010 朕、設定を知る。
朝にちょっとした一悶着があったものの、諸事隊に玉座の間に用意させた食卓に、親衛メイドたちと座る頃には私は落ち着きを取り戻していた。
強化合宿、改め、本日から、公務合宿の二日目が無事始まった。公務合宿であるからして、姫王閣下として一人で食べるのではなく、合宿の朝らしく皆でひとつの食卓を囲むのだ。かつての中学の時の剣道部女子合宿の時も、部員水入らずで朝食が取りたかったがゆえに、執事に無理を行ってロイヤルスイートルームを押さえさせたようなものだ。公務で、日中の部活をお休みする部員も朝食だけは一緒だった。そう、もともと女子部的には「公務」とは、なんというか女の子の日のことを意味していたわけで、公務合宿という呼び名は、なんというか恥ずかしい。が、私自身が武王の威厳を以って、「これは公務である!」と宣言してしまっただけに、プシ国的にこの合宿が、公務合宿と呼ばれることは受け入れざるを得ない。武王に二言はないのだ。
それにどうせだまっていれば「公務」の意味など分かりはしまいと、私は朝のスープをすすりながら、親衛メイドたちに向かい、
「それで、ユリコたちは、日本ではどんな生活をしていたの。学生さん? 社会人さん?」
と、昨晩に聞くつもりだった質問をした。
6名いるのだ、けっこうバラバラの答えが返ってくるものと私は予想していた。これまでしょっちゅう寝顔を見られていた6人である。前世が男子なんて子がいたりしたら恥ずかしいな、なんてことを私は思いながら、答えを持った。
朝食をたべる間に、ユリコを皮切りにはじまった皆の答えは、私の予想に反していた。また、幅広い内容へと広がっていった。ここでは、食事後に朝の紅茶を飲みながら聞いた、ユリコによるまとめを引用しておこう。ユリコのまとめが一番理路整然としているためだ。
まとめは以下の通り。
① 親衛メイド6名の元々は、人間はでない。
② 地球のムーンサイドという地下空間に棲まう夢魔が、親衛メイド6名の元となるスニツァを用意した。
③ 夢見状態とは、脳の意識外にある能力が覚醒しており、異世界への転移に耐えうる状態のこと。
④ 夢見状態の転移を受けた人間は常に無意識全てが覚醒した状態となり、常人の力は3倍、俊敏性は5倍程度まで高められるようになる。
⑤ 生み出した夢魔の命により、夢見状態は転移先では、『設定の書』に基づき、その後に生まれる転生者に仕える準備を進める。
⑥ 転生者が生まれた後は、夢見状態は転生者に対し、『設定の書』に基づき、転生者への教育を行う。
⑦ 転生者が成人した後は、当地にいる夢魔からの別名があるまで、夢見状態は『設定の書』に基づき転生者に仕えるものとする。
付 親衛メイド6名に夢見状態を提供した、人間は皆、同じ職場に勤務していた。その職場は、業界関係者向けの接客サービス業。
まとめの途中で、私は紅茶を飲み終えてしまうほどに、ユリコたちが話したことは、思いもかけずに盛りだくさんだった。とはいえ、それが言っている通りならば、これまで姫王閣下の間にいろいろ感じていたことに納得がいく。とはいえ、すでに①で、私はちょっとびっくりなのだが。まぁ、人型ロボットやアンドロイドのようなものだと理解した。ムーンサイドというのはもちろん初耳だったが、夢魔が夢を扱う魔物だと理解はできた。魔物に生み出されたというのに、親衛メイドの皆はこれまで礼儀正しく転生者である私を宿した姫王閣下に仕えてくれていて大したものてある。そうしてお仕えしてくれているのは、設定の書というものに基づく。設定の書というものは、姫王閣下がこれまで毎晩聞かされてきた夜伽のネタ提供も兼ねているらしい。そんな設定の書を理解することは今の私にはまだ難しかった。親衛メイドに夢見状態を提供した人々は、皆、社会人だったとのこと。対して、私は断片的に蘇った転生前の記憶が中学生の頃のもの、そして宿主の姫王閣下はまだ11歳である。難しいことは、これからゆっくりと理解していけばよいだろう。
☆
そう割り切った私は、さっそく朝稽古にのぞむ。既にタネ明かしをはじめてくれたとはいえ、夢魔が定めた「設定」に基づく親衛メイドたちの立ち振舞いは揺るがない。午前の稽古相手に指名したのは、明け方に私の御粗相をきれいにしてくれたシズカと、私も御粗相くらいしたことあるよけらけら笑うミカコの2人。昨日相手をしたリサよりも腕が立つとのこと。
はじめにシズカと対峙する。
シズカは上段にサーベラを構えた。一見、細身のシズカには向いていない構えに思った私だったが、力が3倍というスニツァに対し油断していけないと思い、私の構えである中段で相対する。
俗に言う剣道3倍段。人間では空手や柔道など他の武道に対し、剣道は3倍段という奴だ。それが親衛メイドたちの場合は9倍。上段からどのような打ち手がくるのだろうと、初撃は受けてみようと思いつつ待つ。静かな時が流れる。
一拍もせずに初撃が来た。かろうじて、私はサーベラで流し身体を左に流した。本日から兜をかぶっていることもあり、注文通りに面を狙ってきてくれた。それに対し、私が反応できたのはぎりぎりのところ。親衛メイドたちの俊敏性は、人の5倍程度なのだ。
とはいえ、ユリコの説明によると覚醒した転生者である私も、親衛メイドたちに親しい力と俊敏性とを発揮できるはずとのこと。設定の書によると、そもそも、夢見状態が憑いた人の力と俊敏性が増すのは、大脳の全てが夢見すなわち無意識が覚醒した状態となり、ふだんの意識のりミッターがなくなるためとのこと。大脳の全てを使いこなし、運動を司る小脳とうまく連携できるようになれば、力が増しより俊敏に動けるようになるというわけ。転生者である私が覚醒すると、元々の姫王閣下であった朕は脳のごく一部を占めるだけになるため、うまく集中できるようになれば、私も、3倍に近い力、5倍に近い俊敏性が発揮できるはず、とユリコは考えていた。素早く、いったん距離を取りながらそんなことを振り返った後、私は反撃のタイミングを伺いはじめた。
先程の初撃で分かっていた。待ちの姿勢の場合、私はシズカに超速で連撃されると受けきれないだろうと。身体はかなり早く動けるようになっていた私だったが、動体視力はまだ、十分に覚醒できていないらしい。そう、そんな場合はこちらから攻める。
私は、シズカの小手を下から払う。私のサーベラが届く前にシズカは後ろに引いていた。追って放った私の胴はシズカに受け流された。止まらずに私は上段に面を打つ構えを見せてからいったんサーベラを止め、上がったシズカの小手を再び狙う。サーベラを持つ手を引いたシズカだったが、そのまま、背を打って倒れた。私と止めにサーベラをシズカの胴を2回撃ち込んた。
「しゃあっ!」
私は勝どきを上げた。
シズカがまったくついていけなかったのが、私が右から小手を軽く狙うと同時に放った左足からの足払いだ。足払いは、剣道では警察剣道にのみ伝わる古武術の技。まさか、元は中学生に過ぎない私が足払いを使いこなすとは思うまい。まぁ、剣道に足払いがあるなんて、未経験者は知りもしないんだけどね。
☆
中学の大会では使うことが許されない足払いをはじめて決めたわたしの顔はほくほくしていた。転生前、元々が警察剣道の指導者である執事に師事していた私は、朝の稽古で秘かに足払いを練習していたのだ。足払いはかなり練習していたと言って良い。それは自身が剣道有段者でもある父が執事に命じた稽古内容だった。もともと化粧なしでも目鼻立ちがしっかりしていた私は、中学に入ったばかりの頃から街を歩くとけっこう男たちの目を引く方だった。部活で夕方遅くになることが多かった私の後ろをつけてくる怪しげな男がいたこともあった。父は迎えの車を出したがっていたが、他の部員が歩いて帰るというのに、私だけ車で帰るわけにはいかない。そう断った私に対し、父が自衛のために足払いを技として取得しておくよう手配したのだった。
向こうで足払いが役に立ったことがあったかって? あったわよ。それは中学2年の秋、部長になってはじめての大会の前々日のこと。その日、朝稽古でも使うために竹刀と防具をまとめて持って帰っていた私は、後ろから太り気味の大柄な男についてこられていた。気にしつつ早足で歩いて、その男をまいたつもりの私の前に、ワンボックス車が止まった。ちょうど工場脇のコンクリートのところで、帰り道で一番人が少ないあたり。(まじかよ)と思いながらひとまず、逆に走って少し距離を取ろうとしたら、すでに先程の男がまじかにいた。(何よっ)と、にらみつけきた私に男は近づいてきた。その一瞬にタイミングよく私の足は動き、油断していた重心の高い男の軸足を捉えて倒すことかできた。竹刀を構えていたのなら、足でも打ち付けてやるところだけど、どうしようと男をにらみつけた瞬間、私は後ろから竹刀と防具を入った袋を奪われてしまった。転生前、人生ただ一度の屈辱。私に近づく前からすでに空いていたらしいワンボックスの後ろの扉からもう二人の男が出てきていたのだ。
男に力ずくで後ろに倒された私。竹刀を奪い投げ捨てた男の方が私の顔を力任せに殴った。それまで誰にも顔を殴られたことがなかった私はそれでぐったりとしてしまった。足払いした男の方が起き上がってきてぐったりとした私の身体を制服のスカートのあたりでグッと持ちあげた。そのまま私をひっくり返し、勝ち誇ったように私のお尻を持ち上げる。地面に肩と顔だけをこすり着けられる形となった私は全開している力が入らないままにワンボックスの扉を目にすることになった。
屈辱、屈辱、屈辱。
それ以来、私は大柄な男、粗暴な男が大嫌いだ。そんな私は、姫王閣下として夢うつつの中、この地の幸福の季節での馬鹿げた騎士とかいうのと戦闘メイドとの決戦を見たことがある。あのようなことを私は絶対に認めたくない。転生者として武王となった私は、今、決意した。あたりの国々の騎士どもすべてを打ち倒してやる。
中2の時の私がどうなったかって?助かったわよ。私のお尻に股間を押し付けようとしていた大馬鹿者は、剣道有段者が木刀を使っての本気の一撃で背骨の半分を砕かれ内蔵の一部を痛めることになった。前の二人の男は、他の者からいわゆる三つ股警杖で押さえつけられ倒されて、足蹴にされていた。何のことはない。私の帰り道は、父の手配により、私に気づかれてないよう守られていたのだった。それでも、頬を大きく腫れさせた私は、準備していた秋の大会の大将を休むことになってしまった。娘が襲われ顔に手を出されたことに、父と執事は怒りくるった。地元の警察と中学校を巻きこんだ大事となってしまったが、私は事の顛末など聞きたくなかったし、父も私に話すことはなかった。秋の終わりに剣道稽古に復帰した私は、執事が助手席に乗る自家用車での送り迎えを受けることにした。見た目が只者ではなく、事実只者ではない執事を校門に待たせるお嬢の私は、それから不可触のお嬢となった。
ひとまず目を瞑り、そんなことは今やどうでもいい、と気を落ち着けた私は、武王の顔となりカッと目を開いた。このプシ国の隣国のふしだらな騎士ども、全て打ち倒してやる。
私は、大の、大の、大の、男嫌いなのだ。
☆
目を開けた私のすぐ目の前に、ミカコが立っていた。私に接近をまったく悟らせなかったミカコは、いつもの設定通りのままか、
「準備おっけーっ、すか~。」
と軽くいい、ニカッと笑う。
「いいわよ。構えなさい。」
私は冷たくいい放った。
共に中段の構え。私はミカコが構えるなり、即座に撃ってでた。
サーベラを振るう速さは五分五分かミカコの方が速さくらい。一方、打ち手のうまさは私が上だ。ミカコのサーベラを躱し、私は打ち手は浅いながらも何度かミカコの身体を捉えた。ただ、ミカコの動きは鈍らないどころか、さらに加速した。
(いいわよ、いくらでもやってやるわ。)
私は目を見開いて連撃を繰り出す。
そして、5分後。
『ひさしぶりのだっこ~』とリカに設定上のポーズを決められた私は、朝起きたテントに戻って炬燵に丸まってのお昼寝タイムをすることになった。ミカコとの立ち会い、最後の1分は一気に力が抜けグダグダとなってしまった。朝食の時にユリコに注意されていた通りの現象が起きてしまったのである。転生者としての私が無意識を開放し、力と素早さを上げ続けると、一気に脳に疲労が溜まっていくらしいのだ。そして最後には眠~くなってしまう。昨日も起きた現象だった。
(むねん。)と思いつつ、朕は、リカに膝枕されたりしながら、夕方近くまでお昼寝し続けることになった。




