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275 耳無し兎

「『金剛杖』の親分とは、故買品専門の闇市での取引で何度かお世話になってやして、その誼でよくして頂いてるんでさあ」


 出された肉料理をつまみに、かなり強そうな酒を舐めてるテトビが何気なく教えてくれたけど、故買品って、要は盗品って事だよね、いいのかよそれ。


「この辺り一帯の盗賊は大体が親分の傘下でしてね、上は山賊や押し込み強盗から下は掏摸スリやコソ泥にいたるまで幅広く親分の息がかかってやして、この近辺じゃあ失せ物があっても、親分に相談さえできりゃあどんなものでも半日で見つかるらしいですぜ。まあそのためには十分なコネか金が必要になりやすが」


 うわあ、なんかもう、てかいいのかよ。


「そんな大物が街中に居て、よくこの酒場が官憲に乗り込まれないものだな」


 それとも大物過ぎて手が出せないとかなのかな、南米の麻薬カルテルのボスみたいな感じでさ、下手をすれば軍隊よりも強力な戦力を持ってて、捕まえに来ても返り討ちにあっちゃうとか。


「そりゃあ、『金剛杖』の親分は分別のある親方ですからねえ、少なくとも親分の下に居る連中は、降伏して無抵抗になった者や非武装の者を殺める、女子供を輪姦マワしたり拐かして売る、貧乏人から生きる糧を奪って飢えさせたり商家の身代が傾く様な額をごっそり奪って破産に追い込む、こういったマネはしねえようきつく言われてやして、やらかした奴は見せしめに町の木に吊るすんでさあ」


 テトビが両手で自分の首に縄を掛けるしぐさをしてるけど、なんか昔の時代劇に出て来る盗賊みたいだな。まあ聞いてる分じゃ手段を択ばない悪党って訳じゃないんだろうな、いや盗賊をやってる時点でそもそも悪党か。


 荷物の中から紙巻き煙草を取り出して咥え火を付けてテトビに視線を戻す。


 まだちっちゃいアラや鼻の良いミーシアが一緒だと、なかなか煙草を吸えないからこういう時に吸っておかないとね。後でサミューに作ってもらった香油で臭いを消すのも忘れずにやっておかないと。


「ライワ伯爵領みたいなよっぽどの戦力とやる気が有る貴族様の御膝元でもなきゃ、どこにだって盗賊はいやすからね、たとえ一度潰しても他から食い詰めた傭兵や冒険者が流れてきて、すぐに後釜に座りやすから。ひでえ所じゃ正規軍が盗賊をやってるなんてところも有りやすし。そんなこんなで、商人や旅人にしてみりゃ襲われても殺されねえ、それどころかみかじめ料さえキッチリ払っときゃあ、そもそも狙われる事すらねえってんで、多少遠回りでも危険な他の道を避けてこの辺りを通る連中が多いってんでさあ、なもので御上の方も親分の事はお目こぼししてるって訳でして」


 テトビが麦酒でソーセージを流し込んでるけど、美味そうに飲み食いしやがって、ドライフルーツと果実水しか口に出来ない俺の身にもなれってんだ。


「もしも、こんな状態で親分が御縄になろうもんなら、今まで押さえつけられてた連中が好き放題やらかしたり、空いたシマを狙って他から殺人上等な外道働きをやらかす凶賊なんぞが集まって来ちゃあ目も当てられやせんぜ、治安維持の金は跳ね上がるくせに、旅人が他に流れて町に落ちる金が減り税収が無くなっちまいやすからね。ゴブリン追い出しオーガを呼び込むなんてのは良く聴く話でさあ」


 うーん、こうして聞いていると必要悪って事なのかもな。それでなんで俺は、こいつに付いて来てそんな相手に会う事になってるんだろ。


「そんで旦那にはこれから『金剛杖』の親分と輸送隊の安全確保のための交渉をして頂くって訳でして」


 え、俺がそれをするのか。


「交渉は、テトビの仕事じゃないのか」


「あっしごときに輸送隊全体の運命を左右するような交渉が任されるわけねえじゃないですか、いやですぜ旦那。あっしはあくまでも情報屋兼案内人でして、旅の安全の為に必要な事をお教えしたり、必要な場所へお連れしたりはしやすが、それをどう生かすかってのはお客さん次第ってもんでさあ。伯爵様からもこう言った事は旦那にお任せするように言われてやすから。それと伯爵様からの伝言で『どんな交渉内容でも、無事に任務が達成できるなら構わない、任せた』って事でしたぜ」


 つまりこいつの仕事はここまでって事かよ、カミヤさん俺に何を期待してんですか、こんな盗賊の大親分相手に交渉とか。確かに昔は組系の人相手の営業とかもした事あるけどさ。


「まあ、たとえ失敗しやしても、襲撃された際に戦闘で撃退できれば問題は有りやせんから、旦那方にとってはどちらでも可能でしょ、なんで気楽に行きやしょうや。とりあえずは今のうちに『金剛杖』の親分との交渉に必要そうな情報でも……」


 もう、ここまで付いて来ちゃった以上はやるしかないんだろうな。まあでもさ、とりあえずは、こういった場合の映画でよく見たり、海外事業部に回された時とかの注意点をと。


 頭の中でラクナに文字を確認しながら、指を水で湿らせてテーブルに文章を書いて行くけど、これってテトビが文字を読めなかったら意味がないよな。まあコイツだったら大丈夫だろうけどさ。


『この部屋の中が監視されてる恐れはないのか』


 スパイものとかならよくあるよね、部屋の中に隠しカメラとか盗聴器なんてさ。海外で仕事をする時も国によっては重要な話を電話でするなとか、ネットをする時も接続する回線を指定されたりとかさ。


 まあ実際の所、『聖者の救世手』の『範囲内探知』とか『感知の鬼百足甲』の『周辺察知』や『周囲知覚』を使ってみると、隣の部屋とか屋根裏とかにそれなりの人がいるんだよね。


「当然あるんじゃねえですかい、今さら何言ってんですかい」


 おい、そういう事は早く言ってくれよ、いやだからこいつは俺の名前とかをここに入ってから言わなくなったのか。まあ、普段通りの装備で来いって言われて、そのまま来たから隠す気は無いんだろうけど。


『なので、口にして問題ない事は口で、聞かれて不味い事はこちらで』


 いつの間にか、紙とペンを取り出していたテトビが手早く書いて俺の方に示してくる。


 とりあえずは出来るだけ情報収集だな。でもその前に気になる事を聞いておかないと。


「さっきお前が言ってた『耳無し兎』ってのは」


「そういや旦那にそっちで名乗るのは初めてでやしたね。『耳無し兎』ってのは、お恥ずかしながらあっしの通り名でして、ご覧の通り耳を、後はついでに尻尾も根元から切り落としてるってのが、由来でしてね」


 こともなげに言いながらテトビがボサボサの髪で覆われた頭頂部を軽く撫でるけど。


「耳を、切り落とした、って……」


 いや確かに側頭部も髪で覆われてて耳が有るかどうかは確認できないけど、一体なんでそんな。


「旦那もお判りでしょうが、あっしら獣人は種族ごとに特徴的な耳の形をしてやすから、見るだけで来歴が予想できやすし、人族が大半を占める町なんかじゃ、耳と背格好、後は髪の毛の色が解れば、後ろ姿だけでもどこの誰だか解っちまいやす」


 ああ、確かにね、珍しい種族だとそうなのかも、アラだってそうだもんな、カミヤさんの領地には他にダークエルフがいないから、たとえ初対面でもあの子が俺の仲間だって知れ渡っちゃってるし。


「特にあっしみたいに後ろ暗い仕事でしのぎを上げてるようなもんにとっちゃ、見ただけでガラが割れるってのはシャレになりやせんので。場合に依っちゃこういった所に手入れが入って無事に逃げ出せても、町の出入り口で兎獣人を探されちゃあ外に出るのも一苦労になりやすからね」


 日本の田舎町で、西洋人が目立つような物なのかもな。


「こうして切り落として髪で隠しておきゃあ、人族と見分けがつきやせんからね。それに、切り落とした耳をとって置いて、いざって時は回復用の魔法薬でくっつければ、それだけで変装になりやすからね。鑑定結果も人族になるように偽装してやすから、そうそうばれる事もありやせんし」


 そっか、逃げた犯人には耳が無いから人族の筈と思って探してる所に、デカい耳を見せつけながら通れば無関係と思われるって事か。


「まあ、そんな事を方々でやってるせいか、こんな解りやすい通り名が出来ちまってるってのは本末転倒でやすがね」


 確かに『耳無し兎』なんて呼ばれてちゃバレバレか。さて、疑問も解決したことだし、テトビから情報を仕入れるか。









「御客人お待たせいたしやした、客間で親分がお会いになります」


 しばらくテトビから話を聞いてたらお迎えが来たけど、後ろの方に武装したお兄さんたちがいっぱい、これはおかしなマネをしたらただじゃおかないって事なのかな。


「分かった、御挨拶させてもらおう」


 俺とテトビが立ち上がると、前後に四人ずつ立たれて挟まれてるんだけど、皆さん縦横ともにデカくてミーシアの男版みたいなんだけど、いやこういうと可愛く感じるけど、実際はさ二メートルオーバーのマッチョに囲まれてるって、どこぞで捕獲された宇宙人みたいな気持ちになっちゃうんですけど。


 うん、ミーシアを例えにしたのは間違いだったわ、これはラッドやコンナみたいな僧兵団の皆さんに囲まれたようだと言うべきだったな。


 二階から隠し階段で地下に潜って、更に進んで階段上がるって、これたぶん違う建物の中だよね。まあ何とも厳重な事で、しかも目の前にはいかにもアメリカの映画なんかで出てきそうな、ブ厚い金属製の扉があるし。


 二回、三回、六回、二回と区切りながらノックしてるけどこれも符牒なんだろうな。


「誰だ」


 すっごい狭い範囲で扉に付けられたのぞき窓のシャッターが開けられて、隙間から目だけがこっちを覗いてるのが見えるけど、俺としては同時に開けられた足元のシャッターから矢じりが数本覗いてるほうが怖いんだけどな。


 開けるタイミングが一緒だったから音で気付きにくいし、照明の位置が調節されてるのか、足元の辺りは暗がりだからほとんど見えないし。しかも鑑定結果は『毒矢』ってなってるし。


 これ、ここで何か怪しい事をやらかしたらグサリッて事だよね。


「俺だ、『かぎ針』のキスカだ、兄貴の指示で例の御客人を御連れした」


「わかった、待て」


 ゆっくりと戸が開けられたら直ぐ曲がり角かよ、これはアレかのぞき穴から部屋が直接狙撃されないようにか、ほんと念が入ってるな。


 案内されるままに、部屋に入ったらデカいテーブルを挟んで強そうな兄ちゃんを左右に置いて一人の男が座ってるけど、こいつがたぶん『金剛杖』の親分って事なんだろうな。


 しかしこれは、ほんとに念入りだな、テーブルの左右に護衛役らしい連中が十人以上いるし、しかも明かりはテーブルの上と壁に幾つか置かれた蝋燭だけで薄暗いから、周りに居る相手の位置と装備が掴みにくくなってる。


 俺みたいに、探知系のスキルや装備が無きゃ、誰かに奇襲されても気付かないかもしれないなこりゃ。しかし、それにしては俺の武器やアイテムボックスが没収されなかったけど、何かあれば対応できるって自信なのかな。


 いや、もしかすればこの部屋や護衛達の全部が相手に威圧感を与えて交渉を有利に進めるための演出なのかもしれないな。


「よう、『耳無し兎』久しぶりだな、それでそっちのは誰なんだ」


「御無沙汰してやす、親分、こちらは今のあっしの雇い主の代理人の方でして」


 なんか随分遠回しの言い方だな。


「おめえの雇い主ってえと、今日町に入って来た例の車列か、賭場に来てる『百狼割り』もその用件だったはずだがあっちは囮か。たしか『重剣の勇者』の結納品を運んでるってもっぱらの噂だが、そっちのは騎士や役人には見えねえな。装備なんかを見る感じじゃ冒険者ってかんじだが、デカい剣を背負って、腰には短剣、それに虫殻を加工した装備か、ん、虫殻……」


 薄暗くて向こうの表情が良く解らないけど、声の感じだと何か気になる事が出来たみたいだな。


「『耳無し兎』、おめえこないだまでライワ伯爵領に居たはずだよな、でもってその何個か前には『鬼族の町』であった『大規模討伐』の時の新種オーガの話にも絡んでたって聞いてる」


 うわあ、流石は裏社会の大物だな、情報能力が凄いわ。


「それで、そん時におめえがつるんでた冒険者の話も聞いてるし、伯爵領でこの間デカい盗賊団がその冒険者に潰されたって話も聞いてるんだがよ、おい、たしかそこに居る『耳無し兎』の連れは酒や肉を取らなかったって話だよな」


「へい、注文を取った時には、干し果物と果実水しか頼まねえし、見張りの話でもそれしか飲み食い、おっと、すいやせん」


 何かに気づいた『金剛杖』に訊かれた護衛の一人が途中で言いよどんだけど、まあ隠れて見張ってたってのに、その事について本人の前で口を滑らせちゃね。


「構わねえ、こいつが本物なら、どうせ気付いてる事だろうさ、なあ『虫下し』さんよ」


H28年8月31日 親分の呼び名の間違いを修正しました。


H28年9月5日 誤字修正しました。

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