともねえだろうから、目立つ事も無く足も付きにくいだろうしな」


「はっ、ここ以上の穴倉に隠れ住んで、刺客や賞金稼ぎに怯えて暮らす訳か、遊んで暮らすとは正反対の余生だな、だがそれで一生誤魔化し続けれるか見ものだがな。それに随分もったいない話じゃねえか、これだけのシマを作り上げるのにどれだけの年月と労力を使ったんだ、それをたった一回の儲けの為に捨てるってのは、ずいぶんと豪気なことで。まあこっちとしてはそれでもいいがな、お前が尻尾を巻いて逃げ出した後で、伯爵家の息がかかった冒険者や傭兵崩れなんかを呼び込んでシマを押えこむってのも面白いかもしれないからな」


 と言うか、俺もとっさのブラフのつもりで言ってみたけど、あの人なら悪くないって言いそうだな。これからはラッテル領と伯爵領の行き来も増えるだろうから、この町を通る街道の利用は今まで以上に高まるだろうし、そこを裏から支配して、街道の安全とついでにアガリを確保するっていうのは、あの人が好きそうな流れだよな。

 

「テメエ、俺のシマを横取りするってのか、ああっ」


 かなりイラついてるのか、パイプを一気に吸い込んで口から大量の紫煙を吐き出してるけど、俺もそれに合わせて葉巻を軽く吸いながら、肩をすくめて見せる。


「捨てた物をどうされようと仕方ないだろ。ところで、そうやって逃げ出すとして、手下連中はどうするんだ」


「ああん、何言ってやがる」


「何十何百って手勢を連れ歩けばどれだけ隠れようと目立って身元が割れるぞ。バラバラに逃げるなら何とかなるかもしれねえが、隠れるのが苦手な連中が放り出されればすぐに見つかるだろうな。一番いいのは全部見捨ててお宝だけを抱え一人で逃げる事だが、そうなれば分配するのは勿体ないかもな」


 まあ、この程度の揺さぶりで、ここに居るような連中が動揺するとは思えないけど、ほんの少しでも疑いを持たせる事が出来ればいざ戦いになった時でも役に立つし、交渉のためのブラフの付けたしには丁度いいしね。


「伯爵がこの町を押えるとすると、治安維持の出来ない領主を支援するために盗賊を討伐するって理由でまず正規軍を派遣して周辺一帯を制圧、その後で息のかかった非正規要員を残してくってところか、もちろん俺達の襲撃に関わった奴が残っていれば皆殺し、伯爵に従わない奴も見せしめで晒し首、襲撃に関わってなくて従う連中はそのまま取り込むだろうが、もしかすればそいつらに逃げた連中を狩らせるってのもいいかもな」


「テメエ好き勝手吼えさせときゃあ、下らねえ脅しをこきやがって、叩き潰すぞ」


 流石にここの話は聞き逃せなかったのか、『金剛杖』がデカい金属製の棒を自分の『アイテムボックス』から取りだしながら立ち上がる。それに合わせるように他の連中も武器に手を伸ばしだす。ここまでか……


 周囲を警戒しながら、さっきから使い続けてた『念力』に意識を向けると、ほぼ同時に周囲が一気に暗くなる。


「な、何だ」


 ふう、上手く行ったか、タバコの煙はニコチンなんかの他にも二酸化炭素や一酸化炭素なんかも含まれてるからね、紫煙を吐く際に『念力』を込めておいて、煙を分散させずに上空で纏めてたのを一気に蝋燭や松明の火にまとわせれば酸欠で火が消えちゃうからね。


「野郎、何をしやがった、殺せ」


「明かりだ明かりを付けろ、索敵系スキルの有る奴は、『虫下し』を探せ」

 

 周りが騒いでるのを聞きながら、『軽速』を使って一気にテーブルの上に飛び乗って走る。複数の効果のおかげで真っ暗でもどこに誰がいて何が有るのか解るから問題ないしね。


 まあ、何の前触れもなくいきなり明かりが消えれば誰だって動揺するよね、目が暗さになれるのも少しかかるだろうし。


「は、速え、この一瞬で」


「親分を守れ、奴を殺せ」


「下手なスキルは使うな同士討ちになるぞ、親分に当たったらどうする」


 いきなり暗くなったせいで、とっさに動けなかった連中を他所に『金剛杖』へ距離を詰め、ついでに途中に居た護衛二人の腰から短剣と長剣を抜いて両手に持つ。


「て、てめえ、親分から離れやがれ」


「よせ、下手に動くな」


 誰かが魔法を使ったのか、周囲が明るくなったけどその時にはもう俺は『金剛杖』の背後に立っている、ついでに両手に持った長剣と短剣の切っ先を左右に居る護衛の首元にあてがってるし。


 まあ、この二人はレベルがかなり高いから、俺のステータスでこんな鈍らの剣を刺しても倒せないかもしれないけどさ。相手にはバレてないだろうから、脅しには十分だよね。


「さて、さっき見て知ってるだろうが、無詠唱で魔法を発動できる俺とそっちの棍棒のどっちが速いと思う、ついでに言えばこの至近距離で背後からの一撃を避ける自信はあるか」


 まあ、ここで自信が有るって言いきられちゃうと困るんだけどね。


「無理だな、それにしても」


 真後ろに俺がいるのに落ち着いた風に、『金剛杖』は左右の護衛を見比べる、この状態でも落ち着いてるってのは流石は大親分って感じだな、さっきキレたように見えたのはやっぱり交渉のための演技だったみたいだな。


「魔法だけでなく剣も出来るってか、今まではこの二人を横においときゃ、片方が相手をしてる間にもう片方が斬るって出来たのによ」


 手に持っていた棒を離しながら『金剛杖』が首を大きく左右に振って振り向き俺の両手に視線を向ける。


「まさか両刀使い、それも手が早え上に手癖も悪いと来てれば、ゴツイ野郎を二人連れててもあっさりと後ろからケツをぶっ刺されるって訳か」

 

 な、何か言われ方がアレなんですけど、両刀使いって二刀流の別名のはずだけどさ、その後の言い方と合わせちゃうとなんか違う意味に聞こえちゃうんだけど。



ちょっと、リョー君ぽく無かったかも。


H29年10月29日 誤字修正しました。

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