第8話 初依頼達成
『だからって宿に持ってくる奴があるか!!』
鉄拳亭に、バルドの怒鳴り声が響いた。
「じゃあどうすればいいんだ?」
『ギルドに持ってけ!』
「ギルド?」
『裏に解体場がある! 自分で解体できねえなら、そこでやってもらえる!』
「そんなのあるのか」
『あるに決まってんだろ! 冒険者全員が解体できるわけじゃねえんだから!』
なるほど。
それなら最初からギルドへ持っていけばよかった。
「受付では教えてくれなかったぞ」
『聞いたのか?』
「聞いてない」
『じゃあ教えるわけねえだろ!』
それもそうか。
バルドが大きくため息をつく。
『ったく……床に血ぃ垂らすんじゃねえぞ』
言われて足元を見る。
「…………」
少し垂れていた。
『今すぐ出てけ!』
「分かった分かった」
ホーンウルフを担ぎ直す。
「ちょうどギルドには行くつもりだったし」
『依頼の報告か?』
「それもあるけど」
『あ?』
「冒険者登録証なくした」
『…………』
バルドが黙った。
「たぶん戦ってる時に紐が切れた」
『お前なぁ……』
頭を抱えられた。
そんな顔をされても、なくしたものは仕方がない。
『登録したの昨日だろ』
「ああ」
『で、今日なくしたのか』
「ああ」
『…………』
「行ってくる」
『さっさと行け!』
追い出された。
ホーンウルフを担いだまま、冒険者ギルドへ向かう。
やっぱり目立つ。
すれ違う人が見る。
中には露骨に道を空ける人までいた。
今度からは解体場へ直接持っていこう。
ギルドへ着く。
扉を開けると、中にいた冒険者たちの視線が一斉にこっちへ向いた。
「…………」
気にしない。
受付へ向かう。
昨日と同じ男性がいた。
俺を見る。
肩に担いだホーンウルフを見る。
また俺を見る。
『……丸ごとですか?』
「剥ぎ取り方が分からなかった」
『なるほど』
さすがギルド。
バルドと違って怒らない。
「宿に持っていったら怒られた」
『それはそうでしょうね』
怒らないけど、味方でもなかった……。
「あ、その前にもう一つ」
『はい』
「登録証なくした」
受付の男性が止まった。
『……冒険者登録証を、ですか?』
「ああ」
『昨日登録したばかりですよね?』
「そうだな」
『…………』
「再発行できる?」
『…………』
「……大変申し訳ございません。再発行をお願いできますでしょうか」
『できます』
「よかった……」
『ただし、紛失した登録証を無効にする手続きと、再発行の手数料が必要になります』
「はい……」
やっぱり金がかかるのか。
仕方ない。
なくしたのは俺だ。
『まず本人確認をします。お名前を』
「ガッシュ」
『少々お待ちください』
受付の男性が奥へ引っ込む。
しばらくして、昨日も見た小さな箱を持って戻ってきた。
透明な石がはめ込まれている。
何か操作すると、石が淡く光った。
『登録記録を確認しました。ガッシュさんで間違いありません』
「よかった」
『では、紛失した登録証を無効にして、新しいものを発行します』
「お願いします……」
手数料を支払う。
地味に痛い。
少し待つと、新しい登録証が渡された。
昨日もらったものと同じだ。
「今度はなくさない」
『そうしてください』
首から下げようとして、やめる。
「…………」
荷物の中へ入れた。
『その方がいいかもしれませんね』
しっかりしよう。
ギルドの裏手に回る。
そこには石造りの広い作業場があった。
何人かの男たちが、運び込まれた魔物を解体している。
血の匂いがする。
肉を切る音。
骨を断つ音。
「……すごいな」
昨日までなら絶対に近づきたくない場所だ。
今も好き好んで入りたいとは思わないけど。
ホーンウルフを下ろすと、作業をしていた男が近づいてきた。
『こいつか?』
「ああ」
男がホーンウルフを見る。
傷口を確認し、毛皮を触る。
『角は無事。牙も問題ねえな。毛皮は……肩の傷があるが、まあ取れる』
「全部買い取ってもらえる?」
『使える部分はな。解体費は買い取りから引かれるが、それでいいか?』
「それで頼む」
自分では何もできない。
今のところ、それが一番いい。
男がホーンウルフを奥へ運んでいく。
少し待っていると、切り取られた角が受付へ回された。
新しくなった登録証を取り出す。
受付の男性が角を確認し、登録証を小さな箱の上へ置いた。
透明な石が淡く光る。
『ホーンウルフ1体。討伐を確認しました』
これで依頼は1体分。
残り2体。
『期限はあと2日です』
「分かった」
それから素材の査定を待つ。
しばらくすると、受付の男性が硬貨を用意した。
『こちらが角、牙、毛皮の買い取り分です。解体費はこちらから差し引いてあります』
「ありがとう」
硬貨を受け取る。
手の中を見る。
魔物を倒した。
それが金になった。
昨日までは、冒険者になれば金を稼げると頭では分かっていた。
でも、実際にこうして受け取ると話が違う。
「ちゃんと稼げるんだな……」
『それが仕事ですから』
そうだった。
これなら宿代も何とかなりそうだ。
少し安心する。
でも、問題もある。
さっきまで肩に乗っていた重さを思い出す。
「……毎回、丸ごと担いでくるのか」
『別にそうする必要はねえぞ』
近くを通りかかった解体場の男が答えた。
「え?」
『自分で解体できるなら必要な部分だけ持ってくりゃいい。できねえならマジックバッグを使え』
「マジックバッグ?」
『知らねえのか?』
「ああ」
男が腰につけていた袋を軽く叩く。
『見た目より中に物が入る魔道具だ。冒険者なら必需品だ』
「そんな便利なものがあるのか」
それがあれば、ホーンウルフを担いで町を歩かなくて済む。
もっと早く知りたかった。
「どこで買える?」
『道具屋なら置いてる』
「分かった。見てくる」
せっかく金も入った。
これからも討伐依頼を受けるなら必要になるだろう。
ギルドを出て、教えてもらった道具屋へ向かった。
店に入る。
棚にはロープや水筒、刃物。
何に使うのか分からない道具も並んでいる。
店員に声をかける。
「マジックバッグが欲しいんだけど」
『容量はどのくらいのものをお探しですか?』
「容量?」
『小型、中型、大型があります。容量が大きいほど値段も上がります』
見せてもらう。
どれも普通の袋にしか見えない。
まず値段を見る。
「…………」
もう一度見る。
「結構するな……」
『魔道具ですから』
大型は――。
「…………」
見なかったことにしよう。
中型も高い。
さっきホーンウルフを倒して金が入ったばかりなのに、簡単に手を出せる値段じゃない。
「小型って、どれくらい入る?」
『一メートルほどの物までが目安です』
一メートル。
ホーンウルフを思い浮かべる。
「ホーンウルフは?」
『個体にもよりますが、一メートルを超えるものが多いですね』
やっぱり少し大きい。
『ホーンウルフを収納するのでしたら、中型をおすすめします』
「中型……」
値段を見る。
小型を見る。
中型を見る。
もう一度、小型を見る。
「…………」
これから金を稼ごうとしているのに、先に金がなくなっていく。
「小型で」
『ホーンウルフですよね?』
「小型で」
『……かしこまりました』
店員の顔が少し気になった。
でも、絶対に入らないとは言われていない。
何とかなる。
たぶん。
代金を払う。
さっき増えたはずの金が減った。
「…………」
魔物を倒して金を稼いだ。
その金で、魔物を運ぶための道具を買った。
冒険者って、思ったより金が残らないな。
今日はもう戻ろう。
残り2体は明日だ。
翌朝。
鉄拳亭で朝食を食べ、東門から町を出た。
登録証はある。
今度は首から下げていない。
何度か荷物を触って確認する。
ある。
マジックバッグもある。
大丈夫。
草原へ向かう。
昨日ホーンウルフと戦った辺りまで来たところで、周囲を見渡す。
「あと2体」
できれば1体ずつ出てきてほしい。
そう思った。
草むらが揺れた。
一つ。
そして。
少し離れた場所でもう一つ。
「…………」
願いは届かなかったらしい。
姿を現したホーンウルフは2体。
どちらもこちらを見ている。
低い唸り声。
昨日とは違う。
1体だけを見ていればいいわけじゃない。
剣を抜く。
「……無理そうなら逃げる」
自分に言い聞かせる。
片方が動いた。
遅れて、もう片方も走り出す。
同時じゃない。
少しずれている。
先に来る方を見る。
飛びかかってくる。
横へ避ける。
剣を振る。
浅い。
刃が身体を掠めただけだった。
すぐにもう1体を見る。
「っ!」
近い。
身体を捻る。
牙が服を掠めた。
危ない。
距離を取る。
2体がこちらを挟むように動く。
1体なら、昨日より余裕があった。
2体になるだけで全然違う。
片方を見る。
もう片方も視界から外さない。
「これ、きついな……」
また1体が来る。
今度は避けるだけ。
攻撃しない。
もう1体の位置を見る。
少し離れている。
今なら。
踏み込む。
さっき傷をつけた方へ剣を振る。
刃が脇腹へ入った。
ホーンウルフが倒れる。
でも、まだ終わっていない。
後ろから音がした。
振り返る。
間に合わない。
咄嗟に腕を上げる。
衝撃。
身体が地面へ転がった。
「痛っ……!」
噛まれてはいない。
体当たりされた。
すぐに起き上がる。
痛い。
でも動ける。
これもステータスのおかげだろうか。
考えるのは後だ。
剣を構える。
最初に斬ったホーンウルフが立ち上がろうとしている。
先にこっちを倒す。
走る。
立ち上がる前に距離を詰める。
剣を振り下ろす。
刃が首元へ入った。
《魔物を討伐しました》
《経験値を獲得しました》
1体。
残り1体。
振り返る。
最後のホーンウルフがこちらへ走ってくる。
さっきより怖くない。
見る相手は、もう1体だけだ。
飛びかかってくる。
横へ。
避ける。
振り返る前に追う。
剣を振る。
背中を斬る。
ホーンウルフがよろめいた。
すぐに距離を詰める。
もう一度。
今度は首を狙う。
「――っ!」
剣を振り抜く。
ホーンウルフが倒れた。
動かない。
《魔物を討伐しました》
《経験値を獲得しました》
そして。
《レベルが上がりました》
《ステータスポイントを5獲得しました》
「……上がった」
Lv3。
思わず息を吐く。
嬉しい。
でも。
「疲れた……」
2体同時はもういい。
しばらくその場に座り込んだ。
息が落ち着いてから立ち上がる。
倒した2体を見る。
昨日なら、ここからどうやって持って帰るか悩むところだった。
でも今日は違う。
「買っておいてよかった」
マジックバッグを取り出す。
まず1体。
袋をホーンウルフに触れさせる。
すると、身体が袋の中へ吸い込まれるように消えていく。
「おお……」
すごい。
頭。
身体。
後ろ脚。
順番に消えていく。
そして。
止まった。
「…………」
後ろ脚だけが残っている。
「いや、いけるだろ」
押す。
動かない。
もう少し押す。
「入れ……!」
さらに力を込める。
ふっと抵抗がなくなった。
残っていた脚が袋の中へ消える。
「入った」
マジックバッグを見る。
見た目は何も変わっていない。
「……入ったのか、これ?」
一応、入ったらしい。
小型でもいけるじゃん。
かなりギリギリだけど。
袋の口を閉じる。
「さて」
もう1体。
倒れているホーンウルフを見る。
マジックバッグを手に取る。
ミシッ。
「…………」
まだ何もしてない。
ミシッ。
「……やめとくか」
仕方なく、残ったホーンウルフを肩に担ぐ。
「重っ……」
結局こうなるのか。
マジックバッグを荷物へしまい、町へ戻る。
東門が見えてきた。
昨日と同じ門番がいる。
向こうも俺に気づいた。
俺を見る。
肩のホーンウルフを見る。
『……結局、今日も担いでるじゃねえか』
「1体は入った」
『何に』
「マジックバッグ」
『なら、そいつも入れろよ』
「小型を買った」
『…………』
「中型、高かったんだよ」
『そうか……』
なんだ、その顔。
『登録証は?』
「ある」
荷物から取り出して見せる。
『よし』
なぜか昨日より安心された。
町へ入る。
そのままギルドへ向かった。
今度は宿には寄らない。
学習した。
ギルドへ着くと、まず解体場へ向かう。
肩に担いでいたホーンウルフを下ろす。
そしてマジックバッグを取り出す。
「もう1体いる」
『入れてきたのか』
「ああ」
マジックバッグからホーンウルフを取り出す。
男が少し目を見開いた。
『それ、小型か……?!』
「ああ」
『よく入ったな』
「なんとかなった」
『……とりあえず、2体とも預かるから少し待て』
2体を預ける。
少し待つと、討伐証明の角が受付へ回された。
登録証を出す。
透明な石が淡く光る。
『ホーンウルフ2体。確認しました』
受付の男性が記録を確認する。
そして。
『これでホーンウルフ3体。依頼達成です』
「おお……」
初めての依頼。
達成。
報酬を受け取る。
さらに2体分の素材も査定してもらう。
角。
牙。
毛皮。
そこから解体費を引いた買い取り分が渡された。
手元の硬貨を見る。
また増えた。
登録証の再発行。
マジックバッグ。
使った金もある。
それでも、依頼を受ける前よりは増えている。
「これなら、ちゃんとやっていけそうだな」
少しだけ安心した。
『装備を整えれば、もっとお金はかかりますよ』
受付の男性が言った。
「…………」
剣。
防具。
マジックバッグも、本当なら中型が欲しい。
これから必要なものはまだありそうだ。
「今それ言う?」
『事実ですので』
この人、たまに容赦がない。
受付を離れる。
まだ帰るには少し早い。
空いている椅子へ座る。
そういえば。
レベルが上がったんだった。
「ステータス」
表示が現れる。
【ステータス】
Lv:3
ATK:11
VIT:12
AGI:12
INT:10
未使用ポイント:5
「5ポイントか……」
どうする。
前回はATKに1。
VITとAGIに2ずつ振った。
今回も同じようにするか。
それとも、もう少し攻撃力を上げるか。
2体を相手にした時は、素早さも欲しいと思った。
攻撃を受けたことを考えれば、VITも――。
その時だった。
ギルドの扉が勢いよく開いた。
『誰か! 手を貸してくれ!』
声に振り返る。
一人の冒険者が立っていた。
服が血で汚れている。
自分の血なのか。
それとも――。
人を背負っていた。
ギルドの中が一瞬で騒がしくなる。
職員が駆け寄る。
『どうした!?』
『東だ……東の森で……!』
冒険者が息を切らしながら叫ぶ。
背負われていた男が床へ下ろされる。
動かない。
『治療できる奴を!』
誰かが叫ぶ。
別の誰かが男の首元に触れた。
そして。
ゆっくりと首を振った。
さっきまで騒がしかったギルドが静かになった。
「…………」
死んだ。
さっきまで俺が見ていた表示が、まだ目の前に残っている。
ATK。
VIT。
AGI。
INT。
未使用ポイントは5。
倒れている男を見る。
もう一度、表示を見る。
《VITに5ポイント割り振りました》
【ステータス】
Lv:3
ATK:11
VIT:17
AGI:12
INT:10
未使用ポイント:0
表示を閉じる。
『何があった』
誰かの声が聞こえた。
血まみれの冒険者が顔を上げる。
『魔物だ』
その声が震えていた。
『あんなの……聞いてねえぞ』
ギルドの空気が変わった。




