第17話 道具を揃える
魔法の講習を終えてギルドの表へ戻ったものの、今から依頼を受けて外へ出る気にはなれなかった。
思った以上に疲れている。身体を動かした疲れとは少し違って、頭の奥が重い。
魔力を使ったせいなのか、慣れない集中を長く続けたせいなのか。たぶん両方だろう。
覚えたばかりの魔法をもっと試してみたい気持ちはあるが、今日はやめておくことにした。限界も分からないのに、倒れるまで練習する必要はない。
とはいえ、宿へ戻るにはまだ少し早い。
ギルドを出たところで、ここ数日の依頼を思い返した。
ホーンウルフにゴブリン。魔物を倒せば、素材や討伐証明を切り取ることがある。
そのたびに使っていたのは、今腰に下げている剣だ。
戦えればそれでいいと思っていたが、ゴブリンの骨瘤までこれで切り取ってみると、さすがに使い勝手がいいとは言えない。
これから採取の依頼を受けることだってあるだろう。
採取や簡単な解体に使える短剣を一本持っておくことにした。
通りを歩きながら店を探していると、剣や槍の並んだ看板が目に入った。
扉を開けると、壁には剣や槍、斧などが所狭しと並んでいる。
この世界に来てから、武器屋に入るのは初めてだ。
目的は短剣なのに、どうしても剣に目がいく。
今使っているものより明らかに作りの良さそうな剣もあったが、値段を見てすぐに諦めた。
今の俺には、まだ必要ない。
店内を見回すと、奥に短い刃物がまとめて置かれていた。
近づいて見ていると、店主が声をかけてくる。
『短剣か?』
「採取とか解体に使えるやつが欲しいんだけど」
『何を切る?』
「討伐証明とか。あとは薬草とか、枝とか」
『なら、でかいのはいらんな』
店主が何本か取り出して、台の上に並べた。
どれも今使っている剣よりずっと短いが、刃の形や厚みは少しずつ違う。
一本を手に取ってみる。
剣と比べれば当然軽い。
「これ、戦うのにも使える?」
『使えなくはない。だが、それ目当てなら別のを買え』
戦うためではなく、あくまで道具として使う。いざという時に刃物として役に立つなら、それで十分だ。
何本か握り比べてみると、高いものほど作りもしっかりしていて手にも馴染む。
だからといって、一番いいものを選べるほど余裕はない。
魔法の講習代を払ったばかりだ。
結局、並べられた中では少し安めの一本を選んだ。
『鞘も付いてるぞ』
「腰につけられる?」
『ああ』
試しに剣とは反対側へ下げて歩いてみる。邪魔になる感じもない。
「これにする」
代金を払い、短剣を腰に収めた。
店を出た後は、そのまま冒険者向けの道具を扱う店にも寄ってみることにした。
ロープ、水袋、火を起こす道具、簡単な食器、毛布。
他にも用途の分からない道具まで並んでいる。
あれば便利なものを全部揃えていたら、いくら金があっても足りそうにない。
今すぐ必要なものから考えることにする。
まず水袋。
マイムを覚えたとはいえ、今日出せたのはほんの少しだ。あれを当てにして水を持たずに外へ出るほど無謀にはなれない。
ロープも一本買うことにした。
何かを縛る。荷物を固定する。登り降りに使うこともあるだろう。外で活動するなら、持っていて困るものでもなさそうだ。
他はひとまず見送る。
そうして店内を見ていると、棚に並んだマジックバッグが目に入った。
今使っている小型は、ホーンウルフ一体を入れただけでほとんどいっぱいになる。
初めて買った時にも中型は見た。
あの時は値段を見て、すぐに諦めた。
だが、改めて並んでいるものを見ると妙なことに気づいた。
同じ中型と書かれているのに、値段がかなり違う。
隣にあるものと比べれば、倍近く違うものまであった。
店員を呼び止める。
「これ、どっちも中型だよね?」
『はい。どちらも中型ですよ』
「値段、全然違うけど」
『品質が違いますから』
店員によれば、小型、中型、大型というのは、あくまで大まかな区分らしい。
同じ中型でも、中に入れられる量は同じではない。
使われている素材や作った職人、魔道具としての出来によって容量に差が出る。
さらに、丈夫さにも違いがあるという。
『ですので、中型だからこれだけ入る、とは一概には言えません』
「じゃあ、安い中型を買っても、思ったより入らないことがある?」
『ありますね。質の良い小型と、質の低い中型でしたら、容量にそれほど差がない場合もあります』
それは困る。
中型なら今の倍くらい入るだろう、と勝手に考えていた。
買う時は大きさの区分だけではなく、実際にどれくらい入るのかも確認した方がよさそうだ。
今使っている小型も、安いものを選んだ。
あれが小型の中でどの程度の品質なのかは分からないが、ホーンウルフ一体でほぼいっぱいになることを考えれば、少なくとも上等なものではないだろう。
棚を見ていると、今度は同じくらいの容量らしいバッグの中に、一つだけ妙に安いものがあるのに気づいた。
「これは?」
『中古品です』
「マジックバッグって中古もあるんだ」
『もちろんです。普通の道具より高価ですから、状態が良ければ中古でも需要があります』
言われてみれば当然だった。
剣や防具だって、使えるなら中古で売れるだろう。
マジックバッグだけが例外である理由はない。
『ただし、中古品は状態を確認してから購入された方がいいですよ。長く使われたものは劣化していることがありますから』
「壊れるの?」
『魔道具ですからね。永久に使えるものではありません。乱暴に扱えば傷みますし、古くなれば不具合が出ることもあります』
安いからと飛びつけばいいわけでもないらしい。
新品。
中古。
容量。
品質。
耐久性。
一口にマジックバッグと言っても、思っていたより選ぶものが多い。
「中古って、みんな買い替えたやつ?」
何気なく聞くと、店員は少しだけ間を置いた。
『それもあります』
それも。
その言い方で、他にもあるのだと分かった。
『冒険者が引退する時に装備を手放すこともありますし、金が必要になって売ることもあります。それから――持ち主が亡くなった後、遺族が売却することもあります』
東の森から運ばれてきた男を思い出した。
血まみれのままギルドへ運び込まれ、そのまま死んだ。
あの時、森に残されたもう一人も死んでいる。
二人にも剣や防具があったはずだ。
マジックバッグを持っていたかもしれない。
持ち主が死んでも、道具まで一緒に消えるわけじゃない。
回収できたものは誰かの手に戻り、必要がなければ売られる。
そして、それを別の冒険者が買う。
考えてみれば当たり前のことなのに、少しだけ重く感じた。
店員は淡々と続ける。
『もちろん、持ち主が分からない物を勝手に売っていいわけではありません。回収された装備には手続きがあります。遺族がいれば返されますし、その後どうするかは持ち主側の判断です』
なるほど。
死んだ冒険者を見たからといって、その装備を拾った奴の物になるわけではないらしい。
その辺りはギルドも関わっているのだろう。
棚にある中古のマジックバッグを見る。
誰かが買い替えて売ったものかもしれない。
引退した冒険者のものかもしれない。
あるいは。
そこから先を考えるのはやめた。
中古だから嫌だとは思わない。
使える道具なら使えばいい。
俺だって金に余裕があるわけじゃない。状態のいい中古品が安く買えるなら、十分選択肢に入る。
「中古の中型で、もう少し安いやつってある?」
『今あるのはこちらですね』
いくつか見せてもらう。
安い。
新品よりは。
それでも今の俺には高い。
講習代を払い、短剣、水袋、ロープまで買った後だ。
無理をすれば買える、というところにすら届いていない。
『もう少し容量の小さい物でしたら安くなりますが』
今使っている小型から少し容量が増える程度のものを見せてもらう。
確かに安い。
だが、それでは買い替える意味が薄い。
どうせ金を使うなら、ホーンウルフ一体でいっぱいになる状況から、はっきり余裕ができるものが欲しい。
「やめとく。もう少し金を貯めてからにする」
『その方がよろしいかと。用途が決まっているなら、必要な容量を基準に選んだ方が無駄がありません』
店員に礼を言って、マジックバッグから離れる。
欲しいものは他にもある。
もっといい剣も欲しいし、防具も必要になるだろう。
中型のマジックバッグも欲しい。
しかも今度は、ただ「中型」と書いてあるものを買えばいいわけではないことも分かった。
冒険者をやるにも金がかかる。
最初に持たされた剣一本で、いつまでも何とかなるわけじゃない。
店を出て、鉄拳亭へ向かう。
腰には最初から持っていた剣と、今日買った短剣。
小さいマジックバッグに、水袋とロープ。
草原へ放り出された時と比べれば、持っているものは随分増えた。
同時に、欲しいものも増えている。
明日はまた依頼を受けよう。
採取でも討伐でもいい。
できれば今日買った短剣を使えて、ちゃんと稼げるものがいい。
もちろん、金のために危険な依頼へ飛びつくつもりはない。
魔法を覚えた。
道具も増えた。
知らなかったことも、また一つ知った。
冒険者になって五日目。
この世界で生きていくために必要なものが、少しずつ増えていく。
それを揃えるためにも、まずは稼がないとな。




