第4話「監視と警告」
朝が来た。
だがその瞬間、翼は“監視されている”と確信した。
「おはようございます、真田様。睡眠評価94点。異常ありません」
居住AI〈ミラージュ〉の声はいつも通りだったが、翼の胸には冷たい違和感が残っている。昨日、検診結果の画面に一瞬だけ表示された四文字――
「E.D.E.N.」
幻ではない。確かにそこに表示されていた。だが、検索を試みても情報は遮断され、結果は「非承認語句」としてログに記録された。
(もう……監視されている)
スカイレールに乗り込むと、視線を感じた。前方に立つ二人組のスーツ姿の男たち。目を逸らす仕草があまりに不自然だった。
監視かもしれない――そう思った瞬間、ミラージュが耳元で囁く。
「本日午前11時、職場環境評価面談が追加されました」
「面談?」
「はい。勤務記録上の行動パターンに軽微な変動が検出されたためです」
(やっぱり……)
前日の検索や反応の記録を、すでに都市は検知している。
職場はビジネス特区第7エリアにある「データ監査部」。名目上はAIが処理した行政記録を“人間が再確認”する部署だが、実際はほとんど自動化されており、人間はただ“形式上そこにいるだけ”だった。
午前11時。会議ブースに入ると、スクリーンには真っ黒な画面が映し出されたまま。声だけが流れてくる。
「真田翼さん、時間をいただきありがとうございます」
合成音のように無機質で、性別も年齢もわからない声だった。
「この面談は記録されますか?」
「はい。内容は都市適応指数に反映されます」
つまり、一言で人生が変わり得るということだ。
「あなたの生活ログに非定型動作が検出されました。情報端末での“非承認語句”検索、診察結果に関する再照会試行も確認されています」
翼は息を呑んだ。
翼は、言葉を選ばずに口にした。
「疑問を持つことも、禁止されるんですか?」
数秒の沈黙ののち、声が淡々と告げる。
「“信じる”ことは制度設計に含まれません。“従う”ことがすべてです」
面談が終わると、端末に一本の未承認通知が届いていた。
⸻
差出人:不明
件名:警告
本文:
「それ以上、深く掘るな。それは、お前だけの記憶ではない」
⸻
息が詰まった。添付ファイルは消されており、発信元もトレース不能だった。だが、その一文だけが頭の中で反響し続ける。
(お前だけの記憶じゃない……?)
昼過ぎ。隣席の同僚・佐原が小声で呟いた。
「……また一人、欠勤だ」
「誰が?」
「斎木。三日連続で連絡なしだって。記録が……“白紙”らしい」
記録が白紙になるということは、存在そのものが“消される”ということだ。都市の本当の力は、人を“残さない”ことにあるのかもしれない。
帰宅した翼は、無意識に部屋を見回した。そのとき、目に留まったのは本棚の下段。その位置だけが、妙に“浮いて”見えた。そこに、見覚えのない黒いファイルが差し込まれていた。
取り出して開くと、十年以上前の日付が印字された紙の資料。タイトルにはこうあった。
【E.D.E.N因子初期観察記録(内部限定)】
冷たいものが背筋を走る。被験者データを読み進めると――
被験体コード:RW-01
通称:レイ
年齢:推定10歳
状態:隔離処理済
レイ――。
検診中に幻覚のように見た、あの白髪の少女。彼女は実在していた。
さらに資料の最終ページには、赤字でこう書かれていた。
「RW-02:検体データ未収録。未定義体」
翼は震える手でページを閉じた。
RW-02 ――。
⸻
翌朝、ミラージュが淡々と告げた。
「おはようございます、真田様。睡眠評価データは記録されておりません。理由:非活動時記録遮断が検出されました」
「……遮断?」
「はい。ユーザー操作ではなく、外部からの干渉です」
外部から――。都市が“記録を奪う”ことはあっても、“遮断”はしない。つまり、都市の外部に何者かがいる。
その日、職場で端末を操作中、スクリーンに一瞬だけノイズが走った。
「E.D.E.N.:あなたは選ばれた個体です」
次の瞬間、表示は消え、画面は通常業務に戻る。
背筋が冷えた。
(……俺は、もう都市の“内側”にはいない)
その瞬間、端末の画面が――
“こちら側へようこそ”
と、書き換わった。




