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274 酒場

「う、ううん」


「御目覚めになりましたか御主人様」


 目を開けたら視界いっぱいにサミューの顔が、え、あれ、あ、そうか馬車の中で仮眠してたんだっけ、昨日は夜の見張りを俺が長めにしてたから、その分馬車の中で休ませてもらってたんだけど、なんで俺はサミューに膝枕されてるんだろ。


 いや、別に嫌という訳ではないんだけど、なにせ後頭部に張りのある弾力とぬくもりを感じる上に、サミューが少し前かがみになるだけで、大変立派な膨らみの一部が顔にかかってとっても素敵な状況なんだからさ。


「揺れる上に堅い床の上では少し寝苦しそうでしたので、せめて頭だけでもと思って膝枕にしたのですが、寝心地が悪かったでしょうか」


 そんな愁いのある表情で聞かれちゃうとさ、ちょっと来るものが有るんですけど。


「い、いやとてもいい寝心地だった」


 て、俺何言っちゃってんの、これじゃあ、セクハラ上司みたいじゃねえかよ。


「でしたら……」


 なんだ、微笑みを浮かべたサミューが前かがみになって、鼻に柔らかいお肉が当たってる、耳に吐息がああああ。


「添い寝の方がもっと良かったでしょうか」


 そ、添い寝だと、サミューがか、そんな事になったら俺の理性はどうなるんだ、流石に寝てる間に間違いが起こるって事は無いだろうけどさ。


「い、いや、今の状態で十分だから気にする事は無いぞ」


「そうですか、遠慮なさらずに何時でも言って下さいね」


 あ、危なかった、思わずお願いしちゃいそうになりかけちゃったもんね。


「まったく奴隷達がこうして馬車を動かしていると言いますのに、美女の膝枕で高いびきだなんて、本当に良い御身分です事、わたくしだって……」


 う、ハルに嫌味を言われちゃったけど確かにこの状況じゃ反論のしようがないよな。まだ何か小さな声で言ってるし。


「あの、旦那様、もしもよろしければわたくしの膝もお試しいただければ、いえ、このような肉付の薄い足では堅く寝苦しいだけですので、今の言葉はお忘れくださいませ」


 トーウさん、なんでいきなりサミューの隣に座り直したのかと思ったら、それですか、いや別にそんな堅そうじゃないと思うけど、うん、しっかりと締まってそうで弾力が、って何考えてるんだよ俺は、女の子の太腿とか凝視しちゃってさ。


 うーん、でもな今ここでトーウの太腿を誉めるのは、セクハラ度合いが強いしなんかヤバい事になりそうな空気が有るから、とりあえず話をごまかさないと。


「俺が寝てた間に何か変った事は無いか」


 体を起こして御者席で手綱を握ってるハルに聞いてみるけど、何か異常が有れば流石に起こしてくれるだろうから、聞くまでも無いんだろうけど。


「ええ、どこかの誰かが、気持ちよさそうにサミューの太腿に頬ずりしてた他は何もありませんでしたわ、ほんとにいつもいつもサミューばかり」


 うわあ、なんかすっごい怒ってるんですけど、いやまあ気持ちはわかるよ、上司が同僚に平然とセクハラしてたら俺だって嫌な気分になるしさ、実際サラリーマンの頃はそれで当時の課長と揉めたりもしたし、特にハルくらいの年ごろの女の子だと一番そう言った事に抵抗がある年代だし、下手をすれば自分もされるんじゃないかって不安感も有るんだろうけどさ。


 これは、俺が無理やりやらせたり命令したわけじゃなくて、寝てる間にサミューが勝手にね。って話が全然誤魔化せてないんですけど。


「そ、そうだ、ちょっとミーシア達の方の様子を見て来る」


 ハルの座っている御者台の横に立ち上がって『軽速』を使って前へ跳びあがる、馬車をひいている馬たちを驚かせないよう注意しながら優しくその背中を蹴り、さらに前方に飛んで少し先を行く一台の荷台に飛び乗る。


「あ、リャーだ、どーしたの」


「え、あ、リョ、リョー様、何かあったんですか」


 俺が来たことに気付いたアラが振り向くのに合わせるように、アラを背中に乗せたままのミーシアも歩き続けながら顔を向けてくるけど、うん、やっぱり鎧が鎧だから、見つめられるとちょっと怖いな。


「いや、特に何かあったわけじゃないが、二人の様子を見に来たんだが、どうだ」


「えっとね、何ともないよ、とーぞくさんも、魔物さんも出てこないから」


 そりゃまあ、そんなのが出てきたら、いくらなんでも俺が寝てられる訳がないから、何も問題なかったんだろうな。


「は、はい、変な臭いも、し、しません、あ、で、でも、何回か向こうから来た人と、す、すれ違いそうになったけど、み、みんな脇道とかに、よ、よけちゃって」


 うーん、大名行列みたいなものだから、前を遮ったり、道を譲らなかったりしちゃダメみたいな事が有ったりするのかな、一応俺らの車も伯爵家の旗を掲げてるしね。


 いや、違うだろうな、多分これを見てみんな逃げたんだろうな、何しろさ。


 周囲を見回して、ついさっき飛び乗った車体とミーシア達を見直すと確信できるよね。なにせおっきい白熊さんに変身した上に、新調したばっかりのトゲトゲ鎧を全身にまとって、更に完全武装の戦車を曳いてるんだもんな。うん、どう見ても世紀末な感じの乗り物だわ。


 ミーシアの上に乗っかったアラがワンポイントで可愛さを出してるけど、その可愛さも戦車の威圧感にかき消されちゃってるもんね。


 何も知らない人がこれを見たら、すぐに避けないとそのまま粉砕されてもおかしくないと思われてもしかたないか。


 とは言え、それが目的だったりするもんな、万が一にも隊列を狙う盗賊なんかがいた時に、この威圧感で思いとどまらせるための抑止力としての効果と、前方からの敵を蹴散らす露払いとしての役割を期待されて、本陣より少しだけ俺達が先行する事になったんだけど。


(なあラクナ、この場合で、いきなり車列中央が襲撃受けたらどうするんだ、馬車や戦車は大回りしないと曲がれないから、俺達がUターンして救援に駆けつけるとかは無理だろ)


(その点は仕方なかろう、じゃが縦に延びた車列等が横から襲撃を受けた場合じゃと、その場で戦えば準備の整っていないまま、待ち構えていた敵を相手にする不利となるため、通常は一気に前進して相手をいったん振り切った後で態勢を整える場合が多いが、襲撃側はそれを防ぐため、車列正面に足止め用の戦力なり、障害物などを用意するのが定石じゃ。お主らの役目はそういった物を撃破あるいは破壊する事で排除し、後続が一気に駆け抜けられるようにする事じゃろうて)


 なるほどね、それなら確かにミーシアの戦車は最適かも、この戦車のぎ装に巻き込まれれば多少装備してる程度なら、装備ごとミンチになっちゃうだろうし、多少のバリケードならミーシアが衝突しただけで粉砕できそうだもんね。


「あ、でもね、たまにね変なおじさんがとーくから、アラ達の方を見てたよ」


 ん、なんかちょっと気になる情報だな、休憩の時にでも報告した方が良いのかも、確か次の町でこの辺り一帯の裏社会を纏めてる顔役に話を付ける段取りになってたはずだし、まあとりあえずは。


「そっか、アラはよく見てるな、えらいぞー、ミーシアもがんばってるな、でも無理はするんじゃないぞ」


 頑張ってる皆を誉めてあげないとね。


「うん、もっとがんばるね」


「わ、わかりました」






「あん、何だおめえらはよ、こっから先は紹介が無きゃ進めねえんだがよ、誰の口利きだ、もし何も知らねえで上がろうってんなら悪いこたあ言わねえ、そのままおとなしく下に降りて酒場で飲んでな」


 酒場の二階に上がろうとしたらいきなり、強面の兄ちゃんに前後から挟まれちゃったんだけど、不味いな上の連中は剣や棍棒なんかの振り回しやすそうな武器の他に樽を抱えてる奴もいるし、下の連中は槍を並べてこっちに向けてやがる。更には渡り廊下にナイフを数本持った奴まで控えてるし。


 これはアレか上から高さを活かして下へと追い落としたところに槍で突っつくって、ついでに渡り廊下の奴が遠距離で支援って事か。


「いやあ、こいつはすげえや『金剛杖』の御頭といやあ、この辺り一帯の親分衆の元締めとして名の知れた親分ですがね、まさか、手下衆もここまで錬度がたけてるたあ思ってやせんでした、まるでどっかの正規軍みてえな動きじゃねえですかい」


 のんきそうに前後を見比べながらテトビが感心してるけど、そんな場合なのかよこれ。


「随分落ち着いてるな」


「逃げ足だけは自信がありやすんで、あっし一人で逃げる分なら何とかなりそうな気もしやすし、旦那なら何とかしそうな気がしやすから、なにせ『迷宮踏破者』でしょ」


 いや、そんな期待をされてもさ、そりゃあ手段を択ばなきゃ何とかなりそうな気もするけど……


「それに、そもそも戦闘になるとは思ってやせんから、なにしろこっちには『百狼割り』の旦那がいる事ですし」


 いや、それが一番心配なんだけどさ、ほんとに大丈夫なのかよ。


「下手を打たせていただくが、こちとら『百狼割り』のテークってもんだ、ミリムガの町のオプスの兄貴の世話になって、こちらの親分を紹介して頂いて、『金剛杖』の御頭に一つご挨拶と」


 テークが、左手の甲で帯剣の柄を外に押しやるようにして左足を一歩前に、右手を腰に回しながら右足を半歩後ろに下げたやや半身の姿勢で話してるけどさ。


「御客人のテーク殿はお初になりますが、オプスの兄貴のご紹介とあっちゃ無下には出来ねえ、ところで兄貴の奥方はお元気で」


「そりゃもちろん、相変わらず毎朝毎晩、飲んでらあ、おれも姉さんの前に出たときゃあ、まず三杯頂いて、七杯返すってな塩梅でよ」


 なんか世間話始めちゃったけど、いいのかこれ。


「テトビ、どうなってるんだ、話しだしたって事はもう大丈夫って事か、だが紹介してくれた相手の名前を出すだけってのは随分と簡単なんだな」


 これなら一見さんお断りの料理店の方がもっと厳しいような。とりあえずすぐ隣に居る事情通に小声で訊いてみるけど、こんなんで大丈夫なのか。


「すいやせん旦那、もう少しだけじっとしててくだせえ、何気ない雑談に見えやすが、あの言葉の端々に決められた符牒や話し方、仕草なんかの作法が込められてやして、それで相手が身内なのかどうかを見分けてる最中なんでさあ。万が一『百狼割り』の旦那が言葉一つ間違えようもんなら、前後の相手が一気に仕掛けてきてもおかしくありやせんぜ」


 ああ、つまりは任侠映画なんかで仁義を切ってるようなもんか。


「御客人、歓迎しますぜ、さっさ、ずずっと奥へどうぞ、あいにく親分はお忙しいんで、うちの兄貴分がこの先の賭場でご挨拶させていただきまさあ」


 お、どうやら、話がまとまったみたいだな。


「そんじゃあ、あいさつさせてもらおう」


「御付きの方々はどう致しやす、賭場で遊ばれるんなら御一緒にどうぞ、飲まれるんならこのまま下でも、二階でもお好きな方でどうぞ」


「すいやせんテークの旦那、あっしとこっちの旦那は賭場は遠慮させて頂きやすんで、どうぞ」


「そうかい、んじゃ行かせてもらうぜ、おめえらはここで楽しんでな」


 え、あれ、テークだけ行かせちゃっていいのかよ、それじゃあ何のために俺とテトビは付いて来たんだよ、テトビはカミヤさんの手配した案内役だから、こいつに言われた通りにここまで来たってのに、このまま肝心の所には入れないんじゃ意味がないんじゃないか。


 ああ、考えてる間にテークが行っちゃったよ。


「おい、テトビいいのか」


「かまいやせん、『百狼割り』の旦那の顔がどのくらい広いか見ておこうと思いやしたが、賭場に通されるってこたあ、まあ普通よりましってとこですんで」


 ん、何だこの言い方だとテークを試してたのか、と言うか客の格でどこに通すか決まってるって事か。


「兄さんにはお初にお目にかかります、あっしはテトビ、ふらふらと諸国を渡り歩く根無し草の商人でやして、人呼んで『耳無し兎』のテトビ、各地各国を巡りやしては、土地土地の親分さん姉さんに御厄介をかけている、つまらねえもんですが、これも何かの縁と、お見知りおきいただければと。『金剛杖』の親分には、以前お世話になった事が有りやして、こちらの町へ寄った機会にご挨拶をと」


 テトビが、さっきのテークみたいな姿勢で口上を上げてるけど、これも何か符牒とかが入ってたりするんだろうな。さっきテークと話してた男とやり取りしてるけど、正直何が符牒なのか全くわからないな。


「『耳無し兎』の兄さんのお話は、親分から常々聞いてやすんで、御来訪と聞きゃあ喜ばれる事でしょう、今親分のとこへ若いもんを行かせてお伝えしてますんで、しばらくそちらの部屋でお休みくだせえ」


 あれ、ひょっとしてテークじゃ目通りのかなわなかったこの町の元締めに会えるのか。


H28年9月5日 誤字修正しました。

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