↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
32/34

第32話 東の森、入口

翌朝、目が覚めると真っ先に昨日のことを思い出した。


ステータスポイントだ。


昨日は新しい装備を受け取ったり、マジックバッグを買い替えたりしているうちに一日が終わり、結局ポイントを振り分けないまま寝てしまった。


「さて、どうするかな」


ベッドに腰掛けたまま、ステータスを開く。


【ステータス】


名前:ガッシュ

Lv:7

STR:20

VIT:20

AGI:15

INT:10


未使用ポイント:5


STRとVITを20にしたとき、新しいスキルを習得できるようになった。だったら、AGIも20にすれば何か出てくるんじゃないだろうか。


一方で、STRやVITをさらに上げた場合も気になる。


次にスキルが増えるのは25なのか、それとも30なのか。そもそも、20より上にスキルの解放条件があるのかも分からない。


「うーん……」


今のところ、攻撃力も耐久力も以前よりずいぶん上がった。ガルディロの突進を受け止められたのも、VITを上げたおかげだろう。


もっとも、受け止められたからといって痛くないわけじゃなかったけど。


それに比べると、AGIは15のままだ。


これまで戦った魔物は、ホーンウルフやゴブリン、ガルディロと、動き方に違いはあってもなんとか対応できていた。


でも、今後もそうとは限らない。


素早い相手に出会ったとき、攻撃を避けられなければ困る。命がかかってるんだし、動けるに越したことはない。


「……よし、AGIだな」


今回は新しいスキルが出るかどうかも確かめたい。


未使用ポイントをAGIに5振り分ける。


AGI:15 → 20


未使用ポイント:0


数字が変わった直後、見慣れた表示が現れた。


【スキルを習得できます】


「おっ!」


やっぱりだ!


どうやら20という数字が、スキル習得の条件のひとつになっているらしい。


表示を確認する。


【習得可能スキル】


《軽身》

身体の切り返しや方向転換、姿勢の立て直しを滑らかにする。


《踏み替え》

一瞬だけ足運びを加速させ、素早く位置を変える。


「なるほど……」


どちらも使えそうだ。


《踏み替え》は、一瞬だけ素早く動けるスキルか。相手の攻撃を避けたり、間合いを詰めたりするのに便利そうだな。


一方の《軽身》は、身体の動きを滑らかにするものらしい。こっちは常に効果があるタイプなのか?


これまでに覚えたスキルを思い返す。


《流刃》は剣を振る動作を滑らかにつなげ、《震脚》は踏み込みによって衝撃を与える。《不動の構え》は、衝撃を受けても姿勢を崩しにくくするスキルだ。


どれも便利だけど、使う場面を考える必要があった。


それに比べて《軽身》は、普段の動きそのものを助けてくれそうだ。


「こっちかな」


剣を振るときも、魔物の攻撃を避けるときも、身体の向きを変えることは多い。一瞬の速さも魅力的だけど、今の俺には動きやすさの方がありがたい。


《軽身》を選択する。


【スキル《軽身》を習得しました】


「よし!」


さっそく立ち上がり、軽く身体を動かしてみる。


右へ一歩踏み出し、続けて左へ。足の向きを変えながら身体をひねると、いつもより動きが滑らかにつながった。


「……ん?」


劇的に速くなったわけじゃない。でも、方向を変えたときの感覚が明らかに違う。


いつもなら少し踏ん張ってから身体を向け直すところが、自然に次の動きへ移れる。


試しに右、左、後ろと続けて向きを変えてみる。


「おお……」


これは面白いな。


ただ、狭い部屋で動き回るのもどうかと思う。勢い余ってベッドの脚に足をぶつけそうになったところで、試すのをやめた。


「危ない危ない」


本格的に確かめるのは外にしよう。


身支度を整え、昨日受け取ったガルディロの甲殻製の腕当てを装着する。腕を曲げ伸ばししても邪魔になる感じはなく、しっかりと腕を守ってくれそうだ。


それから、中古の中型マジックバッグを肩に掛ける。


見た目は相変わらずくたびれているけど、収納機能に問題はない。小型から買い替えたことで、これまでより大きな獲物も持ち帰れるはずだ。


「よし、行くか」


今日は久しぶりに依頼を受けよう。


階下で朝食を済ませ、ギルドへ向かった。


ギルドに入ると、いつもどおり冒険者たちの声が聞こえてきた。


依頼を探している者や報酬を受け取っている者、仲間と相談している者など、朝から賑やかだ。


俺も依頼掲示板へ向かう。


さて、今日は何を狩ろうかな。


ガルディロは昨日までで十分戦ったし、できればまだ戦ったことのない魔物に挑戦してみたい。


そう思いながら依頼書を眺めていると、少し離れたところで冒険者たちが話しているのが聞こえた。


『東の森、入口の方は入れるようになったらしいぞ』


『ああ、昨日からだっけか?』


『ただし奥はまだ駄目だ。規制区域に入ったら処罰されるってよ』


東の森?


思わずそちらへ顔を向ける。


あそこは、以前冒険者たちが魔物に襲われた場所だ。


ギルドへ運び込まれた負傷者たちの姿を思い出す。一人は森で命を落とし、もう一人もギルドで息を引き取った。


生き残った冒険者の話では、相手はフォレストベアだったらしい。ただ、普通の個体よりも大きく、速く、そして異常なほど強かったという。


あれから東の森は立入禁止になっていたはずだ。


「……規制が緩和されたのか?」


気になって掲示板を見直すと、端の方に新しい告知が貼られていた。


【東の森・立入規制の一部緩和】


東の森について、入口周辺の調査が進んだため、一部区域への立ち入りを許可する。


ただし、指定された区域より奥への立ち入りは禁止とする。


異常な魔物を発見した場合は、交戦を避け、速やかにギルドへ報告すること。


「なるほど……」


全面解除ではないらしい。入口付近だけなら、今の俺でも入れるということか。


告知の隣には、東の森周辺の討伐依頼も貼られていた。


その中の一枚が目に留まる。


【フォレストマンティス討伐】


討伐対象:フォレストマンティス

出没地域:東の森・入口周辺

依頼内容:指定区域内に出没する個体の討伐


フォレストマンティス。


名前からすると、森にいるカマキリみたいな魔物か?


依頼書には、大型の昆虫型魔物で、前脚が鎌のように発達しており、素早い攻撃を繰り出すと書かれている。


「……カマキリだな」


しかも大型。


普通のカマキリでも、あの鎌はなかなか物騒だ。それが魔物サイズになっていると考えると、あまり近づきたくない。


でも、素早い相手か。


ちょうどAGIを上げたところだし、《軽身》を試すにはいい相手かもしれない。


……いや、試すために戦うのは危ないか。相手は魔物なんだから、まずは情報を確認しよう。


依頼書を手に取り、受付へ向かった。


「これ、受けたいんだけど」


受付の職員が依頼書を確認する。


『フォレストマンティスの討伐ですね。東の森の入口周辺が対象になります』


「森の規制が緩和されたって聞いたんだけど、もう入っても大丈夫なのか?」


『指定区域内であれば問題ありません。ただし、森の奥は引き続き立入禁止です』


「異常な魔物は、まだ見つかってないのか?」


『現在も調査が続いています。入口周辺では調査が進んでいますが、奥の状況についてはまだ分かっていません』


なるほど。


つまり、危険がなくなったわけではない。あくまで入口付近だけが開放されたということか。


『森の入口には、討伐隊と調査隊が使用している臨時の野営地があります。立ち入る前に、そちらで登録証を提示してください』


「野営地?」


『はい。周辺の安全確保と調査を行うために設置されています。立入可能な範囲についても、現地で説明を受けてください』


「分かった」


『フォレストマンティスは動きが素早く、前脚の鎌による攻撃が危険です。十分注意してください』


「了解。無理はしないよ」


依頼を受注し、ギルドを後にした。


東の森へ向かう道は、以前と変わらなかった。


町を出てしばらく歩くと、遠くに木々が見えてくる。以前は立入禁止になっていた場所だと思うと、近づくにつれて少し緊張してきた。


「……大丈夫だよな」


もちろん、何かあれば引き返すつもりだ。無理に戦う必要はない。


森の入口が見えてきたところで、以前とは違う光景が目に入った。


「おお……」


いくつもの天幕が張られ、その周囲には武装した冒険者たちが立っていた。


森の方を警戒している者もいれば、地図を広げて話し合っている者もいる。荷物を運んだり、武器の手入れをしたりしている姿も見えた。


あれが調査隊や討伐隊なのだろう。


思っていたより大きな野営地だ。


森の入口には簡単な柵が設けられ、ギルドの腕章を付けた男が立っていた。


『おい、そこの冒険者。森に入るのか?』


「うん。討伐依頼を受けてきた」


『なら、登録証を見せてくれ』


登録証を取り出そうとした、そのときだった。


『……お? ガッシュじゃないか!』


聞き覚えのある声がした。


振り返ると、三人の冒険者がこちらへ歩いてきていた。


「……あれ、ダリオ?」


『やっぱりガッシュか! 久しぶりだな!』


ダリオだ。その後ろにはロイドとミラもいる。


以前、ゴブリン討伐で知り合った三人組だ。


「久しぶり。三人とも元気そうだな」


『おう、元気だぞ!』


『そっちも元気そうだな』


ロイドが軽く手を上げ、ミラもこちらを見て笑った。


『こんなところで会うとは思わなかったわ』


「森の入口付近の討伐依頼を受けてきたんだ」


『そうなのね。何を狩りに来たの?』


「フォレストマンティスだよ」


『フォレストマンティスか』


ダリオが頷く。


『あいつは鎌が厄介だから気をつけろよ』


「やっぱり速いのか?」


『ああ。特に間合いに入ってからの攻撃が速い。正面から無理に攻めるなよ』


『二本の鎌を続けて使ってくるから、片方を避けても油断しない方がいいわ』


ミラも教えてくれた。


「なるほど。覚えておくよ」


これはありがたい。依頼書だけじゃ分からない情報だ。


『そういや、ガッシュは一人か?』


「まあね」


『相変わらずだなあ。まあ、無理だけはするなよ』


「分かってる」


すると、ロイドが野営地の方へ目を向けた。


『ダリオ、そろそろ行かないと報告が遅れるぞ』


『おっと、そうだった』


ダリオが頭をかく。


『悪いな、ガッシュ。俺たち、まだ報告が残ってるんだ』


「気にしないで。仕事中だろ?」


『じゃあ、討伐が終わったら、こっちで飯でも食わないか?』


「飯?」


『ああ。野営地で食事を出してるんだ。俺たちも報告が終わったら休憩するつもりだしな』


『時間が合えば、一緒に食べましょう』


ミラがそう言う。


「いいね。じゃあ、戻ってきたら寄るよ」


『おう! 待ってるぞ!』


三人は手を振り、野営地の奥へ歩いていった。


久しぶりに会ったけど、相変わらず元気そうだ。知り合いがいると思うと、少し気が楽になる。


……いや、気を抜いちゃ駄目か。これから魔物を狩りに行くんだから。


改めて見張りの男に登録証を見せる。


『フォレストマンティス討伐か。なら、入口周辺の指定区域だな』


男は森の方を指さした。


『木に付けてある青色の目印が見えるか?』


「うん」


『青は調査が済んで、一般の冒険者にも開放された区域だ。お前が入っていいのはそこまでだな』


男は続けて、森の奥を指さした。


『その先には黄色の目印がある。そこは現在調査中で、一般の冒険者は立入禁止だ』


「なるほど」


『さらに奥には赤色の目印がある。そこから先は未調査区域だ。赤い目印を越えたら、もう目印はない。どこまで進んだのかも分からなくなるぞ』


「……分かった。青の範囲から出ないようにするよ」


『ああ。ただし、青い目印の内側だからって安全なわけじゃないぞ』


「え?」


『あくまで、例の異常な魔物が確認されていない区域ってだけだ。普通の魔物はいるから、油断するなよ』


「なるほど。分かった」


『それと、異常な魔物を見つけたら戦わずに引き返せ。報告はここでも受け付ける』


「了解」


『気をつけてな』


「ありがとう」


剣の位置を確かめ、森へ入る。


木々の間を抜ける風が葉を揺らし、鳥の声が聞こえてくる。見た目だけなら普通の森だ。


でも、ここで冒険者が命を落としている。


油断はできない。


足元を確認しながらゆっくり進み、少し開けた場所で立ち止まった。


「そうだ。《軽身》……」


せっかく覚えたんだ。魔物に出会う前に、もう少し感覚を確かめておこう。


周囲に何もいないことを確認してから、軽く足を動かす。


右へ踏み出し、すぐ左へ。身体をひねって後ろを向いてみると、やっぱり動きが滑らかだ。


足を止めてから向きを変えるというより、動きながら次の方向へ移れる感じがする。


「へえ……」


AGIが上がった影響もあるんだろうけど、これは使いやすい。特別な動作をしなくても効果があるのがありがたい。


もっとも、身体が動きやすくなったからといって、敵の攻撃が見えるようになるわけじゃない。


そこは自分で何とかするしかないな。


再び歩き始めると、しばらくして前方の草むらから小さな音が聞こえた。


カサッ。


「……ん?」


足を止める。


風か?


いや、今の音は少し違った気がする。


剣に手を掛けて草むらを見つめていると、今度ははっきりと何かが動いた。


カサカサッ。


草の間から、細長いものがゆっくりと持ち上がる。


緑色の身体に三角形の頭。そして、大きく折り畳まれた二本の前脚。


「……でかっ」


カマキリだ。


間違いなくカマキリ。


ただし、俺の知っているカマキリとは大きさが違う。


身体の高さは俺の腰より上までありそうだ。折り畳まれた前脚には鋭い刃のような部分が並び、あれで挟まれたらただでは済まないだろう。


フォレストマンティス。


依頼書に書かれていた魔物だ。


向こうもこちらに気づいたらしい。


三角頭を左右に揺らしながら、ゆっくりと俺の方を向いた。


「……よし」


剣を抜く。


初めて戦う魔物だ。まずは相手の動きをよく見よう。


そう考えた次の瞬間、緑色の影が跳ねた。


「うおっ!?」


反射的に横へ飛ぶ。


直後、さっきまで立っていた場所を鋭い鎌が通り抜け、背後の草がまとめて切り払われた。


ザシュッ!


「危なっ!」


速い!


思っていたよりずっと速いぞ!


フォレストマンティスは地面に着地すると、すぐにこちらへ向き直った。前脚を持ち上げ、威嚇するように広げる。


「……なるほどな」


こいつは厄介だ。


ガルディロの突進も速かったけど、あっちは基本的に真っすぐだった。こいつは跳ねるように距離を詰めて鎌を振り、攻撃した後の立て直しも速い。


剣を構え直すと、フォレストマンティスが前脚をわずかに引いた。


来る!


正面から鎌が振り下ろされる。


横へ踏み出してかわすと、間髪入れずに反対側の鎌が迫ってきた。


「おっと!」


身体をひねり、二撃目もかわす。


……あれ?


思ったより動けるな。


以前なら、一撃目を避けた後に体勢を立て直す必要があった。でも今は、足を踏み替えるだけで自然に次の動きへ移れる。


《軽身》のおかげか、それともAGIを上げた効果なのか。たぶん両方なんだろう。


フォレストマンティスは鎌を構え直し、こちらの様子をうかがっている。


「……よし、もう一回」


今度は自分から少し距離を詰めてみる。


右の鎌を避け、続く左の鎌も身体をひねってかわした。さっきより余裕がある。


ただ、正面から斬り込もうとすると、すぐに鎌を引き戻されてしまう。


「なるほど。正面は厄介だな」


だったら、横から攻めればいい。


フォレストマンティスが再び鎌を構えた。


俺は少しだけ前へ出て、相手の攻撃を誘う。


右の鎌が振り下ろされたところで左へ踏み出し、続く反対側の鎌も、後ろへ下がらずにさらに左へ回り込んでかわした。


足を踏み替え、身体の向きを変える。


動きがつながる。


以前なら、ここで一度踏ん張っていたかもしれない。でも今は、身体が自然に次の方向へ動いてくれる。


フォレストマンティスがこちらを追って頭を向けたが、身体全体はまだ追いついていない。


「そこだ!」


胴体の側面を狙って剣を振る。


しかし、フォレストマンティスが身をよじったことで、刃は身体の表面を浅く切り裂くにとどまった。


ザシュッ!


「ちっ、浅いか!」


フォレストマンティスは振り向きざまに鎌を振り回してきたが、落ち着いて距離を取ることができた。


「よし、動きは分かってきたな」


傷を負ったフォレストマンティスは、なおもこちらへ鎌を向けている。


今の一撃は避けられかけたけど、相手の動きはだいぶ読めるようになってきた。


正面に立たず、攻撃を避けながら側面へ回り込む。次はしっかり刃を入れればいい。


フォレストマンティスが再び地面を蹴った。


跳びかかってくる鎌を横へ避け、そのまま相手の着地に合わせて身体の向きを変える。


《軽身》のおかげで、動きが途切れない。


「今度こそ!」


踏み込んで剣を振り下ろす。


相手も鎌を持ち上げてきたが、こちらの方が早い。


《流刃》。


剣の軌道を滑らかにつなげ、首の付け根を狙って斬り込む。


「はあっ!」


ザンッ!


刃が首の付け根を捉えた。


フォレストマンティスの身体が大きく傾き、振り上げられた鎌が力を失って地面へ落ちる。


そのまま緑色の巨体が崩れ落ちた。


ドサッ。


「……ふう」


倒した。


初めての相手だったけど、思ったより落ち着いて戦えたな。


最初の攻撃には驚いたものの、二本の鎌の動きが分かってからは、余裕を持って対応できた。


「……いいスキル選んだな」


《軽身》はかなり便利だ。


速く走れるようになるスキルではないけど、動きの切り返しが滑らかになる。攻撃を避けて、そのまま相手の側面へ回り込む。


《流刃》とも相性がよさそうだ。


もっとも、スキルが増えたからといって油断は禁物だ。動きやすくなった分、つい無理に踏み込んでしまうこともありそうだしな。


さて、討伐証明はどうするんだっけ。


依頼書の内容を思い返す。


……いや、細かい部分まで覚えてないな。


こういうときのために、依頼書の控えを確認しておこう。


マジックバッグから取り出して読み直すと、討伐証明として必要なのは鎌の一部らしい。


「なるほど」


倒れたフォレストマンティスへ近づき、鎌を持ち上げてみる。


「……うわ、硬っ」


刃の部分はかなり硬い。これで斬られたら、ただでは済まなかっただろう。


指定された部分を切り取り、マジックバッグへ収納する。


それから、魔物の身体を見下ろした。


「……こいつも持って帰るか」


素材として使える部分があるかもしれない。


身体に触れ、収納を試す。


すると、フォレストマンティスの身体がバッグの中へ収まった。


「よし、入ったな」


これなら素材もまとめて持ち帰れる。あとはギルドで確認してもらおう。


一仕事終えたところで、ふと左腕に目が向いた。


「……結局、腕当ては使わなかったな」


新しく装備したガルディロの甲殻製の腕当てを眺める。


まあ、使わずに済むならそれに越したことはない。そう思って腕を下ろしかけた、そのときだった。


ガサッ!


「っ!?」


横の茂みから、緑色の影が飛び出してきた。


反射的に左腕を上げる。


ガキンッ!


「うおっ!?」


腕当てに硬いものがぶつかり、衝撃が伝わってきた。


慌てて距離を取ると、目の前にはもう一匹のフォレストマンティスがいた。振り下ろされた鎌を腕当てが受け止めてくれたらしい。


「……二匹目かよ!」


腕当てを確認する。表面には細い傷が付いていたが、割れたりはしていない。


「助かった……」


もしこれがなかったら、腕を切られていたかもしれない。


フォレストマンティスが再び鎌を構える。


「……よし、今度はこっちの番だ」


相手が踏み込むのに合わせ、横へ動く。


一撃目をかわし、続く二撃目も身体をひねって避ける。そのまま《軽身》を生かして側面へ回り込むと、フォレストマンティスの身体がこちらを追って向きを変え始めた。


でも、もう遅い。


「はあっ!」


《流刃》。


剣を滑らかに振り抜き、首の付け根を斬り裂く。


フォレストマンティスは鎌を振り上げた姿勢のまま崩れ落ちた。


「……ふう」


今度はすぐに周囲を確認する。


どうやら、ほかにはいないらしい。


「……油断したな」


一匹倒したからって、周囲に別の魔物がいないとは限らない。


そんな当たり前のことを忘れていた。


もう一度、左腕の腕当てを見る。


「グレン、いい仕事してくれたな」


帰ったら礼を言おう。


二匹目の討伐証明も確保し、死体をマジックバッグに収納する。


周囲を見回すと、少し離れた木にギルドが付けた青い目印が見えた。まだ立ち入りを許可された範囲内だ。


「今日はここまでにするか」


二匹倒せたし、新しいスキルの感覚もつかめた。腕当ての性能も確認できたけど、できれば今後はあまり頼らずに済ませたいところだ。


これ以上欲張る必要はないな。


まずは野営地へ戻ろう。ダリオたちと飯を食う約束もある。


来た道を引き返し、森の入口へ向かう。


野営地が見えてくると、人の声が聞こえてきた。


天幕の間を行き交う冒険者たちや、荷物を運ぶ者、装備を手入れしている者など、行きに見たときと同じように慌ただしい。


入口の見張りに声をかける。


「戻ったよ」


『おう。無事だったか』


「なんとかね」


『討伐はできたのか?』


「フォレストマンティスを二匹」


『そうか。報告は町のギルドで頼むぞ』


「分かった」


登録証を確認してもらい、野営地へ入る。


さて、ダリオたちはどこだろう。


周囲を見回していると、少し離れたところから声が飛んできた。


『おーい、ガッシュ!』


ダリオだ。


天幕の前で手を振っており、近くにはロイドとミラもいた。


「お待たせ!」


『おう、戻ってきたな!』


三人のところへ向かうと、ダリオが早速尋ねてきた。


『どうだった? フォレストマンティスは』


「二匹倒してきたよ」


『お、やるじゃねえか』


『怪我はない?』


ミラがこちらを見る。


「大丈夫。ちょっと腕が痛いくらいかな」


『ちょっと見せて』


「え?」


言われるまま左腕を上げると、ミラは腕当てを確認した。


『……甲殻製ね。鎌を受けたの?』


「一回だけ。横から急に飛び出してきてさ」


『無茶するわね』


「いや、受けたくて受けたわけじゃないんだけど……」


そう答えると、ダリオが笑った。


『ははっ! まあ、無事ならいいさ』


ロイドも頷く。


『あいつの鎌は速いからな。初めてなら苦戦するのも仕方ない』


「一匹目はなんとかなったんだけど、二匹目には驚かされたよ」


『二匹目?』


「一匹倒して片付けてたら、横から飛び出してきたんだ」


『なるほどな。森の中じゃ、そういうこともある』


ロイドが静かに言った。


『一匹倒したからって気を抜くなよ』


「……ほんと、それは反省してる」


『まあ、その話は飯を食いながらにしようぜ』


「そうだな。腹減ったし」


『ちょうど食事の時間なのよ。行きましょう』


ミラに案内され、野営地の奥へ向かう。


そこには大きな鍋が置かれ、湯気とともにいい匂いが漂っていた。


「おお……」


何か煮込んでいるらしい。


『今日は肉入りのスープだってよ』


ダリオが嬉しそうに言う。


『ここの飯、結構うまいんだぜ』


「へえ」


『毎日似たようなものだけどな』


ロイドがぼそっと言う。


『文句言わないの。温かいものが食べられるだけありがたいでしょ』


ミラにそう言われ、ロイドは肩をすくめた。


三人のやり取りを見ていると、少し気が抜ける。


食事を受け取り、空いている場所に腰を下ろす。


木の器に入ったスープには、肉と野菜がたっぷり入っていた。


「いただきます」


ひと口飲む。


「……うまっ」


温かい。


森の中を歩き回っていたせいか、余計においしく感じる。


『だろ?』


ダリオが得意げに笑う。


「ダリオが作ったわけじゃないだろ」


『まあな!』


思わず笑ってしまった。


しばらくは、食事をしながら他愛もない話をした。


最近受けた依頼のことや町の様子、野営地での生活について。


三人はここ数日、入口周辺の調査に協力していたらしい。現在は調査範囲が広がり、さらに森の奥を担当しているという。


「調査って、具体的には何してるんだ?」


俺が尋ねると、ロイドが答えた。


『魔物の種類と数の確認が主だな。あとは、危険な場所がないか調べたり、規制区域の目印を付けたりしてる』


『最初は入口周辺だったけど、今は黄色の目印がある区域まで進んでるのよ』


ミラが続けた。


「へえ、あの立入禁止の区域か」


『ああ。俺たちは調査の許可をもらってるからな』


ダリオが答える。


「なるほど……。結構大変そうだな」


『まあな。でも、入口付近はだいぶ落ち着いてきたぞ』


ダリオがスープを飲みながら言う。


「じゃあ、森の奥もそのうち開放されるのか?」


そう尋ねると、三人の表情が少し変わった。


『……それは、まだ分からないな』


ダリオが答える。


『例の異常な魔物が見つかってないからな』


「やっぱり、まだいるのか?」


『いるかどうかも含めて調査中だ。少なくとも、討伐されたって話は聞いてない』


ロイドが静かに言った。


『それに、森の奥には例の異常な魔物以外にも危険なやつが多い。今ここで調査を指揮しているBランクの冒険者パーティーでさえ、怪我人を出してるんだ』


「Bランクでも?」


『ああ。俺たちも詳しい状況までは聞いてないが、奥へ進むほど厄介な魔物が増えるらしい』


ロイドは少し表情を引き締めた。


『だから、奥には絶対に入るなよ。経験の浅い冒険者が一人で踏み込むなんて、自殺行為だ』


「……分かってる」


Bランクでも怪我をするような場所か。


以前、ギルドに運び込まれた冒険者たちの姿を思い出す。あんな目には遭いたくないし、今の俺が無理に奥へ進む理由もない。


『……まあ、今は入口付近の依頼をこなしてりゃいいさ』


ダリオが明るい声で言った。


『フォレストマンティスもいるし、ほかにも討伐対象はいる。無理に奥へ行く必要はないだろ?』


「そうだな」


俺も頷く。


今は強くなることが先だ。


新しい装備も揃え始めたところだし、スキルだって覚えたばかり。焦る必要はない。


『それで、ガッシュはこれからも東の森に来るの?』


ミラが尋ねた。


「うん。しばらくは入口付近で討伐依頼を受けようと思ってる」


『そう。なら、また会うかもしれないわね』


『俺たちもしばらくここにいる予定だからな!』


ダリオが言う。


「そっか。じゃあ、また飯でも食おうかな」


『おう! いつでも来い!』


『……俺たちがいないときまで勝手に食うなよ』


ロイドが真顔で言った。


「えっ、駄目なの?」


『当たり前だ』


『はははっ!』


ダリオが大きな声で笑い、俺もつられて笑ってしまった。


食事を終える頃には、森での緊張もすっかり抜けていた。


「さて、そろそろ帰るかな」


立ち上がると、ダリオが頷いた。


『おう。気をつけてな』


『明日も来るなら、無理しないようにね』


ミラが言う。


「分かってる。三人も気をつけて」


『ああ。またな』


ロイドが軽く手を上げた。


三人に別れを告げ、野営地を後にする。


町へ向かう道を歩きながら、今日のことを思い返した。


AGIを20に上げて《軽身》を習得し、新しい魔物とも戦った。そして、久しぶりにダリオたちとも会えた。


「……悪くない一日だったな」


フォレストマンティスは強かったけど、倒せない相手ではなかった。戦い方を覚えれば、もう少し余裕を持って倒せるようになるかもしれない。


それに、まだレベルも上げたい。


依頼をこなして、冒険者としての実績も積んでいきたい。


森の奥に何がいるのかは気になるけど、今の俺が無理に調べることじゃない。


まずは、目の前のことからだ。


町に着く頃には、空が夕焼けに染まっていた。


門をくぐって町へ入ると、通りには店じまいを始める商人や、仕事を終えて帰る人たちの姿が見える。


「さて、報告を済ませるか」


マジックバッグには、フォレストマンティスが二匹入っている。


今日の討伐報酬と素材の買い取りで、どれくらいになるだろう。


そんなことを考えながら、ギルドへ向かった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。