【10】吸血鬼王とは
――――魔王城から帰ってきて暫くが経った。
「あの野菜嫌いのあの子がねぇ」
クスリと微笑むのはヴィクトルさまのお母君であり、先代吸血鬼王の妃キナさまだ。
背中にはサキュバス族の証しである小さめの翼が生えている。
「はい、お義母さま。日々色々なお料理やお菓子を開発中です」
「ふふっ。ルークも嬉しそうだけど、ジーナちゃんも楽しそうだわ」
「えと……私も、ですか?」
「そうよ」
思えば苦ではないし私の料理やお菓子でルーくんやヴィクトルさまが喜んでくれるのは嬉しいし、楽しい……かも。
村では趣味なんて持ったことがなかったから新鮮である。
「そうだ、午後は刺繍を見てあげる」
「刺繍!そうてすよね。まだ小さなお花くらいしか出来なくて」
普通ならば幼い頃から鍛えるそうたが、私はしがない平民だったのだ。
「それでも充分よ。ヴィクトルが喜ぶもの」
「ええ!この間もその、刺繍のハンカチをあげたら喜んでくれて」
「ほら。でしょう?うちのひとにそっくり」
それは紛れもなく先代吸血鬼王のお義父さまである。
途中訓練中のフィンリーの様子を見に行ったり、ルーくんにお菓子を差し入れたりしつつ、私は中庭でお義母さまと刺繍である。
「そう言えばジーナちゃんは魔族や魔王国のお勉強もしているの?」
「ええ。書庫の本でいくつか」
「まぁ、偉いわね。それじゃあ問題よ。吸血鬼族の長はどうして吸血鬼王と呼ばれるのか」
「それは確か……昔魔族は種族ごとに国を持っていて王がいたけれど、勇者に攻められあちこちがめちゃくちゃになってしまったから今の魔王陛下のご先祖が一国に纏めて立ち向かったんでしたね」
「正解よ。サキュバス族は残念ながら王族は失ってしまったけど、吸血鬼王のようにいくつかは残ってる。因みに吸血鬼王のような種族の長の爵位は何かしら」
「大公位ですよね」
公爵にする……という手もあったのたが、それでは魔王陛下の傍系の公爵と同じ位になってしまうから。
「そうそう。当時の魔王陛下も今までの魔王陛下も各種族の王族を慮ってくださったの。ついでに公爵と言ったら2種類あるのは知ってる?」
「ええ。魔王陛下の親戚の血筋である公爵と大公位の王の血筋の公爵がいる……んでしたっけ」
「そうそう、完璧ね。大公位の血筋の場合は種族の名を取り吸血鬼公爵などと呼ばるわ」
「ええと、以前吸血鬼の公爵の話を聞いたことがあります。確か長老のようなお方だと」
「それなら……ロセアン公爵かしら?あの方も吸血鬼の国があった頃からの古い血筋よ」
そうだったのか。
「まだあまり血筋の話などは詳しくなくて」
魔王国の歴史を学ぶだけでも膨大である。それをルーくんは12歳で日々勉強しているそうなので相当すごいことである。
「これから知ればいいわ。こちらはあまりパーティーのようなことはしないけれど、吸血鬼族の臣下たちが式典などで参上することがあるから」
「は、はい!その時は頑張ります!ああ……でも」
「どうしたの?」
「その、貴族のお方への挨拶などがあまり……」
「ふふっ、ならそれもとっくんね」
「よろしくお願いします!」
一度は引退したご両親が現在城に滞在しているのは、さきの戦いの後始末もあるのたが。
お義母さまは私への妃教育も含んでいる。平民の生まれの私がいちから学ぶのは大変たけど。
それでもヴィクトルさまの隣にいたいもの。
※※※
毎日勉強や訓練で大変ではあるが、お義母さまの丁寧な指導のお陰で何とか形になってきたろうか?
フィンリーへお裾分けのお菓子を持って行ってあげれば、暫し2人で休憩である。
「フィンリー、剣はどう?」
「うん、みんな丁寧に訓練を付けてくれて楽しいよ」
「それは良かったわ!そう言えば聖剣は……」
「あれ?部屋に置いてあるよ。どうせぼくしか持てないし」
「それもそうね?」
誰かに奪われる心配もないのだ。
「訓練は聖剣を使ってじゃないのね」
「まぁね。まずは木剣を使ってだよ。それに聖剣は魔族と戦うためのものだ。ぼくは魔族と戦いたいわけでもない」
「思えばそうよね」
「うん。本当なら手放してもいいんだけど。例えば誰も知らない場所とか。だけどそれなら」
「フィンリー?」
「聖剣は一体何のために生まれたんだろうって」
フィンリーの瞼に影がかかる。
「ぼくも……ずっとそう思ってきた」
「フィンリー……」
「でも今は違う。ぼくはジーナのために強くなりたい」
フィンリーが私の手を握る。
「だから聖剣にもそんな役目があればいいなって。ジーナや仲間の魔族たちを守る形で」
「いいわね。いい考え方だと思う!」
「ジーナならそう言ってくれると思ってた。でも……どうしようか?」
「ヴィクトルさまに相談してみる?」
「忙しいんじゃ……」
「少しは息抜きが必要だって。お義母さまも差し入れを持って行ってあげてって」
「そっか、それならぼくもジーナの騎士としてお供するよ」
「私の……って、フィンリーは私の親友で」
「親友で騎士でもありたいんだ。その……言っていることは矛盾するかもだけど」
本来ならば主と従者の関係である。
「いいと思う」
「……ジーナ」
「それが私たちだもの」
「うん」
「これからもフィンリーは私の親友で、一番カッコいい騎士よ」
「ああ」
フィンリーが笑顔で頷く。
「それじゃぁ行こうか」
「ええ、フィンリー」
早速ヴィクトルさまの執務室にお菓子を届ける。
「ありがとう、ジーナ。嬉しいよ」
「う、うん!」
「それからね、その……相談があって」
「相談?何だろうか」
「えと、フィンリーが持ち帰ってきた聖剣があるじゃない?」
あのままあそこに刺しておくわけにはいかないし、勇者しか持てないのならフィンリーが持ち帰ってくるしかなかったのだ。
「その、このまま部屋に置いたまま使わないんじゃ、聖剣がかわいそうじゃないかと思って」
「……まぁ人間と魔族が争ってない限り聖剣の出番はない……か。魔物相手に使うと言うのもありだが。それだと他の剣と一緒だな」
「そうなのよね」
だとしたら聖剣がある意味は……?
「だがどうしてそんなに聖剣を?」
ヴィクトルさまがフィンリーを見る。
「その……何の役目も与えられないというのは……」
「村にいた頃、フィンリーも私も孤児でしかなかったから……」
「ぼくたちには仕事をこなしてそれに見合わない僅かな食料と村に間借りする権利しかありませんでした。だからこのままずっと部屋に置いておくだけの聖剣の存在意義を問うてしまうのです」
「うむ……まぁ確かにな。俺の魔剣も同じようなものだ。魔物の討伐でも使えるが、本来の目的は国境の防衛にある」
「ええ、ですが聖剣には……。聖剣は国境の防衛には使えないかもしれない」
相手は人間かもしれないからだ。
「だとしたら……剣舞はどうだ?」
「剣舞……」
「儀式的な意味合いで使う剣だ。神の前で舞うのならその真剣を振るう意義となる」
「それなら……っ」
「ああ。式典の際に使ってやるといい。こちらも手配しておくよ」
「ありがとうございます」
聖剣を今後どうするか……その方針が決まってホッとひと息をつく。
「執務のお邪魔をしてしまってごめんなさい」
「いいよ。いい息抜きになったしな」
そう言ってヴィクトルさまが私が作った焼き菓子に手を伸ばす。
「……この色、人参か?」
「そうなの!こっちが人参のクッキー、かぼちゃのクッキーよ」
「へぇ、なかなか美味しいよ。これならルークも気に入るんじゃないかな?」
「ええ、ついついおかわりをしてくれて、お義母さまも感心してくださったの」
「そりゃぁ良かった」
ほっこりしながら歓談をしていれば、ジャンさんが慌ててやって来る。
「ヴィクトルさま」
「どうした、ジャン」
「その……ロセアン公爵とクローネ伯爵令嬢アマリリス嬢がお見えです」
「は……?」
ひと言も聞いていない電撃訪問にヴィクトルさまも口をぽかんと開ける。
「いや、何でだ」
「まぁ予想はつくでしょう?」
「……俺の結婚」
「恐らくは」
「魔王陛下公認だぞ?それに父上と母上も魔王陛下の命に応え認めている」
「ええ。それでもなお、長老と言う立場のもと認められぬプライドがあるのかと」
「はぁ……いくら古参だからといって王2人に喧嘩を売る気か」
「それだけの古参でしょう」
「そうだが……しかしアマリリス嬢は何故来た?」
「……決まっておりましょう」
ジャンさんの言い回しに嫌な予感が晴れない。
「アポはないとは言え、公爵を追い返すのは同族や他種族の王族貴族からも反感を買うかと」
「……だろうな。分かった。通してくれ。あと父上と母上にも伝えておいてくれ」
「畏まりました」
そう言うとジャンさんが慌ただしく飛び出していく。
うう……これってやっぱりあれよね?
「ジーナ」
「……っ、ヴィクトルさま?」
「何も心配はいらない。ジーナは聖女であり魔王陛下が認めた俺の妃なのだから」
「う、うん……」
とは言え、胸の奥で渦巻く波は大きくなるばかりだ。




