第23話 実践
翌朝。
朝食を済ませて部屋へ戻ると、昨日バルドから借りた本をもう一度開いた。昨夜も寝る前に読んではいたが、一度読んだくらいで全部覚えられるほど薄い本じゃない。
この辺りに出る魔物を中心に、討伐した後の処理や売れる部位、食べられる肉なんかが簡単な絵と一緒に載っている。知らない魔物も多いが、ホーンウルフやゴブリン、それに昨日狩ったホーンラビットなど、見覚えのある名前もいくつかあった。
ホーンラビットのページには、昨日バルドから教わったことが一通り書かれている。血を抜き、必要なら毛を落とし、肉を持ち帰るなら傷んだ場所や食べられない部分を避けて切り分ける。
文章だけなら簡単そうに見えるが、昨日自分でやった時は全然簡単じゃなかった。
「……まあ、やって覚えるしかないか」
本を閉じ、マジックバッグへ入れる。借り物だから部屋に置いていく方が安全かもしれないが、知らない魔物を狩った時に確認できるよう、今日は持っていくことにした。
一階へ下りると、バルドが食器を片づけていた。
「そういえばバルド、何か余ってる小さい袋ない?」
『袋? 何に使うんだ』
「採った草とか入れるやつ。肉と一緒にマジックバッグへ入れるのは嫌だし」
『ああ、それくらいならあるぞ』
バルドは厨房の方へ引っ込み、使い古した小さな袋を一つ持って戻ってきた。
『使い古しでよけりゃ持ってけ』
「助かる」
受け取った袋をマジックバッグへ入れる。
『依頼でも受けに行くのか?』
「そのつもり」
『なら、昨日よりマシな肉持ってこい』
「期待して待っていてくれ」
『期待はしてねえ』
「そこはしてくれよ!」
軽く手を振って宿を出し、まずはギルドへ向かう。昨日と同じホーンラビットの討伐依頼を受けてから、町の南東方面へ向かうことにした。
討伐証明は角。肉は状態が良ければバルドが買ってくれるし、ついでにリーフ草も見つけられれば拾っておきたい。
昨日までは依頼の報酬ばかり気にしていたが、今は倒した後まで含めてどれだけ金にできるかを考えられる。今日はそれを自分で試してみるつもりだ。
町を出て南へ続く街道を歩き、途中から南東へ外れる。昨日と同じ辺りまで来ると、草原の中に低い茂みや背の低い木が点々と見えた。
見た目だけなら穏やかな場所だが、油断はできない。剣の柄に手を添えながら進んでいると、少し離れた場所で草が揺れた。
灰色の毛に長い耳、額から伸びた一本の角。ホーンラビットだ。
まだ向こうはこちらに気づいていない。ゆっくり距離を詰めながら、できるだけ肉を傷つけない倒し方を考える。
肉が主な売り物だと分かったが、だからといって滅茶苦茶に斬っていいわけじゃない。食べられる部分まで潰せば、その分は捨てることになるとバルドも言っていた。
やがてホーンラビットがこちらを向き、一瞬動きを止めたかと思うと、地面を蹴って一直線に突っ込んでくる。
昨日も見た攻撃だ。
正面から迫る角を横へかわし、すれ違いざまに首を狙って剣を振る。刃を受けたホーンラビットは地面を転がり、少し先で動かなくなった。
「……よし」
昨日より綺麗に倒せた。
周囲を確認してから近づき、まず討伐証明になる角を根元から切り取ってマジックバッグへ入れる。その後は昨日教わった通りに血を抜き、念のため本も開いて手順を確認した。
やり方は合っている。ただ、宿の厨房とは勝手が違う。作業台はなく、地面も平らではないし、当然手も汚れる。それでも昨日一度やっている分、何をすればいいのか分からず手が止まることはなかった。
続けて本を確認しながら、短剣で肉を切り分けていく。昨日は五体をロープで括って町まで運んだが、今日は使える部分だけを持ち帰るつもりだ。
まだ上手いとは言えない。それでも、最初から最後までバルドに教わりながらやった昨日よりは、自分で考えて手を動かせている。
使えそうな肉をマジックバッグへ入れ、残った部分を見下ろす。全部持って帰っていた昨日と比べれば、荷物の量はかなり少ない。
「これは楽だな」
あとは、バルドが商品として認めてくれるかどうかだ。
その後も周囲を探しながら進み、途中でリーフ草を二株見つけた。昨日見つけたよく似た草も生えていたが、今度は迷わず見分けられた。 採ったリーフ草は、バルドにもらった小さな袋へ入れてからマジックバッグへ収める。
さらに進んだところで二体目のホーンラビットを見つける。今度は向こうが先に気づいたが、一体なら問題ない。突進を避けて横から斬り、倒した後は血を抜いて必要な肉だけを切り分ける。
一体目より少し早く終わった。
まだ手際がいいとは言えないが、昨日よりは確実にマシになっている。
三体目、四体目と見つけるたびに戦い、倒した後の処理まで済ませた。一体だけなら、もうホーンラビットを怖いとは思わない。
だからこそ、油断はしないようにする。弱いと思った瞬間に角が刺されれば、それで終わるかもしれない。命がある以上、雑にはできない。
次の獲物を探していた時、茂みの向こうから一体のホーンラビットが飛び出してきた。
反応して横へ避けた直後、別の方向でも草が揺れる。
「二体か」
一体目が向きを変え、二体目もこちらへ走ってくる。
昨日なら一度距離を取ったかもしれない。今も無理をするつもりはないが、二体の位置は見えている。
先に来るのは右。
剣を構え、右から来た一体をぎりぎりまで引きつけて横へかわす。すぐには斬らず、そのまま数歩走って距離を作ると、二体のホーンラビットがこちらを追ってきた。
一直線には並んでいないが、少しずつ位置がずれている。なら、先頭だけを狙える。
再び突っ込んできた一体をかわし、今度は首へ剣を振った。
一体。
すぐに振り返ると、もう一体が迫っていた。
「っ!」
剣を戻す時間が足りない。
避けきれないと判断し、反射的に空いた手を前へ出した。
手のひらが角を捉える。
「ぐっ!」
腕に強い衝撃が走り、そのまま身体を押されて何歩かよろめく。だが、思っていたほどの痛みはない。
ホーンラビットも勢いを殺され、地面へ着地するとすぐにこちらを向き直った。
「……あれ?」
痛くないわけじゃない。手のひらは少し赤くなっているし、じんじんとした痛みもある。
でも、思っていたほどじゃない。
ゴブリンと戦った時も攻撃を受けたが、あの時も大きな怪我にはならなかった。
「……VITか?」
十七まで上げてから、まともに意識したことはなかった。でも、こうして考えると数字だけじゃなく、ちゃんと身体そのものが頑丈になっているらしい。
もちろん、だから攻撃を受けてもいいって話じゃない。ただ、ホーンラビットの一撃くらいなら、必要以上に怯えることもなさそうだ。
残ったホーンラビットが再びこちらを向く。
深呼吸して剣を構える。
焦るな。残りは一体だ。
再び突進してきたところを、今度は余裕を持って横へかわす。すれ違った背中を追って剣を振り下ろすと、ホーンラビットはその場に倒れた。
少し待って動かないことを確認し、ようやく息を吐く。
その時、視界の端に見慣れた文字が浮かんだ。
【レベルが上がりました】
「お」
久しぶりに見た。
周囲に他の魔物がいないことを確認してから、ステータスを開く。
【ステータス】
Lv:5
STR:11
VIT:17
AGI:12
INT:10
未使用ポイント:10
「きた」
レベル5。前から残していた5ポイントと合わせて、未使用ポイントも10になった。
ステータスに表示されている数字以外にも、レベルが上がったことで何か変わっているんだろうか。
「体力とか魔力も上がってるといいなー」
さすがにそろそろ使ってもいいかもしれないが、今ここで決める必要はない。町へ戻ってから考えよう。
ステータスを閉じてから、さっき角を受け止めた手を見る。赤みは残っているが、傷というほどのものでもない。
「……試してみるか」
覚えたばかりの回復魔法を思い出し、手のひらへ意識を集中する。
「ラファ」
淡い光が手を包む。
少し待ってから確かめると、赤みが薄くなり、じんじんしていた痛みも和らいでいた。
「おお」
軽い傷だから分かりづらいが、ちゃんと効いている。
VITのおかげで多少の攻撃には耐えられるし、軽い怪我なら自分で治すこともできる。もちろん無茶をしていい理由にはならないが、転生したばかりの頃と比べれば、できることは確実に増えていた。
まずは倒した二体の処理だ。
角を切り取り、血を抜いてから必要な肉を切り分ける。
処理を終えた肉と角をマジックバッグへ収める。
今日は6体。討伐証明の角も6本あり、途中で採ったリーフ草も2株ある。それでも昨日のように死体をロープで括って引きずる必要がないだけで、帰りはずっと楽だった。
あとは町に戻って、依頼の報告とバルドに肉を見てもらう。
それが終わったら、貯まった10ポイントをどうするか考えよう。
「そろそろ決めないとな」
そんなことを考えながら、俺は町へ向かった。




