【2】小さな吸血鬼王?
突如私たちの前に現れた小さな吸血鬼王にぽかんとする。
「ふっふっふ。恐れることはない。いや、恐れるべきか?」
何だかかわいいのだが。
「いや、何故そこに……っ」
しかし反対にジャンさまや周りは戸惑っている様子。
そして程なくして。
「ルーク!!」
大きな声と共に、玉座に駆け寄った青年は……先ほどの彼だ。先ほどの軍服ではない装いで……マントが何だかズレているような。
「お前何してんだ!」
そう言うと彼はルークさまの脇を抱えて……あれ?ヴィクトルさまじゃないの?
「あうーっ、でも兄さま」
兄さま?ルークさまが足をバタバタさせている。
「でもじゃない!全く何考えてんだ!ここは俺しか座っちゃいけないの!」
え……彼しか?
「でも吸血鬼王ごっこ……やりたかったんだもん」
涙目の小さな吸血鬼王が……何だかかわいい。
「でもここはダメだ。やりたいのなら他でやれ」
「ここでやりたい!」
「ダーメ!言うこと聞かないなら今日のおやつは抜きだぞ」
「ひえんっ」
おやつに釣られちゃうところがまた……いや、私たちは何を見せられてるんだ?
「とにかく」
彼はルークさまを騎士に預ける。
「ルークは下がらせておいてくれ」
「かしこまりました」
騎士がルークさまを抱えて下がる。さすがにおやつ抜きと言われたルークさまは暴れるのを我慢して連行されていった。
そうして彼が装着途中だったらしいマントを整え、ぼすんと玉座に腰掛ける。
「よくぞ来た、生贄どもよ。我こそは吸血鬼王ヴィクトル・ブラッディローズだ」
「その……はい」
確かにここから見れば勇ましい……畏れるべき吸血鬼王なのだが。
先ほどの微笑ましいやり取りを見せられてしまったからなぁ。
「言っておくがお前たちは生贄……つまりは人質でもある」
「こ……心得ております」
「ならばよい。だが男女である以上部屋は別々だ。いいな?」
「あの……その、女同士ですけど」
「は……?」
「フィンリーは女の子ですよ」
「……え?」
そりゃぁその、髪が短いし装いも男装だから誤解はされやすいのだが。
「失礼いたします」
女性の騎士がフィンリーの身体を上から確かめる。
「間違いなく女性です」
「……ならベッドをひとつ追加しておくように」
「侍女長に申し伝えましょう」
「……ああ」
取り敢えずフィンリーと引き剥がされることはなくなった……のよね?
※※※
――――部屋が整うまでの間、私たちは何故か豪華な客間に通されていた。
「どうぞ」
優しげな魔族の侍女がアイスティーのようなものを差し出してくる。
確か村長の娘やアレンの母親は自分たちは資格があるからとあったかい紅茶を飲んで自慢していたっけ。
まるで貴族夫人か何かのように。
だけど……アイスティーなら大丈夫よね?
「ジーナ、飲むの?」
「まぁ出されたものだし……あったかいものじゃないもの」
「ああ……確かに」
「あら、人間の王国にはそのようなしきたりがありますの?」
侍女が興味深げに問うてくる。
「ええと……貴族や村で位の高い夫人に許されるそうなのよ」
「まぁまぁ。確かにこちらでも王族や貴族はあたたかい紅茶を振る舞うことはありますわ。けれど庶民もカフェなどで楽しむことができます」
「そうなのね。ひょっとしたら村の外ではそうなのかしら。私たち、栄えた街には行ったことがないのよ」
孤児の男だったら街へ物資の運搬に出されたろうけど……私たちは女だったからそうはならなかった。
アレンの母親はフィンリーにやらせろとうるさかったけど、教会の司祭さまが守ってくださった。
「まぁ、そうでしたの。こちらでは特に気にいたしませんので、どうぞ遠慮なく。アイスティーも王族貴族庶民問わず人気ですのよ」
「そうなんだ。ありがとう」
口に含んでみると、爽やかでみずみずしい果実の味とともに独特の風味が伝わってくる。
「美味しいわ」
「……確かに」
フィンリーも恐る恐る口につけている。
「それはようございました」
本当にこんな美味しいものを出してくれるなんて……あれ、でも私たちって生贄……つまり人質よね?それなのにアイスティーをご馳走になるって……いいのかしら?
※※※
暫くして現れたのは紫髪の翼を持つ魔族。特徴的に……サキュバス族かしら?
「侍女長のヴィオラと申します。お部屋の準備が整いましたのでご案内を」
「は、はい!」
ん……?部屋?牢ではないのだろうか。
ヴィオラさまについていけば、案内された部屋には扉がない。そして奥に通されれば広々とした部屋にベッドが2つ、ソファースペースまであるここは一体……?
「あの……私たちは牢に案内されるのでは……?」
「牢でございます。その証拠に……」
ヴィオラさまが部屋の外に出、何かのボタンを押したその瞬間。
ガシャンと鉄格子が降りてくる。
「ね?牢屋でございましょう?」
「え……ええ、まあ」
見てくれはそうなのだが……いかんせん中が……。
「中にはバスルームやトイレもありますのでお好きにお過ごしくださいませ。あと、食事は1日3食3時のおやつ付きです。どうぞごゆるりと」
そ……そうは言われたって……食事にその上おやつまでってどういう事!?
ヴィオラさまが部屋の前を後にすれば私たちは部屋のソファーに落ち着いた。
「一体どういう事なのかしら」
「そう……だよね。ぼくたち、生贄と言う名の人質だし、さらにひとり増えたのにこれは……」
「ええ。村長の家や……アレンの母親の部屋よりも豪華よ」
「それは言えてる。あの女は勇者を産んだからと村長に勇者の養育費をたんまりともらっていたから」
「……養育費と言いながら家を豪邸に造り替えたのよね。勇者の教育に必要だからって」
「うん……いつからそんなことになったのか……。司祭さまが言うには、神託が下ってかららしい」
「そうよね。アレンのソード家には勇者が生まれる……そう神託が下って、あの家の長男であったアレンは勇者として育てられた」
そしてアレンの両親は好き放題村長に金銭を要求し、さらには領主さまからも勇者の養育費だと金をもらい贅沢をした。
「それでも都市の戸籍を持たないからなかなか村を出られないのよね」
「まぁ領主さまとしても勇者の居住地を領地から出したくないだろうし」
万が一他の領地に行かれては領主さまの沽券に関わる。
「それでも村の庶民の立場に押し込められたのは……」
「勇者を産んでも、決して貴族になれるわけではないという牽制だよね」
それも知らず、あのひとたちは貴族気分なのだ。
「その上あの父親……」
フィンリーの顔に影がかかる。
「フィンリー……」
「いいんだ。事実だよ。勇者を産んだ家の家長だからと村一番の美人だった母さんに手を出した……」
そしてフィンリーは生まれ、嫉妬したアレンの母親に虐められフィンリーの母親は命を絶った。
「その上次の狙いはぼくだ」
フィンリーが女の子のような格好をしたがらないのはそれもあるのよね。
「村ではアレンが父親を止めてくれたけど……」
「ジーナへの仕打ちを考えれば、あれも自分の名声や見栄のためにやっていただけだよ。権力や金をチラつかされれば簡単に裏切る」
「……うん」
現に彼は王女さまを選んだんだわ。信じていた心も裏切られた悲しみも、雨と一緒にすっかり冷めてしまった。
「でもね、フィンリー」
「ジーナ?」
「フィンリーが一緒にこっちに来てくれて良かったと思ってる」
精神的な面もそうだが……。
「生贄とは言え、しつかりご飯が出て、こんなすてきな部屋も用意してもらえたんだもの」
「まぁ……あの村にいるよりはましだよ」
司祭さまがいるとはいえ、何処まで守ってもらえるか分からない。アレンの父親が強引な手に出れば……。
アレンの母親の嫉妬がフィンリーにまで向いたら……。
それを想像したら恐怖以外の何も浮かばない。
「とにかく今は安全……と言うことよ」
吸血鬼王は悪いひとじゃない。いいえ、むしろその逆とも言える。
「おい」
その時、甲高いけれどどこか勝ち気な声にハッとすれば。鉄格子の前に小さな吸血鬼王……の弟がいた。
「ええと……確かルークさまよね」
フィンリーと共に鉄格子の前でしゃがみ込む。
「うむ!ルーくんと呼ぶのだ!」
る……ルーくん?いきなりそんな呼び方いいのかしら!?
「その……ええとね、私たちは平民で……その、王族とか貴族の礼儀を知らないから」
「そうなのか……?ならぼくが教えてやろう!」
「あ、ありがとう……?」
まぁ貴族の子なら小さな頃から教育を受けるとは言うわよね。しかも吸血鬼族の中の王族の系譜である。因みにそれら種族の王族貴族を総括しているのが魔王と魔王一族だ。
「まずは吸血鬼王のおな〜〜り〜〜と告げられれば、ははぁっ!と両腕を挙げるのだ」
さっきの謁見では挙げていたっけ。しかしイレギュラーな出来事があったからなぁ。
「吸血鬼王のおな〜〜り〜〜」
じゃ、じゃぁ腕を恐る恐る……。
「こらぁっ!変なことを教えるんじゃない!」
「ぎゃーっ!」
後ろに般若の顔をした吸血鬼王が現れルーくん……さまが絶叫する。
「夕飯……抜きにすんぞ!」
「いやぁーっ!」
ええと……その、優しい御方だとは思ったんだけど。意外と厳しい……?いいえ、これも弟君を思ってのこと……よね?
何だかまだまだ吸血鬼王と言う御方を理解するには情報が足りなすぎる。




