第26話 硬い相手
ゴブリン3体を倒したあとも、そのまま南東の平原を歩き続けた。
今日はレベルを上げるつもりで来ている。まだ日が傾き始めるまでには時間があるし、体力にも余裕はあった。
だからといって、見つけた魔物へ片っ端から突っ込むつもりはない。周囲を確認しながら進み、戦えそうな相手だけを選ぶ。
しばらくして見つけたのは、ゴブリンが2体。
今度は片方が少し離れていたため、先に近い方へ仕掛ける。最初の1体を倒してから残った1体へ向き直れば、さっきの3体よりも楽だった。
討伐証明を回収し、さらに歩く。
途中でホーンラビットも1体見つけた。
こちらも危なげなく倒し、血抜きをして肉を切り分ける。角も回収してマジックバッグへ収めた。
「だいぶ慣れたな」
戦うことにも、倒した後の処理にも、以前ほど時間がかからなくなっている。
その後、もう一度ゴブリンを見つけた。今度は3体。
さっきと同じように位置を調整し、一度に囲まれないように動く。最初の1体を倒し、続けて2体目へ剣を振った。
最後の1体を倒したところで、聞き慣れた音が頭の中に響いた。
レベルが上がった。
「お」
すぐにステータスを開く。
【ステータス】
Lv:6
STR:11
VIT:17
AGI:12
INT:10
未使用ポイント:15
「よし」
昨日考えていた通り、レベルが上がれば使えるポイントも増える。これで15ポイント。
まだ使い道は決めていないが、選べる余裕が増えたのは嬉しい。
ステータスを閉じ、倒したゴブリンから討伐証明を回収する。
「もう少しいけるな」
時間にも体力にも余裕はある。
そのまま獲物を探して歩き続けた。
ゴブリンを探しているうちに、少しずつ進む方向が東へずれていたらしい。
しばらくして顔を上げると、いつも狩りをしている場所より東へ来ていることに気づいた。
周囲に広がっているのは変わらず平原だ。
ただ、ここまで来ると所々に木が生えている。遠くには東の森も見えるが、まだかなり距離がある。
「ちょっと東に来すぎたか」
獲物を探すことに夢中になっていたらしい。
そろそろ町側に戻ろう。
そう思って向きを変えようとした時、少し離れた場所に妙なものが見えた。
丸みを帯びた甲羅のようなものが地面に突き出している。
岩ではない。
表面には何枚もの硬そうな板が重なり、規則的な模様を作っている。どう見ても生き物の甲羅だ。
「……なんだ、あれ」
足を止めたまま眺める。
見覚えがある気がした。
バルドに借りた本だ。
平原に生息する魔物のページに、こんな甲羅を持つ魔物が載っていた。
「ガルディロ……だったか?」
確か、硬い甲殻に覆われた魔物。
地面に穴を掘って休む習性があり、その時は背中の甲羅だけを地表へ出す。
そして、身体を丸めて突進する。
そこまで思い出したところで、甲羅が動いた。
周囲の土が盛り上がり、太い前脚が地面を掻く。
穴の中から出てきたガルディロは、大型犬ほどの大きさだった。
四本の短く太い脚。背中から身体の側面までを覆う甲殻。後ろには、同じように硬そうな節のある太い尻尾が伸びている。
ガルディロがこちらを見た。
「……気づかれたか?」
逃げる様子はない。
むしろ低く身体を沈め、前脚の爪で地面を掻き始めた。
俺は剣を抜く。
初めての相手だ。危ないと思ったら逃げる。
そう決めて距離を取ったまま構えた。
先に動いたのはガルディロだった。短い脚から想像していたより速く、地面を蹴って一気に距離を詰めると、そのまま前脚を振り上げる。
「っ!」
横へ避けると、太い爪が目の前を通り過ぎた。そのまますれ違いざまに背中へ剣を振る。
ガキンッ、と硬い音が響いた。
手に強い衝撃が返ってくる。
「硬っ……!」
刃はほとんど入っていない。
ガルディロが身体を捻ったかと思うと、次の瞬間には太い尻尾が横薙ぎに飛んできた。慌てて剣を立てるが、甲殻に覆われた尻尾が剣へぶつかり、腕ごと弾かれる。
「うおっ!」
数歩下がって距離を取る。
正面には爪があり、背中は甲殻に守られている。横や後ろへ回ろうとすれば尻尾が飛んでくる。
見た目以上に面倒な相手だ。
「腹か、首か……」
甲殻に覆われていない場所を狙うしかない。
ガルディロの周囲を回るように動き、隙を探す。
だが、こちらが横へ回れば向きを変え、無理に近づけば爪か尻尾が飛んでくる。
簡単には潜り込ませてくれない。
一度距離を取った。
その瞬間、ガルディロが身体を縮め、頭と脚を甲殻の内側へ引き込んでいく。太い尻尾まで巻き込まれると、ほとんど球のような形になった。
「来るか」
次の瞬間、丸まった身体が勢いよく転がり始めた。
「速っ!」
正面から受けるのはまずい。早めに横へ動けば、そのまま横を通り過ぎるはずだった。
これなら避けられる。
そう思った瞬間、ガルディロが身体を傾け、転がる方向をわずかに変えた。
「なっ――曲がるのかよ!」
避けた先へ寄ってくる。
完全には逃げきれない。
とっさに身体を捻り、剣を持っていない方の腕を前へ出した。
硬い甲殻が腕から肩へぶつかる。
「ぐっ!」
身体ごと押されて数歩よろけたが、なんとか踏みとどまる。腕がじんと痺れ、肩にも痛みが走った。それでも骨が折れたような痛みはない。
「……これ、VIT低かったらもっとヤバかったよな」
攻撃を受けないのが一番なのは変わらない。
それでも、避けきれなかった時に耐えられることのありがたさはよく分かる。
ガルディロは少し先まで転がったあとで身体を開き、すぐにこちらへ向き直った。
「止まった後なら……」
もう一度距離を取ると、ガルディロは再び身体を丸め、そのまま転がり始めた。
今度は早く動かない。軌道を変えられるなら、先に避けるほど追われる。できるだけギリギリまで引きつける。
「まだ……」
迫ってくる。
「怖すぎる!」
直前で横へ飛ぶ。
ガルディロも進路を変えようとしたが、今度は間に合わない。すぐ横を通り過ぎ、そのまま勢いを殺しきれずに転がっていった。
「……なるほど」
避けるタイミングさえ遅らせれば、大きくは曲がれない。
その先に生えている木が目に入った。太さは俺の胴ほどある。
「……使えるか?」
木を背にするように位置を変えると、ガルディロも身体を開いてこちらへ向き直った。すぐには動かず、その場で待つ。
やがてガルディロが再び身体を丸める。
狙い通りだ。勢いよく転がり始めたガルディロを、今度は木を背にしたまま待ち構える。
今度もギリギリまで待つ。
木を背にしたまま、迫ってくるガルディロを見る。
「まだ……」
距離が一気に縮まる。
「今だ!」
横へ飛ぶ。
ガルディロは俺を追うように軌道を変えたが、もう遅い。
ドンッ、と鈍い音が響いた。
丸まった身体がそのまま木へ激突し、幹が大きく揺れる。衝撃でガルディロの身体は弾かれ、地面へ転がりながら丸まっていた身体が開いた。
「おりゃ!」
すぐに踏み込み、首を狙って横から剣を振り抜く。
刃は入った。
だが、浅い。
「くそっ……!」
思ったよりも硬い。甲殻に守られていない場所でも、一撃で仕留められるほど簡単じゃない。
ガルディロが起き上がろうと脚を動かす。時間はない。
剣を両手で握り直して刃を縦にし、さっき斬った首の傷へ狙いを合わせた。
腕の力だけじゃ足りない。
だったら――。
「っ……!」
身体ごと前へ倒し、全体重を剣に乗せる。
刃が傷口へ食い込み、さっきよりも深く沈んだ。ガルディロが激しく暴れるが、それでも柄を握ったまま、さらに体重をかける。
やがて身体の動きが弱まり、そのまま地面へ崩れた。
「……ふう」
剣を抜いてすぐに周囲を確認する。他の魔物がいないことを確かめてから、ようやく息を吐いた。
「毎回こんな倒し方するのはきついな……」
倒せなかったわけじゃない。動きを見て周りを使えば、今のままでも戦える。
でも、ホーンラビットやゴブリンほど簡単ではなかった。硬い甲殻には剣が通らず、首を狙っても普通に斬っただけでは浅い。それに、あの転がる突進はまともに受けたくない。
「STRとVITか……」
ステータスを開く。
【ステータス】
Lv:6
STR:11
VIT:17
AGI:12
INT:10
未使用ポイント:15
ポイントはある。STRを上げれば、さっきの一撃でもっと深く剣を入れられるかもしれない。
VITも、今まで何度か攻撃を受けた時に役立っている。17という数字を見ながら、少し考える。
「VITは20にしたいな」
キリがいい。もちろん、それだけじゃない。実際に攻撃を受けた時に助けられているし、今の戦い方ならSTRももう少し欲しい。
ただ、初めて戦った相手を1体倒しただけで全部決める必要はない。
「……帰ってから考えるか」
ステータスを閉じる。
倒れたガルディロを見る。甲殻はかなり硬く、ホーンラビットと同じようにその場で簡単に処理できる相手ではなさそうだ。
「これはバルドに聞いた方がいいな」
問題は、マジックバッグに入るかどうかだ。このままだと少し大きい。
試しに脚と頭を甲殻の内側へ押し込み、身体を丸めてみる。
「……これなら入るか?」
マジックバッグの口へ押し込むと少し引っかかったが、なんとか収まった。
「ギリギリだな」
もう一度周囲を見る。
さすがに今日は十分だろう。ゴブリンもホーンラビットも狩り、レベルも1つ上がった。それに、初めて見る魔物とも戦った。
「帰るか」
今度こそ町の方角へ身体を向ける。
腕と肩には、まだ少し痛みが残っている。
骨に異常があるような痛みではない。このまま放っておいても治りそうだが、せっかく使える魔法がある。
「ラファ」
痛めた腕から肩へ意識を向ける。
しばらくすると、残っていた痛みが少しずつ和らいでいった。疲れまで消えるわけではないが、こういう軽い怪我にはやっぱり便利だ。
「よし」
それ以上に頭に残っているのは、剣を弾いた甲殻の硬さと、首へ刃を入れた時の手応えだった。
STRを上げれば、どれくらい変わるんだろう。
ステータスをどう振るか考えながら、俺は平原を戻り始めた。




