【11】吸血鬼公爵と吸血姫
――――暗雲が立ち込める。
嵐の前の静けさのようにその場は静まり返っている。
緊張しながらも私はお義母さまとお義父さま、ヴィクトルさまと共にロセアン公爵とクローネ伯爵令嬢を出迎えることとなった。
馬車から降りこちらに向かって来たのは貫禄のある吸血鬼の男性と、いわゆる吸血姫と呼ばれる良家のご令嬢。ご令嬢は14歳くらいだろうか。
普通に考えれば平民出身の私にはお目通りするのも奇跡のような方々だ。
「お久しぶりです、ロセアン公爵。そしてアマリリス嬢」
現吸血鬼王ヴィクトルさまが最初に挨拶をされる。
「こちらこそ、ヴィクトルさま」
ロセアン公爵が恭しく頭を下げる。
「そして先王夫妻もお元気そうで何よりです」
「ええ、ロセアン公爵」
にこやかながらもお義母さまの表情には緊張が混じる。
「だが公爵よ」
その時お義父さまがお義母さまを下がらせるように前に出る。
「いきなり吸血鬼王城にお越しになるとは。今度からは文のひとつでももらえないか?そうでなければ吸血鬼族重鎮であるあなたを歓迎する準備もままならない」
「それは済まなかったな、先王ルシアンさま」
ロセアン公爵は好々爺のように見えるものの、お義父さまも少し表情が硬いような。
「しかし此度の王国からの侵略について、吸血鬼族としても急いだほうがよろしいかと思いましてな」
そう言うとロセアン公爵がヴィクトルさまを見やる。
「何をだ」
「いつ何時、このような事態に陥るか分かりません。それならばもしもの時のために子孫を残されるのもあなたさまの重要なお役目では?」
「そんなことは言われずとも分かっている」
「分かってはおられますまい。何故ならあなたさまは長年婚約者も作らず、今の今まで」
え……?
私はヴィクトルさまの妃で、妻のはずである。なのに……どうして?
「お前は何を言っている、ロセアン公爵」
「吸血鬼族の長老である私に随分と言う言いようですな」
「確かにお前は長老だ。しかし王は俺であってお前じゃない」
「しかし吸血鬼王はまだまだ未熟なご様子」
その言葉にお義父さまがムッとしたのが分かる。私だって表情には出せないがそうだ。
あの戦いを見て、ひとりで勇者と王女を相手取り味方を逃がそうとした。
その姿を見て『未熟』だなんて言葉が出るはずがない。
「だからこそ長老たる私が来たのだ」
「何のつもりだ」
「あなたさまに正妃をと」
ロセアン公爵が目配せをすれば、アマリリス嬢が美しい所作で礼をする。
「ロセアン公爵!自分が何を言っているのか分かっているのか!」
「分かっておられないのはあなただ」
「いいや、お前の方だ。俺の妃はジーナだ。それは魔王陛下だって認めている!」
「正妃として、ですかな?」
「は……?」
「調べたところによると人間の上に平民のしかも孤児と言う下民だそうではないですか」
「ロセアン公爵!」
「そのような出の娘が我ら吸血鬼族の王妃であると?そのようなもの、一族として認められるわけがありません」
「ジーナはさきの戦いでも活躍してくれた。聖女だ」
「それほどまでに執着なさるのでしたら『妾妃』となさればいい」
その言葉の意味くらい知っている。
「魔王陛下の仰られた『妃』の括りには入りましょう」
側妃ならば結婚している。しかし妾妃は結婚すらしていない。このロセアン公爵は婚姻すら許さないと言っているのだ。しかしながら妃ではある。
「そんなもの、魔王陛下が仰られた意味とは違う!」
「2代続けてまがいものの血を混ぜられる気か!」
その意味が分からないわけじゃない。
必死で表情を崩さないお義母さまを見る。お義父さまだって表情を隠しているけれど確実に怒っている。
「これではさきの大戦でルークさまが繰り上がりの跡取りとなられれば良かったものを」
「いい加減にしろ」
ヴィクトルさまの中に静かな怒りがふつふつと込み上げているのが分かる。それはまるで初めて出会った時に王国の兵士たちを追い返してくれた時と同じ。
「お前は王に何を言ったのか分からぬわけではないだろう」
この公爵はヴィクトルさまがさきの戦争で死んでいれば良かったと言ったのだ。
みんなのために身体を張って命を懸けたヴィクトルさまを。
零れ落ちるのは悔しさの欠片だろうか。必死に我慢してきたのに。
お義父さまもお義母さまもヴィクトルさまも我慢しているのに。
「ジーナ」
「……っ」
みっともないことだって平民だって分かる。
こんな感情を絵に描いたように出すなんて。ヴィクトルさまの妃に相応しくないと言われても仕方がない。
「ジーナ」
ヴィクトルさまがこちらに来ようとするのを、ロセアン公爵が遮る。
「あのような弱い娘を本気で妃に?それは我ら吸血鬼族を貶しているのと同じだ」
「ジーナは弱いから泣いたんじゃない」
「ジーナちゃん」
お義母さまが優しく抱き締めてくれる。
「本当になってないわね」
その時ずっと黙っていたアマリリス嬢が口を開く。
「貴族に対する礼もろくに取れない下民がヴィクトルさまの妃だなんて」
カツカツとハイヒールを響かせ、アマリリス嬢がヴィクトルさまの腕をふわりと包む。
「私ならきっとあなたさまに相応しい妃となって見せましょう」
そう、にこりと微笑むさまはまさに深窓のお姫様だ。私のような何もない平民の出とは違う。両親の顔すら知らない孤児なんかとは比べものにならない本物のお姫さま。
逃げてはいけないのだと分かってはいるのに。
もうこれ以上見ていられなくて。
踵を返し一目散に逃げ出した。
「ジーナちゃん!」
「よもやあのような女を妃に迎え入れるとは。やはり女王の家系すら途絶えたサキュバス族など低俗に過ぎなかったのだ!」
ロセアン公爵が豪語する。私のせいでお義母さままで悪く言われてしまう。そんなの……耐えられなくて。どうすればいいのか分からなくて。
零れ落ちる涙は止まらなくて。
誰もいない回廊に嗚咽の音だけが木霊する。
「ジーナ」
「……っ」
しかしその時、降ってきた声に驚き顔を上げる。
「ジーナ、もう大丈夫ですよ」
「し……さい、さま」
「ジーナは私の大切な娘です。例え血が繋がっていなくとも、大切な娘です。あなたは孤児でも下民でもありません」
「うう……っ、でも、わたし……逃げ出して……」
「辛い時くらい、父に甘えなさい」
「……っ、だけど私は礼の仕方も分からなくて」
「女神が選んだ神の子に頭を下げよと命じるのならば、そのものは神よりも偉いことになる。神を崇めない背信者に他ならないのです。だからジーナ、あなたが頭を下げる必要はありません」
「でも……そのせいでヴィクトルさまも、お義母さまもっ」
「ヴィクトルさまは……」
「……司祭さま?」
「ヴィクトルさまはアマリリス嬢の前で王の姿を示すことはありません」
「え……?」
「ロセアン公爵はそれを利用したのですよ。そうでなければヴィクトルさまはあのような慇懃無礼なジジイなど王として制しているてしょう」
「司祭さま、口が悪いです……」
「娘をバカにされたのですから当然です」
娘……。私にとっても育ての親は司祭さまだ。父親がいるのだとしたらこの方しかいない。
「それはぼくも賛成だよ」
「フィンリー……」
「心配になったからジャンさまに許可取って迎えに来た。司祭さまがいるとは思わなかったけど」
「そりゃぁかわいい我が娘ですから。もちろんあなたも」
「ぼくのことは……娘、でいいのか自分でも……いや今はそれでいい。司祭さまがジーナの父親ならぼくにとっては妹だから」
「え……っ、私の方がお姉ちゃんよ」
「だけど誕生日はぼくが先だよ?」
「教会に引き取られたのは私の方が先よ!」
「こう言うのは誕生日で……ふふっ、はははっ」
「フィンリー?」
「いや、ごめん。何か昔にもこんな事があった」
「そう言えば……」
どっちが妹なのか議論したことが。
「ふふっ、何だか懐かしい」
「うん。そうだね。でもやっぱり妹は泣き虫なジーナの方だよ」
フィンリーが優しく抱き締めてくれる。
頭を撫でるのは優しい司祭さまの手だ。
「大丈夫だよ、ジーナ。どんなことかあっても、ジーナはひとりじゃない。孤児でも下民でもない。ぼくたちの家族だから」
「……ん、うん……っ」
2人の優しさが嬉しくて、溺れそうなほどで。
溢れる涙は回廊に射し込む太陽のように暖かかった。




