【13】吸血鬼王の花嫁
――――王の間にはロセアン公爵が通された。私もお義父さまと共にその場に立ち会う。
「ジルベルト・ロセアン公爵」
ヴィクトルさまの言葉はどこか重たく、ずっしりと襲い掛かるかのようだ。
「ヴィクトルさま……わたくしめのみをお呼びになるとは。アマリリス嬢はたいそう……」
「今はアマリリス嬢の話ではない。お前の話だ。公爵」
「……っ」
凍てつくようなヴィクトルさまの言葉にさすがの公爵も息を呑む。
「俺は吸血鬼王として、ヴィクトル・ブラッディローズ大公として宣言する」
「……そ、それは……」
「我が妃は、魔王陛下の許しを得て婚姻したジーナのみ。ジーナは正妃とし以降側妃も妾妃も一切認めない」
「な、何ですと!?」
公爵が思わず立ち上がろうとするが、足が上がらないようだ。
「お前はいち臣下の身でありながら吸血鬼王に図々しくも意見し、さらには我らが魔王陛下の決定にも異を唱える気か」
「あ、当たり前でございましょう!このような人間の下民で孤児を……」
「黙れ」
ズンと空気が重くのしかかるかのようだ。
「この吸血鬼王城に、領地にもさきの戦争を勝利に導いた聖女ジーナをそのように貶すものはひとりもいない」
「しかし……っ」
「貴様はいつから王に口答えするほど偉くなった」
「それはその……っ、わたくしめは由緒正しい吸血鬼公爵の……」
「ならば我は由緒正しい吸血鬼の王だが?」
「サキュバスの血が混ざって……」
「それが何だ」
「ひ……っ」
ヴィクトルさまの目が赤く光っているような。
「誰が何と言おうと、お前が何を言おうと、母上は療養中ながら領地の、領民たちの危機に駆け付けてくれた。俺は母上の血を誇りに思う」
「……っ」
公爵は悔しげに顔を歪ませるが、それ以上反論する力がないようだ。
「そして、先代の吸血鬼王妃を侮辱し、さらに吸血鬼王領の救世主となった聖女ジーナを侮辱したお前は即刻吸血鬼王領を出ていくといい」
「な……な、ぜ……」
「種族の王に逆らい、魔王陛下の命に逆らう謀叛者など要らぬ。文句があるのならその足で魔王陛下に奏上するが良い。自らの命に従い、我にも逆らったお前の末路など知れているがな」
「わ……わたくしめは長年この領地に貢献してきた……そんなわたくしめを追い出すと!?なんと冷血なっ」
「冷血でも何でも構わぬ。ジーナは武器も装備もなく戦場まで助けに来てくれた。それは何にも代えがたい領地への貢献だ」
「それは……」
「だからこそ魔王陛下は婚姻を許し、我も受け入れた。納得できないのなら出ていけ」
「あ、アマリリスはどうなるのです!あの子はずっとあなたさまを思って……」
「バカを言え」
「……っ」
「お前は知らぬのだ。彼女が我が吸血鬼の血にどれだけ怯えたのかを」
「それはお互いに子ども同士だったからで……」
「それでも心に受けた傷は大きいだろう。だからこそ、それを利用してすり寄るようなお前を許してはおけない。公爵家一族もろとも出ていけ。家門の者たちは王に忠誠を誓うのなら許してやる」
「そんな……っ!お、お許しを!」
公爵はいまさらヴィクトルさまの本気に気が付いたとでも言うのかしら……?
「我ら吸血鬼はずっとこの土地で暮らしてきた!」
「その土地を守ったジーナを貶めようとしたのはお前たちだ。その資格はない!」
「そんな……っ!我が公爵家にはまだ幼い孫もいると言うのに!」
うーん……それならどうして彼らを大切にする選択肢を捨てたのか。やはり吸血鬼族のプライドなのかしら。
「あ、あの!」
私が手を挙げるとヴィクトルさまがぽかんとした表情でこちらを向く。
そして公爵もだ。
「わ、私は謝ってもらえればその……追放までは望みません」
「こ、小娘ごときが口を挟む気か!」
「小娘ごときが口を挟んで何が悪いのよ!」
「はぁ!?何と野蛮な……っ、これだから下民は……」
「下民でも何でも、呼びたいのなら呼びなさいよ!でもこの世界の民のほとんとが下民よ!平民なのよ!それをバカにするのならあなたのお家に納める食料も着るものも全部なくなるわよ!それでいいわけ!?」
「いいわけがあるか!私は貴族だそ!」
「私たちにだって選ぶ権利があるのよ!」
「なん……っ」
「少なくともあなたは選ばない!私はね!」
「ふふ……はははっ」
いつの間にかヴィクトルさまが先ほどの重々しい顔を崩して笑ってる。
「それはいいかもな。領民たちは今、領地を救った聖女ブームだ」
「そう……なの?」
「そう。だからジーナが城下にそう呼びかければ多くの賛同者を集め文字通りロセアン家に物資を卸すものはいなくなるだろう」
「卑怯だぞ!」
「卑怯なのはあなたでしょ!アマリリス嬢を気遣って王の顔を見せないヴィクトルさまの優しさを利用したじゃない!だいたいね、アマリリス嬢の本当の気持ちだってあなた、確かめたの!?」
「貴族や王族の結婚にそんなものは必要ない!これだから下民の女は……っ」
「あのね、確かに政略結婚ってのがあるのは知ってるわよ!」
私たちだってお互いに惹かれ合っているとはいえ、聖女の魔王国居住のための政略結婚である。
「いくら政略結婚をセッティングしようと、無理なものは無理!それくらい長く生きてるんだから上手く采配しなさいよ!」
「生意気だぞ!」
「生意気なのは公爵、お前だ。お前は王の妃に口を利いているんたぞ」
「ヴィクトルさま、しかしこの娘は身分が……」
「なら魔王陛下に手頃な貴族家に養女に入れてもらうよう頼む。これで完璧だ」
「そんな……っ」
「公爵よ」
その時声を開いたのはずっと沈黙を貫いてきたお義父さまだ。
「あなたが我が妻が心を病むきっかけを作ったことは今でも許せません。ですがあなたに孫を思う心が残っているのなら……そろそろ潮時です」
「どういう意味だ」
「爵位の返上です。剥奪ならばあなたの嫡男以下も強制的にあなたの言う下民に成り下がる。しかし穏便に……と言うことなら返上すれば余程のことがなければ嫡男が継承するでしょう?」
「父上の言う通りだな。公爵よ、選ばせてやろう。返上か剥奪か。俺は堂々と魔王陛下に剥奪を提案するし、俺と父上がそう言うのなら魔王陛下も呑む。どうだ?」
「……っ」
公爵はガタンと崩れ落ち……やがて返上を告げたのだった。
※※※
――――王の間の外にはお義母さまが待っていた。
「ごめんなさい。私は立ち会えなくて」
「いいんだ、母上。俺の血が濃いから」
その血の効果は生みの母にまで及ぶの……?だとしたら幼い頃抑えられなかった力と言うのは。
「でも公爵は納得させた。だから母上、これからもジーナを頼むよ」
「……ええ、もちろんよ」
お義母さまはヴィクトルさまを抱きしめると、次に私を抱きしめてくれた。
「私ね、娘も欲しかったのよ」
「お義母さま……私もお義母さまができるのが初めてなので……嬉しいです!」
「まぁ……!」
「ええと、お義父さまはどうなるのだろうか」
とお義父さま。
「えっと……育ての父親ならいるので……」
「あ……それがいい」
へ?ヴィクトルさまはうんと頷くと早速文官たちに何かを指示していた。うーん……私が養女に入る家ってことよね?どうなるのだろうか?
あ、でもその前に。
「あの、アマリリス嬢は……」
「そうだったな。別室で待たせてる」
ヴィクトルに案内された部屋に通されると、そこにはひとり項垂れるように座るアマリリス嬢の姿があった。
「その……アマリリス嬢」
「……っ」
ぴくんと肩を揺らし、アマリリス嬢の瞳が私を捉える。
「な、何なのよ、あなた」
「何ってヴィクトルさまの妻です」
「そんなの……公爵さまが認めないって……」
「もう爵位を返上されるので関係ないです」
「え……っ」
「だからあなたはもう自由です」
「じ……ゆう?」
「そう。公爵の言う通り平気な顔をしなくてもいいんです。ヴィクトルさまが傷付くと思うのならそれでも構いません。席は外してもらえるように言ってあるので」
「ヴィクトルさまは……」
「はい」
「私が、恐がってしまってから……ひどく傷付いて」
「その埋め合わせをしようとされたのですか?」
「……」
アマリリス嬢が背中を向ける。
「それが私の役目だと思っていたの」
「役目……か。分かるよ」
「あなたに何が分かるのよ!」
アマリリス嬢が目に涙をためながら振り向く。
「私もずっと役目があったの。吸血鬼王の生贄になるためにずっと生かされて来たの」
「……そんなの人間たちが勝手にやってることよ」
「それでもその役目がなければ私は生かしてもらえなかった」
何となく気が付いていた。私はあの村の出身じゃない。だけど生贄に誰かを差し出さないといけないから生かされたんだって。
本当の両親の顔も知らない。自分の出自も分からない。村長ならまだ何か知っていたかもしれないが今さら村に戻ることもない。
「役目のために生きるのって辛いよね」
「……」
「だから私はあなたに自由になってほしい」
「あなたは平気だって言うの?ヴィクトルさまの王の血は……濃くて、恐ろしい」
「何か平気みたい」
「はぁ!?」
「いやその、あんまり気が付いていなかったみたいで。だからね、私なら大丈夫。もう誰かの生贄じゃない。ヴィクトルさまのために生きて行く」
「……すごいわね、そんなまっすぐに言えるなんて」
「アマリリスさまにもそんなひとが現れるわ」
「どうだか……こんな嫌な女、誰も欲しがらない。政略結婚でもなきゃ」
そう言うとアマリリス嬢は部屋を出ていこうとする。
「きゃっ!?」
しかし廊下で誰かとぶつかったようだ。
「ちょ……大丈夫!?」
「ジーナ?それにお前見たことがあるぞ」
「ルーク……さま?」
アマリリス嬢がルーくんをぱちくりと見る。
「ふむ、泣いてるのか。仕方がない。これをやる」
その手には薔薇が握られている。
「どうしてこれを」
「母上の具合が悪いみたいだからお見舞いに摘んだのだ」
「それなら私がもらう訳には……」
「だが女性が泣いてる時は紳士をするのが男の務めなんだぞ」
「……紳士の務めならそれを受けるのも淑女の甲斐性ね」
アマリリス嬢はそっと薔薇を受け取る。
「ありがとうございます、ルークさま」
「うむ、惚れてもいいぞ!」
「光栄ですけど……ルークさまが成人されてもお心が変わらなければ」
そう言うとアマリリス嬢は美しい礼を返す。その表情は思いの外スッキリしたように見えた。
たかたかと去っていく彼女の姿はもう後ろ向きではない。彼女もやっと前に進めるのね。
「ルーくん、とっても素敵だったよ」
「うむ、ジーナにも今度やるからな」
「ありがとう」
それも楽しみなのだが。
「こらルーク、お前こんなところで」
迎えに来たヴィクトルさまと合流し、ルーくんのかわいらしい紳士エピソードを話せば。
「ルーク、ジーナに薔薇はダメだ」
とうして……?棘があるからだろうか。
「ジーナは俺の妃なんだから俺が渡すの」
「兄さまずるい〜〜っ!」
兄弟のかわいらしいやり取りを見守りながら、薔薇を楽しみにしてもいいかなと思うのだ。
※※※
――――その後、私はヴィクトルさまと挙式することとなった。
私は何と司祭さまの養女に入り、フィンリーも一緒に養女に入ることとなった。これで誰も文句は言わないとヴィクトルさまが豪語していたのだが、やっぱり司祭さま……もといお父さまって何者なのかしら。
「ほら、フィンリーが女性騎士たちと剣舞をするようだ」
「うん、ヴィクトルさま」
結婚式の披露パーティーでは様々な出し物があったのたが、フィンリーはその中で本物の聖剣を持って剣舞を披露してくれた。
「フィンリーはやっぱりすごいわね」
「ああ、人間の国は未だに偽勇者を本物だと信じているようだが。もう少し踊らせておこうか」
「ヴィクトルさまったら顔が悪いわよ」
「はははっ」
しかしながら、義両親やお父さま、ジャンさん、ヴィオラやフィンリー……城のみんなに祝福される中、式を挙げられたのはとても幸せだ。
「ジーナ、これからも幸せにするからな」
「うん、私もよ!」
「ジーナもか?それは頼もしい。因みに吸血鬼族は式の後夫婦の部屋で何をするか知っているか?」
「……特殊なことをするの?」
普通はいわゆる初夜では。
「伴侶の血を飲むんだ。もちろん吸血鬼側だけどな」
「私の……」
「もし嫌なら無理にとは」
「そんなことない。最近働き詰めだったんだから、ちゃんと栄養補給してね」
「ああ、ありがとうジーナ」
交わした口付けはいつもよりも甘くて……幸せの味がした。




