第15話 初めての魔法
胸の奥にある、今まで知らなかった感覚。
意識を向けると、確かにそこにある。
これが魔力。
『見つけられた奴は、そのまま目を閉じて魔力に意識を集中して慣れろ』
講師の声が聞こえる。
『まだ分からない奴は焦るな。最初からすぐ分かる奴の方が少ない』
目を閉じ直す。
さっきよりは見つけやすい。
場所が分かったからだろう。
しばらく、その感覚だけに意識を向ける。
最初は気を抜くとすぐに分からなくなったが、何度か探し直しているうちに、少しずつ捉えやすくなってきた。
『よし。次は、それを動かす』
動かす。
言われてみても、どうすればいいのか分からない。
『まずは腕だ。胸から肩、肩から腕、最後に手まで魔力を流す。最初はゆっくりでいい』
胸。
肩。
腕。
手。
意識してみる。
……動かない。
そこにあるのは分かる。
でも、それだけだ。
水を流すようなものを想像してみる。
胸の奥から肩へ。
「……」
少しだけ。
何かが動いた気がした。
その瞬間、集中が切れる。
元に戻った。
難しいな、これ。
『力むな』
講師の声が飛んでくる。
俺かと思って目を開けると、隣の子供が腕を震わせていた。
『無理やり押し出そうとするな。魔力は力で動かすものじゃない』
『むずかしい……』
『だから練習するんだ』
なるほど。
俺だけじゃないらしい。
もう一度。
胸の奥に意識を向ける。
そこから肩。
肩から腕。
今度は無理に動かそうとしない。
流れるところを想像する。
すると。
さっきよりはっきりと、何かが移動した。
肩。
腕。
肘。
手首。
ゆっくり。
手のひらまで。
「おお……」
目を開ける。
見た目は何も変わっていない。
でも、右手に何かが集まっている感覚がある。
温かいわけでもない。
痺れているわけでもない。
ただ、普段とは違う。
『できたか』
「ああ。たぶん」
講師が俺の手を見る。
『なら戻せ』
「戻す?」
『出しっぱなしにするな。使わないなら戻せ』
今度は逆。
手から腕。
腕から肩。
胸へ。
行きより少し難しかったが、何度かやると元の場所に戻った。
『今やったのが魔力操作の基礎だ』
講師が全員を見る。
『出す。動かす。戻す。まずはこれを繰り返せ』
それからしばらく、同じことを続けた。
失敗する。
途中で止まる。
やり直す。
少しずつ、手まで運ぶ時間が短くなっていく。
子供たちも似たようなものだった。
一人は俺より早い。
一人はまだ肩の辺りで苦戦している。
もう一人は手まで届いたらしく、嬉しそうに講師へ報告していた。
年齢は関係ないらしい。
少し安心した。
『よし。一度休め』
講師の言葉で力を抜く。
思っていた以上に疲れた。
身体を動かしたわけでもないのに、頭が重い。
「これも魔力を使ったから?」
『それもあるが、慣れないことに集中し続けたせいだ。最初はそんなもんだ』
なるほど。
『魔力が減れば疲労を感じる。無理に使い続ければ気分が悪くなったり、意識を失うこともある』
それは覚えておこう。
ゲームみたいに残りMPが数字で見えるわけじゃない。
……いや。
俺だけなら、何か見える可能性はあるのか?
頭の中でステータスを思い浮かべる。
【ステータス】
Lv:4
STR:11
VIT:17
AGI:12
INT:10
未使用ポイント:5
変わっていない。
MPみたいな項目もない。
「ないのか……」
『何がだ?』
「いや、こっちの話」
少なくとも、魔力の残量までは分からないらしい。
休憩を挟み、講習が再開する。
講師が部屋の端から小さな器を持ってきた。
中には砂が入っている。
一人ずつ机の上に置かれた。
『次は魔法を使う』
来た。
思わず姿勢を正す。
講師がそれを見て、少し笑った。
『待ちくたびれた顔してるな』
「まあ」
昨日から楽しみにしてたからな。
『最初に覚えるのは火だ』
やっぱり。
講師が砂の入った器へ手を向ける。
『さっきと同じように、魔力を手まで運べ』
講師の手のひらが器へ向く。
『そこから、出したいものを意識する』
火。
『そして言葉に乗せる』
一瞬。
講師の表情が変わった。
『――エシュ』
小さな炎が生まれた。
砂の上で揺れている。
ミラが使ったものより、ずっと小さい。
焚き火どころか、指先ほどの火。
でも。
魔法だ。
『これが基礎の火だ。最初から大きくしようとするな。必要なのは火を出すことじゃない。自分で制御することだ』
講師が手を下ろすと、炎が消えた。
『砂を入れてあるのは、失敗して机を燃やされちゃ困るからだ』
なるほど。
妙に現実的だ。
『順番にやれ』
子供たちが始める。
一人目。
手を向ける。
『――エシュ』
何も起きない。
『もう一度。魔力が手まで来てない』
二人目。
『――エシュ』
一瞬だけ、火花のようなものが散った。
『今の感覚を覚えろ』
三人目。
『――エシュ』
小さな火が出た。
すぐに消えたが、本人は嬉しそうだ。
『よし。最初なら十分だ』
そして俺。
砂の入った器を見る。
右手を向ける。
胸の奥。
魔力を探す。
見つける。
肩へ。
腕へ。
手へ。
さっきよりスムーズだ。
手のひらに魔力が集まる。
火を想像する。
昨日見たミラの炎。
さっき講師が出した、小さな火。
大きくなくていい。
まずは出す。
息を吸う。
「――エシュ」
何も起きない。
「…………」
『そんな顔するな』
「いや、出ると思った」
子供たちが笑う。
くそ。
『魔力は来ていた』
講師が言う。
「じゃあ、なんで?」
『言葉を言えば勝手に火になるわけじゃない。魔力を何に変えるのか、自分で意識しろ』
「火を想像したぞ」
『想像しただけだろ』
違うのか。
『熱を思い出せ。焚き火でも、料理の火でもいい。見た目だけじゃなく、それがどういうものかを意識しろ』
熱。
火。
燃える。
そういうもの。
もう一度。
魔力を手へ。
今度は炎の形だけじゃない。
熱さ。
近づけば熱い。
触れば火傷する。
物を燃やす。
昨日、ゴブリンの死体を焼いた炎。
「――エシュ」
手のひらの先で。
小さく。
何かが光った。
次の瞬間。
ぽっ。
砂の上に、小さな炎が生まれた。
「おお!」
出た。
本当に出た。
俺が出した。
「魔法だ!」
『魔法だな』
講師が笑う。
炎は数秒もしないうちに消えた。
それでも十分だった。
何もなかった場所に。
俺が火を出した。
手を見る。
何も変わっていない。
でも、さっきまでとは違う。
使えた。
俺にも魔法が使えた。
『喜ぶのはいいが、まだ一回だ』
「ああ」
『もう一度やれ』
「分かった」
もう一度。
魔力を集める。
「――エシュ」
今度は出ない。
「なんでだよ」
『だから一回で覚えた気になるな』
また子供たちが笑う。
今日はよく笑われる。
それから何度も繰り返した。
出る。
出ない。
出てもすぐ消える。
たまに少しだけ大きくなる。
安定しない。
でも、少しずつ成功する回数は増えていった。
やがて講師が止める。
『よし。火は一旦そこまでだ』
言われてみれば、少し疲れている。
最初より魔力を見つけるのにも時間がかかる。
『少し休め。次に進む』
「次?」
『火だけ覚えて終わりだと思ってたのか?』
そう言われて、昨日のことを思い出す。
ミラの火。
ロイドの治療。
基礎魔法。
まだ講習は終わっていないらしい。
俺は手のひらを見る。
さっきまで、そこから火が生まれていた。
エシュ。
まだ安定して使えるとは言えない。
それでも、一つ。
俺にも使える魔法ができた。




