第4話 冒険者ギルド
冒険者ギルドは、すぐに見つかった。
教えてもらった通り、大通りをまっすぐ。
剣を腰に下げた男が何人も出入りしている建物。
看板には剣と盾らしき絵が描かれている。
文字は――読める。
神様が言っていた「最低限」には、どうやら読み書きも含まれていたらしい。
そこはちゃんとしてるんだな。
扉を開ける。
中は思っていたより広かった。
正面には長い受付。
壁際には大きな板があり、何枚もの紙が貼られている。
テーブルもいくつか並んでいて、武器や防具を身につけた連中が話をしていた。
酒場というより、役所と酒場を足して二で割ったような感じだ。
何人かが俺を見る。
だが、それだけだった。
別に新人が入ってくること自体は珍しくないらしい。
さて。
来たはいいけど、どうすればいいんだ。
受付を見る。
何人か並んでいる。
とりあえず並ぶか。
少し待って、俺の番になった。
『次の方、どうぞ』
受付にいたのは若い女性だった。
「冒険者登録をしたいんだけど」
『新規登録ですね。身分証はお持ちですか?』
「それがなくて」
腰につけていた木札を見せる。
「仮滞在証ならある」
『ああ、なるほど』
受付の女性は木札を確認した。
『身分証をお持ちでなくても登録できますよ。門で確認は済んでいるようですし』
よかった。
ここでまた追い返されたら、何のために来たのか分からない。
『では、こちらに記入をお願いします』
紙とペンを渡される。
見る。
名前。
年齢。
出身地。
使用武器。
いくつか項目が並んでいる。
……。
名前。
そこで手が止まった。
『どうされました?』
「いや……」
名前。
そういえば。
自分の名前について、まともに考えていなかった。
思い出そうとしてみる。
「…………」
出てこない。
いや。
本当に出てこないな。
昔やっていたゲームの知識なんかは、断片的に残っている。
ATK。
VIT。
AGI。
INT。
極振り。
そんなものは覚えている。
なのに自分の名前が出てこない。
そもそも、それがどれくらい昔の記憶だったのか。
本当に昔だったのか。
その辺りまで曖昧だ。
死ぬ前のことを思い出そうとすると、霧がかかったみたいになる。
「……まあ、いいか」
『はい?』
「いや、こっちの話」
改めて紙を見る。
剣。
魔法。
魔物。
冒険者。
こういう世界なら――。
その時、後ろの方から大きな声が聞こえた。
『マッシュ! ムー! 急ぎの依頼なんだぞ! いつまで休んでるんだ! 早く行くぞ!』
『分かったって! そんなに急かすなよ!』
騒がしい声とともに、何人かの冒険者がギルドを出ていく。
マッシュ。
その名前を聞いて、ふと何かが引っかかった。
そういえば。
昔、ゲームで戦士をやっていた時。
なんて名前を使ってたっけ。
マッシュじゃない。
でも、確か――。
「……ガッシュ」
だったか?
なんか、そんな名前だった気がする。
うん。
もうこれでいいじゃん。
名前の欄に書く。
ガッシュ。
よし。
俺は今日からガッシュだ。
……。
待てよ。
俺、門番に何て言った?
『自分の名前は?』
「それは覚えてる」
言った。
間違いなく言った。
思いっきり言った。
「…………」
よく乗り切ったな、俺。
あの場で名前を聞かれていたら終わっていた。
いや。
待て。
名前を聞かれてるじゃないか。
答えられるかどうかを。
たまたま具体的な名前まで聞かれなかっただけだ。
危なかった。
我ながら見事な立ち回りだったと思う。
……何も考えてなかっただけだけど。
『大丈夫ですか?』
受付の女性が不思議そうに俺を見ている。
「大丈夫」
今度こそ記入を続ける。
年齢。
……これはどうする。
自分の身体を見る。
少なくとも子供ではない。
おっさんでもない。
「年齢って必須?」
『分からなければ、おおよそでも構いませんよ』
助かる。
適当に見た目くらいの年齢を書いた。
出身地。
これは分からない。
正直に「不明」。
使用武器。
剣。
これは簡単だ。
紙を受付へ戻す。
女性が内容を確認する。
『ガッシュさんですね』
「うん」
初めて他人からその名前で呼ばれた。
思ったより違和感はない。
ゲームで使っていたからだろうか。
本当に使っていたのかも怪しいけど。
『出身地は不明……?』
受付の女性が、そこで手を止めた。
「ちょっと事情があって」
『……もしかして、東の方から来られたんですか?』
「え?」
予想外の言葉が返ってきた。
受付の女性は俺の反応を見て、少し申し訳なさそうな顔をする。
『すみません。無理に聞くことではありませんでしたね』
「いや、ちょっと待って。なんで東?」
『東には、魔物に襲われて放棄された村や町もありますから』
街道で会った二人も、似たようなことを言っていた。
東へ行くほど魔物が増える。
住めなくなった土地もある、と。
『そういう場所から逃げてきた方が、こちらまで流れてくることもあるんです』
受付の女性は少し言いづらそうに続けた。
『ガッシュさんも……そうなんですよね?』
なるほど。
出身地が分からない。
ろくな荷物も持っていない。
一人で草原を歩いていた。
受付からすれば、そう見えてもおかしくないのか。
「……まあ、そんな感じ」
否定はしなかった。
説明するより、その方が都合がいい。
受付の女性の表情が明らかに柔らかくなった。
『分かりました。出身地は不明のままで登録しておきますね』
「助かる」
なんだかものすごく同情されている気がする。
少し心が痛む。
俺、東どころか別世界から来たんだけどな。
『では、冒険者登録について簡単に説明しますね』
「頼む」
『冒険者は、ギルドに登録された依頼を受けて報酬を得る者です。魔物の討伐、素材の採取、護衛、調査など、依頼内容は様々です』
受付の女性が壁の大きな板を指す。
さっき見えた紙。
あれが依頼らしい。
『登録したばかりの方は、Fランクから始まります』
「F?」
『冒険者には、実績や実力に応じてランクがあるんです。下からF、E、D、C、B、A。基本的には、自分のランクに合った依頼を受けることになります』
なるほど。
そこは昔やっていたゲームと似ている。
「ランクが上がれば、受けられる依頼も増える?」
『はい。難しい依頼ほど、一定以上のランクが必要になります』
「じゃあ、Fランクの俺がいきなり強い魔物の討伐依頼を受けるのは?」
『できません』
即答だった。
「勝手に倒しに行くのは?」
『おすすめはしませんが、それを止めることまではできません。ただし、討伐依頼として受けていなければ依頼報酬は出ませんよ』
なるほど。
ギルドとして無茶な依頼を渡すことはしない。
でも、冒険者が自分で何をするかまでは縛らない。
そういうことか。
「ランクはどうやったら上がる?」
『依頼の達成実績や討伐記録などを見て、ギルドが判断します』
「分かった」
思ったより普通だ。
ゲームみたいに、経験値が一定になったらランクアップ。
なんてことではないらしい。
まあ、こっちは現実なんだから当然か。
『それと、登録証は身分証として使用できます』
来た。
今日一番重要な話。
「町を移動しても使える?」
『はい。冒険者ギルドのある町であれば、基本的には問題ありません』
素晴らしい。
冒険者。
もうこの時点でなる価値がある。
「登録する」
『そのつもりでここまで書いていただいたのでは?』
「そうだった」
受付の女性が少し笑った。
その後、いくつか確認を受けた。
規則を破れば処罰されること。
依頼を受けたまま放置すれば信用に関わること。
冒険者同士の揉め事にギルドは責任を持たないこと。
命の保証もない。
最後だけ妙に現実的だった。
『では、こちらが登録証になります』
渡されたのは小さな金属製の札だった。
名前。
登録した町。
そして何かの記号が刻まれている。
「これで俺も冒険者?」
『はい。ガッシュさんは本日から正式な冒険者です』
おお。
異世界に来て冒険者になった。
普通ならもう少し感動するところなのかもしれない。
俺は金属札を眺める。
「これでもう門で止められない?」
『犯罪でもしない限りは』
最高だ。
冒険者になった実感より、身分証を手に入れた安心感の方が大きい。
『依頼を受ける場合は、あちらの掲示板から選んで受付へ持ってきてください』
「今からでも?」
『もちろんです』
掲示板を見る。
せっかく来たんだ。
見るだけ見てみるか。
近づいてみると、かなりの数の依頼が貼られていた。
薬草採取。
荷物運び。
街道周辺の魔物討伐。
護衛。
読める。
読めるんだけど――。
知らない地名ばかりだ。
当然か。
その中に、見覚えのある名前を見つけた。
ホーンウルフ。
数体の討伐依頼だった。
「あ」
受付で聞いてみる。
「ホーンウルフって、この辺だとよく出る?」
『比較的多いですね。街道から外れた草原や林で見かけます』
やっぱり、あいつだ。
「一匹倒したんだけど」
『そうなんですか?』
「町に来る途中で襲われた」
受付の女性の表情が少し変わった。
『お一人で?』
「うん」
『……冒険者になる前ですよね?』
「さっき登録したばっかりだからな」
『討伐を証明できるものはありますか?』
「証明?」
『角や牙などですね。素材として買い取ることもできます』
「…………」
角。
牙。
買い取り。
俺は草原に転がしたままのホーンウルフを思い出した。
「もしかして」
嫌な予感がする。
「持ってくれば、金になった?」
『状態にもよりますが』
「……」
知らなかった。
いや。
知らなくて当然なんだけど。
「結構?」
『ホーンウルフでしたら、角や毛皮は需要がありますね』
「…………」
異世界に来て初めて倒した魔物。
経験値はもらった。
レベルも上がった。
それだけで満足していた。
まさか。
金まで落としていたとは。
俺は掲示板のホーンウルフという文字を見つめた。
「取りに戻るか……?」
場所は覚えている。
たぶん。
でも、ここまで結構歩いた。
今から戻って、また町へ来る?
腹も減っている。
「……いや」
やめよう。
授業料だ。
そういうことにしておこう。
そう思わないと、ちょっと悔しい。
もう一度、掲示板を見る。
さっきとは見方が変わっていた。
魔物を倒せば強くなる。
そして素材を持ち帰れば金にもなる。
東へ行くためには、どのみち魔物と戦うことになる。
だったら――。
冒険者。
悪くないかもしれない。
俺は並んだ依頼を眺めた。
まずは、この世界のことを知る。
そのついでに強くなって。
金も稼ぐ。
そして準備ができたら、東へ向かう。
神様が何をさせたいのか。
東に何があるのか。
まだ何も分からない。
でも。
「まあ、まずは飯だな」
腹が鳴った。
冒険より先に、そっちだった。




