【3】吸血鬼王の提案
————1日3食3時のおやつ付き、さらには快適なベットとバスルーム。何なら暇だろうと本や刺繍道具までもらってしまった。刺繍は……繕いものくらいしか出来ないのだがそれでも至れり尽くせり。
「ひょっとしたらひょっとしてなのだけど……魔族と人間の牢屋感覚が違う……って可能性はないかしら」
「いや、それはさすがにないんじゃない?」
フィンリーに即座に否定されてしまった。
「そうよね……」
なら吸血鬼王は一体何を考えてらっしゃるのかしら。
「おい、いけにえどもよ」
あら、そうしていれば今日もかわいいお客が来たようだ。
「どうしたの?ルーくんさま」
「うむ!素直で大変よろしい!」
あなたは大変かわいい。
「今日はいけにえどもに取っておきの褒美を持って来てやったぞ!」
「あら、何かしら?」
思えばずっと両手を後ろにしてるわね。
「これだ!」
じゃーんと見せてきたのはお皿に乗せられた緑の……。
「ピーマン?」
「ち、違うぞ!」
いや、見た目は本当にピーマンなのだが。
「魔王国領では違うのかしら」
「そ……そうなのだ!」
「でも領地は隣り合ってるし、そうそう変わりはないと思うんだけど」
フィンリーの言葉にルーくんさまがビクンとなる。
「遠くからの輸入品なのだ」
「そういうものかしら」
「そういうものだぞ!」
そう言うと鉄格子の小窓を開けてルーくんさまがお皿を差し出してくる。
ひょいっと指でつまんでみれば。
「……ピーマンね」
「本当だ。これは明らかにピーマン」
「ち、違うんだからな!?」
うろたえるルーくんさまだが。
「ル〜〜ク〜〜」
その時、ルーくんさまの後ろに立ちはだかった魔王の笑みの吸血鬼王にハッとする。
「てめぇ、何ピーマン残してんだ!」
「ひぃうっ!?兄さま、これは違くて」
「違わない!」
「いけにえどもへのほどこしなのだ!」
「ほどこしなんて必要ないくらいちゃんと食事出しとるわ!」
うん……確かに。
「それはお前が食べたくなくて残しただけだろーがっ!」
「でも……兄さま」
「でもじゃない!そのピーマンはお前が食え!」
「うう……ピーマン嫌ぁ……」
まぁちょっと苦いものね。村でも子どもには不人気だったから、私やフィンリーはその分おこぼれをもらえた。
村の小さな孤児院はお金がなかったからピーマンでも気にせず食べるしかなかったのだけど。
「……あ、そうだわ」
「……何だ?」
「あの、吸血鬼王さま」
「……ヴィクトルでいい」
「ヴィクトルさま」
「ああ。それで?」
「その、ピーマンの挽き肉詰めはどうでしょうか!」
「挽き肉詰め?」
「はい!村の小さな祭の時だけ、私たちみたいな孤児も余ったお肉をもらえるんです。それを司祭さまと挽き肉にして混ぜてピーマンに詰めて焼くんです。それがとっても美味しいんです」
ピーマンなんて余るほどあったから、司祭さまがそう工夫してくださったのだ。
「ふむ……厨房に伝えてもいいかもしれない」
「はい!それならきっとルーくんさまも気に入ってくれるかと!」
「なるほどな。分かった。恩に着る」
「その……っ」
私は生贄なのに。
「だがルーク」
「ひぅっ」
「そのピーマンはとにかくお前が食うように」
「ひぇっ」
「おやつ抜きにするぞ」
「……うう……おやつのため……おやつのため……」
「それでもちゃんと食べられたら偉いわよ」
「……いけにえ」
「その、ジーナって名前もあるんだけど」
生贄の身としてはおこがましいかもしれないが……。
「じ……じじじっ、なっ」
「ルーク、お前女の子の名前呼ぶだけでなーに照れてんだ?」
「照れてないもん!それなら兄さまは照れないのですか!?」
「えっ」
吸血鬼王が私たちを見る。
「コホン。その、ジーナとフィンリー」
「は、はい」
「その……」
改めてながら、吸血鬼王に名前を呼んでもらえたことに2人で驚きつつも答える。
「取り敢えず、これは回収しておく」
ヴィクトルさまがお皿を回収し、ルーくんさまを引っ張っていく。
「相変わらず、何を考えているのか」
そうよね……私たちは生贄なのに。その……吸血鬼なのに吸血のこととか、何も言わないし。
「でもルーくんさまはかわいいわね」
「それは確かに」
ピーマンが苦手なところは……本人には悪いがかわいらしくて。
「食べれるといいなぁ」
「うん、あれ美味しいもんね」
そうして本を読みつつも、繕いものはないので刺繍道具は片付けて。
夕食の時間。
「これ……」
ヴィオラさまに持ってきてもらったプレートを見て驚いた。
「はい。ヴィクトルさまから話を聞いた料理長が作ったものですわ。少しアレンジを加えて特製のタレを添えて」
「そんな……私たちまでいいのですか?」
ピーマンだけではなくお肉まで。
思えばここでは村では祭の日に少ししか食べられなかったお肉も普通に出るのだ。
「ええ、もちろんですわ。そして是非感想を聞かせてくださいませ」
「わ、分かったわ」
ヴィオラさまに手を振り、フィンリーと2人でフォークをつける。
「ん……ジューシー!」
「うん、美味しいよ。さらに美味しくなってる」
ソースまで染み込んでいて美味しいの何の。こんな贅沢にお肉が食べられるなんて。
「村にいた頃とは大違い」
「……ジーナ」
「てっきり死ぬつもりでここに来たのに……」
生贄とはそういう事だ。人質でもあるが、決して解放されず吸血鬼の糧になるのがこの生贄だ。だから人質ではなく【生贄】と呼ばれるのだ。
「ジーナは生きていたいんだね」
「そんな……今さら。私にはもう……何も」
「アレンの裏切りなんて気にすることじゃない。アイツは……親に似て最低だったってことだ」
「フィンリー……」
「ぼくだって……アレンは別なんだって思ってた。例えアレンの父親が最低でも……本妻が贅沢にしか興味のないクズでも」
「そう……よね。アレンは庇ってくれたのに」
本妻はフィンリーを目の敵にしたし、アレンの父親はフィンリーの母親だけじゃなくフィンリーにまで手を出そうとした。
それを庇った私や司祭さまをアレンの両親は勇者の両親だからと偉ぶって強行しようとした。
だけどアレンはそれを止めてくれた。
「多分それも見栄なんだろうさ」
「見栄のためにフィンリーも私も……」
裏切られたのか。
「ジーナ」
「フィンリー?」
「ここでの生活がどうなるか分からないけど……少なくともさ、今だけでもジーナには幸せであってほしいんだ」
「だけどそれは……」
フィンリーだって……。
「ジーナがいつも守ってくれて、庇ってくれたからぼくはあの村でも生きて来られた」
「そんな、私は無力で……」
最終的には司祭さまが庇ってくれて、アレンが見栄のためとは言え自身の両親を止めたから。
「でもジーナのその気持ちが何よりも嬉しかった」
「……フィンリー」
「だからもし、生贄として命を捧げるのならぼくがやる」
「そんなっ」
「ジーナだけでも、釈放されるように」
「そんなのダメよ!2人で……2人で生き延びなきゃ……」
「ジーナ、フィンリー」
その時名前を呼ばれて振り返れば。
「……ヴィクトルさま?」
今の話、聞かれてた……?
「お前たちに話がある」
「は、はい……」
やはり生贄として来た身……先ほどの話はまずかったろうか。
「お前たちの勾留期間は長くとも1カ月ほどだ」
「え?」
「外に、出たいんだろう?」
「それは……っ」
一体いつから聞いていたのだろう。
「この生贄の引き渡しは王国側が何代もに渡って押し付けてくるものだ」
「え?魔王国側が望んだことではないの?」
「人間の未知への恐怖は時にこう言う生贄信仰を生む」
生贄……信仰。
「そう言うのは時に迷信や憶測を呼ぶ。例えば吸血鬼は陽の光に弱い……とかな」
「そう言えば陽の光の下でも平気にしてたわね」
「まぁ、肌が弱いから日焼けしやすいってだけだ。陽の光から防備していることも多いから生まれた憶測だろう」
そう言われてみれば納得できる。真相はそうだったのか。
「そして生贄も迷信と憶測によって元々吸血鬼領との境界に追いやられた人間たちが、自分たちが生き延びるために始めたことだ。そして王国側もそれに乗っかり、生贄を出すことで暗黙の不可侵を押し付けている」
追いやられた……?村の人々が?思えばおかしな話である。
普通魔王国との国境ならば無防備な村ではなく砦や城砦を築くべきではないか。兵士だって常駐していない。都合のいい時だけ搾取に来るだけだ。
「現状、国境というだけで魔王国側に侵略の意思はない」
生贄が抑止になっているわけではないとしたら……本当に魔王国側は人間の王国など攻めるつもりはないどころか……。
「だから魔王国側ではこの生贄は形骸化している」
完全にただの押し付けじゃない。
「私たちは、どうなるの?」
「ほとぼりが冷めればみな王国側に帰っていく。もちろん元の村には戻せないが」
だから10年前の生贄も戻ってこなかった。その前も、ずっと前からも。
「お前たちが引き渡されたのは北部の国境。釈放するのは南部の国境だ。そこまでは輸送させてもらうが、その後どう生きるかはお前たちの自由だ」
「私も、フィンリーも?」
「ああ」
「だけどその……吸血鬼は人間の血が欲しいんじゃないの?」
「そりゃぁないよりはあった方がいいが、別に魔族や同族相手でも困らん。人間側が吸血鬼の生態にかこつけて攻めてくる可能性があるのならそれはしないし、あちらが勝手にやってくることを無理に拒否はしない。あちらが思う方向に済ませておくことが国境の平穏に繋がるのなら」
魔王国側はだから生贄の儀を拒否することがない。
王国側が生贄を出すことで魔王国側が攻めてこない、そう考え魔王国側に攻撃をしないのなら。
「1カ月ほどは不便をかけるが、考えておいてくれ」
こんなに良くしてもらった挙句、釈放まで約束してくれるなんて。
カツカツと遠ざかっていく足音とは裏腹に、考えることはぐるぐると頭を巡って……。
「ジーナ」
「フィンリー」
「ぼくたちは王国に戻って暮らすのか」
「そう……なるわね。そうしたらフィンリーも付いてきてくれる?」
「それはもちろん!でもジーナ」
「……ん?」
「いや、何でもない」
フィンリーはそっと視線を逸らせば、その先を教えてくれることはなかった。




