【6】吸血鬼族と人間
————10年前。
村の広場では木の枝で男の子たちが遊んでいる。
「フィンリー、どうしたの?」
「いや……その」
「フィンリーもやりたいの?男の子だもんね」
その頃はフィンリーを男の子だと思っていたし、司祭さまもそう思っていた。
「ねぇ、司祭さまにお願いしてみよう!」
「だけどぼくたち、孤児だから」
「いいじゃない、木の枝くらい。ねぇ、司祭さま!」
フィンリーの手を引き意気揚々と司祭さまの元を訪れる。
「司祭さま!私たちもやりたいの」
「……ジーナ、フィンリー」
司祭さまは少し悲しそうな表情をする。
「ごめんね、ジーナもフィンリーもあれは出来ないんてすよ」
「どうして?」
「あれは【遊び】だからだです。お務めを果たさないと私たちはご飯が食べられないでしょう?」
教会の裏で育てている僅かな作物。しかしそれも村の人々に分けてもらった肥料で育てられる。足りない分はお手伝いをして野菜をもらう。
「外で遊ばせてやれなくてごめんね」
司祭さまは悲しそうだった。
「その代わり、お祈りのない日なら、聖堂で遊んでいいですからね」
とは言え小さな聖堂だ。それでも司祭さまが許してくれた範囲でかくれんぼをするくらいが私たちの遊びだった。
※※※
————懐かしいわね。昔は狭い限られた場所でしか遊べなかったし、村を行き来するのもほとんとがお務めだ。
奉仕をするのが当たり前と言われ何ももらえなかったこともある。
「ジーナ?どうした?」
「な、何でもないわ。ヴィクトルさま」
「なら、次はこちらだな」
中庭の次に案内されたのは広場のようだ。
「ここは身体を動かしたいやつ向けだな」
今も素振りをしている騎士がいる。
「訓練場は別にあるし、あそこは……血気盛んなやつらもいるから近付くのはお勧めできないが、身体を動かしたいだけならここでいい」
「そうね……私はあまり身体を動かすのは。でもフィンリーは……」
「ぼく……?その、こんな格好だけど女だし……その、男みたいに剣を持つわけにもいかないだろ?」
「別に性別はいいが……女性騎士もたくさんいるしな」
驚いた。王国では男の騎士や兵士ばかりだもの。
「でもいいのか?ぼくが剣を持ったりしても」
「これから王国で暮らすために必要なら、習うか?」
「……いいの?」
「ま、生贄として預かって、王国側につてもなく送り出す側としては出来るだけ王国側でも生活させてやれるようにはしたい」
そこまで考えてくれるなんて。普通に考えれば、勇者が魔王国を攻めていた頃に一番被害を被っていたのはこの吸血鬼王領だろうに。
彼はこんなにもよくしてくれている。
「ただ血が出ると吸血鬼どもが反応しちまうから、木剣だな。おーい」
ヴィクトルが呼びかけると、騎士が木剣を持って来てくれる。
「この子に手ほどきしてやってくれ」
「お任せを」
笑顔で応じてくれる騎士がフィンリーに剣を指南してくれる。
「あれ、もしかして女の子ですか?」
骨格や細身でだろうか?一発で見破った騎士もすごいが。
「そうたぞ」
「これは失礼、軽い剣にしますか」
「いや、これでいいです」
「魔族の女性騎士並みに逞しそうですね」
魔族と人間の違いには魔力の差もあるが種族による力の差もあるが。
フィンリーって割と力持ちだったのかしら?
カン、カンと打ち合う音が響く。
「なかなか筋がいいな。村でもやってたのか?」
「いえ、その……村ではさすがに」
孤児の私たちが剣を習えるなんてことはなかったし、女の子と知られてからはなおさらだ。
「だったら才能かな」
フィンリーの意外な才能に驚く。
村で遊べなかった分、フィンリーは生き生きとしている。あの村で、孤児として過ごしていなければもっと別の選択肢もあったのたろう。
王国に戻ったらその選択肢を選ぶことごできるだろうか?女性であるフィンリーでも彼女の望む生活を手に出来るだろうか……?
「ヴィクトルさま」
その時、ヴィオラさまがやって来る。
「料理長から、料理が出来たと」
その報せを受け、私たちは厨房に集合しいざ実食を迎える。
「これがお米」
「うん……一緒に食べると旨い」
ヴィクトルさまの言う通り、その味は。
「んんっ、美味しすぎる!」
鶏肉と卵のハーモニーもだが、玉ねぎの食感がいいアクセントになっているし、なによりお出汁の味も加わって米と合う。
「……何食べてるんだ?」
その時顔を見せたルーくんさま。
「美味しい玉ねぎ料理だ」
「うえぇ……兄さま」
ルーくんさまがあからさまに嫌そうな顔をする。
「でもとっても美味しいのよ。食べないと後悔するわ」
「ジーナ!」
ルーくんさまはとたとたとこちらに近付いてくる。やっぱりかわいいなぁ。
「ではこちらを」
料理長が小さめによそってくれた料理にルーくんさまが口をつける。
「ん……」
「どう?」
「……美味しい」
もぐもぐと食べ始める姿はかわいらしい。
「玉ねぎも食べられたね」
「……!」
「むぅ……これなら食べてやってもいい」
やはりグルメだと食べてくれるらしい。
「ジーナの効果だな。本当に感謝だな」
「ヴィクトルさま!その……お役に立てて嬉しいです!」
私たちが城にいるのは後わずかだが。それでも少しずつルーくんさまも野菜嫌い……いや、野菜グルメに目覚めて欲しいものである。
※※※
————あれからさらに1週間が過ぎた。
私は厨房を手伝ったり、ルーくんさま向けの野菜料理を考えたり。
後は中庭で本を読んで過ごしている。
生贄の身なのにこんなに充実した日々を過ごさせてくれるなんて。
少し広場を覗いてみれば、フィンリーが剣の稽古をしている。
「……ジャンさまが教えてくれてるの?」
フィンリーの相手をしているのはジャンさまだ。
「ジャンさまが自ら稽古とは珍しいです」
その時休憩していた女性騎士が感心するように話しかけてくる。
「あれは相当才能を摘んでいるのですよ」
「そうなんだ……フィンリーってすごい」
それに比べて私は……王国に戻ってもやっていけるように手仕事を出来ているだろうか?
「……」
書庫に行ってみようかしら。最近では書庫の出入りもさせてもらっている。
もちろん重要書類や書物は読めないが、小説や絵本は興味深く読ませてもらっている。
人間の王国にはない魔王国視点の本である。
「えっと……確かこの道を」
行きは侍女に送ってもらったが……念のため呼んだ方がいいだろうか。書庫は少しだけ遠いのだ。
「でもお仕事の邪魔になったら悪いわ」
少し行くだけだから。
とたとたと回廊を進む。
「もう少し……」
そう思った時、男性の話し声が聴こえる。侍従や騎士……ではなさそうだ。
身分の高い方だったらどうしよう!?やはり侍女に来てもらうべきだったか。
「こんなところに人間がいようとは」
「まさか生贄の人間か?」
城の制服ではない男性の二人組。2人とも角や羽根はない……けれど私を【人間】と呼ぶのなら吸血鬼!?
「……っ」
下手に答えたら失礼になるだろうか。
「どれ、味見してやろうか」
唇の中から牙がのぞく。これは被捕食者の本能だろうか。
「も、申し訳ありません!」
急いでその場を離れようとするが、手首を掴まれる。
「待て。人間がこんなところでほっつき歩いていると言うのなら城の防衛に関わる」
「……っ」
それはそうかもたが、ヴィクトルさまには許可を……。
「ヴィクトルさまに差し出す前に味見くらいはいいだろう?」
「ククッ、それもいい。最近はめっきり人間を賞味する機会が減ってしまった」
これは不味いのでは!?
「さぁ、おいで」
「……ぃやっ」
「生意気な人間が!勇者がいなければ魔族に立ち向かうことも出来ぬくせに!」
この吸血鬼たちは人間に友好的では……確実にない。城の魔族たちがいかに私たちによくしてくれたぎ分かる。今さらそこに気が付くなんて。
私は……愚かだ。
「さぁ」
牙が光る。恐い……恐い。私、襲われるの……?
生贄になることは覚悟していた。吸血鬼の生贄になるとはそういう事だ。だがこの男たちは……本能が拒絶する。
「何をしている!」
その時響いた声にハッとする。
男たちが私から手を放し後ずさる。
「ヴィクトルさま!」
「ジーナ、無事だったか」
「う……うん」
「良かった」
ヴィクトルさまの掌が頬を撫でる。
その口からは時折牙が見え隠れするのにどうしてこんなにも落ち着くのだろう。
「ところでお前ら」
「は、はい、王よ」
男たちが畏まる。
「公爵の紹介だからと城の滞在を許可したが……」
「いえその、人間が彷徨いていたもので」
「彼女は吸血鬼王の賓客だ」
「生贄ではないのですか!?」
「それはそう言う意味だ。公爵は言ってなかったか」
「それはら……その」
「もう帰るといい。公爵にはこちらから抗議しておく」
「ひいぃ……っ」
そう言うと男たちが脅えたように去っていく。
「はぁ……全く。公爵が客をよこしてきたのは偵察もあったんだろうが、よくもまぁあからさまに」
「その、公爵って」
「吸血鬼の古参……まぁ長老みたいなものだ。俺は王とはいえ、古参の意見を無下には出来ないから受け入れたんだが、済まなかったな」
「いえ……その、私こそ」
「……侍女を連れてなかったのか」
「ごめんなさい……少しならいいと思って」
「こういう事もある」
「ええ……思い知ったわ」
「なら、今度からは侍女をつけてくれ」
「分かったわ」
「……」
そうすると不意にヴィクトルさまが顔を近付けてくる。
「ヴィクトルさま?」
「すまん。その……吸血鬼が恐くなったかと」
「えと……その、さっきの2人はちょっと恐かったけど……ヴィクトルさまは恐くないわ」
「俺は……」
「ええ。だって、とってもカッコいいもの」
「……っ」
ヴィクトルさまの頬が赤い。あれ、私……今何か変なことを……?
「その……ええと、王さまらしくて、カッコいいってたけで……」
「いや……まぁ、そうだよな」
ヴィクトルさまはどこか残念、そうな?
「まぁいい。どこに行く気だったんだ?」
「書庫に」
「なら、送ってく」
ヴィクトルさまが私の手を取る。
「だけど忙しいんじゃ」
「俺もちょうど行くところだったんだ。だから気にするな」
「あ、ありがとう」
何気ない、彼の優しさ。
王として、私たちの身を預かる立場としての責任を果たしてくれているだけ。
私たちはいすれ王国に帰らないといけない。
それなのに繋いだその手の温もりを愛おしく思うのは……その決意を揺らがせる。




