第32話 東の森、入口
翌朝、目が覚めると真っ先に昨日のことを思い出した。
ステータスポイントだ。
昨日は新しい装備を受け取ったり、マジックバッグを買い替えたりしているうちに一日が終わり、結局ポイントを振り分けないまま寝てしまった。
「さて、どうするかな」
ベッドに腰掛けたまま、ステータスを開く。
【ステータス】
名前:ガッシュ
Lv:7
STR:20
VIT:20
AGI:15
INT:10
未使用ポイント:5
STRとVITを20にしたとき、新しいスキルを習得できるようになった。だったら、AGIも20にすれば何か出てくるんじゃないだろうか。
一方で、STRやVITをさらに上げた場合も気になる。
次にスキルが増えるのは25なのか、それとも30なのか。そもそも、20より上にスキルの解放条件があるのかも分からない。
「うーん……」
今のところ、攻撃力も耐久力も以前よりずいぶん上がった。ガルディロの突進を受け止められたのも、VITを上げたおかげだろう。
もっとも、受け止められたからといって痛くないわけじゃなかったけど。
それに比べると、AGIは15のままだ。
これまで戦った魔物は、ホーンウルフやゴブリン、ガルディロと、動き方に違いはあってもなんとか対応できていた。
でも、今後もそうとは限らない。
素早い相手に出会ったとき、攻撃を避けられなければ困る。命がかかってるんだし、動けるに越したことはない。
「……よし、AGIだな」
今回は新しいスキルが出るかどうかも確かめたい。
未使用ポイントをAGIに5振り分ける。
AGI:15 → 20
未使用ポイント:0
数字が変わった直後、見慣れた表示が現れた。
【スキルを習得できます】
「おっ!」
やっぱりだ!
どうやら20という数字が、スキル習得の条件のひとつになっているらしい。
表示を確認する。
【習得可能スキル】
《軽身》
身体の切り返しや方向転換、姿勢の立て直しを滑らかにする。
《踏み替え》
一瞬だけ足運びを加速させ、素早く位置を変える。
「なるほど……」
どちらも使えそうだ。
《踏み替え》は、一瞬だけ素早く動けるスキルか。相手の攻撃を避けたり、間合いを詰めたりするのに便利そうだな。
一方の《軽身》は、身体の動きを滑らかにするものらしい。こっちは常に効果があるタイプなのか?
これまでに覚えたスキルを思い返す。
《流刃》は剣を振る動作を滑らかにつなげ、《震脚》は踏み込みによって衝撃を与える。《不動の構え》は、衝撃を受けても姿勢を崩しにくくするスキルだ。
どれも便利だけど、使う場面を考える必要があった。
それに比べて《軽身》は、普段の動きそのものを助けてくれそうだ。
「こっちかな」
剣を振るときも、魔物の攻撃を避けるときも、身体の向きを変えることは多い。一瞬の速さも魅力的だけど、今の俺には動きやすさの方がありがたい。
《軽身》を選択する。
【スキル《軽身》を習得しました】
「よし!」
さっそく立ち上がり、軽く身体を動かしてみる。
右へ一歩踏み出し、続けて左へ。足の向きを変えながら身体をひねると、いつもより動きが滑らかにつながった。
「……ん?」
劇的に速くなったわけじゃない。でも、方向を変えたときの感覚が明らかに違う。
いつもなら少し踏ん張ってから身体を向け直すところが、自然に次の動きへ移れる。
試しに右、左、後ろと続けて向きを変えてみる。
「おお……」
これは面白いな。
ただ、狭い部屋で動き回るのもどうかと思う。勢い余ってベッドの脚に足をぶつけそうになったところで、試すのをやめた。
「危ない危ない」
本格的に確かめるのは外にしよう。
身支度を整え、昨日受け取ったガルディロの甲殻製の腕当てを装着する。腕を曲げ伸ばししても邪魔になる感じはなく、しっかりと腕を守ってくれそうだ。
それから、中古の中型マジックバッグを肩に掛ける。
見た目は相変わらずくたびれているけど、収納機能に問題はない。小型から買い替えたことで、これまでより大きな獲物も持ち帰れるはずだ。
「よし、行くか」
今日は久しぶりに依頼を受けよう。
階下で朝食を済ませ、ギルドへ向かった。
ギルドに入ると、いつもどおり冒険者たちの声が聞こえてきた。
依頼を探している者や報酬を受け取っている者、仲間と相談している者など、朝から賑やかだ。
俺も依頼掲示板へ向かう。
さて、今日は何を狩ろうかな。
ガルディロは昨日までで十分戦ったし、できればまだ戦ったことのない魔物に挑戦してみたい。
そう思いながら依頼書を眺めていると、少し離れたところで冒険者たちが話しているのが聞こえた。
『東の森、入口の方は入れるようになったらしいぞ』
『ああ、昨日からだっけか?』
『ただし奥はまだ駄目だ。規制区域に入ったら処罰されるってよ』
東の森?
思わずそちらへ顔を向ける。
あそこは、以前冒険者たちが魔物に襲われた場所だ。
ギルドへ運び込まれた負傷者たちの姿を思い出す。一人は森で命を落とし、もう一人もギルドで息を引き取った。
生き残った冒険者の話では、相手はフォレストベアだったらしい。ただ、普通の個体よりも大きく、速く、そして異常なほど強かったという。
あれから東の森は立入禁止になっていたはずだ。
「……規制が緩和されたのか?」
気になって掲示板を見直すと、端の方に新しい告知が貼られていた。
【東の森・立入規制の一部緩和】
東の森について、入口周辺の調査が進んだため、一部区域への立ち入りを許可する。
ただし、指定された区域より奥への立ち入りは禁止とする。
異常な魔物を発見した場合は、交戦を避け、速やかにギルドへ報告すること。
「なるほど……」
全面解除ではないらしい。入口付近だけなら、今の俺でも入れるということか。
告知の隣には、東の森周辺の討伐依頼も貼られていた。
その中の一枚が目に留まる。
【フォレストマンティス討伐】
討伐対象:フォレストマンティス
出没地域:東の森・入口周辺
依頼内容:指定区域内に出没する個体の討伐
フォレストマンティス。
名前からすると、森にいるカマキリみたいな魔物か?
依頼書には、大型の昆虫型魔物で、前脚が鎌のように発達しており、素早い攻撃を繰り出すと書かれている。
「……カマキリだな」
しかも大型。
普通のカマキリでも、あの鎌はなかなか物騒だ。それが魔物サイズになっていると考えると、あまり近づきたくない。
でも、素早い相手か。
ちょうどAGIを上げたところだし、《軽身》を試すにはいい相手かもしれない。
……いや、試すために戦うのは危ないか。相手は魔物なんだから、まずは情報を確認しよう。
依頼書を手に取り、受付へ向かった。
「これ、受けたいんだけど」
受付の職員が依頼書を確認する。
『フォレストマンティスの討伐ですね。東の森の入口周辺が対象になります』
「森の規制が緩和されたって聞いたんだけど、もう入っても大丈夫なのか?」
『指定区域内であれば問題ありません。ただし、森の奥は引き続き立入禁止です』
「異常な魔物は、まだ見つかってないのか?」
『現在も調査が続いています。入口周辺では調査が進んでいますが、奥の状況についてはまだ分かっていません』
なるほど。
つまり、危険がなくなったわけではない。あくまで入口付近だけが開放されたということか。
『森の入口には、討伐隊と調査隊が使用している臨時の野営地があります。立ち入る前に、そちらで登録証を提示してください』
「野営地?」
『はい。周辺の安全確保と調査を行うために設置されています。立入可能な範囲についても、現地で説明を受けてください』
「分かった」
『フォレストマンティスは動きが素早く、前脚の鎌による攻撃が危険です。十分注意してください』
「了解。無理はしないよ」
依頼を受注し、ギルドを後にした。
東の森へ向かう道は、以前と変わらなかった。
町を出てしばらく歩くと、遠くに木々が見えてくる。以前は立入禁止になっていた場所だと思うと、近づくにつれて少し緊張してきた。
「……大丈夫だよな」
もちろん、何かあれば引き返すつもりだ。無理に戦う必要はない。
森の入口が見えてきたところで、以前とは違う光景が目に入った。
「おお……」
いくつもの天幕が張られ、その周囲には武装した冒険者たちが立っていた。
森の方を警戒している者もいれば、地図を広げて話し合っている者もいる。荷物を運んだり、武器の手入れをしたりしている姿も見えた。
あれが調査隊や討伐隊なのだろう。
思っていたより大きな野営地だ。
森の入口には簡単な柵が設けられ、ギルドの腕章を付けた男が立っていた。
『おい、そこの冒険者。森に入るのか?』
「うん。討伐依頼を受けてきた」
『なら、登録証を見せてくれ』
登録証を取り出そうとした、そのときだった。
『……お? ガッシュじゃないか!』
聞き覚えのある声がした。
振り返ると、三人の冒険者がこちらへ歩いてきていた。
「……あれ、ダリオ?」
『やっぱりガッシュか! 久しぶりだな!』
ダリオだ。その後ろにはロイドとミラもいる。
以前、ゴブリン討伐で知り合った三人組だ。
「久しぶり。三人とも元気そうだな」
『おう、元気だぞ!』
『そっちも元気そうだな』
ロイドが軽く手を上げ、ミラもこちらを見て笑った。
『こんなところで会うとは思わなかったわ』
「森の入口付近の討伐依頼を受けてきたんだ」
『そうなのね。何を狩りに来たの?』
「フォレストマンティスだよ」
『フォレストマンティスか』
ダリオが頷く。
『あいつは鎌が厄介だから気をつけろよ』
「やっぱり速いのか?」
『ああ。特に間合いに入ってからの攻撃が速い。正面から無理に攻めるなよ』
『二本の鎌を続けて使ってくるから、片方を避けても油断しない方がいいわ』
ミラも教えてくれた。
「なるほど。覚えておくよ」
これはありがたい。依頼書だけじゃ分からない情報だ。
『そういや、ガッシュは一人か?』
「まあね」
『相変わらずだなあ。まあ、無理だけはするなよ』
「分かってる」
すると、ロイドが野営地の方へ目を向けた。
『ダリオ、そろそろ行かないと報告が遅れるぞ』
『おっと、そうだった』
ダリオが頭をかく。
『悪いな、ガッシュ。俺たち、まだ報告が残ってるんだ』
「気にしないで。仕事中だろ?」
『じゃあ、討伐が終わったら、こっちで飯でも食わないか?』
「飯?」
『ああ。野営地で食事を出してるんだ。俺たちも報告が終わったら休憩するつもりだしな』
『時間が合えば、一緒に食べましょう』
ミラがそう言う。
「いいね。じゃあ、戻ってきたら寄るよ」
『おう! 待ってるぞ!』
三人は手を振り、野営地の奥へ歩いていった。
久しぶりに会ったけど、相変わらず元気そうだ。知り合いがいると思うと、少し気が楽になる。
……いや、気を抜いちゃ駄目か。これから魔物を狩りに行くんだから。
改めて見張りの男に登録証を見せる。
『フォレストマンティス討伐か。なら、入口周辺の指定区域だな』
男は森の方を指さした。
『木に付けてある青色の目印が見えるか?』
「うん」
『青は調査が済んで、一般の冒険者にも開放された区域だ。お前が入っていいのはそこまでだな』
男は続けて、森の奥を指さした。
『その先には黄色の目印がある。そこは現在調査中で、一般の冒険者は立入禁止だ』
「なるほど」
『さらに奥には赤色の目印がある。そこから先は未調査区域だ。赤い目印を越えたら、もう目印はない。どこまで進んだのかも分からなくなるぞ』
「……分かった。青の範囲から出ないようにするよ」
『ああ。ただし、青い目印の内側だからって安全なわけじゃないぞ』
「え?」
『あくまで、例の異常な魔物が確認されていない区域ってだけだ。普通の魔物はいるから、油断するなよ』
「なるほど。分かった」
『それと、異常な魔物を見つけたら戦わずに引き返せ。報告はここでも受け付ける』
「了解」
『気をつけてな』
「ありがとう」
剣の位置を確かめ、森へ入る。
木々の間を抜ける風が葉を揺らし、鳥の声が聞こえてくる。見た目だけなら普通の森だ。
でも、ここで冒険者が命を落としている。
油断はできない。
足元を確認しながらゆっくり進み、少し開けた場所で立ち止まった。
「そうだ。《軽身》……」
せっかく覚えたんだ。魔物に出会う前に、もう少し感覚を確かめておこう。
周囲に何もいないことを確認してから、軽く足を動かす。
右へ踏み出し、すぐ左へ。身体をひねって後ろを向いてみると、やっぱり動きが滑らかだ。
足を止めてから向きを変えるというより、動きながら次の方向へ移れる感じがする。
「へえ……」
AGIが上がった影響もあるんだろうけど、これは使いやすい。特別な動作をしなくても効果があるのがありがたい。
もっとも、身体が動きやすくなったからといって、敵の攻撃が見えるようになるわけじゃない。
そこは自分で何とかするしかないな。
再び歩き始めると、しばらくして前方の草むらから小さな音が聞こえた。
カサッ。
「……ん?」
足を止める。
風か?
いや、今の音は少し違った気がする。
剣に手を掛けて草むらを見つめていると、今度ははっきりと何かが動いた。
カサカサッ。
草の間から、細長いものがゆっくりと持ち上がる。
緑色の身体に三角形の頭。そして、大きく折り畳まれた二本の前脚。
「……でかっ」
カマキリだ。
間違いなくカマキリ。
ただし、俺の知っているカマキリとは大きさが違う。
身体の高さは俺の腰より上までありそうだ。折り畳まれた前脚には鋭い刃のような部分が並び、あれで挟まれたらただでは済まないだろう。
フォレストマンティス。
依頼書に書かれていた魔物だ。
向こうもこちらに気づいたらしい。
三角頭を左右に揺らしながら、ゆっくりと俺の方を向いた。
「……よし」
剣を抜く。
初めて戦う魔物だ。まずは相手の動きをよく見よう。
そう考えた次の瞬間、緑色の影が跳ねた。
「うおっ!?」
反射的に横へ飛ぶ。
直後、さっきまで立っていた場所を鋭い鎌が通り抜け、背後の草がまとめて切り払われた。
ザシュッ!
「危なっ!」
速い!
思っていたよりずっと速いぞ!
フォレストマンティスは地面に着地すると、すぐにこちらへ向き直った。前脚を持ち上げ、威嚇するように広げる。
「……なるほどな」
こいつは厄介だ。
ガルディロの突進も速かったけど、あっちは基本的に真っすぐだった。こいつは跳ねるように距離を詰めて鎌を振り、攻撃した後の立て直しも速い。
剣を構え直すと、フォレストマンティスが前脚をわずかに引いた。
来る!
正面から鎌が振り下ろされる。
横へ踏み出してかわすと、間髪入れずに反対側の鎌が迫ってきた。
「おっと!」
身体をひねり、二撃目もかわす。
……あれ?
思ったより動けるな。
以前なら、一撃目を避けた後に体勢を立て直す必要があった。でも今は、足を踏み替えるだけで自然に次の動きへ移れる。
《軽身》のおかげか、それともAGIを上げた効果なのか。たぶん両方なんだろう。
フォレストマンティスは鎌を構え直し、こちらの様子をうかがっている。
「……よし、もう一回」
今度は自分から少し距離を詰めてみる。
右の鎌を避け、続く左の鎌も身体をひねってかわした。さっきより余裕がある。
ただ、正面から斬り込もうとすると、すぐに鎌を引き戻されてしまう。
「なるほど。正面は厄介だな」
だったら、横から攻めればいい。
フォレストマンティスが再び鎌を構えた。
俺は少しだけ前へ出て、相手の攻撃を誘う。
右の鎌が振り下ろされたところで左へ踏み出し、続く反対側の鎌も、後ろへ下がらずにさらに左へ回り込んでかわした。
足を踏み替え、身体の向きを変える。
動きがつながる。
以前なら、ここで一度踏ん張っていたかもしれない。でも今は、身体が自然に次の方向へ動いてくれる。
フォレストマンティスがこちらを追って頭を向けたが、身体全体はまだ追いついていない。
「そこだ!」
胴体の側面を狙って剣を振る。
しかし、フォレストマンティスが身をよじったことで、刃は身体の表面を浅く切り裂くにとどまった。
ザシュッ!
「ちっ、浅いか!」
フォレストマンティスは振り向きざまに鎌を振り回してきたが、落ち着いて距離を取ることができた。
「よし、動きは分かってきたな」
傷を負ったフォレストマンティスは、なおもこちらへ鎌を向けている。
今の一撃は避けられかけたけど、相手の動きはだいぶ読めるようになってきた。
正面に立たず、攻撃を避けながら側面へ回り込む。次はしっかり刃を入れればいい。
フォレストマンティスが再び地面を蹴った。
跳びかかってくる鎌を横へ避け、そのまま相手の着地に合わせて身体の向きを変える。
《軽身》のおかげで、動きが途切れない。
「今度こそ!」
踏み込んで剣を振り下ろす。
相手も鎌を持ち上げてきたが、こちらの方が早い。
《流刃》。
剣の軌道を滑らかにつなげ、首の付け根を狙って斬り込む。
「はあっ!」
ザンッ!
刃が首の付け根を捉えた。
フォレストマンティスの身体が大きく傾き、振り上げられた鎌が力を失って地面へ落ちる。
そのまま緑色の巨体が崩れ落ちた。
ドサッ。
「……ふう」
倒した。
初めての相手だったけど、思ったより落ち着いて戦えたな。
最初の攻撃には驚いたものの、二本の鎌の動きが分かってからは、余裕を持って対応できた。
「……いいスキル選んだな」
《軽身》はかなり便利だ。
速く走れるようになるスキルではないけど、動きの切り返しが滑らかになる。攻撃を避けて、そのまま相手の側面へ回り込む。
《流刃》とも相性がよさそうだ。
もっとも、スキルが増えたからといって油断は禁物だ。動きやすくなった分、つい無理に踏み込んでしまうこともありそうだしな。
さて、討伐証明はどうするんだっけ。
依頼書の内容を思い返す。
……いや、細かい部分まで覚えてないな。
こういうときのために、依頼書の控えを確認しておこう。
マジックバッグから取り出して読み直すと、討伐証明として必要なのは鎌の一部らしい。
「なるほど」
倒れたフォレストマンティスへ近づき、鎌を持ち上げてみる。
「……うわ、硬っ」
刃の部分はかなり硬い。これで斬られたら、ただでは済まなかっただろう。
指定された部分を切り取り、マジックバッグへ収納する。
それから、魔物の身体を見下ろした。
「……こいつも持って帰るか」
素材として使える部分があるかもしれない。
身体に触れ、収納を試す。
すると、フォレストマンティスの身体がバッグの中へ収まった。
「よし、入ったな」
これなら素材もまとめて持ち帰れる。あとはギルドで確認してもらおう。
一仕事終えたところで、ふと左腕に目が向いた。
「……結局、腕当ては使わなかったな」
新しく装備したガルディロの甲殻製の腕当てを眺める。
まあ、使わずに済むならそれに越したことはない。そう思って腕を下ろしかけた、そのときだった。
ガサッ!
「っ!?」
横の茂みから、緑色の影が飛び出してきた。
反射的に左腕を上げる。
ガキンッ!
「うおっ!?」
腕当てに硬いものがぶつかり、衝撃が伝わってきた。
慌てて距離を取ると、目の前にはもう一匹のフォレストマンティスがいた。振り下ろされた鎌を腕当てが受け止めてくれたらしい。
「……二匹目かよ!」
腕当てを確認する。表面には細い傷が付いていたが、割れたりはしていない。
「助かった……」
もしこれがなかったら、腕を切られていたかもしれない。
フォレストマンティスが再び鎌を構える。
「……よし、今度はこっちの番だ」
相手が踏み込むのに合わせ、横へ動く。
一撃目をかわし、続く二撃目も身体をひねって避ける。そのまま《軽身》を生かして側面へ回り込むと、フォレストマンティスの身体がこちらを追って向きを変え始めた。
でも、もう遅い。
「はあっ!」
《流刃》。
剣を滑らかに振り抜き、首の付け根を斬り裂く。
フォレストマンティスは鎌を振り上げた姿勢のまま崩れ落ちた。
「……ふう」
今度はすぐに周囲を確認する。
どうやら、ほかにはいないらしい。
「……油断したな」
一匹倒したからって、周囲に別の魔物がいないとは限らない。
そんな当たり前のことを忘れていた。
もう一度、左腕の腕当てを見る。
「グレン、いい仕事してくれたな」
帰ったら礼を言おう。
二匹目の討伐証明も確保し、死体をマジックバッグに収納する。
周囲を見回すと、少し離れた木にギルドが付けた青い目印が見えた。まだ立ち入りを許可された範囲内だ。
「今日はここまでにするか」
二匹倒せたし、新しいスキルの感覚もつかめた。腕当ての性能も確認できたけど、できれば今後はあまり頼らずに済ませたいところだ。
これ以上欲張る必要はないな。
まずは野営地へ戻ろう。ダリオたちと飯を食う約束もある。
来た道を引き返し、森の入口へ向かう。
野営地が見えてくると、人の声が聞こえてきた。
天幕の間を行き交う冒険者たちや、荷物を運ぶ者、装備を手入れしている者など、行きに見たときと同じように慌ただしい。
入口の見張りに声をかける。
「戻ったよ」
『おう。無事だったか』
「なんとかね」
『討伐はできたのか?』
「フォレストマンティスを二匹」
『そうか。報告は町のギルドで頼むぞ』
「分かった」
登録証を確認してもらい、野営地へ入る。
さて、ダリオたちはどこだろう。
周囲を見回していると、少し離れたところから声が飛んできた。
『おーい、ガッシュ!』
ダリオだ。
天幕の前で手を振っており、近くにはロイドとミラもいた。
「お待たせ!」
『おう、戻ってきたな!』
三人のところへ向かうと、ダリオが早速尋ねてきた。
『どうだった? フォレストマンティスは』
「二匹倒してきたよ」
『お、やるじゃねえか』
『怪我はない?』
ミラがこちらを見る。
「大丈夫。ちょっと腕が痛いくらいかな」
『ちょっと見せて』
「え?」
言われるまま左腕を上げると、ミラは腕当てを確認した。
『……甲殻製ね。鎌を受けたの?』
「一回だけ。横から急に飛び出してきてさ」
『無茶するわね』
「いや、受けたくて受けたわけじゃないんだけど……」
そう答えると、ダリオが笑った。
『ははっ! まあ、無事ならいいさ』
ロイドも頷く。
『あいつの鎌は速いからな。初めてなら苦戦するのも仕方ない』
「一匹目はなんとかなったんだけど、二匹目には驚かされたよ」
『二匹目?』
「一匹倒して片付けてたら、横から飛び出してきたんだ」
『なるほどな。森の中じゃ、そういうこともある』
ロイドが静かに言った。
『一匹倒したからって気を抜くなよ』
「……ほんと、それは反省してる」
『まあ、その話は飯を食いながらにしようぜ』
「そうだな。腹減ったし」
『ちょうど食事の時間なのよ。行きましょう』
ミラに案内され、野営地の奥へ向かう。
そこには大きな鍋が置かれ、湯気とともにいい匂いが漂っていた。
「おお……」
何か煮込んでいるらしい。
『今日は肉入りのスープだってよ』
ダリオが嬉しそうに言う。
『ここの飯、結構うまいんだぜ』
「へえ」
『毎日似たようなものだけどな』
ロイドがぼそっと言う。
『文句言わないの。温かいものが食べられるだけありがたいでしょ』
ミラにそう言われ、ロイドは肩をすくめた。
三人のやり取りを見ていると、少し気が抜ける。
食事を受け取り、空いている場所に腰を下ろす。
木の器に入ったスープには、肉と野菜がたっぷり入っていた。
「いただきます」
ひと口飲む。
「……うまっ」
温かい。
森の中を歩き回っていたせいか、余計においしく感じる。
『だろ?』
ダリオが得意げに笑う。
「ダリオが作ったわけじゃないだろ」
『まあな!』
思わず笑ってしまった。
しばらくは、食事をしながら他愛もない話をした。
最近受けた依頼のことや町の様子、野営地での生活について。
三人はここ数日、入口周辺の調査に協力していたらしい。現在は調査範囲が広がり、さらに森の奥を担当しているという。
「調査って、具体的には何してるんだ?」
俺が尋ねると、ロイドが答えた。
『魔物の種類と数の確認が主だな。あとは、危険な場所がないか調べたり、規制区域の目印を付けたりしてる』
『最初は入口周辺だったけど、今は黄色の目印がある区域まで進んでるのよ』
ミラが続けた。
「へえ、あの立入禁止の区域か」
『ああ。俺たちは調査の許可をもらってるからな』
ダリオが答える。
「なるほど……。結構大変そうだな」
『まあな。でも、入口付近はだいぶ落ち着いてきたぞ』
ダリオがスープを飲みながら言う。
「じゃあ、森の奥もそのうち開放されるのか?」
そう尋ねると、三人の表情が少し変わった。
『……それは、まだ分からないな』
ダリオが答える。
『例の異常な魔物が見つかってないからな』
「やっぱり、まだいるのか?」
『いるかどうかも含めて調査中だ。少なくとも、討伐されたって話は聞いてない』
ロイドが静かに言った。
『それに、森の奥には例の異常な魔物以外にも危険なやつが多い。今ここで調査を指揮しているBランクの冒険者パーティーでさえ、怪我人を出してるんだ』
「Bランクでも?」
『ああ。俺たちも詳しい状況までは聞いてないが、奥へ進むほど厄介な魔物が増えるらしい』
ロイドは少し表情を引き締めた。
『だから、奥には絶対に入るなよ。経験の浅い冒険者が一人で踏み込むなんて、自殺行為だ』
「……分かってる」
Bランクでも怪我をするような場所か。
以前、ギルドに運び込まれた冒険者たちの姿を思い出す。あんな目には遭いたくないし、今の俺が無理に奥へ進む理由もない。
『……まあ、今は入口付近の依頼をこなしてりゃいいさ』
ダリオが明るい声で言った。
『フォレストマンティスもいるし、ほかにも討伐対象はいる。無理に奥へ行く必要はないだろ?』
「そうだな」
俺も頷く。
今は強くなることが先だ。
新しい装備も揃え始めたところだし、スキルだって覚えたばかり。焦る必要はない。
『それで、ガッシュはこれからも東の森に来るの?』
ミラが尋ねた。
「うん。しばらくは入口付近で討伐依頼を受けようと思ってる」
『そう。なら、また会うかもしれないわね』
『俺たちもしばらくここにいる予定だからな!』
ダリオが言う。
「そっか。じゃあ、また飯でも食おうかな」
『おう! いつでも来い!』
『……俺たちがいないときまで勝手に食うなよ』
ロイドが真顔で言った。
「えっ、駄目なの?」
『当たり前だ』
『はははっ!』
ダリオが大きな声で笑い、俺もつられて笑ってしまった。
食事を終える頃には、森での緊張もすっかり抜けていた。
「さて、そろそろ帰るかな」
立ち上がると、ダリオが頷いた。
『おう。気をつけてな』
『明日も来るなら、無理しないようにね』
ミラが言う。
「分かってる。三人も気をつけて」
『ああ。またな』
ロイドが軽く手を上げた。
三人に別れを告げ、野営地を後にする。
町へ向かう道を歩きながら、今日のことを思い返した。
AGIを20に上げて《軽身》を習得し、新しい魔物とも戦った。そして、久しぶりにダリオたちとも会えた。
「……悪くない一日だったな」
フォレストマンティスは強かったけど、倒せない相手ではなかった。戦い方を覚えれば、もう少し余裕を持って倒せるようになるかもしれない。
それに、まだレベルも上げたい。
依頼をこなして、冒険者としての実績も積んでいきたい。
森の奥に何がいるのかは気になるけど、今の俺が無理に調べることじゃない。
まずは、目の前のことからだ。
町に着く頃には、空が夕焼けに染まっていた。
門をくぐって町へ入ると、通りには店じまいを始める商人や、仕事を終えて帰る人たちの姿が見える。
「さて、報告を済ませるか」
マジックバッグには、フォレストマンティスが二匹入っている。
今日の討伐報酬と素材の買い取りで、どれくらいになるだろう。
そんなことを考えながら、ギルドへ向かった。




