012 朕、オーガの肝を喰らふ。
公務合宿二日目の夜。今は、ゲンプの間にて、親衛メイドたちとの夕食時間である。
今日はお昼寝後に姫王閣下の身体を酷使することもなかったので、私は眠気を感じない。
ゆっくりとお食事をとりながら、時間をとって、親衛メイドたちからいろいろとこの世界のことを聞きたいところだ。
はじめに聞いておきたいことは、食事のことだ。姫王閣下に出されている食事はかなり味気ないのだ。
ということで、私は、
「今晩のというか、たぶん、これまでも含めて毎日の食生活のことなんだけどね。なんか、王族っぽくなく質素というか。たぶん、私の味覚は、姫王閣下を通じて感じてるもので、慣れている感じだけど。この世界の食事ってこんなものなの。」
といた話を、はじめに振った。
「この地域では、一般的な食事のひとつです。ただ、糖質を多くふくむものは制限させてもらってきました。」
姫王閣下のオヤツ担当のシズカが口を開いた。答えた。設定の書とやらに、食事の担当、といった設定がなされているのかもしれない。
その後の、メイド長のユリコの補充を併せ、私が理解したところは、以下のようなところ
・ 精霊の導きにより、姫王閣下の食事メニューを決めるのはシズカ。
・ 姫王閣下に出されるメニューは、この地の生き物の筋肉と親和性が高いマメ科的植物を多く使ったものとなっている
・ 糖質を多く含むイモ科的植物の提供は少なめにしている
・ オヤツのホットケーキは、イモ科の甘味成分に希少なメンドリの卵を使って作られている
・ プシチャクでは、人が美味しいと感じられる動物肉に少ない。最も一般的なのは牙蛇の干し肉。
お肉がないのは少し残念だったけど、姫王閣下の食事は、もとよりでっぷり体型とならないように配慮されてきたものらしい。姫そだちの身体に転生しても、いきなりそこそこ動けているのはシズカのおかげなのかもしれない。私はシズカを食事トレ➖ナー認定した。プシチャクの動植物の生態系のようなものも気になるところだけど、おいしいお肉が期待できなそうなそうという現実は分かってしまったので、そのあたりはスルーすることにした。
姫王閣下に、遠方の美味しんぼみたいなものが届くことはなさそうなのね。たしかに姫王閣下になってからの5年間で、年1つのペースで近隣諸国を併合してきたわけだけれど、姫王閣下の印象に残っている美味とか珍味とかの記憶はない。そもそものところとして、なんというか、プシ国のお城というのがどことなく地味である。この、主に木と石とできているらしいお城は、転生前にわたしが住んでいたお家より広いことは広いのだけれど、なんというか、全般的に装飾不足なのだ。プシ国&近隣国と現代日本との文明レベルの違いが、プシ国の衣食住すべてを何か残念なものにしてしまっているのだろうか。
それよりも気になったのは、精霊の導きとシズカとの関係というところ。
「だいたい分かった気がするわ。ただ、そもそものところ、なんで精霊は、シズカを姫王閣下のお食事担当に導いたの? 私としては、口数少なめなシズカは、なんていうか、一番、普通メイドっぽい感じがするんだけど。」
と聞いてみると、イープが
「その点は、精霊の書記長である、わたくしがご説明いたします。」
と答えた。同じく割合と普通のメイドっぽい気がしていたイープは、何やらプシ国の役職者らしい。書記長というのは、姫王閣下の知識にはない。書き記す、か。
「ちょっといい? 書記長っていうのは、精霊の導きとか教えみたいのを書き写す部署みたいなのを仕切る役割ってこと?」
と私が聞いてみると、イープは口角を上げて笑うと、
「精霊の導きに則っての暗殺と粛清を司る組織の長となります。」
と怖いことをさらりと言った。
そのイープの話からすると、プシ国も周りの国々も、王国という体を取ってはいるが、実のところは精霊信仰をこの地に広めている宗教団体が広める原始共産制のような体制が各国を動かしているらしい。各国の書記長は互いに緩やかに連携し、その宗教団体の利となる活動、特に、必要に応じての王族の暗殺と家臣の粛清とを行い、各国間のバランスを維持しているのだと。各国とも、大老が取りまとめ王族が頷いて定まる家臣の職位という表の序列の他に、書記長を筆頭とする裏の序列があるものらしい。
「そのような書記長職は、姫王閣下に取って潜在的な危険となりますので、私が前の書記長を暗殺しまして、とってかわらせていただいております。」
と、イープは冷静に締めた。
要は、私が転生前のことを思い出す前の姫王閣下を裏の宗教団体とやらから守ってくれていたわけだろうから感謝すべきことなんだろうけれども、それはさておいて、私はどことなくイープに感じていた警戒心のレベルをそっと引き上げていた。
それはそうと、時間をじっくり取って親衛メイドたちの話を聞いてみると、親衛メイドたちは、転移先のこの世界のことをけっこう良く知っている。まんまお姫様育ちな姫王閣下への転生者あでる私が世のことを知らないのはいいとして、親衛メイドたちは転移後にどんな人生を送ってきたのだろうか?...転移して人の憑依した者である親衛メイドたちは人ではないとのことらしいけど、まぁ、生きている人に取り付いているわけだから、人生と読んでいいんじゃないかしら。
私がそうした問いかけに対する、親衛メイドたちの答えは次のようなものだった。
親衛メイドたちは後の転生者となる子種の近く、すわなち、プシ国近隣の人々にそれぞれ憑依した。設定の書の知識を共有する6人は、共通の秘密に基づいて互いを知り、緩やかに連携しながら、転生者を宿した一粒種、すなわち、後の姫王閣下が誕生するのを待った、と。けっこう苦労することもあったらしく、現にシズカとリカは憑依後に、一度、命を落としている。そうした場合、転移体は憑依した者に癒着した一部分を切り離し再浮遊し、別の者へと憑依し直せるものらしい。癒着した部分を切り離しといったあたりは、シズカとリカがそれぞれ人としての感情の一部を欠いているような印象を私に与えるのだろうか? まぁ、姫王閣下時代から、ちょっと作り物のお人形さんっぽいシズカとリカのことを、朕は好きだったんだけどね。
今でも、近隣の国を歩いているのは、書記長イープの下で、他国の裏組織との連携を行う使者をしているというミカコ。近いうちに、詳しく話を聞いておきたいところだ。
大分、話も長くなってきた。少しお眠になってきた私は、最後に、今日のうちに聞いておきたい大事なことを聞くことにした。
「今日はこれくらいにしたいと思うの。続きは明日の晩ということで、ね。
それで、今日のうちに聞きておきたいことがあるんだけどさ。今、私、けっこうな筋肉痛な感じなの。昼の間の動きをみると、みんなもけっこう身体を酷使してるように思うんだけれど、筋肉痛になることってあるの? あと、筋肉痛を治すいい方法ってないのかな? 塗り薬とかプシ国には無いように思ってるんだけど。」
そう、私は竹刀で打たれて身体が痺れるとかいう外からの痛みはけっこう大丈夫な方なんだけれど、生理痛とか筋肉痛とか、そういう内側からくる痛みにはけっこう弱いのだ。なんていうか、痛んだり痛まなかったりしていくうちに、生きていく活力がふにゅ~と落ちてくるという...
お昼寝から起きて、体力上の理由から全速運転を控えるようになってから、私はちょとずつ筋肉痛が迫っている感じを受けているのだ。これはもしや、普段運動してないひとが運動した時に襲われるとかいう、2日遅れの筋肉痛というやつではないかと...
メイド長のユリコの答えは、「無意識領域にある夢見状態は、痛みを感じない。」という意外なものだった。そして、転生者である私も、直接に痛みを感じているわけではなく、姫王閣下の方の意識から痛みを間接的に感じているのではないか、と。言われてみれば、確かに、私は筋肉痛が起きている感じはしているのだけれど、どこか他人事がある。そうか、もしかすると、私が急に眠気を感じてしまう理由は、姫王閣下の方があまりの筋肉痛に気絶しているためなのかもしれない。
ごめんね、姫王閣下。私はユリコの話を聞きながら、転生後にはじめて姫王閣下に謝った。
最後に、
「わたくしたち夢見状態は、痛みを感じず痛みつける一方なので必要ないのですが」と、イープがますます警戒レベルを引き上げたくなる不穏な前置きをした上で、筋肉痛や疲労困憊に間違いなく良く聞くであろう秘薬『旺餓肝』のことを教えてくれた。文字通り、オーガの肝の干物であるらしいそれを、眠気に襲われつつあった私は、明日飲んでみることにするからよろしくね、といって、再度、お眠の時の抱っこ係に復帰したリサに抱きかかえられながら、お休みの炬燵へと向かうことになったのであった。その秘薬だかを飲むことが何を意味しているのかを知ることもなく。
☆
翌日、午前の公務合宿でミカコやイープに少し手加減をしてもらってから試技を終えた私は、午後があるから無理をしないようにとユリコに諭され、かいた汗をシズカに拭いてもらいてがら、少し早めにお昼寝した。
起きた私の元には、精霊の定めに従ったという全身白の着物が用意されていた。そして、ユリコとイープに導かれ、後ろをカンナに固められた私は、精霊の祭壇という離れの小部屋に案内されたのだった。小部屋のすみっこには、大老と侍医がありがたや、ありがたや、といったことをぶつぶつ言って土下座していた。
祭壇の高台に全身白の着物にちょこんと座った私の前に、カンナが白いお猪口のようなものを差し出した。そして、ドロリとした茶黒い液体を注いだ。
カンナが、
「『旺餓肝』です。どうせいずれは飲んでいただくものでしたので、今、お飲みください。」
と言った。
その得体のしれない強壮剤じみた液体を前に躊躇し、
「どうしても、飲まなくてはならない?」
と聞いた私だったが、カンナに、無表情で見つめられながら、
「はい。」
と言われ、観念した私は、一気に茶黒い液体を飲み干した。
この異世界プシチャク、けっこう寒くて鄙びたこの世界で、グルメな体験をすることを半ばあきらめていた私は、真逆の激マズ体験をまずはすることとなった。
☆
その不味さを何とか克服するうちに、私はユリコから、この儀式により、私が覇王となることを宣言したことを説明された。覇王とは、精霊の定め的には、オーガ帝の首を狙う人の王という意味を持つらしい。そうして、成人の儀を前に、私の異世界やることリストのハードルが、数段跳ね上がったのだった。




