【1】吸血鬼王の生贄
――――人間と魔族の国境の村。村では10年毎に国命で生贄を差し出し魔族側の吸血鬼王領の侵略を防いでいた。
今年は……私が生贄に捧げられる年だ。
そっと水がめに映る自分の顔を見つめる。淡いグレーの髪に金色の瞳。瞳だけは立派なものだが、顔立ちは平凡だし孤児には過ぎたものだと散々弄られた。
だけどアレンだけは……。
「ジーナ」
「フィンリー?」
こちらに駆けてきたフィンリーは金色のショートヘアーに茶色の瞳をしている。
「アレンが……勇者アレンが帰ってくるんだって」
「アレンが!?」
彼は勇者として2年前に修行の旅に出た。
「ついに帰ってくるのね」
きっと立派に成長してるだろうなぁ。
「それに……アレンが帰ってきたら」
「ああ、きっとジーナを生贄から解放してくれるはずだ」
「ええ」
アレンは修行の旅の褒美に、国王に生贄の解放を望み救ってみせると約束してくれた。
これからは生贄なんて必要なくなる。この国境の村も違うかたちで国に守ってもらえるのよ。
晴れ渡る空が希望の光を届けてくれる中、私たちもアレンの元へ走る。
『ジーナ』
旅立つ前の一時が脳裏に蘇る。
『ぼくは修行に出てしまうけど……ジーナのために立派な功績を立ててみせるよ』
『アレン……』
『だから信じて待っていてくれ。必ずやジーナを生贄の役目から解放する。そして……結婚しよう』
『ええ……!』
そうして彼は旅立っていった。
彼はどんな風に成長しているだろうか。
わくわくする衝動と数年ぶりに会う緊張を覚えながらも向かう。
「みんな集まってる!」
「ああ、行こう」
村人たちを押しのけ、私たちも輪の中心に出た……時だった。
「アレン……お前、これはどういう事だ」
村長である。どうしたのだろうか?
しかしその言葉の意味はすぐに察する。
金茶の髪に茶色の瞳の整った顔立ち。間違いなく彼はアレンだ。しかし……アレンの隣に立つプラチナブロンドにエメラルドグリーンの明らかに位の高そうな身なりの美少女に、彼らの後ろに並ぶ鎧の騎士たち。
「聞いてくれ」
村長の戸惑いも一掃し、アレンが声を上げる。
「ぼくは勇者としての修行の旅を終えた!そして数々の魔物討伐で功績をあげた!」
そう……でしょうね。だから戻って来たのだ。
彼の輝かしい功績とは裏腹に、空には暗雲が立ち込める。
「そして……隣にいる我がホーリークラウン王国王女グレースと結婚する」
「……っ」
その言葉に膝からガクンと力が抜け落ちた。
「け……こん?」
アレンの言葉に村人たちの視線が私に集中する。
「私と……結婚は?」
「ああ、その話か」
アレンがはぁとため息をつく。な……何なの?その反応。今までそんな面倒くさいものを見るような目をされたことなんてなかったのに。
「そんなもの、正式な婚約でも何でもない。ただの遊びだろ」
「あ……あそび?生贄から解放って……」
「そんなもの本気で信じていたのか」
「は……?」
「国境の村が生き残るためには魔族側の吸血鬼王領に生贄を捧げるしかない。そうして王国は国境を守ってきたんだ。だからお前は予定通り生贄になるんだよ」
「そんな……っ」
村中が重々しい空気に包まれる。誰もが俯き目を逸らす。
「王命は出ている」
アレンが命令書を突き付ける。
「お前は王国のため、生贄となれ」
「酷い……っ」
こんな……こんな裏切りなんて。
信じていたのに。今までの思い出が粉々になって崩れていく。
「さぁ、行こうか。グレース。これで国境は守られる」
アレンが王女をエスコートし、騎士たちに豪華な馬車へと案内されていく。
「それと、今回の件についての褒美も……」
「ええ、勇者さまは修行の末、さらに王命を遂行したのですから。相応の爵位も」
「そうかそれはいい」
まさかアレンはそのために王女を選んだの?私を捨てたの?
「やはり光魔法を持つグレースは聖女に相応しい」
聖女……聖女は公式にはいないはずだけど。
「国王陛下もグレースを聖女に任命するのも時間の問題だろう」
「ええ」
王女が花のように微笑む。聖女って女神さまが天啓を授けるものではなかったの……?
「やはり勇者には聖女が相応しい」
「まぁ、アレンさまったら」
クスクスと微笑み合いながら去っていく背中をただ呆然と見ているしかない。
ポツリ、ポツリと頬を濡らす雨粒と共に、村人たちは騎士たちに道を譲る。
「ジーナ・ビアンカ。生贄として来てもらおう」
強面の騎士たちが私を見下ろしてくる。大粒の雨粒が容赦なく髪を濡らす。
「誇るがいい。貴様は王国のために命を捧げるのだ」
そんなこと、望んだことなんてなかった。ただアレンの言葉を信じ、生贄から解放され幸せな結婚生活を送れるのだと……信じていた。
そのために生きてきた。生贄として生かされながらもそれだけを希望に生きてきた。
それなのに。
私の身体は乱暴に騎士たちに立ち上がらされる。
「待って」
その時、フィンリーが騎士たちの進路を防ぐ。
「貴様、王命を阻む気か」
騎士のひとりが剣を抜く。
「ダメ!フィンリーは……フィンリーは私の大切な幼馴染なの!」
「ぼくも行く」
フィンリーが告げた言葉に唖然とする。
「ぼくもジーナについて行く。ジーナをひとりでは行かせられないから」
「ふん……まぁ相手は吸血鬼だ」
騎士のひとりが鼻で笑う。
「人間の生き血がたいそうお好みの吸血鬼なら人間の生贄がなんぼあったっていい。まぁいいだろう。今年は2人、送っておけ」
「はっ」
そう言うと私たちは騎士たちに乱暴に連れられていく。
「フィンリー……どうしてあなたまで」
「ジーナがいないあんな村になんて……ぼくはいたくないから」
「フィンリー……」
確かにアレンが裏切ったのなら……私にはフィンリーを守る術がない。ならいっそのこと……。
「一緒に行こう。せめて吸血鬼王領がまともなことを祈ろう」
「そんなわけがあるか」
騎士が笑う。
「人間なんざ生贄として家畜扱いに決まっているだろうが」
そう言って騎士が嗤う。周りの騎士もだ。
私たち人間は吸血鬼たちの餌でしかないということ?でもだからこそ、国境は守られた。
吸血鬼にとって人間は生き血を啜る……餌だから。
吸血鬼王領の境界にまるで捨てられるようにして私たちは突き飛ばされた。
「今年の生贄だ」
騎士が嗤う。
「……こちらへ」
私たちを迎えたのは……ダークブラウンの髪の魔族だ。角や羽根はないが……こちら側にいるという事は魔族なのだろう。
吸血鬼なら青白い肌のイメージがあるが……彼の肌は浅黒くよく分からない。
「王のもとにご案内を」
「……はい」
吸血鬼王領のものたちが集まって来る。格好は……魔王軍、よね?吸血鬼王は魔王四天王でもある国境を守る猛将だったはず。彼らは国境警備隊なのだろう。
そして吸血鬼だけではなく、角を待つものや翼を持つものもいる。
そんな中、後ろからは相変わらず気味の悪い笑みが聞こえてくる。
「耳ざわりだ」
その時吸血鬼王領側の扉から誰かが歩いてくる。黒髪に赤い瞳。角も羽根もない青白い顔。
軍人の格好をしているから彼も魔王軍だろうが……吸血鬼、よね?しかし吸血鬼は陽の光に弱い……みたいなことを聞いたことがあるが彼は平気なようである。
「去るがいい。これ以上この場に留まるのなら王国側に侵略の疑義があると見なす」
「何を?このガキ」
騎士が彼を睨む。確かにその……私と年齢は変わらないように見えるけど。
「……ひっ」
しかしながら人間の騎士たちが怯む。
私たちにも分かった。魔王軍側の……殺気。
彼らは弱いものにはデカい顔をするくせに……こんなにも小心者なのね。
「去れと言ったはずだ」
また彼が重圧を込めながら告げれば、人間の騎士たちが慌てて逃げ出す。
「それから」
彼が私たちを見る。
「生贄はひとりではないのか」
「その……生贄は私よ。フィンリーはついてきてくれただけなの!だから酷いようにはしないで!」
「ジーナ」
フィンリーが心配そうに私を見る。
「ふん……まぁいい。来てしまったものは通せ」
「いいの?」
「王国側の人質には変わらん」
「そう……よね」
人質。生贄は実質人質だ。魔王国側が人質を多く獲得したと言うだけ。それでも平民の人間で済んでいるのは吸血鬼が人間の生き血を求めるからだ。
それで魔王国側が王国の国境を侵さないのなら王族貴族たちにとっては願ってもみないものなのだろう。
「彼女たちは馬車に。城に運び、謁見の間に通すように。ジャン」
「はっ」
彼の言葉に浅黒い肌の魔族……ジャンさまが馬車に案内してくれる。私たちのこと、馬車に乗せてくれるの?
それとも生贄を逃さないようにってことかしら。だけどどうしてか彼は……悪い吸血鬼ではないような気がした。
————いつの間にか、雨は上がっていた。
※※※
私たちは魔王軍に連れられながらも謁見の間に通された。本来ならばこのような平民の格好でお目通りできる方ではないだろうが。
私たちは生贄だ。全ては彼らの指示通りに動く他ない。
「お加減は?雨に濡れているようですが」
ジャンさまが問うてくる。
「その、心配いりません」
「では我らが王が参るまで暫し……」
その時だった。
とたとたと軽快な足音と共に、玉座にひょいっと腰掛けた少年に驚く。年齢は12歳ほど。黒髪に赤目、可愛らしい顔立ちだが、その肌の青白さは間違いなく吸血鬼なのだろう。
「控えおろう!我こそは吸血鬼王……ヴィクトル・ブラッディローズなり!」
「え……ええええぇっ!?」
吸血鬼王って魔王四天王とも聞いているけど、子どもだったの……っ!?




