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第33話 東の森、野営地

東の森から町へ戻る頃には、空が夕焼けに染まり始めていた。


門を通り、そのまま冒険者ギルドへ向かう。


今日の討伐報告を済ませておきたい。


ギルドに入ると、夕方ということもあって、依頼を終えた冒険者たちで賑わっていた。


受付の列に並び、順番を待つ。


「フォレストマンティスを二匹討伐しました」


『二匹ですね。討伐証明をお願いします』


マジックバッグから、討伐証明になる鎌の片方をそれぞれ取り出す。


受付で確認してもらい、続けて裏手の解体場へ向かった。


フォレストマンティスの死体を二匹とも取り出すと、解体場の職員が興味深そうに近づいてきた。


『おお、フォレストマンティスか』


「一部開放されたって聞いたからな。今日、東の森に行ってきたんだ」


『なるほどな』


職員は死体を確認し、残っている鎌の一本を持ち上げた。


『こいつの鎌はいい素材になる。刃物なんかに加工されるんだ』


「へえ、刃物になるのか」


『ああ。それと腱も売れるぞ。丈夫で弾力があるから、弓の弦なんかに使われる』


「なるほど」


『……こっちの鎌は少し傷があるな』


「ああ、腕当てで受けたときについたのかも」


『まあ、この程度なら問題ねえだろう』


二匹とも買い取ってもらえることになった。


解体費を差し引いた金額を受け取り、ギルドの建物へ戻る。


ついでに依頼掲示板を確認すると、東の森に関する依頼がいくつか増えていた。


アイアンビートル討伐。


ヴァインスネーク討伐。


「アイアンビートル……」


依頼書には、硬い外殻を持つ大型の甲虫型魔物と書かれている。


外殻は素材として買い取ってもらえるらしい。


ヴァインスネークは、木の枝に紛れて獲物を待ち伏せする蛇型の魔物だそうだ。


どっちも厄介そうだな。


とりあえず、アイアンビートルの依頼を受けておこう。


依頼書を持って受付へ向かう。


手続きを済ませるついでに、野営地についても聞いてみた。


「東の森の野営地って、俺も使えますか?」


『はい。東の森の討伐依頼を受けている冒険者なら、指定された区画を利用できますよ』


「分かりました。ありがとうございます」


これなら、毎日町と森を往復しなくて済みそうだ。


東の森の開放範囲についても確認する。


青い印のついた区域は立ち入り可能。


黄色い印の区域は制限付き。


赤い印より奥は、まだ立ち入り禁止だそうだ。


無理に奥へ行くつもりはない。


まずは開放された範囲で依頼をこなそう。


*


鉄拳亭に戻ると、バルドがいつものようにカウンターの向こうにいた。


『おう。帰ったか』


「ただいま」


『今日はどうだった?』


「フォレストマンティスを二匹倒してきたよ」


『ほう。東の森も、ようやく仕事ができるようになったか』


「明日から東の森の野営地に泊まろうと思ってるんだ」


『東の森?』


「ああ。今日から一部開放されたから、しばらくあっちで依頼をこなそうと思って」


『……そうか』


『で、何日だ?』


「うーん、二、三日くらいかな。まだ決めてないけど」


『決まってねえのかよ』


「行ってみないと分からないしな」


『まあ、そりゃそうか』


バルドは少し考えてから、頷いた。


『なら、部屋は今夜までだな』


「うん。戻ってきたら、また泊まれる?」


『空いてりゃな』


「分かった」


『あと、死体担いでうろついたり、アホなことして迷惑かけるんじゃねえぞ』


「もうしないよ!」


『どうだかな』


「信用ないなぁ……」


バルドは鼻で笑った。


まあ、最初にホーンウルフの死体を担いで町を歩いたのは事実だ。


あのときはマジックバッグなんて持ってなかったんだから、仕方ないだろ。


……いや、普通はあんなことしないのかもしれないけど。


今夜の宿代を払い、部屋へ戻る。


夕食は、東の森の調査野営地でダリオたちと食べてきた。


だから、今日はもう休むだけだ。


明日は早めに出発しよう。


そう決めて、ベッドに横になった。


*


翌朝。


荷物をまとめ、部屋を出る。


カウンターにいたバルドへ声をかけた。


「じゃあ、行ってくるよ」


『おう。気をつけてな』


「うん」


そのまま出口へ向かおうとしたところで、呼び止められた。


『……おい、ちょっと待て』


「ん?」


『お前、その荷物で野営するつもりか?』


「そうだけど?」


バルドが眉をひそめた。


『……どこで寝るつもりなんだ?』


「え?」


どこでって……。


野営地?


『テントは?』


「……あ」


『寝具は?』


「……ああ」


バルドが深いため息をついた。


『お前なあ……』


「いや、野営地って聞いたから、てっきり……」


『寝る場所まで用意されてると思ったのか?』


「……ちょっと」


『野営地は場所を貸してくれるだけだ。自分の寝床くらい用意しろ』


なるほど。


言われてみれば、そりゃそうか。


『夜は冷えるぞ。道具屋でテントと寝具くらい買っていけ』


「分かった。ありがとう」


バルドは呆れたように手を振り、厨房へ戻っていった。


……出発前に気づけてよかった。


*


道具屋へ向かい、一人用のテントと寝具を購入した。


地面に敷く布と毛布、それにテントを固定するための杭も必要らしい。


店員に簡単な設営方法を教えてもらい、まとめてマジックバッグにしまう。


中型に買い替えておいてよかったな。


必要なものが揃ったところで、道具屋を後にした。


さて、これで準備は万全……と言いたいところだけど、もう一つ買っておきたいものがある。


昼飯だ。


今日は野営地に着いてからテントも張らなきゃいけないし、森での討伐にどれくらい時間がかかるかも分からない。


途中で食べられるものがあった方がいいだろう。


通りを歩いていると、ちょうど串焼きの屋台が目に入った。


肉の焼ける匂いにつられて、足を止める。


「串焼き、四本ください」


『あいよ!』


焼きたての串焼きを受け取り、代金を払う。


串焼きを包んでもらい、マジックバッグにしまう。


「よし。今度こそ準備完了だな」


そうして俺は、東の森へ向かった。


*


東の森の入口に着いたのは、昼前だった。


昨日と同じように、調査に参加している冒険者たちが行き来している。


野営地の受付で、ギルドの登録証と依頼書を見せる。


『討伐依頼だな。空いてる区画を使っていいぞ』


案内されたのは、野営地の端にある一角だった。


周囲には、すでにいくつものテントが並んでいる。


「さて……やるか」


マジックバッグから、買ったばかりのテントを取り出す。


地面に広げて、支柱を組み立てる。


……あれ?


この棒、どっちだ?


店員に教えてもらったはずなんだけどな。


説明を思い出しながら、支柱を組み直す。


布を張って、地面に固定する。


一度、片側が傾いてやり直すことになったけど、どうにか形になった。


「ふう……できた」


思ったより時間がかかったな。


中に敷布と毛布を置き、寝床を整える。


これで、今夜の準備はできた。


「ふう……腹減ったな」


テントを張るのに思ったより時間がかかってしまった。


まだ昼には少し早いけど、ここで何か食べておこう。


マジックバッグから、町で買っておいた串焼きを取り出す。


「いただきます」


一口かじる。


香辛料の効いた肉は、冷めていてもうまかった。


……そういえば、これ何の肉なんだろう。


買うときに聞かなかったな。


まあ、うまいからいいか。


串焼きを二本食べ、残りの二本はマジックバッグに戻した。


「よし。そろそろ行くか」


必要な道具を確認し、森へ向かう。


*


森の中は、昨日と大きく変わっていなかった。


青い印のついた木を目印に、開放された範囲を進む。


昨日、ダリオたちから聞いた話では、まだ調査の終わっていない場所も多いらしい。


無理に奥へ行く必要はない。


まずは、この範囲で狩れる魔物を探そう。


しばらく歩いていると、木の幹に黒っぽい塊が張り付いているのが見えた。


最初は何かの瘤かと思ったけど、よく見ると動いている。


丸みのある体に、六本の脚。


背中を覆う外殻には、金属のような光沢があった。


「……あれか?」


アイアンビートル。


大きさは俺の腰ほどもある、巨大な甲虫型の魔物だ。


木の幹にしがみついているらしく、今のところ動く気配はない。


こちらにも気づいていないようだ。


「……今ならいけるか?」


依頼書には外殻が硬いと書いてあった。


なら、わざわざそこを狙う必要はない。


頭と胴体の間に、わずかな隙間が見える。


あそこなら剣が通るかもしれない。


足音を立てないように近づき、剣を抜く。


距離は十分。


「……よし」


一気に踏み込み、頭と胴体の隙間へ剣を突き入れた。


刃が深く入る。


アイアンビートルが脚をばたつかせ、木の幹から剥がれ落ちた。


地面に落ちた体がしばらく痙攣していたけど、やがて動かなくなった。


「……倒せたか」


思ったよりあっさり終わったな。


まあ、相手に気づかれずに急所を狙えたんだから、当然といえば当然か。


剣を引き抜き、死体を確認する。


「しかし、どれくらい硬いんだ?」


試しに剣の柄で背中の外殻を小突いてみる。


コン、コン。


硬い音が返ってきた。


今度は少し強めに叩いてみたけど、びくともしない。


「……本当に硬いな」


ガルディロの甲殻も硬かったけど、こいつの外殻も相当なものだ。


まともに剣を振り下ろしていたら、弾かれていたかもしれない。


「最初から隙間を狙って正解だったな」


依頼書によると、この外殻も買い取り対象らしい。


傷をつけずに倒せたのは都合がいい。


死体をマジックバッグへ収納する。


「さて、次を探すか」


まだ時間はある。


青い印のついた木を確認しながら、森の中を進んだ。


*


しばらくすると、木々の間を動く影が見えた。


フォレストマンティスだ。


昨日戦ったばかりだから、見間違えることはない。


こちらに気づいたらしく、二本の鎌を持ち上げている。


「またお前か」


剣を抜いて構える。


フォレストマンティスが地面を蹴った。


速い。


けど、昨日ほど驚きはしなかった。


振り下ろされる鎌に合わせ、《軽身》を意識して素早く後ろへ下がる。


鎌が目の前を通り過ぎ、地面を叩いた。


その瞬間、強く地面を踏みつける。


「《震脚》!」


足元から振動が広がり、フォレストマンティスの体勢が崩れた。


鎌を振り下ろした勢いもあって、体が前のめりになる。


その首が、ちょうど剣の届く高さまで下がってきた。


「《流刃》!」


一歩踏み込み、剣を横に振り抜く。


刃が首を捉え、フォレストマンティスの頭が地面に落ちた。


残された胴体も、少し遅れて倒れ込む。


「よし!」


昨日は鎌の速さに苦労したけど、今日は相手の動きを利用して倒せた。


もちろん、タイミングを間違えれば危なかっただろう。


あの鎌をまともに食らえば、ただでは済まない。


死体を回収し、探索を続ける。


その後も、フォレストマンティスに二匹遭遇した。


一匹は木の陰から飛び出してきた。


反応が少し遅れたけど、腕当てで鎌を受け流し、反撃する。


もう一匹は、こちらが先に見つけた。


気づかれる前に距離を詰め、鎌を振り上げたところへ斬り込んで倒した。


「……結構いるな、こいつら」


昨日は二匹。


今日はもう三匹だ。


東の森には、かなりの数が生息しているのかもしれない。


マジックバッグに死体を収め、さらに探索を続ける。


*


次に見つけたのは、アイアンビートルだった。


今度は木の幹ではなく、地面を歩いている。


「二匹目か」


さっきと同じように奇襲できれば楽なんだけど……。


そう思ったところで、アイアンビートルがこちらを向いた。


「……気づかれたな」


短い角をこちらへ向け、脚を動かし始める。


次の瞬間、地面を蹴って突進してきた。


「おっと!」


横へ飛び退く。


アイアンビートルは、そのまま俺のいた場所を通り過ぎた。


思ったより速いけど、方向転換は苦手らしい。


大きな体を回して、再びこちらを向く。


「正面からは無理だよな」


外殻の硬さは、さっき確かめた。


あそこに剣を当てても、まともに傷はつけられないだろう。


再び突進してくる。


今度は《軽身》を意識して横へかわし、通り過ぎる瞬間に脚の付け根を狙った。


剣が関節に食い込む。


アイアンビートルの体が傾き、地面に倒れた。


それでも脚をばたつかせ、起き上がろうとしている。


「まだ動くのか!」


反対側へ回り込み、露出した腹側に剣を突き入れる。


硬い外殻とは違い、刃が通った。


しばらく暴れていたアイアンビートルも、やがて動かなくなった。


そのとき、目の前に文字が浮かび上がった。


【レベルが上がりました】


「おっ!」


思わず声が出た。


「レベルアップか!」


さっそくステータスを開く。


【ステータス】


Lv:8

STR:20

VIT:20

AGI:20

INT:10

未使用ポイント:5


「よし、レベル8!」


昨日のフォレストマンティス二匹に、今日の五匹。


それだけ倒せば、経験値もかなり稼げたんだろう。


それにしても、ポイントをどう振ろうかな。


今はSTR、VIT、AGIが全部20。


INTだけ10のままだ。


魔法も使えるようになったし、そろそろINTにも振った方がいいかもしれない。


「……まあ、あとで考えるか」


今は野営地へ戻ろう。


日も傾き始めている。


森の中で暗くなるのは避けたい。


ステータスを閉じ、アイアンビートルの死体をマジックバッグへ収納する。


来た道を引き返した。


*


野営地に戻る頃には、夕方になっていた。


自分のテントが無事に立っているのを確認して、少し安心する。


初めて張ったから、途中で倒れてないか心配だったんだよな。


『おう、ガッシュ!』


声をかけられて振り向くと、ダリオが手を上げていた。


その後ろにはロイドとミラもいる。


「ダリオ。お疲れ!」


『おう。今日はどうだった?』


「結構狩れたよ。アイアンビートル二匹と、フォレストマンティス三匹」


『五匹か。なかなかやるじゃねえか』


ロイドが感心したように言った。


『アイアンビートルは硬かっただろう?』


「うん。でも、一匹目は木に張り付いてたから、後ろから隙間を狙えたんだ」


『なるほどな。正面からやり合わずに済むなら、それが一番だ』


ダリオが笑った。


『それで、二匹目は?』


「突進してきたから、避けて脚の関節を斬ったんだ。倒れたところで腹を狙って」


『ああ、あいつらは動きが単純だからな。慣れりゃ対処できる』


ミラがこちらを見た。


『怪我はしてない?』


「大丈夫だよ」


『ならよかった』


そう言って、ミラは焚き火の方を指さした。


『これから食事にするところなの。一緒にどう?』


「え、いいの?」


『もちろん。人数が増えた方が楽しいしね』


「ありがとう」


ありがたく、ご一緒させてもらうことにした。


焚き火のそばに腰を下ろす。


鍋からは、いい匂いが漂っていた。


「うまそうだな」


『だろ?』


ダリオが得意げに笑う。


『まあ、作ったのはミラだけどな』


『だったら、ダリオは食べなくていいわね』


『おいおい、冗談だって!』


ロイドが呆れたように首を振った。


『毎回よくやるな、お前ら』


三人のやり取りを聞いていると、自然と笑ってしまう。


食事をしながら、今日の森の様子を話した。


ダリオたちは引き続き、調査に関わる仕事をしていたらしい。


『それにしても、一日で五匹か。随分と調子がよかったみたいだな』


ダリオが笑う。


「まあね。今日は結構いい感じに戦えたよ」


『そりゃ何よりだ!』


ロイドが鍋の中身を器によそいながら続けた。


『明日も討伐か?』


「そのつもり。しばらくは、この辺りで狩りをしようと思ってる」


『そうか。無理はするなよ』


「分かってるって」


食事を終える頃には、辺りもすっかり暗くなっていた。


三人に礼を言って、自分のテントへ戻る。


中に入ると、思っていたより狭い。


まあ、一人用なんだから当然か。


敷布の上に座り、毛布を広げる。


「……意外と悪くないな」


宿のベッドと比べたら、寝心地はずっと悪いだろうけど。


これも冒険者らしい生活ってやつか。


今日は魔物を五匹倒して、レベルも8になった。


初めてのテントも、どうにか張れた。


明日も、この調子で狩りを続けよう。


そう考えながら、毛布にくるまる。


東の森で過ごす、初めての夜だった。

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