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第7話 初仕事

東門へ向かう。


門が近づくにつれて、町へ入る人と出ていく人が増えてきた。


荷車を引く商人。


大きな荷物を背負った旅人。


武器を持った冒険者らしい人間もいる。


その列に並び、順番を待つ。


やがて俺の番になった。


門番に冒険者登録証を見せる。


『……ん?』


「?」


門番が俺の顔を見る。


どこかで見たような――。


『お前、昨日の』


「あ」


思い出した。


昨日、この町に入る時に対応してくれた門番だ。


硬貨のことを聞いたら、俺に聞くなと言われた人。


「昨日はどうも」


『ずいぶん気軽だな』


門番が俺の登録証を見る。


『冒険者になったのか』


「ああ」


『昨日来たばかりだろ』


「身分証が欲しかったからな」


『そっちが目的かよ』


「依頼も受けたぞ」


『なら一応、冒険者らしいな』


一応ってなんだ。


門番が登録証を返してくる。


『そういや、昨日渡した仮滞在証は持ってるか?』


「これ?」


荷物から木札を取り出す。


昨日、ここでもらった仮滞在証だ。


門番がそれを受け取る。


『正式な身分証ができたなら、こっちは返却してもらう』


「そういうものなのか」


『いつまでも持たせておくものじゃないからな』


なるほど。


仮は仮ということか。


『初仕事か?』


「ああ」


『何を受けた?』


「ホーンウルフを3体」


『討伐か』


門番が少し真面目な顔になる。


『無茶するなよ。新人が調子に乗って帰ってこないなんて珍しくもないからな』


「大丈夫。危なくなったら逃げる」


『それくらいでいい』


登録証を首に戻す。


「行ってくる」


『おう。ちゃんと帰ってこいよ』


東門を出る。


門を抜けると、町の喧騒が少しずつ遠ざかっていった。


街道を歩きながら、受付で聞いた話を思い出す。


街道を少し進んだ先の草原。


そこでホーンウルフが目撃されている。


「3体か……」


期限は3日。


一度に全部倒す必要はない。


危なくなったら戻ればいい。


死なないことが最優先。


さっき門番にも言ったばかりだ。


しばらく街道を進む。


やがて周囲に人の姿が見えなくなってきたところで、道を外れた。


草原へ入る。


腰の剣に手を添えながら歩く。


昨日とは違う。


昨日は何も知らなかった。


魔物がいることすら知らず、突然襲われた。


今日は自分から探している。


その違いだけで、妙に緊張する。


風で草が揺れる。


そのたびに足を止める。


「…………」


いない。


さらに進む。


「…………」


やっぱりいない。


依頼を受けたからといって、すぐ都合よく出てくるわけじゃないらしい。


当たり前か。


少し気が抜けた、その時だった。


草むらが大きく揺れた。


「――っ」


剣を抜く。


少し離れた場所から、一頭の獣が姿を現した。


灰色の毛。


犬より一回り大きな身体。


額から伸びた一本の角。


ホーンウルフ。


昨日と同じ魔物だ。


低い唸り声を上げながら、こちらを見ている。


「……よし」


1体。


それなら戦える。


たぶん。


ホーンウルフが地面を蹴った。


速い。


――はずだった。


「……あれ?」


見える。


昨日は突然だった。


考える暇もなく飛びかかられて、必死に剣を振った。


でも今は違う。


どこへ飛び込んでくるのか。


なんとなく分かる。


身体を横へずらす。


ホーンウルフがすぐ脇を駆け抜けた。


「おお……」


避けられた。


振り返る。


ホーンウルフもすぐに向きを変えていた。


もう一度来る。


今度は剣を構える。


正面から突っ込んでくるホーンウルフ。


ぎりぎりまで待つ。


「――今!」


身体をずらしながら剣を振る。


刃がホーンウルフの肩口を捉えた。


『ギャッ!』


血が飛ぶ。


ホーンウルフが地面を転がった。


でも、まだ動く。


立ち上がろうとしている。


「まだか」


昨日より手応えはあった。


それでも一撃では倒せない。


ホーンウルフが立ち上がる。


さっきまでより動きが鈍い。


それでも牙を剥き、こちらへ向かってくる。


剣を握り直す。


今度は待たない。


こっちから距離を詰める。


ホーンウルフが飛びかかる。


一歩横へ。


そのまま剣を振り下ろした。


刃が首元へ食い込む。


ホーンウルフの身体が地面に落ちた。


今度は動かない。


静かになった草原で、しばらく剣を構えたまま様子を見る。


「…………」


大丈夫そうだ。


息を吐く。


《魔物を討伐しました》


《経験値を獲得しました》


表示が現れる。


レベルは――上がらない。


「毎回上がるわけじゃないか」


まあ、そうだよな。


剣についた血を草で拭い、鞘へ戻す。


それから倒れたホーンウルフを見る。


昨日よりは、ちゃんと戦えた。


身体が軽くなったような気もする。


反応も少し速くなっている気がする。


これがステータスを上げた影響なのか。


それとも、昨日一度戦ったからなのか。


まだ分からない。


でも。


「強くはなってる……のかな」


少なくとも、昨日より余裕はあった。


さて。


ここからが仕事だ。


しゃがみ込み、ホーンウルフの額を見る。


「角……」


これが討伐証明。


しかも、そのまま買い取ってもらえる。


角を掴む。


引っ張る。


「…………」


当然のように取れない。


もう少し力を入れる。


「んっ……!」


取れない。


「……これ、どうやって取るんだ?」


受付では持って帰れと言われた。


でも、取り方までは聞いていない。


剣で根元を切る?


角と頭の境目を見る。


硬そうだ。


下手に剣を使って傷つけたら、買い取りに影響するかもしれない。


それに。


牙。


毛皮。


こっちも金になる。


「…………」


牙を触ってみる。


当然、取れない。


毛皮を見る。


「…………」


どうやって剥ぐんだ、これ。


知らない。


考えてみれば当たり前だった。


動物の解体なんてしたことがない。


しばらくホーンウルフの死体を眺める。


角は欲しい。


牙も売れる。


毛皮も売れる。


でも取り方が分からない。


なら。


「……丸ごと持って帰ればいいか」


一番確実だ。


剣を鞘に収める。


ホーンウルフの身体を持ち上げ、肩に担ぐ。


「重っ……」


それでも持てないほどではない。


町まで戻るくらいなら何とかなるだろう。


今日はもういい。


1体倒せた。


残りは2体。


期限はまだある。


無理をする必要はない。


俺はホーンウルフを担いだまま、来た道を戻り始めた。


◇


東門が見えてくる。


門の前にいた人たちが、こっちを見ている。


すれ違う人も見る。


「…………」


そんなに珍しいんだろうか。


魔物なんだから、冒険者なら普通に持って帰ると思うんだけど。


門へ近づく。


朝と同じ門番がいた。


向こうも俺に気づく。


『お、ちゃんと帰って――』


門番の言葉が止まった。


俺を見る。


肩に担いだホーンウルフを見る。


また俺を見る。


『…………』


「ただいま」


『いや、待て』


「?」


『なんで丸ごと担いでる』


「角の取り方が分からなかった」


『…………』


「毛皮の剥ぎ方も」


『お前、本当に冒険者になったんだよな?』


「今日初めて依頼受けた」


『……そうだったな』


なぜか納得された。


『まあいい。身分証を』


「ああ」


首元へ手を伸ばす。


「…………」


何もない。


「…………」


もう一度探す。


ない。


『今度はなんだ』


「……なくした」


『何を』


「冒険者登録証」


『…………』


門番が俺を見る。


『お前、朝ここで俺に見せたよな?』


「見せた」


『俺、返したよな?』


「返してもらった」


『首に戻したよな?』


「戻した」


『じゃあなんでないんだ』


「俺が聞きたい」


『俺に聞くな』


「……それ昨日も聞いたな」


『お前が昨日から変なことばっかり聞くからだろ!』


怒られた。


でも、本当にどこで落としたんだ?


首元を見る。


登録証を通していた紐がない。


戦っている時に切れたんだろうか。


今から探しに戻る?


草原を見る。


どこで落としたかも分からない。


それに、もう一度魔物と遭遇する可能性もある。


『……探しに戻るつもりか?』


「ちょっと考えた」


『やめとけ。もう戻ってきたんだ。なくしたならギルドに届け出ろ』


「そうする」


『朝ここから出た記録もあるし、俺も顔を覚えてる。今日はそれで確認する』


助かった。


朝、仮滞在証も返してしまった。


今の俺には、登録証以外に身分を証明できるものがない。


『ただし、通行料は払え』


「そこは駄目?」


『駄目だ』


「ですよね」


ホーンウルフを一度地面へ下ろす。


硬貨の入った袋を取り出し、通行料を払う。


そして、また担ぐ。


『登録証はすぐギルドに届け出ろよ』


「ああ。その前に宿に行ってくる」


『……宿?』


「バルドなら剥ぎ取り方を知ってそうだから」


門番が俺の肩を見る。


『それを持って?』


「ああ」


『…………』


「何?」


『いや。もう好きにしろ』


なんだ、その反応。


町へ入る。


やっぱりすれ違う人たちに見られる。


気にせず鉄拳亭へ向かった。


扉の前でホーンウルフを担ぎ直す。


片手で扉を開ける。


「ただいまー」


『おう、おかえ――』


カウンターの向こうにいたバルドが止まった。


視線が俺へ向く。


次に肩へ向く。


また俺へ戻る。


『…………』


「ちょっと聞きたいんだけど」


『待て』


「ん?」


『なんで魔物担いで帰ってきてんだ』


「剥ぎ取り方が分からなくて」


『…………』


「角も取れなかった」


『だからって宿に持ってくる奴があるか!!』


鉄拳亭に、バルドの怒鳴り声が響いた。

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