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第14話 魔力

『講師にも生活がありますので』


後ろでダリオが笑った。


「いや、笑い事じゃないんだけど」


『魔法覚えたいんだろ?』


「覚えたいけどさ」


もう一度、受付で聞いた金額を頭の中で確認する。


払えないわけじゃない。


でも、払えば手持ちがかなり減る。


中くらいのマジックバッグが欲しい。


武器や防具だって、いつまでも今のままでいいとは思っていない。


宿代も食費もかかる。


そこへ魔法の授業料。


冒険者、思った以上に金が残らない。


『別に今日受けなくても構いませんよ』


受付の男性が言う。


『基礎魔法の講習は定期的に行っていますので』


「毎日?」


『いえ。希望者がある程度集まったところで行います』


なるほど。


学校みたいに毎日先生が待っているわけじゃないらしい。


「次はいつ?」


『明日の予定です』


明日。


思ったより早い。


『現在、ガッシュさんを含めれば四名ですね』


「四人」


『受講されますか?』


さっき受け取ったゴブリン五体分の報酬を見る。


それだけでは足りない。


……どうする。


高い。


でも。


炎が何もないところから生まれた光景を思い出す。


傷が塞がっていく感覚も。


「受ける」


結局、迷ったのは金額だけだった。


魔法を覚えたいかどうかなら、最初から決まっている。


ゴブリン五体分の報酬に、元々持っていた硬貨を足して受付の男性に渡す。


一気に手持ちが減った。


「……一気に減ったな」


『必要な投資かと』


「分かってるけどさ」


分かっている。


魔法を覚えれば、できることは増える。


簡単な治療が使えるだけでも、命に関わる場面はあるはずだ。


それでも、減った金を見ると少し悲しい。


中くらいのマジックバッグが、また遠くなった気がする。


『明日の朝、こちらへ来てください』


「ああ」


冒険者。


本当に金がかかる。


『よかったじゃねえか』


ダリオが肩を叩いてくる。


「人の金だからって」


『覚えりゃ元は取れる』


「そうなの?」


『火を起こすだけでも便利だぞ。野営するようになりゃ嫌でも分かる』


確かに。


死体を焼く以外にも、焚き火を起こせる。


簡単な治療も覚えれば、一人で怪我をした時に使える。


冒険者を続けるなら、使い道はいくらでもありそうだ。


「三人とも基礎魔法は使えるのか?」


『一応な』


ダリオが答える。


「じゃあ、エシュも?」


『使えるぞ』


「ロイドも?」


『使える』


「ダリオも?」


『なんで俺だけ疑うんだよ』


「なんとなく」


『お前、だんだん遠慮なくなってきたな』


ミラが笑う。


『でも、使えるって言っても全員同じじゃないわよ』


「どう違う?」


『同じ魔法でも、威力や使える回数は人によって違うわ。慣れもあるし、持ってる魔力の量も違うから』


「魔力……」


ようやく、それらしい言葉が出てきた。


「魔力って、自分でどれくらいあるか分かるの?」


『慣れれば、ある程度はね。でも正確に数字で分かるようなものじゃないわ』


数字。


俺にはある。


ステータス。


「INTって知ってる?」


三人が一瞬、黙った。


『……何だそれ?』


ダリオが首を傾げる。


やっぱり。


「いや、なんでもない」


俺には見える。


でも、こっちの人間には見えない。


神様からもらったものなら、俺だけのものでもおかしくない。


INT。


名前から考えれば、魔法に関係していそうではある。


でも、それだけでポイントを振るのは怖い。


まずは魔法を覚えてからだ。


『明日の講習で魔力についても説明がありますよ』


受付の男性が言った。


「それならそこで聞く」


『その方がよろしいかと』


話が終わったところで、ダリオたちも報酬を受け取った。


『よし。じゃあ俺たちは行くか』


ダリオが手を上げる。


『また会ったら声かけろ』


『今度は死体を放置しないようにね』


ミラが続く。


「分かってる」


ロイドも軽く手を上げる。


『傷にも気をつけろ』


「ああ。今日は助かった」


三人が受付を離れようとする。


『ああ、少々お待ちください』


受付の男性が呼び止めた。


ダリオが振り返る。


『まだ何かあるのか?』


『指名依頼があります』


『指名?』


ダリオたちが顔を見合わせる。


『東の森の調査です』


その言葉に、俺も受付を見る。


東の森。


昨日、二人が死んだ場所だ。


『何かあったのか?』


ダリオの表情が変わった。


知らないらしい。


考えてみれば、三人は村の近くまでオークを倒しに行っていた。


昨日の騒ぎを知らなくてもおかしくない。


受付の男性が、昨日あったことを簡単に説明する。


三人でボアを狩りに入った冒険者。


異常に大きく、速く、強いフォレストベア。


二人が死亡。


現在、東の森への立ち入りは禁止されている。


さっきまで笑っていたダリオの顔から、完全に笑みが消えた。


『変異種か?』


『現時点では分かりません』


ロイドが口を開く。


『調査隊は何人だ』


『複数のパーティーに声をかけています。皆さんだけで森へ入っていただくわけではありません』


『なら、他の連中が揃ってからか』


『はい。明日の朝を予定しています』


ダリオがミラとロイドを見る。


二人とも頷いた。


『分かった。受ける』


『ありがとうございます』


話が決まる。


東の森。


俺は行かない。


行く理由もないし、今の俺がついていける場所でもない。


でも。


昨日まで名前も知らなかった場所へ、今度は知っている三人が向かう。


少しだけ、東の森が近くなった気がした。


俺も今日は宿へ戻ろう。


そう思って立ち上がりかける。


その時、掲示板が目に入った。


東の森への立入制限。


昨日貼られた紙は、まだそこにある。


明日、ダリオたちはあそこへ行く。


少しだけ気になった。


でも、俺が考えたところでどうしようもない。


Cランクのダリオたちですら、他のパーティーと一緒に調査へ入る場所だ。


そんなところに、今の俺が行けるはずもない。


今は自分にできることを増やす。


明日は魔法。


それでいい。

鉄拳亭へ戻ると、最初に払った三泊分が昨夜までだったことをバルドに言われた。完全に忘れていた。とりあえず今夜の一泊分を払い、夕食を済ませて部屋へ戻る。

――翌朝。


いつものように井戸で顔を洗い、鉄拳亭で朝食を済ませる。


今日は依頼を受けるためじゃない。


魔法を習うためにギルドへ向かう。


それだけで、いつもより足が速くなる。


ギルドに着くと、受付の男性が俺に気づいた。


『おはようございます』


「おはよう。魔法」


『覚えていますよ』


言われる前に返された。


受付の奥へ案内される。


普段は入らない場所だ。


廊下を進み、一つの部屋へ入る。


中には、すでに三人いた。


昨日聞いた通りだ。


ただ。


「……子供?」


思わず小さく声が出た。


どう見ても若い。


一番年上でも十代半ばくらいだろう。


三人とも俺を見る。


俺も三人を見る。


子供。


子供。


子供。


……俺。


完全に浮いている。


聞いていた講習と違う場所に来たんじゃないか。


そう思って受付の男性を見る。


『こちらで合っていますよ』


「まだ何も言ってないけど」


『顔に出ていましたので』


そうですか。


受付の男性はそのまま戻っていった。


残された俺は、適当な席に座る。


少し待つと、一人の男が部屋へ入ってきた。


四十歳くらいだろうか。


杖も持っていない。


ローブも着ていない。


普通の服だ。


もっとこう。


いかにも魔法使いです、みたいな人が来ると思っていた。


男が俺たちを見回す。


そして、俺のところで少しだけ視線が止まった。


『珍しいな』


「何が?」


『その歳まで基礎魔法を習ってない奴は、あまり見ない』


やっぱり俺か。


「普通はいつ習うんだ?」


『町なら子供のうちに習わせる家が多いな。村でも、教えられる奴がいれば覚えさせる』


周りを見る。


なるほど。


だから子供ばかりなのか。


『もちろん、全員じゃない。金もかかるし、教えられる奴がいない場所もある。大人になってから覚える奴だっている』


それを聞いて少し安心した。


少なくとも、俺だけがおかしいわけじゃない。


「まあ、色々あって」


『そうか』


講師はそれ以上聞かなかった。


助かる。


男が俺たちの前に立つ。


『じゃあ始めるぞ』


姿勢を正す。


いよいよ魔法だ。


『最初に言っておく。今日いきなり派手な魔法を使えるようになるとは思うな』


……ちょっと思ってた。


『まず覚えるのは魔法じゃない』


男が自分の胸に手を当てる。


『魔力を感じるところからだ』


魔力。


昨日聞いたばかりの言葉。


『これができなきゃ、まともに魔法は使えん。無理に使えたとしても効率が悪いし、扱いを間違えれば自分が怪我をすることもある』


「魔法で自分が?」


『火を出そうとして、自分の手まで焼きたいなら止めはしない』


「それは嫌だな」


子供たちが小さく笑った。


『なら、先に魔力の扱いを覚えろ』


男が胸から手を下ろす。


『魔法を覚えるのはそれからだ』


一人の子供が手を上げる。


『先生、お兄ちゃんに聞いたんだけど、魔力の量って増えるの?』


『増える』


即答だった。


俺も講師を見る。


『生まれつきの差はある。鍛えて扱いが上手くなることもある。それと――祝福だな』


「祝福?」


思わず聞き返した。


講師が俺を見る。


『それも知らんのか?』


「…………」


講師は少し怪訝そうな顔をしたが、説明を続ける。


『魔物を狩ったり、戦いを重ねたりしていると、ある時ふっと身体が強くなることがある。昨日までより力が出る。動きが速くなる。魔力が増える。そういう経験は冒険者なら珍しくない』


心臓が一度、大きく鳴った。


それ。


知っている。


ホーンウルフを倒した時。


ゴブリンを倒した時。


俺の目の前に現れた表示。


――レベルアップ。


『いつ起こるかは人によって違うし、何が伸びるかも同じじゃない。普段の鍛え方や戦い方が影響するとも言われてる』


ダリオ。


前衛。


ロイドは斥候。


ミラは後衛。


昨日聞いた三人の役割を思い出す。


戦い方によって、伸びるものも変わる。


『俺たちはそれを祝福と呼んでる』


祝福。


俺の場合は、それが数字で見えている?


【ステータス】


Lv。


STR。


VIT。


AGI。


INT。


そして、未使用ポイント。


俺は自分で振る場所を決められる。


昨日のゴブリンで上がったレベル。


まだ使っていない五ポイントも残っている。


もし、この世界の人間が受けている祝福と俺のレベルアップが同じものなら。


違うのは――。


俺には、それを選べるってことか?


『どうした』


「いや」


考えるのは後だ。


今は魔法。


INTに振るかどうかも、それから決めればいい。


講師が俺たちを見る。


『目を閉じろ』


言われた通りにする。


『自分の中にあるものを探せ。力むな。魔力は今突然生まれたわけじゃない。今まで気づいてなかっただけだ』


自分の中。


何がある。


心臓の音。


呼吸。


椅子に触れている感覚。


それ以外。


何か。


しばらく集中する。


分からない。


周りはどうなんだろう。


目を開けたくなる。


でも我慢する。


もう少し。


さらに意識を内側へ向ける。


その時。


ほんの少しだけ。


胸の奥に、今まで意識したことのない感覚があった。


熱いわけじゃない。


冷たいわけでもない。


でも。


何かがある。


「……これか?」


『見つけたか?』


目を開ける。


講師がこっちを見ている。


「たぶん」


『なら忘れるな。その感覚が、お前の魔法の始まりだ』


胸に手を当てる。


まだ、わずかに分かる。


魔力。


そして頭に浮かぶ。


【INT:10】


今まで意味の分からなかった数字。


これが何を変えるのか。


まだ分からない。


だからこそ。


確かめてみたい。


この世界に来て、五日目。


また一つ。


知らなかったものに触れた。

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