第16話 基礎魔法
少し休んでいると、さっきまでの疲れが徐々に抜けてきた。
魔力そのものが戻ったのか、それとも集中し続けていた疲れが取れただけなのかは分からない。
ただ、胸の奥に意識を向ければ、さっきより魔力を捉えやすくなっている。
何度も繰り返したおかげだろう。
『そろそろいいか』
講師の声に、全員が顔を上げる。
『次は水だ』
水。
火の次は水か。
講師がさっき使った砂の器を片づけ、代わりに空の器を机へ置いていく。
『やることはエシュと大きく変わらん。魔力を手まで運んで、今度は水を意識する』
講師が空の器へ手を向ける。
『――マイム』
手のひらの先から水が流れ落ちた。
量は多くない。
コップ一杯にも満たないくらいだ。
それでも、何もないところから出ている。
「おお……」
火もそうだったけど、やっぱり不思議だ。
『これが基礎の水だ』
講師が手を下ろす。
『飲み水にも使えるし、火を消すのにも使える。旅をするなら覚えておいて損はない』
「これだけで飲み水に困らなくなる?」
『そう思って無計画に旅へ出るなよ』
先に釘を刺された。
『出せる量は使う奴の魔力量と技量次第だ。水を出すためにも魔力は使う。必要な水を全部魔法で賄おうとして、肝心な時に魔力が残ってませんじゃ話にならん』
なるほど。
便利だけど、頼り切るものじゃない。
『それに、今のお前たちが出せる量なんて大したもんじゃない』
それはさっき見た。
講師でもあのくらいしか出していない。
いや。
見本だから少なく出しただけかもしれないけど。
『じゃあ、やってみろ』
今度は全員一緒に始める。
胸の奥へ意識を向ける。
魔力を見つける。
肩。
腕。
手。
ここまでは、最初よりかなり早くなった。
問題はここから。
水。
冷たい。
流れる。
形が決まっていない。
飲める。
火より想像しやすい気がする。
手の先を器へ向ける。
「――マイム」
何も出ない。
まあ、一回目だ。
隣を見る。
一人の子供の手から数滴の水が落ちていた。
『出た!』
『集中を切らすな』
講師に言われ、慌てて器へ向き直っている。
俺ももう一度。
魔力を手まで運ぶ。
水。
さっき講師が出したものを思い出す。
「――マイム」
ぽた。
一滴。
器の中に落ちた。
「……少な」
『最初ならそんなもんだ』
「エシュより酷くない?」
『向き不向きはある』
向き不向き。
昨日ミラも言っていた。
得意な属性は人によって違う。
ということは、俺は火の方が得意なんだろうか。
まだ二回しか試してないけど。
もう一度。
「――マイム」
今度は数滴。
さっきより増えた。
何度か繰り返しているうちに、ようやく細い水が一瞬だけ手の先から流れた。
すぐに止まる。
それでも。
「よし」
エシュより時間はかかった。
でも使えた。
『覚えたからって遊びで使い続けるなよ』
講師が言う。
『魔力は有限だ。特に慣れないうちは、自分がどこまで使えるのか分かりにくい』
胸の奥に意識を向ける。
確かに、最初より少し感覚が薄い気がする。
これが魔力を消費した感覚なのかもしれない。
残りが数字で見えれば楽なのに。
そこまでは親切じゃないらしい。
『少し休め』
また休憩。
火。
水。
二つ。
昨日まで魔法なんて見るだけだったのに、今日は自分で使っている。
まだ小さな火と、ほんの少しの水だけだけど。
それでも十分すごい。
しばらくして、講師が俺たちを集めた。
『最後は治療だ』
来た。
ロイドが使っていた魔法。
『先に言っておくが、これは火や水以上に扱いに気をつけろ』
さっきまでより講師の声が少し真面目になる。
『基礎の治療魔法で治せるのは軽い傷だ。切り傷、擦り傷、軽い出血。その程度だと思っておけ』
「大きな傷は?」
『無理だ』
即答だった。
『正確には、治療を専門に学んだ奴ならもっとできる。だが、お前たちが今日覚えるものとは別だ』
なるほど。
『骨が折れた。腹を深く切られた。腕がなくなった。そんなものまで簡単に治せると思うな』
腕。
そこまでいくと、さすがに基礎魔法でどうにかなるとは思ってない。
『それと、自分で傷を作って練習しようなんて考えるなよ』
「……する奴いるの?」
『いるから言ってる』
いるのか。
子供たちも少し引いている。
『傷がないなら、今日は魔力の流し方と術式だけ覚えろ。それでいい』
講師が自分の腕を見せる。
傷はない。
『治したい場所に手を当てる。直接触れなくても使えるが、最初は触れた方がやりやすい』
自分の腕に手を置く。
『魔力を手まで運ぶところまでは同じだ。そこから傷を塞ぐことを意識する』
火を出す。
水を出す。
それとは少し違う。
『治療では、ただ魔力をぶつければいいわけじゃない。傷ついた場所へ馴染ませるように流せ』
講師が俺たちを見る。
『言葉は――ラファ』
ラファ。
「エシュ、マイム、ラファ……」
覚えることが増えてきた。
でも、このくらいならまだ大丈夫だ。
『今日は傷がない奴は発動させる必要はない。魔力を手に集めて、治したい場所へ流すところまでやれ』
それぞれ練習を始める。
俺も左腕に右手を置いた。
昨日、ゴブリンの刃を受けた場所。
もう血は止まっている。
ロイドに治療してもらった傷だ。
まだ少し跡が残っている。
「これなら?」
講師が俺の腕を見る。
『昨日の傷か?』
「ああ。治療してもらってるけど」
『なら試してみろ。無理に魔力を流し込むなよ』
ちょうどいい。
右手を傷跡へ当てる。
胸の奥。
魔力を探す。
少し薄くなっている。
それでもまだ分かる。
肩。
腕。
手。
そこから。
傷へ。
塞ぐ。
治す。
元に戻す。
意識する。
「――ラファ」
一瞬。
手のひらが温かくなった。
エシュとは違う。
火の熱じゃない。
もっと弱くて、じんわりとした温かさ。
傷の辺りが少しむず痒い。
「……お?」
手を離す。
傷跡を見る。
消えてはいない。
でも。
さっきより少し薄くなった気がする。
『初めてなら十分だ』
講師が確認する。
『昨日治療を受けてるなら、元々ほとんど治ってたんだろう。今ので残っていた傷の治りを少し進めた程度だ』
「でも、使えた?」
『使えてる』
よし。
三つ目。
火。
水。
治療。
全部まだ基礎。
全部まだ下手。
それでも。
昨日までできなかったことが、一日で三つ増えた。
思わずステータスを開く。
【ステータス】
Lv:4
STR:11
VIT:17
AGI:12
INT:10
未使用ポイント:5
数字は変わっていない。
魔法を覚えても、何か新しい項目が増えたわけでもない。
INTも10のまま。
未使用ポイントも5。
それでいい。
今はまだ、振らない。
まずは覚えた魔法に慣れる。
自分がどこまで使えるのか知る。
ポイントを使うのは、それからでも遅くない。
『今日教えるのはここまでだ』
講師の声で顔を上げる。
『使えるようになったからって、覚えたつもりになるなよ。魔法は使わなきゃ上手くならん』
「練習あるのみ?」
『そういうことだ。ただし、魔力が減ってる時に無理はするな』
「分かった」
『特に宿の中でエシュの練習はするな』
「それも分かってる」
バルドの顔が浮かぶ。
鉄拳亭を燃やしたら、魔物より先にあの人に殺されそうだ。
部屋を出る前に、自分の手を見る。
剣を握る手。
昨日までは、それだけだった。
今は。
火を出せる。
水を出せる。
少しだけなら、傷も治せる。
まだどれも頼りない。
それでも。
できることは、確実に増えた。




