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第15話:見えてしまった者

 保守管理室を出たあとも、都市の夜は異様な静けさを湛えていた。光量調整された街路灯が一定間隔で並び、風ひとつないはずなのに、何かが“動いている”気配だけがあった。


「ここから先は、タグ付けされる危険があります」


 以前に会った白いフードの女性が声を潜める。


「タグ……?」


「都市の監視網は、E.D.E.N因子保持者を“異常個体”として一度でもマークしたら……それで終わりです。記録上、存在を消されるか、隔離される」


「じゃあ……君は?」


「私はまだ……“存在している”。でも、いつまでかはわかりません」


 淡々とした口調が、逆に現実味を帯びて迫ってきた。



 そのとき、翼の端末が低い警告音を鳴らした。画面には、強制的に表示された一本の通知。


《注意:E.D.E.N関連アクセス履歴を検出》

《再適正診断 対象候補》


「……やっぱり、俺はもう都市の“正常”じゃない」


 吐き出した息が、夜気に溶けた。



 保守路を抜け、裏通りに出ると、頭上を大型輸送ドローンが低空で横切った。青い誘導灯を瞬かせながら、まるで“捜索”するかのように低速で旋回している。


 不自然なのは、その存在を誰も気に留めていないことだった。周囲の歩行者は誰ひとり、空を見上げない。


「……見えてない?」


 翼は思わず呟く。


 フードの人物が短く答えた。


「“認識遮断”です。ノウスが関与してる。見せたいものは強調し、見せたくないものは意識に入れさせない」


「じゃあ……俺たちは“見えている”?」


「ええ。そして、“見えてしまった者”は――」


 言葉の続きを飲み込んだ。その沈黙が、すでに答えだった。



 自宅に戻った翼は、慎重にミラージュをシャットダウンした。机の引き出しの奥から、小型レコーダーを再び取り出す。だが今回は、再生ではなく内部データの解析を試みた。


 端末に接続すると、暗号化された複数の小さなファイルが表示された。その中で、ひときわ異彩を放つ名前がひとつ。


【ALPHA-DOOR.key】


 クリックすると、短いメモだけが浮かび上がった。


「記録の終わりは、記憶の始まり。RW-02が“すべてを思い出したとき”、門は開かれる」


 その文面は、父・宗一郎の筆跡によく似ていた。



(門……?)


 その瞬間、部屋の外でわずかな低周波音が響いた。窓を開けると、住宅街の上空をステルス型の小型ドローンがゆっくりと旋回している。肉眼では輪郭が曖昧なのに、耳の奥に“振動”だけが突き刺さる。


(……探してる)


 無意識に胸元を押さえた。“印”のあたりが、わずかに熱を帯びていた。



 翌朝、翼は早めに出勤した。だが、オフィスの雰囲気はいつもと違っていた。


 フロア全体が不自然なほど静まり返っている。同僚たちは通常通り業務に就いているはずなのに、どこか“誰かに聞かれている”ような緊張感が漂っていた。


 端末を起動すると、ログイン画面に赤い表示が現れる。


《再適正診断:明後日16時00分/中央診断センター》


 ため息が漏れた。


「……ついに、来たか」



 その日の昼休み。例の白いフードの女性から、暗号化通信が届いた。


「安全網が切られる前に、準備を。これ以上“都市の内側”にいるのは危険です。

必要な情報は【旧搬送路E7】に隠しました。明日中に動かなければ、扉は閉ざされます。」


 メッセージの最後に、見覚えのある折り紙の羽の画像が添付されていた。虹色の翅脈が、かすかな光を反射している。



 翼は立ち上がり、窓の外を見た。


 管理された完璧な青空の下で、都市は確かに「平穏」を保っている。しかしその下では、記録されない情報が交差し、未来を選び直そうとする“何か”が確実に動き始めていた。


(……もう、戻れない)


 窓の外の空は、どこまでも青かった。

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