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第34話 魔物の解体

翌朝。


鳥の鳴き声で目が覚めた。


「……ん?」


見慣れない天井。


いや、天井というより布か。


「ああ、そうだった」


昨日から野営地に泊まっているんだったな。


毛布から抜け出し、体を起こす。


「……いてて」


背中が少し痛い。


地面に敷いた布と毛布だけじゃ、やっぱり宿のベッドとは違うな。


寝られないほどじゃなかったけど、もう少し何か敷いた方がよさそうだ。


テントの入口を開けると、朝の冷たい空気が流れ込んできた。


「うおっ、寒っ!」


思わず身を縮める。


バルドが夜は冷えると言っていたけど、朝も結構冷えるんだな。


外へ出ると、野営地ではすでに何人もの冒険者が動き始めていた。


焚き火の準備をしている者。


装備を点検している者。


森へ向かう者もいる。


みんな朝が早いな。


さて、俺も今日の準備をするか。


……と、その前に。


昨日倒した魔物をどうにかしないとな。


アイアンビートルが二匹。


フォレストマンティスが三匹。


全部マジックバッグに入れたままだ。


町へ持って帰ればギルドで買い取ってもらえるだろうけど、せっかく野営地にいるんだ。


自分で素材を剥ぎ取ってみるのもいいかもしれない。


それに、バルドから借りた魔物の本もある。


「……よし、やってみるか」


*


とはいえ、野営地のどこでも魔物の死体を広げていいわけじゃないだろう。


まずは受付へ向かった。


「ちょっと聞きたいんだけど、魔物の解体ってどこでできる?」


受付にいた男が顔を上げた。


『解体か? それなら野営地の奥に作業場があるぞ』


「作業場?」


『ああ。魔物の素材を剥ぎ取るための場所だ。血や内臓をその辺に捨てられちゃ困るからな』


「なるほど」


『使った後は片付けておけよ。残った死体を処分する場所も決まってるから、分からなければ近くの奴に聞いてくれ』


「分かった。ありがとう」


教えられた場所へ向かう。


野営地の端に、木で組まれた簡単な作業台がいくつか並んでいた。


地面には血の染みが残っていて、独特の臭いが漂っている。


「……うわ」


思わず顔をしかめる。


ギルドの解体場も似たような臭いがしたけど、こっちは屋外だから少しはましかな。


空いている作業台を見つけ、マジックバッグからアイアンビートルを一匹取り出した。


「さて……」


まずは本だ。


マジックバッグから、バルドに借りている魔物の本を取り出す。


ページをめくり、アイアンビートルの項目を探す。


「えーっと……あった」


描かれている姿は、昨日戦った魔物と同じだ。


硬い外殻を持ち、突進して獲物を攻撃する。


外殻は防具や道具の素材として利用されるらしい。


「やっぱり外殻か」


問題は、どうやって剥がすかだ。


本には簡単な解体方法も書かれている。


脚の付け根や腹側から刃を入れ、外殻を傷つけないように取り外す。


……言うのは簡単だけどな。


とりあえず、やってみるか。


腰からナイフを抜き、腹側に刃を当てる。


昨日、剣が通った場所だ。


「……ん?」


思ったより硬い。


いや、刃は入るんだけど、うまく切り進められない。


角度を変え、少しずつ刃を動かす。


「うーん……」


力を入れすぎると、ナイフが滑りそうで怖いな。


それに、どこまで切ればいいのか分からない。


本と死体を交互に見比べながら、作業を続ける。


しばらくして、ようやく外殻の一部が浮き上がった。


「おっ!」


そこへナイフを差し込み、ゆっくり持ち上げる。


……外れた。


「よし!」


思わず声が出る。


ただ、取り外した外殻の端には小さな傷がついていた。


「……あー」


力を入れすぎたか。


これは、なかなか難しいな。


*


『お? ガッシュじゃねえか』


聞き覚えのある声がした。


顔を上げると、ダリオがこちらへ歩いてきていた。


その後ろにはロイドとミラもいる。


「おはよう、ダリオ」


『おう、おはよう。何やってんだ?』


「見ての通り、解体の練習」


ダリオが作業台の上を覗き込んだ。


『アイアンビートルか。昨日倒したやつだな』


「うん。自分で素材を剥ぎ取ってみようと思ってさ」


『へえ。いいじゃねえか』


ロイドも隣から作業台を見た。


『……外殻を剥がしてるのか』


「そうなんだけど、結構難しくて」


『ちょっと見せてみろ』


ロイドが取り外しかけの外殻を確認する。


『ここは無理に引っ張らない方がいいな』


「そうなの?」


『ああ。脚の付け根に繋がってる部分があるだろ。先にそこを切り離した方がいい』


言われた場所を見る。


確かに、薄い膜のようなものが残っていた。


「なるほど」


『それと、刃を深く入れすぎるな。外殻の内側に沿わせるように動かすんだ』


「こう?」


ロイドの言う通りにナイフの角度を変えてみる。


『そうそう。そのままゆっくり』


言われた通りに刃を動かすと、さっきよりずっと楽に進んだ。


「おお!」


外殻がきれいに外れる。


「すげえ。全然違うな」


『慣れれば難しくないさ』


ロイドはそう言って笑った。


ダリオが横から口を挟む。


『まあ、最初からうまくできる奴なんていねえよ。』


『ダリオは解体したとき、売り物になる部分まで切り刻んだからな。』


「それはひどいな」


『ロイド! それは昔の話だ!』


ミラが呆れたように笑った。


『今でもたまに雑だけどね』


『おい、ミラ!』


三人のやり取りに、俺も笑ってしまう。


*


その後も、ロイドに教わりながらアイアンビートルの外殻を剥がしていった。


一匹目は傷をつけてしまった部分もあったけど、二匹目はだいぶきれいに取り外せた。


「よし……こんなもんかな」


作業台には、取り外した外殻が並んでいる。


自分でやったと思うと、ちょっと達成感があるな。


「次はフォレストマンティスか」


マジックバッグから一匹取り出し、本のページをめくる。


フォレストマンティス。


素材になるのは、鎌と腱。


昨日、ギルドの解体場でも聞いたな。


「鎌は分かるけど、腱ってどこにあるんだ?」


本には脚や鎌の付け根にある丈夫な腱が素材になると書かれている。


……これか?


腕の付け根を確認していると、ミラが覗き込んできた。


『腱を取るなら、ここから切った方がいいわよ』


「ここ?」


『そう。鎌を動かす部分ね。途中で切っちゃうと、素材としての価値が下がるから気をつけて』


「なるほど」


ミラが指さした場所にナイフを入れる。


薄い膜を切り開くと、中から白っぽい筋が見えた。


「……これ?」


『そう。それを傷つけないように取り出すの』


「分かった」


慎重に周囲を切り離していく。


アイアンビートルの外殻とは違って、今度は細かい作業だ。


少しでも刃を滑らせたら切ってしまいそうで、なかなか緊張する。


「……ふう」


どうにか一本取り出せた。


『うん。初めてにしては上出来じゃない?』


「本当?」


『ええ。もう少しきれいに取れれば、もっといいけどね』


「よし。次はもっと丁寧にやってみる」


残りの二匹も、同じように作業を進めた。


何度か失敗したけど、少しずつコツが分かってきた気がする。


*


作業が終わる頃には、朝もだいぶ進んでいた。


「……疲れた」


魔物と戦うのとは、また違う疲れだな。


作業台には、剥ぎ取った素材が並んでいる。


アイアンビートルの外殻。


フォレストマンティスの鎌と腱。


全部がきれいに取れたわけじゃないけど、初めてにしては悪くないんじゃないだろうか。


「ありがとう。三人とも助かったよ」


『気にすんな』


ダリオが笑った。


『こういうのは、誰かに教わるのが一番早いからな』


『次からは一人でもできそうね』


ミラが言う。


「うん。多分ね」


ロイドが作業台の横に積まれた残骸を見た。


『あとは処分だな』


「そうだな」


残った部分は、素材として使えないものばかりだ。


「これ、火魔法で燃やしてもいいのかな?」


『処分場所なら問題ないと思うが、勝手に燃やすなよ』


ロイドが答えた。


『一応、管理してる奴に確認しておけ』


「分かった」


近くにいた作業場の管理人に声をかけ、処分場所を教えてもらう。


野営地から少し離れたところに、魔物の残骸を焼却するための場所が設けられていた。


そこへ残った部位を運ぶ。


「さて……」


火魔法なら、もう何度も使っている。


手をかざし、魔力を意識する。


「エシュ」


小さな火球が生まれ、積み上げた残骸に触れた。


火が広がっていく。


……けど。


「……あれ?」


思ったより燃えない。


表面は焦げているけど、分厚い肉や骨はなかなか燃え尽きそうにない。


『そりゃ、そんな小さな火じゃ時間がかかるだろ』


ダリオが笑う。


「だよなぁ……」


火を追加しながら、少しずつ燃やしていく。


しばらくすると、ようやく残骸が黒く崩れ始めた。


「ふう……」


思ったより大変だったな。


魔物を倒すだけじゃなくて、素材を剥ぎ取って、残りを処分する。


これも冒険者の仕事ってことか。


*


作業場へ戻り、使った道具を片付ける。


ナイフを拭き、剥ぎ取った素材をマジックバッグへしまった。


借りていた本も、汚れないように包んで収納する。


「さて、そろそろ行くか」


ダリオたちも、仕事へ向かうところらしい。


『今日も討伐か?』


ダリオが尋ねてきた。


「うん。昨日と同じ辺りを回ってみようと思ってる」


『そうか。まあ、気をつけてな』


「分かってるよ」


『何かあったら戻ってこいよ』


「うん。ありがとう」


三人と別れ、野営地の出口へ向かう。


朝から解体で時間を使ってしまったけど、まだ狩りに行く時間は十分ある。


それにしても、三人が来てくれて助かったな。


本を見ながら一人でやっていたら、もっと時間がかかっていただろう。


次はもう少しうまくできるといいんだけど。


「よし」


剣の位置を確かめ、森へ足を踏み入れる。


今日も、しっかり稼ぐとするか。

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