【4】吸血鬼王城の生活
————side:フィンリー、10年前
ジーナと出会ったのは絶望の中、母が命を絶って司祭さまに引き取られた時だ。
「フィンリー、この子はジーナですよ」
知らないわけじゃない。ぼくは母親に決して家から出るなと教えられてきた。それでも窓の外で同い年なのに村の仕事をする少女を見ていた。
「この村の孤児院……と銘を打ってはいますが小さな村てす。教会がその役目を務めているんです」
「……うん」
「だからフィンリーもここで暮らすんですよ」
「分かった」
そう頷けば、ジーナがニコリと笑って手を握ってくる。
「よろしくね!」
「あ……うん」
日陰で脅えながら生きてきたぼくには眩しすぎる笑み。だけどこの子の側にいたいと本能が感じたのだ。
ジーナと司祭さまと過ごす時間は楽しかった。貧しかったし、惨めに見られることもあった。
だけど初めて出来た『友だち』の存在はぼくにとってかけがえのないものだった。
「ちょっと、どういう事なのかしら」
その日、聞き覚えのある声が木霊する。
「ですからあの子は、あの子の母親の意思に則り教会が引き取りました。お引き取りください」
「だけどあの子はソード家の妾の子よ。母親が役に立たなくなったのなら息子を働き手としてよこしなさい」
あの女は……母さんを虐めていた『ほんさい』と言うやつだ。母さんの元にもたびたびやって来て母さんに酷いことをした。
だけどあのほんさいは『勇者』の母親だから誰も文句を言えないんだ。
「男手が必要なの」
そう銘打って働かせたり、酷いことをしたりするつもりなのだろう。
「男手ならもうおりましょう」
「アレンは勇者なのよ!?勇者なんだから働く必要なんてないの!働くのは下々の役目でしょう!」
どうしてこうまでして本妻の子と扱いも違うのだろう。本妻の子が勇者だから?勇者ってそんなに偉いのか?
「しかし……あなたのご主人も男ならば引き取るつもりはないと」
「それは女じゃないなら用済みだからでしょ?あのふしだら女……身体だけは気に入られてたみたいだし」
ほんさいが憎悪に満ちた表情を浮かべる。恐ろしい……自分が女だったのなら、一体あの男に何をされたんだ。
ふるふると震えが止まらない。
「フィンリー」
ジーナが慌てて支えてくれる。
それに気が付いた司祭さまが立ち上がる。
「いたわね……そいつは連れて帰って馬車馬のように働かせ……いいやいたぶってあげる!」
本当に醜悪な女だ。
「お引き取りを」
司祭さまがぼくたちを後ろに下がらせる。
「この……っ」
「お引き取りを。父親が実子として認めていないのならこの子は孤児。教会が引き取るのが筋というものでしょう」
「……っ」
ほんさいが悔しそうに顔を歪める。
ぼくが女じゃなかったから。
ぼくが女じゃなかったから。
ぼくが女じゃなかったから。
だから……だから。
それでもそんな救いは長くは続かなかった。
「……ひ……っ、血……っ」
ある日血まみれの朝に悲鳴を上げた。
「フィンリー……君は」
司祭さまが驚いている。
「女の子だったんてすね」
「……え?」
それはぼくを地獄に突き落とす言葉だった。
成長するにつれ、膨らむ胸。司祭さまが教えてくれた、男の子の特徴がないこと。
あの血は確実にぼくが女の子であることを示していた。
「決してバレないように」
司祭さまはぼくにさらしを渡してくれた。ぼくの身の安全のために、司祭さまもジーナもぼくを男の子のままにした。
しかしある日のこと。
「ジーナ……?」
ジーナが会っていた男に戦慄する。
「あ……フィンリー!あのね、フィンリーにはまだ紹介してなかったっけ。ずっと修行に出ていたの。勇者のアレンよ」
「君がフィンリーか」
そいつはぼくに微笑んだ。
「弟がいると聞いていた。母は仲良くするなと言うが、ぼくは弟がいることが嬉しいんだ」
「え……?」
「あのね、フィンリー。アレンが、おばさまにちゃんと言ってくれるって」
「そうだね、ジーナ」
アレンがジーナの腰に腕を回す。
「ぼくとしても母の言い分には思うところがある。父は男なら必要ないと言うが……でもぼくにとってはたったひとりの弟だから」
そんな顔をするな。お前はあの女の息子で、嫌な奴で、憎むべき奴で。
そしてジーナに……どうしてそんなにも触れている。
「だからフィンリー。ぼくがフィンリーを守るよ」
恐ろしい、何よりも恐ろしい呪縛の言葉。
ぼくはどうあってもこの男を信用できなかった。ジーナに触れる手を振りほどきたかった。
だけど……知ったんだ。
「私、生贄になるのよ」
「は……?」
「だけどね、アレンは勇者として活躍して、国王さまに褒美として生贄にならなくていいように取り計らってくれるって。だから私……アレンを信じてるの」
嫌だ……嫌だ嫌だ嫌だ。
そんなのは。
嫉妬だ。完全なる嫉妬だ。女として生きたことなんてないのならこれは男の嫉妬なのか?
身体は……女の子なのに。
頭がぐるぐると回る。教会の隅でうずくまる。
「おい、お前は」
顔を上げて固まる。アレンを少し成長させたかのような顔。幼き日に見覚えのある顔。
「ますますあの女に似てきた」
ゾクリとした。
「男のくせに」
男の手が伸びてくる。
「やめっ」
胸部が引き裂かれる。
「お前」
男がニヤリと嫌な笑みを浮かべる。
「女だったか」
「嫌だっ!」
振り払おうとした手は一向に振り払えない。男の不快な感触が身体に伸びてくる。
「やめて!フィンリーに酷いことをしないで!」
ジーナがぼくを抱きしめる。
「この生贄めが!」
男がジーナに暴力を……っ。
「父さん!」
その時アレンが割り込む。
「やめろよ」
「あ、アレン……お前は親に向かって……」
「なら勇者として領主さまにアンタの蛮行を報告してやる!」
「何だと!?」
「アンタのその贅沢もふんぞり返った態度も、ぼくの名前を使っていることくらい知ってるんだ」
「……っ」
「今の贅沢を没収されたくないのならフィンリーに手を出すな!」
「だがソイツは女だぞ!」
「関係ないさ。女の子でも……妹を守るのは兄の役目だろ!」
その言葉に男は引き下がる。
ぼくは……。
「フィンリー、大丈夫かい?君が妹でも、ぼくにとっては大切な妹だよ」
信じても……いいのだろうか。
しかしその淡い期待はその数年後打ち砕かれることになった。
※※※
————side:ジーナ、現在
村を捨てて、フィンリーと新たな生活を始める。私には失うものなんてこれ以上ない。育ててくれた司祭さまには感謝しているしいつか恩を返したいと思っているが。
「フィンリー、王国に帰ったら、何をしたい?」 「ジーナ、ジーナは本当に王国に帰りたいのか?」
「えと……その、それがヴィクトルさまの方針なら、生贄の身としては従うしかないわ」
迷惑はかけられないもの。
それでも後悔がないとしたら嘘になる。これでヴィクトルさまとお別れになるなんて。
脳裏に浮かぶのは国境での出会い。恐いと思っていたのに、意外と優しかったり、弟思いな一面があったり。
「おい、ジーナ、フィンリー」
おっと……そうこうしていれば今日もかわいいお客さまだ。
「ルーくんさま。どうしたの?今日は何して遊ぼうか」
「魔王四天王と勇者ごっこ!」
勇者……その言葉にずきり、としないわけじゃない。
「悪いけどその遊びは……」
フィンリーが慌てて割り込む。
「むう……ダメなのか?」
「そもそも誰が勇者役をやるんだ?」
「フィンリーが男なんだから、フィンリーが勇者!」
「……ぼくは女だよ」
「ええっ」
「じゃなきゃ同じ牢なはずないでしょ?」
「しょうげき」
「ふふっ、そんなに驚いた?」
「フィンリーは女の子……ならぼくは紳士をしなきゃいけない」
「え?」
フィンリーがきょとんとする。
「女の子にはこうやって、薔薇を差し出……今薔薇持ってないや」
「いいよ、薔薇ってトゲがあるんだろ?怪我する」
「じゃぁ、ダンスに誘うのだ」
「ぼくはダンスは踊れないよ」
「しゅーん」
あら……凹んじゃった。
「ルークさま、ここにいらしたのですか」
やって来たのは……確かジャンだったわね。
「あ、ジャン!フィンリーは女の子だからね、薔薇をあげてダンスに誘いたかったのに……ダメだって」
いや……庶民には無理だからなのだが。
「もう少し大きくなってからね」
「兄さまもそう言う」
「ルークさまがまだ子どもだからです」
「むぅっ、すぐおっきくなるもん」
「では人参も食べれるようにならないとですね」
「うぅ……」
ルーくんさまがとたとたと戻ってくる。
「にんじん、食べなきゃダメ?」
めちゃくちゃかわいいのだが。
「うーん、かぼちゃは好き?」
「好きだぞ!甘いのだ」
「ならかぼちゃに人参を混ぜると食べやすくなるわよ」
「かぼちゃに最終兵器人参を混ぜるのか?」
さ、最終兵器って。
「美味しいわよ」
「うー」
ルーくんさまがジャンさまを見上げれば。
「料理長に提案してみましょう。ヴィクトルさまもきっと賛同されます」
「兄さまを出すなんてずるい」
「これが戦略というものです」
「うーっ」
そう言いつつもそわそわしているのは試してみたい……と前向きに検討し始めている証かしら。
「もしダンスを踊ることがあればお教えしますので」
「いやその、踊るとは……」
フィンリーが慌てて否定すれば、ジャンさまは本気なのかとうなのか。どちらともとれる笑みを浮かべながらルーくんさまを送っていくようだった。




