【9】魔王陛下との謁見
————その日、私とフィンリーはヴィクトルさまとジャンさまに連れられて魔王都を訪れていた。
「転移魔法陣なんて便利なものがあるなんて」
「魔族は魔法が得意な種族だからな」
そこも人間とは違う。人間は王族貴族を除けば勇者や聖女など特別な存在でなくてはほとんど魔力を持たない。
だからこそ魔族と争っていた時代は勇者や聖女がいなくては魔族に対抗できなかったわけである。
「ここは魔王都にある吸血鬼王の別宅。普段は家臣たちに任せているが、式典出席などがあればここの転移魔法陣で移動する」
「便利なのね。王国では普及してるのかしら?」
「さぁな。技術の提供はしてないからどうだろうか?真似をしようとは試みているかもしれないが……本当に普及していたらもっと多くの軍勢が来ていたかもしれない」
「それは……っ」
「ま、何とかなったんだからいいとしよう」
「そ、そうよね」
ヴィクトルさまたちは持ちこたえてくれまし、何ならアレンの嘘八百がバレて撤退していった。
「それより今は、魔王陛下への謁見だ」
「う、うん!」
緊張する。まさか私が魔王陛下に謁見することになろうとは。ヴィクトルさまもいるしフィンリーとジャンさまも付いてきてくれているとはいえ。
「そんなに緊張するなって。気さくなお方だから」
「そうはいっても……」
大丈夫かしら。だって相手は国家元首よ……?
「早速馬車に乗って行こうか」
「ええ!」
馬車用の街道を通りつつも、馬車の往来が多い。
「ここが魔王都……」
「ま、ここは色んな種族やものが集まるからな」
ヴィクトルさまが微笑む。そうよね。御者だけでも角のある魔族から翼を持つサキュバス族、ダークエルフもいるようだ。
「だがまずは……目的地はあそこだ」
ヴィクトルさまが示したのは魔王都で一番目立つ大きな城……つまり魔王城である。
ゴクリ。
……どうなることやら。
※※※
————魔王城
生まれてこの方、城なんて吸血鬼王城しか知らないが、吸血鬼王城よりも大きい。
馬車を降り謁見の間まで案内してもらっていれば。
吸血鬼と人間はそれほど違いはないとはいえ、魔族からすると私とフィンリーは人間であることが分かるらしい。
周囲の珍しいものを見る目が。
「あんまり気にするな。それとも威嚇でもしようか?」
「ヴィクトルさまったら」
慌てていれば。
「ダメです」
ジャンさまにピシャリと言われ、ヴィクトルさまが冗談だと笑う。
しかし謁見の間に近付けば自ずとヴィクトルさまたちの表情もキリッとなる。
うう……あの襲撃の後、城に戻ればヴィクトルさまのご両親……先代夫妻も駆け付けてくれていた。お二人にご挨拶して、ヴィクトルさまのお義母さまに魔王陛下への謁見の礼を習ったのだが……上手く出来るだろうか。
「それではお入りください」
謁見の間に通されれば、玉座には角の生えた魔族の男性……魔王と、その周囲に臣下たちが控える。
私たちはヴィクトルさまたちに続いて礼を取る。
「吸血鬼王ヴィクトルよ」
「はい、魔王陛下」
「此度の勇者の侵略における撃退、見事であった」
「もったいないお言葉です」
「しかも……聖女を手土産にとはやりやがったなぁ」
次の瞬間、魔王陛下がクツクツと笑い出す。
「笑わないでください。あと、あげません」
ヴィクトルさま、目が据わってる。
「まぁよい、とにかく楽にせよ」
魔王陛下のお許しを得て、私たちは礼の体勢を解き立ち上がる。
「それと此度の一件だが……勇者が王国軍を率いて攻めてきたことに対し、魔王国は厳重に抗議をした」
「ええ」
ヴィクトルさまは頷くが、抗議だけで済む話ではないはずだが。
「その上、王国側は聖女の引き渡しを求めてきたのだが……聖女よ、お前はどうしたい?」
私!?その……私が答えていいの?ヴィクトルさまに視線を送れば、ヴィクトルさまが頷いてくれる。
「ええと、その、私は……許されるのなら王国に帰りたくありません!」
「ほう?魔王国にいたいと?」
「は、はい!私は……これからも吸血鬼王領で暮らしたいのです!」
今や生贄としての牢生活ではない。表面上賓客としてヴィクトルさまは私とフィンリーに部屋を与えてくださった。これからどうするかは私たち次第……とでも言うように。
「ふむ……魔王国としても聖女が王国に渡るのは避けたい。そして吸血鬼王領にいるのなら、光魔法を無効化してくれれば勇者も攻めて来られない。ならばこちらも歓迎したいところだが」
だが……?
「聖女が魔王国にいる、確固たる理由が必要だ」
それはその……聖女がいることで防衛になる以外にってことよね。
「例えば……魔族と婚姻する」
「こ……こんっ」
「ま、魔王陛下!」
ヴィクトルさまが焦ったように叫ぶが、魔王陛下が手で制する。
「まぁまぁ聞け。私は思うのだ。王国は一度聖女を魔王国側に生贄としてよこしたが、それを聖女だったからと一方的に返せというのはやりすぎだ。それに聖女が現地で結ばれたいものができたのならなおさら。例えば……吸血鬼王ヴィクトルにはまだ決まった相手がいないではないか」
その言葉にヴィクトルさまとお互い顔を見合わせて、ハッとして視線を外す。
「それに聖女の確固たる身分にもなる。どうかな」
魔王陛下は最後には私たちの裁量に預けてくれるようである。
「その……俺は、ジーナならと、思う」
「ヴィクトルさま!わ、私も……その、ヴィクトルさまとなら」
最初に会った瞬間からそうだったのかもしれない。ずっとずっと憧れていた。
たけど私は生贄で、人間だったから。だけど諦めなくてもいいのなら。
「ならば、2人の婚姻を認めよう」
「ありがたき幸せ」
ヴィクトルさまの礼に私も慌てて続く。
「ではそのようにしよう。あと……」
「魔王陛下?」
ヴィクトルさまが首を傾げる。
「王国側は勇者が妹を返してほしいと言っていると主張している」
嘘で王命をふんだくったアレンだが、やはり勇者だから王国も無下には出来ないのだろう。
「絶対に嫌です」
フィンリーがふんと顔を背ける。
「ならば表面上は聖女の供として魔王国での滞在を許そう」
「い、いいのですか?」
フィンリーが驚く。
「リオンから話は聞いているからな」
し、司祭さま!?魔王陛下に直接それを奏上出来るって……あのひと本当にただのスパイだったのだろうか。
「ああ、それと……そうだ。せっかくだから魔王城名物でも見ていくが良い」
な、何だろう?魔王国名物?
どうぞと近衛騎士が示したのは謁見の間に突き刺さる古びた剣だ。
「これは……」
「何代か前の勇者の聖剣……の、本物」
ヴィクトルさまの言葉にポカンと口を開ける。
「ここにあったの!?」
「んまぁ……戦った時に、勇者が忘れて撤退したらしくてな。リオンの調査では当時の勇者も戦いの中でどこにやったか分からないと主張したそうだ」
そうして王国側も聖剣の在り処が分からずレプリカを作るハメになったと。
しかし本物がここにあるなんて。
「でも抜かないの?」
「ああ。何せ勇者以外は持てないからな」
つまり勇者自身が回収しない限りこれはここに突き刺さったままということだ。
「よし」
試しに握ってみるが……何も起きない。
「やっぱり聖女じゃダメなのね。フィンリーもやってみる?」
「ん、まぁ試してみる。聖剣に触れる機会なんてほぼないだろうし」
まぁそうよね?仮にアレンが本物を持っていても触らせないと思うし。
「よいしょっと」
フィンリーが剣の柄を握りぐいっと引っ張る。
スンッ。
ん……?
「あれ……抜け……」
その時聖剣が光だし、古びた剣は新品のような輝きを戻す。
『ええええぇっ!?』
魔王陛下含め全員が驚愕した。
「嘘だろ?抜けたってことは……フィンリーが勇者!?」
ヴィクトルさまが叫ぶ。
「いや待て、妹の方が本物だったのか?」
魔王陛下も混乱しているようだ。
「あ……そう言えば」
「ジーナ?」
「司祭さまに聞いたじゃない、フィンリー。あのね、勇者が生まれるって話。その昔、ソード家に勇者が生まれるだろうって神託が来たと言っていたじゃない?」
「ああ、それでアレンは勇者になり、勇者の父親になったことで態度がでかくなったあの男が母さんに手を出してぼくが生まれた」
「この話、変じゃない」
「え?」
「だって、ソード家に勇者が生まれる……なら、未来の話じゃない」
「……そう言えば」
「つまりその神託の時点で生まれていたアレンは勇者じゃない」
勘違いしたアレンの両親が囃し立てデカい態度を取り、アレンを勇者として育てた。
「だけどそれはこれから生まれるであろうフィンリーのことだった」
「現にフィンリーは聖剣を抜いたわけだ」
ジャンさまが告げる。
「それならぼくはどうすれば……」
そうよね。勇者が魔王国にいてもいいのかしら?
「うーむ、勇者と聖女が魔王国にいるのなら、王国は決して魔王国を攻められん」
魔王陛下がうむと頷く。
「ならば良いではないか」
ハッハと笑う魔王陛下。
「勇者と聖女は魔王国で暮らしたいんだろう?」
『はい……!』
「ならば、存分に楽しむがよい。魔王国は良い国だぞ」
「ええ、もちろんです!」
「ぼくもこの国が好きですから」
私たちは改めてこの魔王国で暮らしていく決意を新たにしたのだった。
「良かったわね、魔王陛下に認めてもらえて」
謁見が終われば、ヴィクトルさまたちと帰路につく。
「ああ。これからも一緒だな」
「う、うん!」
それがこんなに嬉しいだなんて。一度は人生を諦めかけたけど。それでも私はヴィクトルさまたちに救われたから。
「領地に帰る前に少し魔王都の市場に寄っていこうか」
「いいの?」
「もちろんだ。せっかくの機会だろ?例えばああいうの」
ヴィクトルさまが指差したのは……露店の串焼きのようだ。
「こう言うの、初めてだわ」
「ぼくもだよ」
フィンリーが頷く。
「魔王都は海洋都市も近いから海鮮も入って来るんだ。これはイカメシ。食べてみるか?」
「ええ、食べてみたいわ」
「うん」
私たちが頷けば、ジャンさまが会計を済ませてくれる。
そして4人でイカメシである。
「んんっ、ソースがお米にまで染み込んでいて美味しい!」
「だろ?一度食べるとやみつきになる。そうだ……たまにはルークにも買ってってやるか」
「ええ、きっと喜ぶわよ」
「ま、最近は野菜嫌い克服も頑張ってるしな。父上と母上の分もお土産に」
「ええ、ただいま」
ジャンさまが追加を購入してくれて、私たちは再び王都の別邸から転移魔法陣で移動である。
イカメシのお土産にルーくんさまは目を輝かせて喜んでくれた。
「ふふっ、良かったわね」
「ああ、もちろん」
ヴィクトルさまと微笑み合う。
「それと……父上たちにも報告しないとな」
ヴィクトルさまが私の手を握る。
「ええ。その……受け入れてくださるかしら」
「もちろんだ。母上なんてジーナのことをめちゃくちゃ気に入ってるぞ」
確かに良くしていただいているけど。
「人間と……その、魔族だし」
「それでも魔王陛下が認め、さきの戦いでは功績を残してくれた。歓迎しないはすがない」
ヴィクトルさまの手に導かれ、恐る恐る報告に伺えばお二方ともとても喜んでくださった。
「ほら、言ったろ?」
「……っ、うんっ」
これからはヴィクトルさまの妻として共にこの地で生きて行く。
それを祝福してもらえたことはこれからの明るい未来を示してくれているようである。




