第41話 スキャンダル
白峯祭の熱狂が去り、学校には日常の静けさが戻っていた。
けれど、俺の胸の奥にある澱みは、数日が経過しても一向に晴れることはなかった。
あの日芹愛が、体育館の舞台裏で実の母親である真中凛花から投げつけられた、凍てつくような拒絶の言葉。あの時、芹愛が流した涙の重さを思えば、彼女の心がそう簡単に癒えるはずがないことは痛いほどわかっていた。
だからこそ、俺は何度もLINEでメッセージを送り、様子を窺った。
『大丈夫か? 無理してないか?』
『何かあったらいつでも言ってくれよ』
しかし、返ってくるのは決まって『心配いらないよ』『いつも通りだから安心して』という、どこか空虚で取り繕ったような返信ばかりだった。
連絡をくれること自体は嬉しかったけれど、肝心の核心には決して触れさせまいとする彼女の頑なな態度に、俺は頼ってもらえないもどかしさと、どうしようもない焦燥感を募らせていた。
一人で痛みを抱え込み、作り笑いの裏でまたあの時の絶望に押し潰されているのではないか──そんな不安が、夜になるたびに俺の心を締め付けた。
そんな気持ちの痛みを抱えて迎えた、ある日の夜のことだった。
自室のベッドに腰掛け、何気なくスマートフォンでネットニュースのタイムラインをスクロールしていた俺の手が、突然ピタリと止まった。
画面のトップに躍り出ていたのは、特ダネを謳う大手芸能ゴシップメディアのヘッドラインだった。
『人気トップ女優・真中凛花に衝撃の隠し子疑惑!? 白峯高校の学園祭で目撃された秘密の親子関係の真相とは』
血の気が引くとは、まさにこのことだ。
俺は息を呑み、震える指でその記事の本文を表示させた。
そこには、数日前に我が校で開催された白峯祭の裏側で、真中凛花が現れた一人の女子生徒に対して激昂し、「母親であることをやめた」「二度と娘面して近づくな」と言い放ったという、驚くほど詳細な目撃証言が書き立てられていた。
どうやら、あの時、舞台裏にいた誰かがその会話を耳にしており、その情報が週刊誌の記者へとリークされたらしい。
ネットのコメント欄やSNSのトレンドは、瞬く間に大炎上の様相を呈していた。
『え、真中凛花って独身じゃなかったっけ?』
『隠し子がいるってマジ? しかも実の娘を捨ててたとかクズすぎない?』
『「母親をやめた」ってセリフ、映画のセリフよりエグくて草』
『清純派女優のメッキが剥がれたな。イメージダウンは免れないだろ』
憶測と悪意の入り交じった心無い言葉の数々が、画面を流れていく。
愛人だった過去や、キャリアのために我が子を切り捨てたという事実の断片までが面白おかしく拡散され、世間の好奇の目に晒されている。
華やかなスクリーンの裏側で築き上げられてきた彼女の名声が、今まさに音を立てて崩れ落ちようとしていた。
世間がこれだけ騒ぎ立てているのだ。
当事者である芹愛が、このニュースを知らないはずがない。
自分が母親に捨てられたという残酷な真実が、よりによって不特定多数の目に触れるスキャンダルとして日本中に暴き立てられている。その事実が彼女の心をどれほど深く抉るか想像するだけで、俺はやり場のない怒りを覚えた。
そうして歯噛みしていると、静まり返った部屋に、通知音が鳴り響いた。
慌てて画面を確認すると、送り主は他でもない、芹愛だった。
・芹愛:奏介君、今時間大丈夫?
俺はすぐに指を走らせ、言葉を打ち返す。
・奏介:ああ、大丈夫だ。どうしたんだ、芹愛?
少しの間があって、すぐに次のメッセージが返ってきた。
・芹愛:あのね……今日、学校の帰りに、お母さんのマネージャーをしているっていう人と会って……お母さんが、私とどうしても話をしたがっているって伝えられたの。
・奏介:真中さんが……?
画面を見つめながら、俺の眉間には自然と深い皺が寄っていた。
あれだけ冷酷に「二度と近づくな」「娘面するな」と切り捨てておきながら、今さらどの面下げて芹愛に会いたいなどと言っているのか。
十中八九、今ネットを揺るがしているあのスキャンダルに関することだろう。世間に隠し子の存在や過去の実態が暴かれそうになり、その保身のために、娘である芹愛を利用し、口裏を合わせさせようとでもいう算段なのだとしたら──そんな虫のいい話が許されてたまるか。
怒りが腹の底からフツフツと湧き上がるのを覚えるが、それをぐっと押し殺し、俺は冷静さを装って文字を打つ。
・奏介:やっぱり、今ネットで騒がれてるスキャンダルに関することか?
・芹愛:うん……たぶん、それに関する話だとは思うんだけど……。
彼女の返信のタイピング速度が、普段よりもわずかに遅く、そしてどこかぎこちないことが、画面の向こう側の彼女の震えを物語っているようだった。
・芹愛:マネージャーの人からは、「明日、都内のカフェで待っているから来てほしい」って言われたの。でも私、一人じゃ怖い……。もしまた、あの時のように冷たい目をされて、酷い言葉を言われたら……私、きっと耐えられない。
続くメッセージの画面には、彼女の弱り切った心がそのまま映し出されていた。
・芹愛:だから……お願い、奏介君。私に付き添って、一緒に来てほしいの……。
その懇願を読んだ俺に、一切の迷いはなかった。
・奏介:わかった。一緒に行くよ。
・芹愛:ほんとうに……? ありがとう、奏介君……。
・奏介:気にするなよ。いつでも傍にいるって、あの時約束しただろ。
送信ボタンを押した瞬間、俺の胸の奥で、言いようのない温かい熱が広がった。
これまでなら「迷惑をかけちゃうから」「一人でなんとかするから」と頑なに拒絶し、自分の殻に閉じこもりがちだった彼女が、ようやく俺を頼ってくれた。
本音を聞かせてくれたというその事実が、俺にはたまらなく嬉しかった。
頼ってもらえないもどかしさを抱えていたのは、もう終わりだ。
これからは、彼女の盾となり、彼女がどんな嵐の中に立とうとも、その手をしっかりと握りしめて支え続ける。
俺は大きく息を吸い込み、決意を新たにしながら、拳を強く握り締めた。




